- Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
- / ISBN・EAN: 9784532280086
作品紹介・あらすじ
生麦事件直後の横浜で幕府の軍事情報探索の命を受けた英国軍人の手記。吹き荒れる攘夷の嵐の中、自らの本分を貫くしかない多くの名も無き人たちが生きていた。そして、軍人が秘かに想いを寄せた日本人女性と清楚な白い花。英国の田園地帯で、この手記を手にした男は…。第3回日経小説大賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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破滅に近づくと、些細なことがなぜこんなに幸せなのだろう。
内容はよくあるような悲恋でした。「男って勝手ね」本当にそう思います。
ただ、語句選びのセンス、磨き抜かれた文章が素晴らしかった。いい本を読んだと思います。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
バイオ関連企業の勤める縣和彦はイギリス出張の途上で車が故障し往生しているところを、コッツウォルズに住む園芸家の婦人に助けられた。縣は植物の遺伝子情報の扱う仕事をしており、植物については博学だったため会話がはずんだ。 そして彼はあるものを婦人から手渡された。それは幕末の日本に滞在した英国軍人の手記だった。婦人はそのわけを説明した。日本人に読んでもらうように、と故人の遺言があるからだと・・・。
手記を書いたエヴァンズは幕末の横浜で、主に情報収集をする軍人として駐留していた。当時の日本と欧米各国の関係は生麦事件により緊張していた。香港駐留経験から漢字がわかるということで日本へ派遣されたエヴァンズだったが、日本語と中国語との差異が大きいことに戸惑い、喫緊の課題として日本語習得が求められた。そして日本語教師として雇い入れたのが、不義の疑いをかけられ離縁したばかりの雪だった。
特命を帯びて日本語習得に励むエヴァンズと、おそらくそのことを理解しながらも教師という役割に徹する雪。やがて二人のあいだに情が芽生えはじめた。
しかし、雪にも秘密があった。
ふたりの行き先には悲劇が待っていた・・・
現在のコッツウォルズと幕末の横浜を行き来し、物語は進む。
でも大半は横浜の話で、主題も横浜にある。コッツウォルズはプロローグとエピローグの舞台となるだけ。なぜか途中でアムステルダムにも寄る(よくわからないエピソードが加えられている)
現在と過去を入れ子構造にして物語に膨らみをだそうとしたのだろうけれど、あまり成功しているとは思えない。現在の主人公である縣の印象が薄い。たぶんアムステルダムのエピソードは縣のキャラクター性を出そうとして挿入したのだろうけれど、失敗している。
でもその失敗を補ってもあまりあるくらい横浜の章は良い。これだけで完成している。ここで描かれている場所が、自分のうちの近所で土地勘があるので、地元の郷土史というか、地元に伝わる悲恋物語を聴かされているようで、とても面白かった。想像が膨らんだ。
文庫帯には「クライマックスの美しさは圧巻」とある。
地元びいきの点もあるかもしれないが、大袈裟ではなくこれは本当に美しい。女としての生き方と武家としての生き方の狭間で葛藤する雪の心情が切なく胸に迫る。
ネタバレになるから言えないけど、雪の最後の台詞が効いている。その言葉に雪の悲しみが凝縮されている。その言葉を突き付けられたエヴァンズの顔に男の卑屈さが浮かんでいるような気がしてならない。
ぜひ映像化して欲しい。群生する野いばらを風がざわめかせる様が、ありありと目に浮かぶ。
コッツウォルズの章のラストも描写は素晴らしい。
小説の出来にはあまり寄与していないが、映像化するなら入れて欲しい。
自分は映像製作に関する知識は何も持ち合わせていないが、この物語は映像化したらものすごい感動作になるポテンシャルを秘めていると思う。 -
あまり聞いたことのない作者であるが、作品は洗練されたラブ・ストーリーである。舞台は、イギリスと日本を主として、時代も現代と幕末を行ったり来たりとスケールの大きな作品となっているが、実質的にはラブ・ストーリーである。爽やかな読後感がある。