現代中国の父 トウ小平(下)

制作 : 益尾知佐子  杉本孝 
  • 日本経済新聞出版社
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本棚登録 : 75
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (560ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532168858

作品紹介・あらすじ

21世紀アメリカ最後のライバルとなった超大国・中国。下巻では経済発展の原動力となった広東と福建の門戸開放という実験からストーリーが始まる。毛沢東時代には考えられなかった人民公社解体、香港返還と一国二制度の導入といった成功を積み重ねながら、時代は天安門事件へと向かう。武力弾圧のために軍隊出動を命じた〓(とう)小平は、人民と共産党のあいだに生まれた大きな亀裂をいかにして埋めていったのか?最高の外交関係書に贈られるライオネル・ゲルバー賞、全米出版社協会PROSE賞特別賞を受賞した名著。「年間ベストブック」にエコノミスト誌、FT紙、WSJ紙等が選出。

感想・レビュー・書評

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  • 天安門事件の部分が印象の残ります。

  • 「幹部らは職権を乱用し、現実からも一般大衆からも目を背け、偉そうに体裁を装うことに時間と労力を費やし、無駄話にふけり、ガチガチとした考え方に縛られ、行政機関に無駄なスタッフを置き、鈍臭くて無能で無責任で約束も守らず、問題に対処せずに書類を延々とたらい回しし、他人に責任をなすり付け、役人風を吹かせ、なにかにつけて他人を非難し、攻撃し、民主主義を抑圧し、上役と部下とを欺き、気まぐれで横暴で、えこひいきで、袖の下を使えば、他の汚職にも関与している。」最近の話ではない。1980年の鄧小平の幹部に向けた談話だ。しかしその鄧小平自身が10年も立たずに民衆の感覚から遠ざかり、支持を失い、弾圧する側に回ってしまったのも皮肉な話なのだが。

    改革開放を押し進める鄧と、より慎重で穏やかな発展を望むもう一人の幹部で当時中国に置ける経済政策の最高の専門家陳雲。経済に関する考え方は違うがアクセルとブレーキはお互いが行き過ぎると制御するように働き良いコンビだったように見える。海外からの技術導入が進みすぎると財政が不安定になり、陳がストップをかけ、発展速度が鈍り失業率が増えるとまた鄧がアクセルを踏む。改革開放は高インフレを生み民衆の負担が高まると陳がインフレファイターとして押さえつけた。資本主義社会では金融政策を使うのに対し中国は供給と投資を抑制したのが違う所だが。インフレと失業率の間で揺れ動いたり、それに対し民衆が不満を上げるようになったのは毛沢東時代より中国が民主的になったからだとも言える。

    中国の改革開放に最も積極的に協力したのは日本だった。資本主義社会の知財を理解しなかった鄧は日米などに最先端技術の導入を要請した。当時の日本の経済界はいずれそれが自分たちの競争力に跳ね返ってくるとわかった上でできるだけそれに応じていた。新日鉄の技術を導入した宝山鉄鋼や井戸を掘ったエピソードで有名な松下もそうだ。対中戦の償いをしたいという経済人の思いや、将来的に大きな史上になることを見越した計算などいろいろな事情を含めても1980年代は日中関係が最も近づいた時代だったように見える。天安門事件後最初に中国に対する制裁の緩和に向けて動いたのも日本(とアメリカ)だったが、残念ながら天安門事件は中国政府が求心力を働かせるために愛国教育とセットで反日教育を施したため報われていない。江沢民が原因だと思っていたのだが愛国教育自体は鄧のアイデアでもあり江はそれを忠実に実行した。

    鄧はソ連のアフガン侵攻やいずれ軍事費の肥大が問題になると正確に予測していた。カンボジアに侵攻し東南アジアの派遣を狙いソ連と協調するヴェトナムに対しては侵攻し抗戦する構えを見せた。ヴェトナム戦争で鍛えられた敵にかなりやられてはいるがソ連の介入を牽制すると言った目的は果たした様だ。その後は600万以上いた軍人を300万人台に減らして軍の近代化、精鋭化を進めようとした。文化大革命中に徴用された軍人はここでもやはり役立たずだったらしい。一方で300万人の雇用を吸収するためにも経済発展が欠かせないのは鄧にとっては明らかだった。

    鄧の改革開放をすすめる実行部隊が胡耀邦と趙紫陽だが二人とも学生デモが原因で失脚した。胡は学生の自由を鄧が許す範囲を超えて奨励し中国の安定を揺さぶると評価され、趙も天安門事件の責任をとらされた。胡耀邦の失脚後失意の死に対して集まった学生は民主化を訴え、具体的な戦略を持たずに抵抗すれば政府に主張が通ると考えていた様だ。最初は整然としていたデモも後に先鋭化し、警官隊は北京市民の抵抗にあい無力化され軍隊が出動した。鄧からすれば学生達は改革開放による教育と経済発展の恩恵を受け、それを支えて来た政治の安定化に乗っかりながらその政治の安定をぶちこわす集団でとても許せるものでもなく、弾圧も当然と考えていた。一方学生達からすれば経済発展の恩恵を受けたのは教育も受けていない目端の利く商人ばかりで、自分たちには職業選択の自由さえない。(今では左うちわの公務員だが当時はそれほど待遇がようなかったらしい)鄧からすればいくら最先端の技術を導入してもそれを支える優秀な人間の管理がなければ機能しないので工業界やそれを支える公務員に優秀なものをつけるのは国を発展させるためには当然だからだ。胡や趙などは優秀な科学者や知識人を働かせるためのモチベーションはより自由な裁量権を与えることであり、特に胡がその最先端を走ったが逆にそれが中国の安定化を揺るがしたと批判されることになった。

    鄧を批判する人は最後に民主化を弾圧したことを挙げ、逆に賞賛する人はおかげで中国には東欧や最近のアラブの春の様な混乱が起こらなかったという。個人的には鄧小平が望んだ民主化にはそもそも無理があるのだと思う。共産党が許す範囲での自由と民主化、そもそもその幹部が民主的なプロセスで選ばれたとは言えないし、民主主義と自由主義がより多くを求めるのは当然だろう。ただそれは中国にいてはわからないし認められないのかも知れない。

    失脚した趙に変わり総書記に選ばれた江は上海市長時代に学生デモを舌先三寸でうまく治めた実績が評価された。頭でっかちの学生達とは違いリンカーンのゲティスバーグ演説を英語でそらんじるなど役者が一枚上だった。軍や党中央での経験は乏しかったが一旦やらせてみると改革開放をすすめる鄧達だけでなくより保守的な陳ともうまくやれると言うところも評価された。恐らく頭はいいのだろう、だから天安門事件を二度と起こさないためには若者をまとめるための求心力が必要でそれには愛国教育が有効だと正確に理解した。日本からすればこんなに迷惑なこともない。経済発展を重視し、恐らく腐敗や格差には目をつぶっている。(というか自分の一派が私腹を肥やすのは当然だと思ってたんでしょう)中国の民主化運動が江沢民を引き上げることになってしまうとはなかなかうまく行かないものだ。日本からすれば最悪の政治家だが中国を安定的に発展させたと評価している欧米の専門家もいる。いまのチベットやウイグル、格差や腐敗の拡大など問題を拡大しただけにしか見えないが。

    鄧小平は生涯を通じて頑固で粘り強く、私心はなく基本的には公平だった様だ。死体を永久保存した毛沢東とは違いその遺灰は海にまかれた。「韜光養晦、絶不当頭、有所作為(能力を押し隠し、決して先頭には立たず、時期を待て)」尖閣諸島がらみで鄧小平が棚上げ論を出したことに関してこの言葉を持ち出して中国の野望は力がつくまで待つと解説している例があるが、最後の一文は(できることをやれ)が正しいらしい。とり様によってはあまり大差はないか・・・習近平が権力を集中させているというがこの本をみている限り中国は内輪の争いを外に見せることには強い拒否感がありその点でだけは敵対関係にある双方が一致する。薄煕来事件がどれだけ異質だったかよくわかる。鄧小平ですら最後に南巡講話で軍が味方についたのを確認してやっと改革開放を本格的にすすめられたのであれば、軍の幹部がまだ胡錦濤の部下である間に習近平がどこまで独裁的になれるかは疑問だ。

  •  中国が世界第2の経済大国になる基礎は鄧小平という個性の存在によるものが大きい。鄧の人物に焦点を当てつつ、彼が信頼した部下・胡燿邦、趙紫陽を切らざるを得なかった事情、そして89年の天安門事件の背景とその後の展開を客観的な調査した事実に基づき淡々と書くがその動きの描写はドラマを見るよう。鄧が78年に3度目の復活をして、数年後に発展の基礎ができていたということには圧倒される。また鄧が米国、日本、韓国、ソ連、欧州と良好な国際関係を築いていく手腕父ブッシュ大統領、蒋経国との信頼の深さも凄い!驚きの連続。それらを学問的に節度を持って書いている。この本が中国で昨年出版され、ベストセラーにまでなった!中国の望ましい変化である。「領土問題は後の世代の知恵に」という彼の言葉は、心からの思いだったと肯ける。日中関係の改善へ向けてぜひこの本が貢献してほしい!

  • 【配置場所】工大選書フェア【請求記号】289.2||T||下【資料ID】11301235

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