危機と人類(下)

  • 日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532176808

作品紹介・あらすじ

ペリー来航によって開国を迫られた日本。外からの勢力によって引き起こされた危機に直面した国家は、どのような改革によって生き残ることができたのか。

そしてそのなかで意識的かつ選択的に残された伝統と、除去された因習とは何だったのか。なぜ日本が世界のなかでも独特で豊かな工業国になれたのか、その理由は明治時代における変貌を見ていくことで理解できる。そして、明治時代に形成された意思決定の過程が、後の中国大陸への侵攻や、第二次世界大戦での壊滅的な敗北に結び付く。

いま日本は現在数多くの国家的な問題を抱えている。そのうちいくつかは日本人が懸念し、いくつかは日本人が無視しているように見えるものだ。女性の役割、低い出生率、人口減少、高齢化、膨大な国債発行残高・・・・・・現代日本の危機は、明治維新の再来によって対処できるのだろうか。再び基本的価値観を選択的に評価しなおし、意味が薄れた価値と意味のある価値を選別し、意味のある価値を新しい価値と混ぜて、現状に適応できるだろうか。

下巻では、博覧強記の博士が、日本、アメリカ、世界を襲う現代の危機とその解決法を提案する。

感想・レビュー・書評

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  • 読み終わりましたー!

    ちょっとした達成感(笑)
    上巻レビューも割と詳しく書いたので、こちらは概要的なものは飛ばして、中身に入ります。

    上巻に引き続き、国家が危機を乗り越えた事例としてドイツとオーストラリアの紹介があります。

    ドイツについては、敗戦にまつわる自己憐憫的な振る舞いから一転し、政治的中枢を担う人物がきっちりナチスドイツの暴虐を謝罪し、教育にもその反省が生かされている点が評価されていました。
    その点で、曖昧な態度を取り続ける日本の今の問題点も、後の章で取り上げられます。

    オーストラリア編では、母なる国イギリスへの奉仕を中心に進んでいきます。
    これを読んだ時、オーストラリアではなくニュージーランドに行ったときに受けた感じに、あれはイギリス系住民のプライドだったんだな、と思い当たる部分がありました。
    まぁ、英語全然出来ない自分がダメだったんですけどね(笑)

    第3部からは、現代の日本とアメリカが抱える危機について述べられます。

    日本については、少子高齢化と移民受け入れに対する消極性のこと。
    そして、資源がないのにサスティナブルな運用をしていかないこと。
    更に、教育の行き届いている国なのに、女性の登用にはまだまだ壁があるということが主でした。
    個人的には、女性に光が当たりつつあるという感触がありましたけど、筆者から言わせると根強い壁が残っていて難しいとあって、そういう風に捉えられているんだな……と思いました。

    この第3部については現在進行形の危機ということもあり、やや教訓的で、そこがちょっと読みづらかったです。
    なので、上巻は星5つ付けたんですが、下巻は1つ減らすことにしました。

    上下巻共に、時間はかかりますが、読みやすい!
    方法論としては大学生の方にオススメします。
    んー。楽しかった!

  • 「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」などジャレド・ダイアモンドによる、人類・国家はこれまでどんな危機を迎え、いかに乗り越えてきたか、21世紀において世界はどのような危機を迎えるのか、に迫った一冊。
    下巻で紹介されるのは、ドイツ、オーストラリアが第二次世界大戦後に迎えたアイデンティの危機、そして進行中の危機、としては日本、アメリカ、世界を取り上げます。
    二十世紀前半を混乱の中で過ごしたドイツは、第二次世界大戦後の東西ドイツの分断、ナチスの負の遺産と近隣諸国との和解などの問題を内包した。
    オーストラリアは第二次世界大戦の混乱の中で、自分たちが「イギリス」ではない、と理解して新たなアイデンティティ確立に迫られた。

    日本の進行中の危機としてあげられるのは女性問題、隣国・中韓との関係性、少子高齢化と移民、非持続的な資源管理。
    まあ項目自体はよく聞くものではあり、反論したくなる部分もありますが、状況は耳が痛い。
    結局は公正な自己認識ができていないこと、責任を受容なのだろうけど、なんでこうも対策が打てないんでしょうね。本作に照らし合わせれば、自己認識すべき情報はあり、参考にできる他国もある。特に女性問題においては遥かにうまくやっている他国が多々ある。

    アメリカに住む著者なだけあり、アメリカの危機には切迫感が強い。民主主義崩壊の兆し、民主的選挙制度の崩壊、格差拡大、など2-3世代前のアメリカの強みであった部分が、現在は脅威になっている。
    世界危機としては核兵器、気候変動、エネルギー問題、格差、など。


    上下巻と合わせて結構なボリュームですが、個々の事例はそこまで長くもないので、区切って読み進めていけました。
    ストーリーとしては面白いです。客観性については上下巻とも不完全。特に国家という組織が一個人のような情緒的な行動原理を持つもののような描写もあり、これは気になるところ。
    まあこれらは著者も書いている通りです、定量的評価を目指した論文の紹介はあるものの、今度は個々の特異性の排除の問題が出てきて、なかなか両立しないでしょう。(そもそも危機って特異なものですし)

    ジャレド・ダイアモンド氏は誠実な知の巨人という感じで、世の中知らないことだらけだな、と思えてやっぱり面白いです。

    あとタイミングとして、この本は2019年の11月発売、つまりCOVID-19以前の危機を問題にしています。本作にウイルスの話は出てきません。多くの読者が「一番身近な危機がないじゃん」と思ってしまうでしょう。今回の世界規模の危機については、どういう言及だったのか、気になるところだし、著者はご高齢ですが、「銃・病原菌・鉄」を書き進化生物学の博士でもある方ですので、続編に期待しておきます。

  • 注)感想は上巻と同じです

    ジャレドさん、銃病原菌鉄に続いて2冊目。
    この本では、いつくかの国に訪れた危機と、その危機にどのようにして対応したのかが描かれている。

    まず、はじめに思ったのは、知らないってことは恐ろしいな、と。この本に書いてあることが、真実なのかどうか、私には確認する術がないけど、それでも、歴史について知ることは自分の考え方に幅をもたらしてくれるような気がする。

    例えば、フィンランドの話し。ソ連との関係性について、その内情を知らない人から見たら、なんでそこまでソ連の機嫌を伺うような振る舞いをするのか、理解ができないことだろう。でも、それまでのソ連との関係からフィンランドの人々がどのように考えるに至ったのかを知れば、理解できるようになる。

    日本についても、明治維新後の日本については、危機への対応が良かったことが書かれているが、第二次世界大戦や昨今の日本には対応の不味い点が指摘されている。特に戦後のドイツとの比較で、戦争時の過ちに対して正確な自己評価が不足している、と指摘する。ドイツは過ちを詫び、自国内でその過ちについて、きちんと教育しているが、日本ではいまだに戦時の教育ではそうした負の部分が正確に伝えられていない。わたし自身、どちらかというとこの作者の指摘通り、日本がそこまでひどいことをしていないのではないか、という幻想を抱くことがあったように思う。

    歴史に学ぶことの重要性を考えさせられる本でした。

  • 読み終わってから知ったけど、「銃・病原菌・鉄」の著者なんだ!!
    この本はいくつかの国の危機(日本も開国と敗戦の時で取り上げられている)について、12の視点で分析したもの。
    歴史、心理、政治、経済、気候などなどを複合的に学べる一冊。
    そして、国や組織、個人が危機に陥った時に頭を落ち着かせて、状況を把握し、危機の原因を分析し、対応法を考えられるようになる助けにもなるかもしれない。

    そして、日本への厳しい指摘はできるだけ多くの日本人に読んでほしいし、受け止めなきゃと思う。

    因みに、分析軸は下記。
    1.危機に陥っていることを認める
    2.責任を受け入れる。被害者意識や自己憐憫、他者を責めることを避ける
    3.囲いをつくる/選択的変化
    4.他国からの支援
    5.他国を手本として利用する
    6.ナショナル・アイデンティティ
    7.公正な自己評価
    8.過去の国家的危機の経験
    9.国家的失敗に対する忍耐
    10.状況に応じた国としての柔軟性
    11.国家の基本的価値
    12.地政学的制約がないこと 

  • 日本を含む7つの国家について、そのターニングポイントとなる歴史と特徴を、個人の危機とそれへの対応に照らし合わせて理解する。

    読み始めは、なぜ個人と照らし合わせる必要があるのかやや理解不能だった。
    だけど、読み進む内に理解できる。個人に生い立ち・経験等に裏打ちされた人格があるように、国家にも性格があるのだ。
    それはブラックジョークやヘイトスピーチに見られるような国籍ステレオタイプ、みたいな単純なことではなくて、その国の立脚する環境(例えばどこと国境が隣接しているか)や、その国が誇らしく・或いは苦々しく思い出し、しかも広く国民が共有する歴史(特に、危機についての)によって、否応なしに刻み込まれてきたもの。

    そして、これこそが本書の存在意義だと思うが、渦中にいると置かれた危機環境には気付きにくい!
    日々わたしたちは、あまりに頻繁に危機感を煽られ続けている。
    常に日本は変革が急務だし、深刻な問題に囲まれてて、でも他の国家も同様にいくつもの大きな問題を抱え変革を迫られているように見える。コロナ前は全人類共通の危機への実感が希薄だったし、それじゃわたしたち日本人の状況はどの程度ヤバいのかなんて認識する機会もなかったと思う。
    本書の客観的事実や比較によって、日本がまさに危機、ヤバい状況らしいことが認識できる。対応すべき方向性も示唆される。
    良薬口に苦い、グローバル版『シン・ニホン』といった印象。

  • 【ドイツ】
    ナチスの蛮行に対して、終戦後の国民は、ナチスの犯罪は一部の指導者が行ったことであり、一般職員や兵士に罪はないと考えていた。
    しかし、その後バウアーが、ナチスの犯罪に対する個人の責任を問うべし、とし下級職員を裁き、ドイツ人が自らの罪と向き合うインセンティブを作った。
    1968年(45年前後に生まれた子供たちが20歳になるころ)に、世界的に学生運動が活発になる。ドイツでは、若者世代が上の世代をナチ世代とみなし、世代間の断絶が広まっていた。

    ドイツは地政学的に、四方八方から攻め込まれやすい条件下にある。ドイツのナショナル・アイデンティティは強固であり、何世紀にも渡る政治的な分断があったにもかかわらず、一つの国であるという意識を持つことができた。

    【オーストラリア】
    イギリス人入植者が大多数を占めたオーストラリアでは、イギリス軍が撤退したときも、アメリカとは違って独立戦争は起こらず、イギリス自身ももともとオーストラリアに自由に政治を任せていた。
    オーストラリアの主要な都市はそれぞれが隔たっており、都市ごとに輸入税を取るなど、アメリカとは違い植民地の統一という機運が生まれなかった。
    その後、オーストラリア連邦が1901年に誕生するが、白豪主義は残り続け、オーストラリアは一つの人種による国家が適当であるという共通意識が国民にあった。そのため、イギリスが母なる国であり、オーストラリアはあくまで一つの州であると考える人が多かった。
    WW2が勃発し、日本がシンガポールを攻撃しようとする。軍事的な戦力を少ししか持たないオーストラリアに対し、イギリスが「オーストラリアは守る」と約束するも、日本に惨敗する。ここから、イギリスへの連帯感は急速に弱まり、白豪主義の撤廃に繋がる。
    その後、アジア諸国の独立と経済発展、イギリスがオーストラリアを持ち続けるメリットが無くなったことから、次第にイギリスとの関わりが減り、独立した「オーストラリア」へと向かっていった。

    【日本について】
    強み:経済、人的資本の質の高さ、社会的安定性
    弱み:国債残高(ほとんどが社会保障費に充てられるため、経済の成長エンジンへの投資が弱い)
    女性→賃金の低さ、管理職の少なさ、
    少子高齢化、移民の少なさ、自然資源管理(資源、食料の輸入大国)

    日本に迫っている危機:今の時代には合わなくなった伝統的価値観、自国の被害者意識、公正で現実的な自国認識の欠如

    【アメリカについて】
    強み:富の豊かさ、豊富な資源、豊かな土壌、水運の便利さ、防衛力、強固な民主主義と連邦制(どこかの州で法律を実験してから真似ることができる)

    弱み:政治的妥協(すり合わせ)の衰退。(最大要因)
    これの理由:選挙活動費用が膨大に膨らみ、大口資金提供者の言うことを訊かざるを得ない。そうした提供者は、妥協する中道派には資金を提供しない。政治権力が富裕層に傾いているのだ。個人間の富の偏在が、政治の買収を生んでいる。また、ゲリマンダーによる選挙区割の強引な変更も、中道派を排除する要因になっている。

    さらに、アメリカの政治だけが二極化しているわけではなく、アメリカ国民そのものが二極化している。これは、情報ソースの増加による、自分が選択したニッチな見解の範疇にあるニュースやコメントしか読んでいないから。
    また、顔を合わせないコミュニケーションの増加により、ソーシャルキャピタル(社会関係資本:死人とのネットワークと互恵関係)の減少を生んでいる。これはアメリカが個人主義の国であり、他国と比べて共同体に重きを置かないことも拍車をかけている。

    その他の弱み:投票率の低さ(有権者登録や投票を阻む障害に、党派的で恣意的な要素がある)、経済格差、政府の公共投資の少なさ(教育費用が州によってばらつきがあり、格差を固定化する)
    アメリカの政府が自国の将来に投資していないということは、アメリカの金は納税者の懐に留まり続けている。

    アメリカの危機の枠組み
    国が危機を迎えている共通認識を国民が持っていない、国家の問題に対する自己責任を引き受ける、公正な自国評価を受け入れる、他国を手本に学ぼうとしない。


    【世界の危機】
    例え化石燃料や主要鉱物が無尽蔵にあるように見えても、すでに浅い層にある手に入りやすいものを掘りつくしてしまえば、必然的にコストのかかる採掘方法を取らねばならない。
    限られた資源とコモンズ(公海、回遊魚など)をめぐる国際競争が激化する可能性がある。

    また、今後は消費「格差」の問題も生じる。先進国の資源消費量は発展途上国の32倍であり、今でも持続可能な社会を保つのが精いっぱいなのに、今後発展途上国のライフスタイルが進化していけば、ジリ貧は免れない。これを変えるためには、先進諸国が主導的立場で、消費率を下げていく必要がある。

    みずからの行動を促すために国は危機を必要とするのか?→多くの国は危機を事前に察知し食い止めようとするが、問題の中には、何か大きな悪いことが突然起こることで、人々に素早く行動を促すものになる。
    指導者の違いが、経済成長に影響を与えうるケースも、自然実験で実証されている。

    国家と個人の間には、パラレルな関係がある。
    ある特定の国の歴史を理解すれば、それにもとづいて将来その国がとりそうな行動を予想しやすくなる。

    若い国はナショナルアイデンティティを構築する必要があり、古い国はそうした基本的価値観を見直す必要がある。

  • 下巻では、第二次大戦後のドイツ再建(ドイツの戦争責任の直視に至る戦後二十年の意識変化、ブラント首相の社会改革とポーランドへの謝罪)、オーストラリアのイギリスへの強い帰属意識(アイデンティティの依存)への訣別と精神的自立、日本における現在進行中の危機(巨額の財政赤字、男女不平等、少子化、人口減少、高齢化、移民政策、中韓との関係、グローバルな自然資源保全への無関心)、米国の危機(政治的妥協の加速度的な衰退と二極化、選挙制度問題、格差と停滞、教育を含む公共投資の減少)、世界的な危機(核兵器のリスク、気候変動、化石燃料を含む自然資源の枯渇、格差解消に伴う将来の消費激増)などが詳述されている。

    日本を巡る分析には異論もあるが(例えば、日本は原爆投下の有無に関わらず降伏しか選択肢がなかったのに「日本は自己憐憫に陥り原爆の被害者としての立場にばかり目を向けており、原爆が落とされなければ起こったであろうさらに悪い事態について冷静に議論することはない」と言われてもさすがに承服できないなあ)、資源の逼迫に悩まされ続けてきた日本は、人口が減少すれば(高齢者問題を別とすれば)「困窮するのではなく非常に裕福になるだろう」との指摘などには頷ける。

    トランプ大統領によって混迷の度を深めている米国については、「アメリカ人による政治的妥協が加速度的に衰退している」危機的状況にあるとし、その原因は選挙活動費用の激増と資金集めへの奔走(=大口資金提供者の意向に左右される政治活動)、情報のニッチ化、顔を突き合わせないコミュニケーションの爆発的増加にあると分析している。そして、このまま二極化が進み対立が激化すると、「アメリカ政府、あるいは州政府を手中に収めた政党が有権者登録をどんどん操作し、裁判所判事に同調者を送り込み、こうした裁判所を使って選挙結果に介入し、「法的処置」を発動し、警察や国家警備隊、陸軍予備軍や陸軍そのものを使って政治的反対勢力の抑圧をおこなうという未来が予見される」と怖いことを言っている。歴史が浅く常に移民が入り続けている米国は、建国の理念が薄れやすく、個人主義を重視する風土やキリスト教精神の希薄化なども相俟って、元々容易に分断されやすい社会なのかも知れない。

    世界的な課題、特にエネルギー資源枯渇問題について、著者は強い危機感を持って警告している。この点、自分はやや楽観視している。途上国も所得が向上し生活水準が高まってくれば必然的に少子化して人口増加は抑えられるだろうし、経済原理が働くから省エネ技術や代替エネルギー技術はより発達すると思う(確かに、その過程で国際紛争を含めてかなり悲惨な状況が生じるかもしれないのは著者の言うとおりかもしれない)。なお、問題の根本は、経済成長を必須とする資本主義の考え方にあるんじゃないかな。いい加減「足る」を知り、経済成長を目標に掲げて無駄に消費拡大を煽るのはやめるべきだと思うのだけれど…。

    下巻の方が、現在の危機を扱っているので面白かった。

  • 下巻で取り上げられているのは、ドイツ、オーストラリア、日本(現代)そしてアメリカ。上巻で幕末~明治維新の日本は絶賛されていましたが、現在の日本はかなり厳しい。特に感じるのはドイツと異なる第二次世界大戦に対する清算かな。もちろん、現在直面する危機はあるのだけど、やはり認識の問題はとても大きく、日本人としては違うのではないかと思うことも、そう見えるということなのかもしれない。

    現代アメリカの抱える課題はある意味世界の課題。一番課題として認識されていたのは格差の拡大ではなく「アメリカ人全体が二極化し、政治的妥協を受け付けなくなっている」ということ。民主主義に備わっている利点として、ダイアモンド先制は「運用に際して妥協が必要不可欠であるという点」を挙げている。妥協は権力の座にある者の暴政を抑制することに繋がるらしい。それと、経済格差も問題、地球環境問題(特に二酸化炭素排出による温暖化問題=異常気象)も問題であることはあえて語るまでもない。

    ダイヤモンド先制は現代の世界の問題として3つを挙げている。核兵器と世界的気候変動、そして、必要不可欠な自然資源の世界的枯渇。どうも先進国は途上国の一人当たり最大32倍の資源を利用しているらしい。世界の人口が増えても、途上国で増えている分にはあまり問題なかった。しかし、増えている途上国で一人当たりの資源消費が先進国並みになってきたら・・・確かに想像を絶する話になる。グローバル化が明らかにこれを後押ししている。グローバル化は3つの課題を引き起こしている。ひとつは貧困国から富裕国への新しい病気の拡散。2つ目は貧困国の多くの人々が、世界の他の地域で営まれている快適なライフスタイルを知り、不満と怒りをつのらせている。なかにはテロリストになるものもいるし、多くはテロリストにならずとも、テロリストを容認あるいは支持している。そして、3つめのは、低消費生活を送ってきた人々が高消費のライフスタイルを求めるようになることである。そう資源消費だ。人類史上初めて、真の地球規模の課題に直面しているとダイヤモンド先生は指摘する。
    さて、この本の結論はどこにあるのだろうか。危機、つまり何か大きな悪いことが突然起こるほうが、ゆっくりと進む問題よりも、また、何か大きな悪いことが将来起こりそうだという見通しよりも、人々に行動を促す。まず、世界規模の危機がそこまで来ていることは明らかだ。そして、この本で述べられてきたように、国の場合は、まず自国が危機のさなかにあると認識すること。他国を責め、犠牲者としての立場に引きこもるのではなく、変化する責任を受け入れること。変化すべき特徴を見極めるために囲いをつくり、何をやっても成功しないだろうという感覚に圧倒されてしまわないこと。支援を求めるべき他国を見出すこと。自国が直面している問題と似た問題をすでに解決した、手本となる他国を見出すこと。忍耐力を発揮し、最初の解決策がうまくいかなくてもつづけていくつか試す必要があるかもしれないと認識すること。重視すべき基本的価値観ともはや適切でないものについて熟考すること。そして、公正な自国評価をおこなうことだった。これから世界が向かうべきところは何とも明らかだということだろう。

  • 心理療法の分野で個人が精神的危機を乗り越えるために有効とされる12の要因を、かつて国家的危機に瀕した国々の歴史に当てはめて分析し、そこから今日の世界的課題の解決に向けた示唆を得ようとする著者の研究をまとめた一冊。

    著者はフィンランドやオーストラリア、日本など、自身との関わりが深い国々に関して得られた様々な知見をもとに、他国からの侵略や敗戦など、過去に国家的危機に直面した国々が復活した背景には、まず自国が危機にあることを認め、その克服に向けた責任を受容するとともに、自国の現状を公正に評価した上で、守るべきものと変えるべきものを明確にして対処する「選択的変化」という必要不可欠なプロセスがあり、さらには国としての柔軟性と忍耐、他国との関係性も重要になる場合があるという。

    著者自らが認めているように、本書の分析対象は著者がよく知る国に限られ、叙述的(定性的)な分析が中心となっているため、科学的根拠を基にした史実としての正確性については批判する向きもあるだろう。特に日本の戦争責任に関する記述は賛否両論があるだろうし、それは他国の分析についても同様かもしれない。ただ歴史の解釈は常に動くものであり、本書の日本に対する見解も、海外ではこのように受け止められることもあるのだという事実を理解する必要がある。その上で、著者が提起する核の脅威や気候変動などの世界的危機に対しても「選択的変化」を実現できるのか、そのために日本ができることは何かを考えるきっかけにしたい。

  • オーストラリアの歴史に触れることができ、興味深かった。
    加えて、日本の課題を考えるに際し、著者の前提と私のそれとの違いを認識する。

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著者プロフィール

1937年生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校。専門は進化生物学、生理学、生物地理学。1961年にケンブリッジ大学でPh.D.取得。著書に『銃・病原菌・鉄:一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』でピュリッツァー賞。『文明崩壊:滅亡と存続の命運をわけるもの』(以上、草思社)など著書多数。

「2018年 『歴史は実験できるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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