危機と人類(上)

制作 : 小川 敏子  川上 純子 
  • 日本経済新聞出版社
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本棚登録 : 359
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532176792

作品紹介・あらすじ

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ大絶賛!
「国家がいかに国難を乗り越えたか?明快な筆致に引き込まれる。本書は、地球規模の危機に直面する全人類を救うかもしれない」

国家的危機を突破した国家と、崩壊した国家の分水嶺はどこにあるのか。

ペリー来航で開国を迫られた日本、ソ連に侵攻されたフィンランド、軍事クーデターとピノチェトの独裁政権に苦しんだチリ、クーデター失敗と大量虐殺を経験したインドネシア、東西分断とナチスの負の遺産に向き合ったドイツ、白豪主義の放棄とナショナル・アイデンティティの危機に直面したオーストラリア、そして現在進行中の危機に直面するアメリカと日本・・・・・・。私たちはそう遠くない過去の人類史から、何を学び取り、将来の危機に備えるべきなのか
『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』『昨日までの世界』で知られるジャレド・ダイアモンド博士が、世界7カ国の事例から、来たるべき次の転換点を人類が超越する叡智を解く!

感想・レビュー・書評

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  • 「危機」という言葉に惹かれる私。

    なんで、そんな本読んでるの?と奇異な目で見られもしたのですが、正直言います。
    めっちゃ分かりやすいし、面白いです。

    ジャレド・ダイアモンドといえば『銃・病原菌・鉄』を思い出す方が多いのではないでしょうか。
    本書は、国家の危機を乗り越える要因として、12項目を挙げ、それぞれの国がどのような項目をクリアして、危機を乗り越えたかが述べられています。

    上巻ではフィンランド、明治日本、チリ、インドネシアを取り上げているのですが。
    フィンランドといえば、教育!(と、かもめ食堂と、ムーミンと、サルミアッキ)しか知らなかった私ではありますが、じゃあなんで教育なんだ、となった時に、世界大戦から続く危機的状況が背後にあったとは!と目からウロコでした。

    私の好きな「地政学的制約」についても、美味しく調理してくれ、満足。

    続く、明治期の日本についても、選択的変化を採用し、国自体を、そして国が残したいものまで残せた好例として書かれています。
    日本を外側から見た意見として面白く読みました。

    チリのピノチェト、インドネシアのスカルノ、スハルトと、デヴィ夫人くらいの知識の私でも、この三人の名前、覚えられました(笑)
    ちなみに、国家的危機を扱ってはいるのですが、筆者はこの12項目は個人的危機にも当てはまると述べ、個人的危機12項目についても解説しています。

    下巻に進む!

  • 『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』、『昨日までの世界』など、広範な知識を元に人類の歴史をグローバルな観点で分析をしてきたジャレド・ダイヤモンドの最新作は、近現代史における国家的危機を分析したものであった。

    原題は、”UPHEAVAL: Turning Points for Nations in Chrisis”
    UPHEAVALという耳慣れない単語は、激動・動乱といった訳語が当てられる。激動や動乱は、一般的には非常に個別の事象で、その場そのときに固有のものである。本書では、国家的危機の事例がいくつか並べられているが、そういった意味で「危機と人類」と大ぐくりにされるのはいかがなものか感がある。地政学的な違いや歴史の違いから危機に対しての行動や結果も違っていたというのがこの本の主旨であるので、どこか人類一般に適用されるような一般論を語っているわけではない。

    本書で取り上げられるのは、まずはいくつかの過去の国家的危機 - 第二次世界大戦までのフィンランドの対ソ戦、日本のペリー来航から明治維新、1970年代から始まるチリの軍事独裁政権、1965年のインドネシアの軍事クーデーター、ドイツの第二次大戦後から東西統一に至る変遷、1972年のオーストラリアの白豪主義廃止を含む急激な変化、が取り上げられる。そして、現在すでに進みつつある将来の危機として、日本の女性の役割/少子化/人口減少/高齢化という社会的問題、アメリカの政治的妥協の衰退、気候問題などグローバルな危機、である。

    著者も断っている通りなのだが、この本で個別に取り上げられた国のリストは、著者自身が何らかの関係があり、自身の経験としてもよくしており、友人知人の話も直接聞くことができるという理由で取り上げたものであり、決して網羅的なリストでもない。少し考えればわかる通り、優先的に取り上げられるべき上位の国ですらないかもしれない。
    世界には興味深く取り上げられるべき「危機」と「変化」を経験した国には枚挙にいとまがない。
    例えば、隣国の韓国が二十世紀に経験したこと、そして今も分断された国としてあることは、どの国にも負けず国家が向き合う危機として記録され、分析され、記憶されるべきものだろう。地政学的な要因をこれほど強く受けて翻弄された国もそう多くない。チリで取り上げられた独裁者による悲劇では、その悲惨と与えた影響を鑑みるとカンボジアを外すわけにはいかない。フィンランドと同じように大国に翻弄された国でそこからの復活した事例としてはベトナムが外れることはないだろう。悲惨な結果を招いた民族対立とそこからの復興についてルワンダを始め、アフリカ諸国にも無視すべきではない多くの事例が存在する。国家としてのアイデンティティの観点からも南アフリカは、オーストラリア以上に興味深い事例である。そして、もちろん、かつてソビエト連邦として知られたロシアの歴史と連邦としての崩壊についても分析すべき価値がある。

    もちろん著者はこの本で取り上げた国が網羅的でないことは百も承知である。著者はこの研究をされに進めて、現代的な計量的手法を取り入れたいと考えていたが、そこには至らず、「本書は、叙述的な探索的研究」であり、「本書がきっかけとなり、今後計量的な検証がおこなわれることを希望する」としている。ここで取り上げた7つの国の事例だけでは、統計的に有意な結論を導き出すには少なすぎるのである。

    一方、危機に際してどのように対処するのかを分析するための下地として、心理療法において使われる個人的危機の解決の帰結を左右する12の要因を国家的危機にも当てはめる。その12の要因とは、①自国が危機にあるという世論の合意、②行動を起こすことへの国家としての責任の受容、③囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること、④他の国々からの物質的支援と経済的支援、⑤他の国々を問題解決の手本にすること、⑥ナショナルアイデンティティ、⑦公正な自国評価、⑧国家的危機を経験した歴史、⑨国家的失敗への対処、⑩状況に応じた国としての柔軟性、⑪国家の基本的価値観、⑫地政学的制約がないこと、である。これらの要因によって国家が危機に対応する行動とその帰結を理解できるのではというのが、本書で取り組んでいることのひとつである。確かに個人と国家において共通するところもあるが、そこから新しい定性的な結論を導くには至っていないという印象だ。

    なお興味深いのは、取り上げられた数少ないリストの中で日本に関するテーマが二度語られていることだ。一つ目は明治維新、そして二つ目は近年の少子高齢化社会の危機だ。著者の妻の親族に日本人と結婚した人がいるということもあって、日本に多くのページを割かれることになったのだが、それ以上に近現代史において日本という国が興味を惹く素材でもあるということだろう。日本と欧米社会の相違点として、著者は「日本人の親戚や学生、友人、同僚たりは口をそろえて」と言いながら次のように列挙する -「謝罪する(あるいはしない)こと、日本語の読み書きが難しいこと、黙って苦難を耐え忍ぶこと、得意先を丁重に接待すること、徹底した礼儀正しさ、外国人に対する感情、あからさまな女性蔑視的ふるまい、患者と医師のコミュニケーションのしかた、字の美しさが自慢になること、希薄な個人主義、義理の両親との関係、人と違うと周囲から浮いてしまうこと、女性の地位、感情について率直に話すこと、私心のなさ、異議の唱え方」。同意するところ、そうでないところはあるにせよ、著者のような知識人の間においても、日本人に対してこういった視点(ステレオタイプとも言えるかもしれない)がグローバルに共有されているということについては、日本人として十分に意識的である必要があるかもしれない。

    巷間言われるように、明治維新については、隣国の中国がいいように列強に扱われているのと対比して、その指導者層の対応について著者も非常に高く評価している。その要因として、明治政府が海外派遣などを通して自国を公正に評価して、冷静に判断を行っていたことを挙げている。それに対して、第二次大戦前の指導部、特に陸軍における慎重で公正な評価に必要な知識と経験の欠如が、彼らをして誤った行動に駆り立てた原因だとしている。
    また、明治国家の特徴として、国家神道という伝統に接ぎ木をしたような仕組みを浸透させることで強固なアイデンティティを形作っていたことを挙げている。それがどれほど強力であったかは、第二次大戦の降伏条件に国体の護持をあの時点でさえも必須の要件としたことや、「神風」や「回天」などの特攻兵器に多くの若い兵士が志願したことからもわかる。

    チリやインドネシアの近現代史は、この本がなければもしかしたら一生触れることはなかったかもしれない。多数の島々からなるインドネシアがひとつの国としてアイデンティティを保っていることはよく考えると不思議なことかもしれないが、そのためには国語が大きな役割を果たしたということや、植民地からの独立やクーデーターなどについては知ることがあまりに少ない。
    また、ドイツについては、冷戦終了後間もない1993年に個人旅行先でベルリンを訪れ、壁を挟んで東西の落差を見て、その後アウシュビッツ収容所後にも足を運んだが、そこに至る歴史を知っていたかと言われるとまったく心許ない。本書を読むと何よりもナチスとの向き合いが国家レベルとしても、とても重要であったことがわかる。著者はドイツと近隣諸国の関係と日本と中国・韓国との関係を何度か引き合いに出す。もちろん、ドイツの戦後のリーダーのふるまい含めて、ドイツが良い結果をもたらしている一方で日本はその事実に向き合うことに失敗しているという枠組みで語るのである。それに対して反対の意見を持っているわけではないが、軽々に語るべきことでもないようにも思う。ただし、ジャレド・ダイヤモンドのような人が冷静な観点でそのように語っていることに対しては謙虚に認識をするべきだと思われる。

    そして、現代の日本社会の課題について滔々と語る第八章は、耳が痛いところが多いのだが、著者に言われなくてもという思いも強い。日本は外圧により動くことが多い(これもまた課題のひとつかもしれない)ので、こういうことを言ってもらった方がよい方向に動くのかもしれないとも思う。女性の役割、少子化、人口減少、高齢化の他にも国債発行残高や移民の少なさも問題として挙げられる。一方で、人口減少は必要となる資源が少なくなることを意味することから大いなる強みになると考えていると続く。本当か、と思うとその次に高齢化はもっと大きな問題と続くので、それはそうだ。女性の地位については、自分が生きている時代の中でもそれでも大きく変わったと思うのだが、まだまだ全く不足だと説く。さらには韓国や中国との間でいまだに第二次大戦のしこりが残っているのは結果として失政としか言いようがない。

    著者は彼にとって身近なアメリカの格差問題、トランプの問題に触れ、さらに核問題、気候変動、資源問題、格差拡大、イスラム原理主義、などを挙げる。ちょっと風呂敷を広げすぎた感があり、結論が出ない問題をこねくっているような印象も受けた。

    自らが住む日本のことにも数多く言及されていたこともあり、眼から鱗が落ちた、といった部分は少なかったが、なかなか楽しめた。著者は、ここで採用したような国家危機の分析を広くまた定量的にも行ってほしいと考えているとのこと。この内容であれば、誰かと共著で『危機と人類 II』というものが出せそうである。御年82歳、誰か後継となるものをそこで指名してもよいのではなかろうか。

  • 地理学者であり、進化生物学者のダイアモンド氏が近代史に焦点を当て、近未来の人類への示唆を汲み取ろうとした著作。上巻は紹介する7つの国家のうち、フィンランド 、日本、チリ、インドネシアを紹介。

  • 危機に瀕した国家の採った行動の数々。特にフィンランドについてよく知らなかったので、非常に参考になった。

  • 相変わらずこの人の知識の幅は何というか超人的。今回は
    上巻はフィンランド、日本(幕末~明治維新)、チリ、インドネシアの歴史上の危機をとりあげ、それにどう対応してきたかを個人に生じる危機の対応(12の要因で説明される)の場合と対比する形で論じている。それにしても、日本の幕末~明治維新っていうのはやっぱり世界史的にも特異な例で、危機に極めて上手く対応できた例なんだなと改めて感動したりもした。 引用すると「明治日本は、選択的変化において重要だと私が考える要件をいくつも満たしている。危機の存在を認め、危機を解決する責任を負い、他国や他の人たちを改善の手本として使い、公正な自国評価を下し、強みを保持し、辛抱強く対処し、強いナショナル・アイデンティティを持ち、基本的価値観については譲らない、といった点である。」このほか、
    ・明治政府の指導者がめざしていたのは、断じて日本の「西洋化」ではなかったし、日本をヨーロッパから遠く離れた場所にあるヨーロッパ的社会にすることではなかった。
    ・明治政府の目標は、多くの西洋的要素を採り入れつつ、日本の状況に合うように調整し、日本の伝統的要素を多く残すことだった。
    ・明治の指導者たちは、自分たちが調整を加えつつ採り入れた西洋式の軍隊や教育などの諸制度が生まれた西洋社会について、驚くほど明確かつ包括的に理解したうえで、西洋化を進めていた。
    とにかく、危機対応のキーワードは「選択的」ということらしい。つまり「個人も国家も、かつてのアイデンティティを完全に捨て去り、まったく違うものへ変化するのは不可能であり、望ましいわけでもない。危機に直面した個人と国家にとって難しいのは、機能良好で変えなくてよい部分と、機能不全で変えなければならない部分との分別だ。そのためには、自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある。」ということ。きわめて説得的であり、やはり個人にも通じるものがあるような気がする。

  • 心理療法の分野で個人が精神的危機を乗り越えるために有効とされる12の要因を、かつて国家的危機に瀕した国々の歴史に当てはめて分析し、そこから今日の世界的課題の解決に向けた示唆を得ようとする著者の研究をまとめた一冊。

    著者はフィンランドやオーストラリア、日本など、自身との関わりが深い国々に関して得られた様々な知見をもとに、他国からの侵略や敗戦など、過去に国家的危機に直面した国々が復活した背景には、まず自国が危機にあることを認め、その克服に向けた責任を受容するとともに、自国の現状を公正に評価した上で、守るべきものと変えるべきものを明確にして対処する「選択的変化」という必要不可欠なプロセスがあり、さらには国としての柔軟性と忍耐、他国との関係性も重要になる場合があるという。

    著者自らが認めているように、本書の分析対象は著者がよく知る国に限られ、叙述的(定性的)な分析が中心となっているため、科学的根拠を基にした史実としての正確性については批判する向きもあるだろう。特に日本の戦争責任に関する記述は賛否両論があるだろうし、それは他国の分析についても同様かもしれない。ただ歴史の解釈は常に動くものであり、本書の日本に対する見解も、海外ではこのように受け止められることもあるのだという事実を理解する必要がある。その上で、著者が提起する核の脅威や気候変動などの世界的危機に対しても「選択的変化」を実現できるのか、そのために日本ができることは何かを考えるきっかけにしたい。

  • 「銃・病原菌・鉄」のジャレド・ダイアモンドの最新作。フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカを取り上げ、これらの「近代国家において数十年間に生じた危機と実行された変化についての、比較論的で叙述的で探索的な研究」を行った書。キーワードは「選択的変化」と「モザイク」。

    著者は、個人的危機の帰結を左右する12の要因とのアナロジーで導き出した、国家的危機の帰結にかかわる12の要因に従って、各国の危機への対応を比較考察している。この整理分析自体はあまりピンとこなかったけどなあ。

    フィンランドの対ソ戦争とその後の(ソ連に追従し信頼を維持しつつ西側との関係も進展させた)綱渡り外交、チリの残虐非道なピノチェト軍事独裁政権の成立・失脚経緯とその残滓、インドネシアのスハルト軍事独裁政権の功罪とナショナル・アイデンティティの成立等、本書が語っている諸外国の近現代史は知らないことばかり。勉強になります。

    日本についても、日本の幕末維新期と第二次大戦突入期の状況について、「明治日本の指導者と、一九三〇年代、四〇年代の日本の指導者では、公正な自国評価をおこなうための知識や能力に違いがあった」、「一九三〇年代の日本では、海外経験のある長老級の指導者たちが、海外経験のない若い急進派に恫喝され、威圧され、何人かは暗殺された。幕末期の一八五〇年代末から六〇年代にかけて過激な志士たちが当時の日本の指導者たちを恫喝したり暗殺したりしていたのとそっくりだ」等の指摘は鋭いと思った。確かに、明治の元勲は馬関戦争や薩英戦争で痛い目に遭ってるし、岩倉使節団で欧米を巡ってその高度な文明に圧倒されて、嫌というほど身の程を知っただろうからなあ。

    下巻では、ドイツ、オーストラリアの危機を検証するとともに、日本やアメリカに進行中の危機ついて論じるという。特に、アメリカについては、民主主義の伝統が根付いていたチリで政治の二極化から軍事クーデターが起こり独裁政権が成立してしまったことを踏まえて、今後の状況を論じるという。楽しみ。

  • フィンランドやチリ、インドネシアの多くの国民の血が流され、現在の国の姿になっていることをはじめて認識できた。日本の明治維新についても大変わかりやすく記述されている。
    自分の覚書として「帰結を左右する要因」を記載させていただく。

    個人的危機の帰結にかかわる要因
    1 危機に陥っていると認めること
    2 行動を起こすのは自分であるとい責任の受容
    3 囲いをつくり、解決が必要な個人的問題を明確にすること
    4 他の人やグループからの、物心両面での支援
    5 他の人々を問題解決の手本にすること
    6 自我の強さ
    7 公正な自己評価
    8 過去の危機体験
    9 忍耐力
    10 性格の柔軟性
    11 個人の基本的価値観
    12 個人的な制約がないこと

    国家的危機の帰結にかかわる要因
    1 自国が危機あるという世論の合意
    2 行動を起こすことへの国家としての責任の受容
    3 囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
    4 他の国々からの物質的支援と経済的支援
    5 他の国々を問題解決の手本とすること
    6 ナショナル・アイデンティティ
    7 公正は自国評価
    8 国家的危機を経験した歴史
    9 国家的失敗への対処
    10 状況に応じた国としての柔軟性
    11 国家の基本的価値観
    12 地政学的制約がないこと

  • ダイアモンド博士の危機をどう切り抜けていったか国家の事例を基にわかりやすく解説していく書であった。チリ、インドネシアは軍事的に国が危機的状況であったが指導者のおかげで立ち直った。個人的危機に対しても公正な自己評価と柔軟性でもって対応する必要性が分かった。過去の理解、自分に何ができて何が出来ないのかを公正に自己評価する、工業化がフィンランドの経済成長等 身の処し方をよく教えられたと思う。

  • 例として挙げられた国の歴史を学べる点、日本が外からどう見えるのか知ることができる点は良い。しかし、筆者の他の著書と比較して、ロジックが弱い。他の著書では門外漢であることがむしろプラスに働いている印象だが、本書では、政治・歴史についての学問の積み重ねが十分生かされていないことが課題である印象。日本についても、謙虚に外からの視点として受け止めるべきだと思うし、そのようにできた面もあるが、やはりロジックが弱く、反発する気持ちにもなる

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著者プロフィール

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学教授
1937年ボストン生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めるが、やがてその研究領域は進化生物学、鳥類学、人類生態学へと発展していく。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学教授を経て、同校地理学教授。アメリカ科学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ哲学協会会員。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス賞、ピュリツァー賞、マッカーサー・フェロー、ブループラネット賞など受賞多数。

「2019年 『危機と人類(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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