経営はだれのものか: 協働する株主による企業統治再生

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  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532319243

作品紹介・あらすじ

株主代表訴訟制度改革、過剰な内部統制システム、持ち合い解消への圧力、子会社上場規制、悪しき利益志向経営-。競争力を奪った制度改革を一刀両断。日本企業の強みを取り戻す再生策を提示。

感想・レビュー・書評

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  • 四半期決算や内部統制等、アメリカ=アングロサクソン流の企業統治方法を法制的に導入したことが日本の企業の競争力を削ぎ、日本風に育ててきた企業統治をだめにしたと著者は言う。これらに日々苦しめられている小規模上場企業の経営の一員としては、深く頷いてしまう。企業とはどのようなものか(企業観)には二つあり、一つは企業は誰かの所有物でありその所有者の要求を充たす手段であるとする『企業手段説』で、もう一つは企業は多様なステークホルダーとは独立した独自の存在とみなす『企業制度説』(企業それ自体の思想)。(『企業それ自体の思想』っていうのがいい。)いういまでもなく、著者は後者の立場に立っている。企業統治とは「良い経営を担保するための制度と慣行」という主張や、「長期連帯する株主」を求めるべきという意見が述べられており、企業統治のあり方を考え直させられた。好著である。

  • 株式会社の株主は純粋な意味での会社の所有者ではない。所有者が本来負うべき責任の一部を免除されている。株主は有限責任であり、出資分を超える義務は負わないし、所有権を自由に市場で売買できる為、所有者としての十分な義務と責任の履行は期待できない。


    企業には大別して二つの企業観がある。一つは、企業は誰かの持ち物であり、その所有者の要求を実現する為の手段と考える思想「企業手段説」。もう一つは、企業は誰の持ち物でもなく、それ自体としての存在意義を持つ社会的存在であると考える思想「会社制度説」。

    「企業手段説」にはさらに二つのサブグループに分かれる。一つは会社はいずれか一つの利害関係集団の手段と考える「一元的用具説」、もう一つは会社は多様な利害関係者の利益を実現する為の用具だと考える「多元的用具説」。後者は「会社制度説」に近いが、「会社制度説」は、企業を多様なステークホルダーとは独立した独自の存在意義も見出す立場。この立場は「企業それ自体の思想」と呼ばれる。

    企業統治とは、「企業において経営者によい経営を行わせる事を担保する制度や慣行」

    「企業手段説」では株主の利益を実現する事がよい経営の基準となり、「企業制度説」では、企業という制度を存続、成長させる事がよい経営の基準となる。

    英国では、株式会社の有限責任制に対する不信感が強かった為、数人の起業家の資金を合わせた無限責任の合本会社が普及した。株式会社は国の認可が必要で、独占を認められた特許会社や公益性を持つ運河、鉄道会社のみが認可された。

    ドイツでは現代も有限責任の一般投資家から資金を集めるような株式会社は少数派で、非公開の有限会社が支配的。また、資本の所有者だけでなく、社員の利益をも尊重する思想が強い。

    ドイツ会社の特徴
    1. 反競争的なものに対して寛容である
    2. 大銀行が大きな影響力を持つ
    3. 日常の管理を行う取締役会と主要な利害関係者が構成する監査役会の二層構造
    4. 労働組合との協調に代表される会社の社会的役割の重視

    ドイツで生み出された「企業それ自体の思想」とは、AEGの社長であったラテナウによる企業統治思想であり、大規模化した企業は単に株主の利益追求の手段ではなく、多様なステークホルダーの利害を調和させる必要があり、社会的な貢献を行なうべき存在であり、それ自体としての存在意義を持つと考える思想。この思想は二つの側面を持ち、一つは、対内的に企業と関係を持っている多様な利害者の利益は会社それ自体の利益を考える事によって調和するという考え方、もう一つは、対外的に大規模な会社の社会的役割の大きさに伴う責任についての認識。

    フランスでは、長期保有株主の議決権が二倍になる制度がある。また、企業買収に関して、被買収企業の従業員の賛否投票を通じた賛成が義務付けられている。


    米国の上位200社における会社支配のタイプとその比率
       会社数 資産
    経営者支配 44% 58%
    法律的手段による支配 21% 22%
    少数支配(20%強保有) 23% 14%
    過半数支配 5% 2%
    個人所有(80%以上保有) 6% 4%
    管財人管理 1% 極少

    経営者支配会社の財産がトップ200社の過半を超える財産を支配している。


    資本主義社会で本当に大事な事業は、私的な利益を目的とせず、社会的な使命感をもとにして興すもの。これを経済騎士道と言う。

    大正から昭和にかけて、第一次世界大戦後の不況で21社が破綻した。この根本的な原因は一つ、株主の専横からタコ足配当を強いられたから。中でも、生命保険業界では、短期志向の株主の意向を受けた近視眼的経営が数多くの破綻を招いた。第一生命が生き残れたのは、無限責任を持つ財閥に株を持ってもらったから。

    戦後の会社統治制度の中で最も顕著な特徴は、経営者支配の成立。米国では時間をかけた株式所有の分散が経営者支配を成立させたが、日本では財閥解体によって瞬時に経営者支配が成立した。


    トヨタ、日産について、平均労働分配率は成長期が23%,26%、低迷期が42%,50%。もし、両者が年功賃金制度を採用せず、若年層にその生産性に見合った配分を行なっていれば成長期の配分率も低成長期のそれに近かったはず。この差分が従業員による見えない投資である。この額はとても大きく、トヨタでは税引き前利益の25%-33%にのぼり、日産では25%-50%にものぼる。しかも、この出資は会計的には利益として計上される為に、法人税が課せられ、従業員出資のおよそ半分は税金として政府に取られていた。


    ファミリー企業について、同族の出資比率が数%しかないのにもかかわらず、同族出身の社長が正当性を持ちうる理由は、同族は会社と運命を共にしているから、つまり長期連帯関係を持っているから。この長期連帯性は二つの理由から生じる。一つは同族の持株は会社からみたら比率は低いが、同族の資産全体に占める比率は高い。つまり、企業が倒産したら同族は資産のほとんどを失ってしまうという事。もう一つは企業と強い心理的紐帯を持っている事。

    日本において、長期的連帯関係を生み出しているのは次の4つのメカニズム。
    1. 心理的、情緒的な一体化
    2. 換金が難しい資源の拠出
    3. 企業が存続している限りでしかリターンを得る事ができない投資
    4. 統治の失敗によって大きな損失を被る可能性

    アングロアメリカン型の資本主義はキリギリス、ライン型(ドイツ)の資本主義はアリ。両方を人々に見せたら人々はキリギリスを選ぶに違いない。悪貨が良貨を駆逐するのは資本主義の悲しい現実。


    新規事業の成功にとって不可欠なのは社内の反対。10人中、2,3人が賛成した時に始めるべき。5人も賛成するようになった時は手遅れ。7,8人が賛成する時にはやらないほうが良い。


    内部統制システムの5つの問題
    1. 導入コストがとても高い事
    2. 内部昇格文化の日本ではそもそも不要。多面的多元的多重的信頼チェックシステムがある
    3. 企業の内部に官僚主義が蔓延する
    4. トップダウンで決めてしまうと柔軟性が失われる
    5. 性悪説(X理論)では組織の風土を劣化させる


    1980年代に米国企業が競争力を失った最大の原因は四半期決算制度であったのに、日本も導入してしまった。欧州では導入していない。

    利益志向経営の落とし穴は引き算経営になってしまうこと。他のステークホルダーへの支払いを減らす事によって利益を上げようとする。これでは株主以外のステークホルダーとの利益の予定調和は計れない。犠牲になった集団の協力は仰げないし、連帯意識も低下する。


    事業開発の事前評価を厳しくすると、小さな成功か大きな失敗しか得られない。事前評価にこだわらずに行えば、大きな成功か小さな失敗が得られる。なぜならば合理的な選択には以下の4つのケースしかないから。
    1. 事前評価で合理的だったケースで成功した場合
    それほど確実ならば、競合も同じ選択をする為、競争が生じて小さな成果しか得られない。
    2. 事前評価で合理的だったケースで失敗した場合
    合理的だと思っていたから投資額が大きいので失敗も大きい。
    3. 事前評価で非合理的だったケースで成功した場合
    合理的ではないと判断されたものなので、競合が競争してこない。従い、利益を独占できる。
    4.事前評価で非合理的だったケースで失敗した場合
    合理的でないと判断されたものなので、投資額が小さいであろうから失敗も小さい。


    企業経営に悪影響を及ぼすのはアクティビスト。経営者に圧力をかけて株主還元を増やしたり、株価を吊り上げる施策を要求し、短期的利益をあげようとする輩。


    トヨタがプリウスを発売した当初、1台につき50万円の赤字だった。


    法治主義が広まるにつれ、法廷で自己を守るために用いる論理で経営の意思決定をする経営者が増えてしまった。

    日本における企業統治制度作りの不幸は、企業の競争力を弱める事を目的にした株主代表訴訟制度の改訂に始まった。


    生え抜きが社長を務める企業は上場企業の3割。他の法人(親会社等)や銀行出身者が務める企業が3割、創業者や同族が務めるのが3割。銀行出身者は5%程度。


    Y理論(性善説)をもとに部下を管理している経営者、管理者の方が高い成果をあげている。法律論的発想が強くなればX理論の採用が強いられる。

    企業経営は悪い事を起こさない事も大切だが、良い事を起こす事の方がもっと大切。


    よい株主が満たすべき条件は二つ。
    1. 長期的な連帯関係を持つこと
    2. 企業の現状並びに経営者候補について十分な情報と判断力を持つこと

    株主の選択こそIRの基本。投資家との関係をマネージするIRよりも、長期的な株主になってくれる組織や個人を見つけてそことの信頼関係を強化する事。IRではなく、SR(Stockholder relations)と呼ぶべき。


    長期連帯する株主候補
    1. メインバンク
    2. 持ち合いグループ企業
    3. 長期継続的な取引先
    4. 従業員
    5. 親会社
    6. 創業ファミリー

    持ち合いの慣行は市場管理者の間では評判は悪いが、企業の競争力強化に重要な役割を演じる。


    米国トップ1,000社のうち、機関投資家が60%の株式を所有する企業は3割を超えている。日本でも海外機関投資家の所有比率が高くなるのは日本企業にとってマイナスになる可能性が高い。

    日本の上場会社における外国人投資家の2000年末の株式保有総額は85.9兆円。その後1年間の売却総額は75.6兆円。売却回転率は0.88。平均保有日数は321日。国内の投資信託も同様。国内生保、損保の回転率は低い。


    刺激型報酬制度が様々な問題をもたらす事は経営学の常識。


    長期的にコミットする株主として期待できるのは従業員。全米の上場企業のうち、社員が15%以上の株を保有する企業は25%以上。日本の単位株数比率はわずか1.28%。


    長期連帯株主が過半数を超えるような所有比率を持つ場合は、一般株主を代表する独立取締役が過半数を占める工夫が必要。


    経営学は「よい事を上手に成し遂げる方法を探求する学問」であるが、現在では「よい事」よりも「上手に」という側面に焦点が絞られている。「よい事」は経営の目的の選択に関わり、「上手に」は手段の選択に関わる探求である。正しい目的は何かを探ろうとすると、人々の価値観や正義観にかかわる議論が必要になる。今はこの議論の必要性が高まっている。

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著者プロフィール

甲南大学特別客員教授/神戸大学名誉教授

「2016年 『日本のビジネスシステム その原理と革新』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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