脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界

制作 : Semir Zeki  河内 十郎 
  • 日本経済新聞社
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  • Amazon.co.jp ・本 (443ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532149604

作品紹介・あらすじ

セザンヌもモネも脳で「もの」を見ていた。ミケランジェロやフェルメールに魅了される理由もわかってきた…。美術作品を通して視覚脳の仕組みが解き明かされる美しく楽しい書。名画多数収録。

感想・レビュー・書評

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  • アートの世界と脳を中心とする視覚情報処理過程を繋いだスリリングな書で、まだ未解明な問題もあるが、脳科学の進展とアートの発展が結び付けられているのも興味深い。図版も魅力的。 (第2閲覧室 所蔵 491.374/Z)

  • 著書に「脳のビジョン」をもつ視覚脳の研究者が、ピカソやモネなどの美術作品を、脳内で生じている事象から説明しようという試みの書、02年刊

  • 翻訳が下手で読みづらい 内容は興味深いんだけど

  • 友人に借りた本です。建築専攻で美術史もひと通り必修だった私に本書を読ませ、感想を聞きたいとのこと。いち速読研究者として、視覚についての脳科学関係の本はぜひとも読んでおきたい。望むところです、と読書をはじめたものの、やはり既有知識があるせいか、目次を一瞥した時点で、モンドリアン、マレーヴィチ、カンディンスキー、デュシャン、などなど、記憶に懐かしい抽象画家さんたちの名前ばかりに反応してしまい、つい脳科学よりも美術評論の方にばかり食指がのびてしまいました。

    脳科学・神経科学の見地から美術評論を試みた論文とも言えるし、美術作品を通じて視覚悩の仕組みを解き明かす研究とも言えます。

    ともかく「美術作品を見ているときに脳内で生じている事象は、見る人が違っても極めて類似している」という仮説を証明すべく、様々な絵画が紹介されており、それを眺めているだけでも楽しい本です。

    「美しい女性を描くためには、多くの美しい女性を見なければならない」とラファエロの言葉が引用されたかと思えば、「絵画は単一の視点からしか対象を具現化できない。より多くの観察を通してしか、一般的な理念(イデア)の理想形の認識には近づけない」というプラトンの引用が引き合いに出されていたりして、哲学者もちょいちょい口を挟むので、哲学に詳しい方にもおすすめ。

    脳の視覚野は、同じ「見る」でも、色、形、動き、の認識に各領域が役割分担をしています。ミリ秒単位の話ですが、三つの属性は同時には知覚されていないのです。(動きよりも前に形が、形よりも前に色が知覚される。) 著者は、各領域が反応しやすい特定の作品群を、その領域の機能と比較しながら紹介しており、作品と脳の活動の関連づけが比較的簡単なモダンアート以外に、古典宗教絵画や印象派絵画も多く参照されていたのは大変興味深かったです。

    わかりやすい例では、色盲患者に原色使い鮮やかなフォービズムの作品や、光の微妙な加減を描いた印象派絵画はつまらないものになるでしょうし、相貌失認患者に肖像画、運動盲患者にキネティック・アート、視覚性失認患者にキュビズムの作品の鑑賞は楽しめないのだそうです。(そらそうだ... )

    異なる美術の形態が、脳内の異なる細胞群を活性化するのはなんとなくわかります。が、美術作品を鑑賞するにあたり、(いくら視覚野の機能が健在であったとて... ) マレーヴィチの「黒い正方形と赤い正方形」を見る時、私たちは言葉ではその美しさを表現できなくても、視覚的にはその美しさを認識できているはず!と言われてもなんだか説得力に欠ける気がします。「脳は美をいかに感じるか」よりも、「脳は美術作品にどのように反応するか」のほうが本書のテーマに近いのでしょう。ということで、タイトルから連想されるような、人の心を動かす「美の知覚」すなわち、美術作品が感動を呼び起こすカラクリに至っては、残念ながら脳科学的な言及はありませんでした。

  •  この本を読んで、一番気づかされたことは、

     「目の見えない人が、急に目が見える環境になっても、そこに視覚経験がなければものの認識は難しい。」


     というところ。


     例えば我々健常者が視力を失ったら、
     これから先、視覚以外の感覚で生きていかねばならない。

     でも、これまでの視覚以外の感覚の経験があるから、
     触ったり、聴いたり、嗅いだりしてそのものの認識はある程度できる。でも視覚なしでそれを行うのは困難を伴う。

     それと同じなのだろうと思う。

     視力を手に入れたとて、
     そして初めて目にするものが、いとしい恋人だとしても、

     きっとその人は、その恋人に触れ、その声を聴き、においを嗅がねば、もしかしたらそれが恋人だとはわからないかもしれない。

     そもそも、目の前にいる人と、その人の背後にある奥行きというものもわからないかもしれない。何かが迫ってくるような恐怖さえ味わうのかもしれない。

     
     


     我々が美しいと思える夕焼けは、
     我々がいろんなものを見ているから美しい。


     美しいと思えるのは、
     我々が目を背けたくなるようなものでさえも、「見たことがある」という経験の裏づけに他ならないのだろうと思う。



     私は今に、感謝しなくてはならないと思った。

     私には、美しいと思えるものがいっぱいある。

     
     怖い、醜い、と思うものを見たいと思ってしまう好奇心や衝動は、わたしが「安心したい」だけじゃないのかもしれない。



     わたしは、
     自分がいかに美しいものを見たことがあるのか、という事実を

     思い知りたいのかもしれない。

  • 脳神経科学からみた美術とは何かの本。非常に興味深い。今まで、美術と脳神経科学との関連を述べた本を見たことが無かったので楽しく読めた。後半は特に脳神経科学の記述が中心になるのが個人的には残念。しかし、脳神経科学からみた美学へのアプローチは私には新しく、参考になることが多かった。

  • 美しいとは何なのかに答えを与えてくれるわけでは決してない。だけど、前よりも美しいというものに心をオープンにできる。そんな本です。

     

  • 神経美学の実力は本当にこんなものなの…?
    あまりおすすめできない本。

    「眼で見る/脳で理解する」という旧来の二分法に反対して、視覚とは、絶えざる変化の中から恒常性を抽出する能動的な過程である、と著者はいう。(様々な光線の状態のもとで木の葉の表面の色を常に一貫して緑と判断する など)

    また、美術作品に含まれる、ある美的な属性(形、色、傾き、動きなど)を鑑賞するためには、その属性を選択的に知覚するための脳のある領野・細胞が必要であるという、視覚美のモジュール性が主張される。

    そして、それら複数の処理・知覚システムを経た情報はいかに統合されるのか?という問いに対して、統合をおこなうような単一の意識は存在しない、と答える著者の説は興味深い。

    しかし、これらを知るには、7~9章だけ読めばよい。それ以外は、美術史上の画家たちの言葉に、解剖学・生理学の知見を都合よくあてはめているだけで科学的でない。

    1章に断りがあるとおり美術作品が呼び起こす情動について本書では扱われない。脳科学・神経科学で未だ語れないことの多さがよくわかる本。

  •  色々な見方がある。五感の中で眼から得る情報量は他の器官を圧倒している。色・形・距離・大きさ・質感などなど。しかしながら、「見る」という脳の構造はいまだによくわかっていない。少し前までは、脳の中で「誰かが」見ているような説明がまかり通っていた。脳神経科学が少しずつ紐解きだしたのは最近のこと。

     <a href="http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080731/p1" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080731/p1</a>

  • モネやピカソの芸術を鑑賞しながら、最新の脳研究による解説を楽しんでいくユニークな本。脳のいろいろな領域と絵画要素の研究からミケランジェロ、フェルメール芸術の真髄まで、従来の美術論にない新鮮な切り口で語る。

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