森へ行きましょう

著者 : 川上弘美
  • 日本経済新聞出版社 (2017年10月11日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532171445

作品紹介

川上弘美さんの最新刊は、長らく待ち望まれていた恋愛と結婚を描いた長編小説。500ページ超えも一気読み必至の傑作です。

主人公は1966年ひのえうまの同じ日に生まれた留津とルツ。このパラレルワールドに生きるふたりの女性は、いたかもしれないもうひとりの「自分」。それは読者のあなたのもうひとりの「自分」かもしれませんし、留津とルツの恋人や夫も読者のあなたのもうひとりの「自分」かもしれません。

主人公の2人のように「いつかは通る道」を見失った世代の女性たちのゆくてには無数の岐路があり、選択がなされます。選ぶ。判断する。突き進む。後悔する。また選ぶ。進学、就職、仕事か結婚か、子供を生むか……そのとき、選んだ道のすぐそばを歩いているのは、誰なのか。少女から50歳を迎えるまでの恋愛と結婚が、留津とルツの人生にもたらしたものとは、はたして――

道は何本にも分かれて、つながっていて、いつの間にか迷って、帰れなくなって……だからこそ「人生という森は深く、愉悦に満ちている」。

装画と挿画はファッションブランド「ミナ ペルホネン」の皆川明さんが手がけています。
たくらみに満ちた造本にもご注目ください。

森へ行きましょうの感想・レビュー・書評

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  • 1966年生まれの女の一生、パラレルワールドで二つを軸にいくつか物語は広がる。時代を反映した内容や、女の恋愛、結婚を描く。主人公以外にも同じ人と思われる人が互いの世界に出てくるので、私は少々混乱するところも。結婚か、とか子供を生むとか、嫁集と問題とか、選択を迫られる、自分と重ねて読みました。誰にでも起こりうる、誰でも森に迷い、進んで行く。どの選択肢にも嬉しいこと悲しいことはおきる、選択肢は自分で選ぶ、迷いながらもしっかり歩かなくちゃね。なかなか面白く読めました。

  • 高度経済成長時代に生まれたルツと留津。
    旧約聖書に登場する女性の名前を与えられたふたりの少女の成長を描いている。
    彼女たちの生まれた境遇は似通っているようで異なり、パラレルワールド、という言葉が浮かぶ。

    成長するに従い、ふたりの「るつ」の人生はまったく異なった軌跡を描く。
    友人知人として同じ名前の人物が登場するが、ルツにとって大切な友人が留津にとってはまったく違ったり、現れる人物とふたりの関係性がまるで違うのが面白い。

    ふたりの人生(時折、アクセントのようにそれ以外の「るつ」の人生も挟み込まれる)は決してドラマティックなものではなく、それでもそれなりに山もあれば谷もあり、悩みもあれば喜びもあり、一見幸福なようで不幸であったりもする。

    当たり前のことだけれど、それが「生きている」ことなんだな、と思う。どのような人生であっても、人はとにかく生きていかなくてはいけない。

    無数の選択肢があり、無数の人生があり、無数の「もしかしたら今とは違う自分」がいるけれど、そのどれがいいとか悪いとかではなく、ただ「生きていく」。
    尊かろうが、卑しかろうが、誰もが意識せずにそうやって日々を過ごしている。
    その人生に優劣はつけようがなく、判じることは誰もできない。ただ一回限りの、でもとりたてて特別でも何でもないもの、それが、生きる、ということなのかもしれない。

    そんなことをふと思った。

  • 先が気になり、一気に読んだ。と言っても、たびたび考えさせられ、手を止めた。女性の人生の単純さ、複雑さ…

    最初は作者自身の理系であり文系である部分が、留津とルツの2人になっているのかな、みたいな単純さで読んでいた。早い段階で、そんな文系理系は関係ないわ、みたいな感じになった。でも、結婚、子育てと進む留津さんと仕事を続けるルツさんという単純な分け方で私は読み進めていく。意識せずとも、私自身の生き方に近い留津さんの感情が自分のことのように思われる箇所が多かった。だからといってルツさんの気持ちが全くわからないわけではない。自分ではない2人が、でも、なんか自分と重なり、読み進めていく。最後の方では流都さんやるつさん、瑠都さん、る津さんまで現れる。

    誰しもあの時あちらの道を選んでいたら、というポイントがあり、そのポイントはどんどん増えていく。
    私などは、もう一方に進んだ道を意地でも考えないみたいなところがあるのだけれど、そういう人の方が少ないのだろうか、多いのだろうか。
    その時に、今が分かれ道と気づくときもあれば、あとから振り返って、あそこがポイントだったのだなと思う時もある。

    でもこの小説に従えば、分かれ道があるのではなく、森の中に道はなく、どの方向にも進める。人の通ったことのない道、自分だけの人生を手探りか、勘か、匂いか、光か、闇か、何かしらの方向に進んでいくのだ。
    生きてる限りずっと。
    「森へ行きましょう」は「生きましょう」ってこと。

    これが新聞小説だったなんて。毎日楽しみだったろうな。


  • タイトルが良いです。パラレルワールドものが苦手なのもあるが、ルツと留津だけかと思いきや、途中で増えます。大混乱です。
    川上さんの少し意地悪な作品が好きなので満足です。厚みがすごいけどスラスラ読めました。

  • 新しい友達ができる。恋をする。結婚する。ちょくちょく悩む。
    ルツたちの人生は、巷にあふれるフィクションがすでに語り尽くしたような出来事ばかり......なのだけど、当人にとってはやっぱり一大事の連続なのだ。ストーリーだけ見れば平凡なようで、心の中は波乱万丈、容赦なく荒波が寄せては返す。普通に見える生き方って、実はすごくスリリングなのかもしれない。そう思わせてくれる。
    行きたい方向へではなく、行ける方向へ進んできた......そんなことを主人公が独りごちていますが、同じことを知人女性がぼやいていました......。川上弘美さんの、世の女性たちへの理解力はすごいな。

  • 500ページ超え!でも、するする読めちゃいますw

    1966年ひのえうまの同じ日に生まれた留津とルツ。
    パラレルワールドに生きるふたりの女性は、いたかもしれないもうひとりの「自分」。

    主人公の2人のように「いつかは通る道」を見失った世代の女性たちのゆくてには無数の岐路があり、選択が・・・。

    選ぶ。判断する。突き進む。後悔する。また選ぶ。
    進学、就職、仕事か結婚か、子供を生むか……

    そのとき、選んだ道のすぐそばを歩いているのは、誰なのか。少女から50歳を迎えるまでの恋愛と結婚が、留津とルツの人生にもたらしたものとは――

    道は何本にも分かれて、つながっていて、いつの間にか迷って、帰れなくなって……

    だからこそ「人生という森は深く、愉悦に満ちている」。

  • 結婚しても苦労するし、結婚しなくても苦労する。どちらの道を選んでも、楽に生きられるということはないのだ。

  • これは、川上弘美によるコペンハーゲン解釈的世界あるいは平行世界を描いた小説、と読むのが素直な読み方なのだろうけれど、どことなく芥川龍之介の「藪の中」に通じる世界観がある。冒頭の全く同じ文章から始まる二つの段落や、中盤に挿入された鏡面のあちら側とこちら側の描き方などは、一つの量子力学的粒子がどちらとも決定できない選択肢、別々の可能性を広げていく様に擬えてみるのがしっくりとするとは言え、それだけでは何かをつかみ損ねたという思いが残る。

    小説の中の出来事に小説家の私生活を読み取ろうとしてしまうのは悪い習慣だと思いつつ、この小説の主人公の一人(あるいは量子力学的可能性の一つである主人公)が告白するように、絵空事の中にいつの間にか現実の人物が投影されたり秘めた思いが具現化されたりすることはあるだろう。例えば、公立の学校から生物学を学ぶ世界に入り研究者の中で生活する主人公も、女子校から短い社会人生活を経て主婦となりやがて小説を書くことになる主人公も、そこかしこに川上弘美自身の人生の一部が投影されているようにもみえる。そうなると、作家がこうであったかも知れない自分というものを描いていると読めてもしまう訳で、振り出しに戻って川上弘美自身のコペンハーゲン解釈的世界を描いた小説なのだということにもなる。

    しかし、藪の中の一つの死体を巡る証言が語る人毎に異なるように、一人の人生をどのように読み取るのかもまた、読み取る人によって変わってしまうことは避けられないだろう。どこまでが中立的に正しいと思われる現実と対比可能な出来事で、どこからが後から付け加えられた虚構なのか、ひょっとしたらそれを知ることは永遠に不可能なのかも知れぬ。答えは全て藪の中ならぬ森の中、川上弘美がニヤリとしながらそう言っているようにも思える。

    これは全ての読者に起こることではないとは思うけれど、小説の中の時間軸が自分の人生の時間軸と近いところに設定されているので、その時間軸に沿った自分の人生もまた思わず見つめ直してしまう。その振り返りは自然と自分自身の人生の行く先をも見つめることに繋がってゆく。やがて小説の中の同時平行世界は、ある時点で断ち切られるように止まる。そして森の深さ(それを暗さと言い換えてもよいけれど)に言及しながら途方に暮れたように小説も終了する。振り返ってきた自分自身の歴史も現在に追いつき、足下の三次元的座標を確認する行為を引き寄せる。そうして位置を特定された粒子の速度が定まらなくなるように自分が人生の中で進んでいる早さもベクトルも不確かなものに感じる。ニュートン力学的な慣性を感じつつも、途方に暮れたような心持ちがひたひたと忍び寄る。もちろん自分自身の将来についての可能性は幾つもある筈だが、それは深い森の中に引かれてゆく細い細いけもの道のようなもの。足元のこの道筋が何れの細道へ向かっているのか、ただ闇雲に藪の中をかき分けて進んでゆくことになるのか、それすらも森の暗さは隠したままだ。森へゆきましょう、鳥が鳴くあの森へ。森には花が咲いていると思いたい。たとえそれがどんな花であったとしても。

  • まだ若くて、
    ささいな失敗でも
    人生の汚点!・・・くらいに感じていた頃は
    何か上手くいかないことがあると、
    『あっちの方を選んでいたら・・・』と
    後悔したり、
    『あの学校に合格していたら・・・』
    『あの人と同じクラスじゃなかったら・・・』と
    もしかしたらあったかもしれない人生に思い馳せてため息をつくこともあった。

    留津とルツ。
    同じ日におなじ『るつ』として生まれた二人は、
    自分だったかもしれないもうひとりの自分だ。
    だけど人生は全てが小さな選択や決断やささいな偶然に満ちていて、
    選ばなかった方の自分は
    流都、るつ、瑠都、る津・・・と無限に出現するのだ。
    たくさんの『るつ』たちと同じ年に生まれた私は
    今ならわかる。
    たとえどんな人生を選んでいたとしても、
    きっと人は日々小さなことにクヨクヨし落ち込み
    たまに他人をうらやんだりもしながら、
    それでもオリジナルな自分をせいいっぱい愛おしく思いながら生きて行くしかないのだ。

    『るつ』たちと同じように、森の中で
    迷ったり悩んだりもしながら
    それでも思い通りにならない人生の面白さを
    これからも味わい尽くすぞと
    心密かに決意するのでした。

  • ページ数が多くて心配だったけど、どんどん読み進めた。
    人生には分岐点がいくつもあって、その都度パラレルワールドが展開していく。自分のこととしてもよく考える。

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