ケインズ全集〈第2巻〉平和の経済的帰結

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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492811429

感想・レビュー・書評

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  • 新訳が出版されるということでまだ読んだことがない旧訳を読んだが新訳を出すほどではないように思われる。
     ケインズが、平和についての経済的な理論展開をしていると思っていたが全く異なっていた。ベルサイユ条約の内容で、第一次世界大戦後の敗戦国のドイツについて、連合国側がどのように賠償を求めていたかについて、詳細を書いた本であった。

  • ケインズは、第1次世界大戦後の講和会議にイギリスの大蔵省首席代表として参加したのだが、講和条約の内容の非人道性に憤りを感じ、交渉も終わりに近づいて、もはや内容を少しでもよいものにすることが不可能と考えたところで、イギリスの代表を辞任する。当時、ケインズ36歳。

    そんなケインズによる講和条約批判の本。

    まずは、ケインズのきらびやかな文体に引き込まれる。あ〜、ケインズって、こんな文章を書く人だよな〜、と。

    この本は政治的なパンフレットみたいなものなのだが、アジテーション的なものはなくて、するどい視点、文化的な教養の高さがあふれていて、かつわかりやすい文章。この文体は、たとえば、「一般理論」のような「経済学」の学問的な著作においても一貫してながれていて、これがやっぱカッコいいんだと思う。

    本の内容としては、まずは、第1次世界大戦や講和会議の議論だけでなく、もう少し大きなヨーロッパ近代の歴史的な流れを俯瞰しながら、コンテクストを整理する。

    そのうえで、講和会議に参加した、とく戦勝国の代表たちの人物や人間関係のするどい観察が示される。読者としては、この辺が一番面白いところ。とくに、ウィルソン大統領の外交における無能ぶり?の描写がするどい。

    ウィルソン大統領は、「14か条の平和原則」を打ち出していて、その理想主義的な平和の構想には大きな期待が寄せられており、ケインズも期待していたようだ。しかし、ウィルソン大統領は、彼の原則を現実世界に機能させるための具体的な仕組み、制度の案をもたずに講和会議にきており、国内政治を重視する戦勝国首脳の交渉の手練手管にのみこまれて、なんら有効な反応を行うことができない。正しくないことには、我関せずの姿勢を崩さず、なんとか「国際連盟」の設置には漕ぎ着けたものの、具体的なヨーロッパの戦後体制を決める講和条約にはほとんど影響を与えることができない。

    ドイツは、ウィルソンの「14か条の平和原則」の内容を踏まえ、またその内容の確認をアメリカとしたうえで、降伏している。にもかかわらず、実際の講和条約は、非人道的で、非現実的なレベルでドイツを徹底的に叩き潰すようなものになっているわけで、これは詐欺、欺瞞以外のなにものでもない。

    といった状況説明を踏まえ、本書は、具体的な条約や賠償金の内容の分析に入っていく。ここが本書のメインで、かなり具体的に条約の理不尽さを論証していく。とくに、賠償金に関する分析は、さまざまな観点から議論してあって、かなり具体的で詳細なものとなっている。ケインズは、この賠償金の支払いがドイツの能力をはるかに超えるものであって、実現不能なものであることを明確に「証明」している。

    この辺の統計データを使いつつ、わからないところは推論で補いながら、議論を進めていくところは、実務家としてのケインズの有能さが発揮されているとともに、後年に統計的なマクロデータの相互関係を扱う「マクロ経済学」の始祖としての源泉をみる思いがする。

    今となっては、この分析の細かさは、読み進めるのが、面倒ではあるが、当時の状況を考えれば、このくらい徹底的に数字の裏打ちをもっていることが、この本の主張を世の中に伝えるためには大事なことだったんだろうなと思う。

    つまり、ウィルソンのように理想だけでは現実が動かないことがわかっていて、人道的な思いをベースとしつつ、これだけの具体性をもった批判と具体的代替案の提示を行うことが大事であることを身をもって示しているんだな〜。

    そして、最後のほうでは、この講和条約が実行されれば、ドイツの経済は崩壊し、そこから過激な政治体制が生まれてくる。さらにそれがロシア革命後のソ連との関係もあり、全ヨーロッパの安全保障をおびやかす可能性があることにも言及している。

    その後の歴史の流れがわかっている今の時点で読んで、全く古さを感じない。このケインズの主張がもし実現していたら、その後の世界はどうなっていたのだろうと思わずにはいられない。

    さて、大蔵省を辞任したケインズは、この本を出版し、ちょっとしたベストセラー作家というか、政治経済ジャーナリストとして有名になるわけだが、同時に、かねてからの構想であった「確率論」という哲学書を出版し、それを起点に、アカデミックな経済学のイノベーションに向かうことになる。

    が、アカデミーの世界にいても、ケインズは現実の政治経済との関わりは続き、第2次世界大戦後も国際金融体制の構築に関わることになる。

    さて、最近、第2次世界大戦前の日本の政治についての本をよく読むのだが、当時の日本での議論のレベルとこのケインズの議論のレベルの違いはあまりにもあきらかだ。

    日本も「戦勝国」として、講和会議に参加していたのだが、代表団はほとんどの議論についていくことができず、ただただ静かに座っているだけ。自分の中国関係での利益に関するようなときだけ、一方的な主張をする状態だったのだ。

    こうした外交力のなさが、その後の満州事変、国際連盟からの脱退という流れにもつながっている感じもして、かなりくらい気持ちになった。

    ちなみに、日本は、「人種差別」の撤廃について提案したものの、スルーされている。これもちょっとトラウマになったのかもしれない。また、こうした講和会議のプロセスをまじかにみて、世界のシステムは、ウィルソンのような理想主義的な考えによって動くわけではなく、あくまで各国の軍事力、経済力でうごくものであることを理解したにちがいない。

    この体験が、ずっと底流にあって、日本は、総力戦を戦うことができる国家になるべくその後頑張ってしまうわけだ。そのプロセスにおける議論の浅さ、今、読んでみると全くなにを言っているのか、理解できない言説の数々。日本は、経済力、軍事力で負けていただけではなく、思想・思考のレベルでも絶対的に負けていたのだ。。。。(もっとも、ケインズの言説は、議論を巻き起こしたものの、現実の政策に反映されることはほとんどなかった。。。でも、そういう言説を生み出す人が生まれでるかどうかという文化の底力の違いですね。)

  • 1919年、パリ平和会議のメンバーであったケインズが、第一次大戦後のドイツの賠償額をドイツに支払い可能な金額にすることによって、次の戦争が避けられると、明晰に語ったもの。
    意見が採用されなかったためにケインズは辞職する。

    東洋経済新報社の『ケインズ 人・学問・活動』もあわせてお勧め。

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