絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか

  • 日本経済新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784532358532

作品紹介・あらすじ

2019年ノーベル経済学賞受賞者による、受賞第一作!
     *
いま、あらゆる国で、議論の膠着化が見られる。多くの政治指導者がひたすら怒りを煽り、不信感を蔓延させ、二極化を深刻化させている。対立する人々は、話し合いをすることもままならなくなっている。ますます建設的な行動を起こせなくなり、課題が放置されるという悪循環が起きている。
     *
現代の危機において、経済学と経済政策は重要な役回りを演じている。たとえば・・・・・・
●成長を回復するために何ができるか。富裕国にとって、経済成長は優先すべき課題なのか。ほかにどんな課題を優先すべきか。
●あらゆる国で急拡大する不平等に打つ手はあるのか。
●国際貿易は問題の解決になるのか、深刻化させているだけか。
●貿易は不平等にどのような影響をもたらすのか。
●貿易の未来はどうなるのか、労働コストのより低い国が中国から世界の工場の座を奪い取るのか。
●移民問題にはどう取り組むのか。技能を持たない移民が多すぎるのではないか。
●新技術にどう対応するのか。たとえば人工知能(AI)の台頭は歓迎すべきなのか、懸念すべきなのか。
●これがいちばん急を要するのかもしれないが、市場から見捨てられた人々を社会はどうやって救うのか。
     *
だが、「経済学者」への世間の信用度は、「政治家」に次いで二番目に低い。どうしたら「良い経済学」の最新の知見を、もっと一般の方々に活用してもらえるようになるのだろうか。 
●いま社会が直面している重要な問題に今日の最良の経済学はどのように取り組んでいるのか。
●今日のすぐれた経済学者たちは世界をよりよくする方法をどう考えているのか。
●人間が望む幸福や幸せな暮らしを構成する要素を、経済学はどのように高めることができるのか。
     *
よりよい世界にするために、経済学にできることを真っ正面から問いかける、希望の書。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は二人のノーベル経済学賞受賞者。

    原題は「Good Economics for Hard Times」とありますが、コロナ禍の今にあって、ちょうど米大統領選が佳境のころから読み始めたので、本書で取り上げられているテーマと、日々目にするニュースやSNSの投稿などとシンクロすることも多く、政治と経済の今についての理解を深めるには良書であったと思います。

    経済成長
    移民
    自由貿易
    地球温暖化
    社会保障
    格差

    お金だけで解決しないことや、さまざまなトレードオフが生じること、マクロな経済モデルの想定通りには行動しない人や企業、そうした複雑系の中で、良い方向に向かうための本質とは何かを二人の経済学者が力説されています。

    全体を読み通した上で、最後の最後にノーベル経済学賞受賞した経済学者が語る一文(最終章の最後の一文)がとても印象的でした。

    ”経済学は、経済学者にまかせておくには重要すぎるのである。”

  • 【感想】
    「経済学は役立たずの学問だ」

    自分が大学で経済を学んでいたときからそう言われている。
    その理由としては、予測が当たったためしがないからだろう。市場経済はあまりに構成要素が複雑すぎる。教室での授業のように、需要と供給という2つの変数だけで語りきれることなどまずないし、なんなら排除された要因のほうが大切だったりもする。
    また、経済の動きは人々の行動の結果として起こり得るものだが、人々の行動が徹頭徹尾効率的に達成されることなどあり得ない。前提条件が同じであったとしても、(もしそんなことがありえるならば、だが)一定の結果が返ってくることはない。結果的に予測ではなく「占い」に近くなるのが経済学だ。

    「21人の世界一流の専門家で構成される委員会、300人もの研究者が参加した12の作業部会、12のワークショップ、13の外部からの助言、そして400万ドルの予算を投じて2年に及ぶ検討を重ねた結果、高度成長をどのように実現するかという問いに対する専門家の答は、わからないというものだった。しかも、専門家がいつか答を見つけることを信じろという」

    以上は本書からの引用だが、経済学がいかに信頼できないかを物語る好例だろう。

    このように信頼されていない学問である「経済学」について、本書ではその信頼されない理由――悪い経済学の例を引き合いに出しながら、「誰もが希望を持てるような状況をつくること」を目指し洞察を深めていく。

    筆者が言うには、経済学と同じように「経済学者」も信頼されていない。
    その理由は3つある。

    1つ目は、一般の人々の意見と経済学者の意見がかけはなれていることにある。例えば、「NAFTAは平均的なアメリカ人の生活を向上させると思いますか」という質問に対して、経済学者は95%がイエスと答えたものの、一般回答者でイエスと答えたのは50%足らずだった。同じように経済学者⇔一般回答者のギャップを測るアンケートを繰り返した結果分かったのは、経済学者と平均的なアメリカ人の平均乖離は35ポイントにも達しているということだった。2つ目は、テレビなどのメディアに登場するエコノミストがポジショントークを繰り返すこと。3つ目は、経済学者自身が、経済の複雑性を語るときに慎重にならざるを得ず、含みを残した遠回りな意見ばかりになること。つまりはっきりとせずに分かりづらい回答を行うことである。経済学が「占い」と呼ばれるゆえんは、もしかしたら経済学者自身の責任なのかもしれない。

    こうした「信頼されていない」という現状を受け止めつつ、筆者は経済学についてのメジャーな論説とファクトを積み重ね、人々に「本当は何が起こっており、何が正しいのか」を説いていく。移民、自由貿易、経済成長、温暖化、格差など、一般の人々が特に喫緊だと感じている課題を丁寧に読み解いていき、勘違いしがちな部分に考察を重ね、経済学者と一般人とが再び「対話」できることを最終目標としているのだ。

    例えば、貧困層とユニバーサルベーシックインカム(UBI)の話。
    レーガン政権が、社会福祉を不正受給する「ウェルフェアクイーン」という言葉で貧困層をステレオタイプ化したように、いつの時代も、貧困に喘ぐ人への給付策には「彼らを怠惰にさせる」という批判が起こっている。しかし、給付を受け取った世帯が、必需品を買わずに浪費したり、働かなくなったりするというデータは一切存在していない。負の所得税を導入しても、一般的に懸念されているほど労働供給が減少するわけではない、とのデータも出ている。

    では、貧困層に対して積極的に支援を与える――極端な話UBIを導入すればいいのかというと、そう簡単にもいかない。UBIについての大規模な社会データは存在しないし、なにより、働かなくても済むだけの金を貰った人は、自らの生きがいのために仕事を続けるかは定かではない。

    この章の結論は、そうした給付水準の多寡とは別の地点に着地している。
    「今日のような不安と不安定の時代における社会政策は、人々の生活を脅かす要因をできるだけ緩和しつつ、生活困難に陥った人々の尊厳を守ることを目標としなければならない」。
    つまり、窮乏した世帯を救うには、お金を渡すだけでは足りないということだ。

    結局のところ、数々の怒りの原因は自尊心を踏みにじられていることにある。政府の支援プログラムが十分に活用されないのも、グローバル化の煽りを受けた人々が貧困に転落し富裕層を攻撃するのも、移民を排斥しトランプに迎合するのも、もとを辿れば、貧困層が自分自身を「国から尊重されていない」と感じるからだ。社会からの締め出しを食らった人々は、階層間の上昇が自分の力では何ともならないと悟ったとき、自分が蔑ろにされた原因を富裕層の仕業だと感じ、より攻撃的になる。
    彼らを人間として扱い、それまで払われたことのなかった敬意を払い、可能性を認めるとともに、極貧によって受けたダメージを理解する。そうすれば貧困者にも自己肯定感が溢れ、より積極的に活動するようになり。わるい経済学への認識をあらため、自分(と他人)の生活を向上させようと考えるきっかけになるかもしれない。
    希望は人間を前に進ませる燃料なのだ。

    以上は一例だが、筆者はほかにも移民、自由貿易、経済成長など、センシティブで複雑な事例をいくつも取り上げている。本書は450ページを超える大ボリュームであるが、中身はとても読みやすい。一般人の自分にも、卑近な例として思い当たる論題がたくさんあった。

    もし経済学に「わるい」イメージを持っていたら、本書を読んで「いい」経済学を学ぶ入口としてほしい。そのぐらい強くオススメする一冊だ。

    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 経済学者は何故信用されていないのか?
    経済学者がこれほどまでに信用されていないのは、経済学者の一致した意見がまずもって一般の人々の意見とかけ離れていることが一つの原因だ。
    それはなぜかと言えば、悪い経済学が大手を振ってまかり通っていることにある。鉄鋼とアルミへの関税、移民の流入、ロボットやAIの導入といった事例へ賛成か反対かのアンケートを行ったところ、経済学者と平均的なアメリカ人の平均乖離は35ポイントにも達した。
    また、テレビなどのメディアに登場するエコノミスト――たいていは民間企業のアナリストは、ほとんど自社の経済的利益を代表して発言しているので、彼らの意見にそぐわない不都合な証拠は、無視してよいと考えがちだ。

    最良の経済学は、多くの場合に控えめであるべきだ。しかしそうした、断定を避けて含みを残しながら、複雑な過程を省略して結論づけるような説明が、一般の人々の不信感を強めているのだ。

    ここに本書は挑戦したい。
    貿易、不平等、市場から見捨てられた貧困層などを、経済がどのようにして解決へと導くのか。多くの市民が勘違いしている問題について、その面倒くさい過程をしっかりと説明し、再び対話ができるようにすることを目標とする。


    2 移民
    移民について、人々はとあるバイアスを持っている。それは、移民は自分の国を捨てて豊かな国を目指し、豊かな国の賃金水準を押し下げ、そこの住人の生活を苦しくするというものだ。しかし、これには2つの間違いがある。

    1つ目の間違いは、国家間の賃金格差は、人々が移民になる決意をするかどうかと実際にはほとんど関係ないことである。
    そもそも、移住の理由の殆どは、高賃金を求めたからではなく、暴力や戦争によって祖国にいられなくなったからである。これは自国民でも同じであり、低賃金の農村から高賃金の都市に移住する人ばかりではない。
    移民反対論者は、経済的インセンティブだけが要因だと考えがちなのだ。実際には住居を変える、国を移るというのはあまりにもハードルが高い行動であり、例えお金を稼げるチャンスがあるとわかっていても、人はそうした不確実性を避ける。生まれ育った場所で貧困に喘いでも、人々は結局慣れ親しんだ土地を離れたがらないのだ。

    2つ目は、低技能移民は、移民自身と受け入れ国の両方の生活水準を押し上げることである。
    米国科学アカデミーは、「10年以上の長期に渡って計測した場合、移民が受入国住民全体の賃金に与える影響は極めて小さい」と結論付けている。それは単純な理由で、移民の流入が労働者の供給を増やすと同時に、移民が受入国で金を使うため、他産業の労働需要も増やすからである。
    労働市場には需要と供給の法則は簡単に当てはまらないのだ。


    3 自由貿易
    ストルパー=サミュエルソン定理によれば、貿易を行うとどの国でもGNPは拡大する。理論上では、貧困国では不平等が縮小し、富裕国では不平等が拡大するが、政府による再分配で格差を是正することができると言われている。

    しかし、発展途上国の多くの事例とかけ離れているのは自明だ。過去30年に多くの低~中所得国が貿易自由化に踏み切っているが、その国の低技能労働者の賃金は、高技能労働者や高学歴労働者の賃金に比して伸びが低かった。不平等が拡大したのである。
    一国内でも同様の結果が起こる、という研究がある。トパロヴァは、「同国」内で自由化を受けた主要産品の、製造地間の格差データを追った。その結果、貿易自由化の影響を強く受けたところ(関税が大幅に引き下げられた品目を製造する地域)ほど、貧困率の低下にブレーキがかかったのだ。
    ※といっても、やはり貿易それ自体は国全体にプラス効果をもたらす。この研究はあくまで、ある地区ではほかの地区より不平等が拡大する傾向がある、と述べているだけなので注意

    また、貧困国を待ち受けている経済性以外のハードルとして、国と企業の知名度が低く、取引の信用が無いことが挙げられる。国際貿易では、クオリティの高い製品やすぐれたアイデア、低い関税、ローコストの輸送だけではなく、「評判」や「ブランドネーム」もモノを言うのだ。

    様々な事例から分かっている、貿易自由化についての結論は以下のとおりだ。
    ①国際貿易から得られる利益は、アメリカのような規模の大きな経済にとってはきわめて小さい
    ②規模の小さい経済や貧しい国にとっては貿易の利益は潜在的に大きいものの、市場開放を行うだけでは問題は解決しない
    ③貿易利益の再分配は口でいうほど簡単ではない

    解決策としては、打撃を被った産業や地域にもっと集中して支援を行ったり、強力な補償のために一般税収を充当したりして、特定地域を対象に減税などを行うことが挙げられる。


    4 選考
    経済学では、個人の好みは首尾一貫しているものだと考えられる。しかし、直接自分の利益にならないとわかっている行動を、単に仲間がやっているからという理由で行うのが人間だ。共同体の規範といった「集団的行動」がその典型であり、メンバーが共同体の掟に従う限りは、共同体は必要な時に支援を提供するが、同時に、共同体は反抗する勇敢なメンバーに天誅を与える。

    私たちの好みは、誰と一緒にいるか、どんな集団に帰属するかに強く影響される。多くは自分と同じ価値観の集団に帰属したいと思うが、そうした同類だけの孤島を形成すると、極端な好みや意見がどんどんエスカレートされていく。これを「エコーチェンバー」といい、インターネットがそれを増幅させている。

    人種・規範・ステレオタイプ。社会的文脈は否応なしに好みの問題に入り込んでくる。
    人は自らの考えを変えることを嫌うため、誰かに対して否定的な意見を抱いた場合、その誰かを責めることで自分を正当化しようとする。そうなった時点から対立は激化し、暴力的になりかねない。

    人種差別や反移民感情、支持政党の違いなどはコミュニケーションの断絶を起こすが、そうした問題の多くは、人生の初期段階で異なる価値観への接触が無いことに原因があると考えられる。学校で異なるバックグラウンドを持つ子どもたちが一緒に過ごせる環境を作るのが大切だ。
    接触が偏見を減らす効果を発揮できるのは、接触をする時点で集団同士が対等の関係にあること、共通の目的があること、集団間の協力が可能であること、監督機関や法律や慣習などの後押しが得られることが条件である。

    ●価値観についての4つの教訓
    ①差別的な感情を露わにする人を軽蔑したり見下したりするのは、感情を逆なでするだけ
    ②偏見は生まれつきの絶対的な好みとは違う
    ③有権者が人種や民族や宗教にもとづいて投票するとしても、その主張に熱烈に賛同しているわけではない
    ④差別や偏見と闘うもっとも効果的な方法は、差別そのものに取り組むことではなく、ほかの政策課題に目を向けるほうが有意義だと市民に考えさせること。


    5 経済成長
    経済学者が予想を試みた中で、経済成長ほどお粗末な成績だった分野はない。
    「21人の世界一流の専門家で構成される委員会、300人もの研究者が参加した12の作業部会、12のワークショップ、13の外部からの助言、そして400万ドルの予算を投じて2年に及ぶ検討を重ねた結果。高度成長をどのように実現するかという問いに対する専門家の答は、わからないというものだった。しかも、専門家がいつか答を見つけることを信じろという」

    現代の経済成長への関心ごとは、
    ・生産性の持続的な伸びは復活するのか(経済成長は無限に続くのか)
    ・GDPは本当の幸福や満足を与えてくれるのか
    である。

    経済成長はつねにGDPの数字でのみ語られる。
    では、無料のサービスや取引に計上されない「幸福度」は成長と呼べないのか?

    経済成長を予測することが難しく、経済学者の予測がお粗末な結果で終わるのは、あらゆる経済学者が、「人間の営み」という複雑な行動を、たった一つの変数に還元して語ろうとするからだ。また、私達にとって成長の成功はデータによって測るべきなのに、国同士を比較するような大規模なデータを集計することができないからだ。
    結局のところ、成長をけん引する要因をこれとはっきり特定するのは難しい。経済成長を促すメカニズムが何なのかということはわかっておらず、富裕国で再び成長率が上向きになるのかもわかっていない。

    最もメジャーな手法――イノベーションを創出するための優遇措置(減税など)で成長を達成できるのかというと、そうでもない。高所得者に対する減税は、それだけでは経済成長にはつながらない、という点で経済学者の大多数の意見は一致している。

    私達がなすべきなのは、モデルで考えることではなく、現実にリソースがどう使われているかを見ることだ。共産主義国家のように、ある国がスタート時点でリソース配分がお粗末だとすると、リソースを最適の用途に再配分するだけで大きなメリットが得られる。インドのように自国内に莫大な格差を持ちながら経済発展を続ける国は、なお再配分のメリットが大きい。
    しかしながら、配分による格差是正には一つの大切な前提がある。それは、成長を続けるにつれて改善の余地は狭まっていき、成長は必ず鈍化するということだ。
    鈍化後に遮二無二成長を追い求めるあまりに、非効率な配分、実現不可能な政策設定によって歪みを生み出し、現在の貧困を省みることなく富裕層を優遇することはあってはならない。成長とは目的ではなく幸福のための手段であり、最貧層の幸福にフォーカスすれば、成長率を0.1%上げるよりも簡単に、何百万人の生活を根本的に変えられるのだから。


    6 地球温暖化
    我々は排出量を削減するだけではいけない。もっと根本的に、持続可能な消費へと舵を切らなければならない。いくら再生可能エネルギーを駆使しても、消費されるためのモノを作るだけでCO2は増えるのだ。
    所得が10%増えると炭素排出量は9%減るという研究データがある。ここから50対10ルールが導き出される。すなわち、世界で最も排出量の多い上位10%は世界のCO2排出量のおよそ50%を占める一方で、最も排出量の少ない50%は、世界のCO2排出量のおよそ10%を占めるにすぎない。そして都合が悪いことに、温暖化の影響をもっとも受ける国は、赤道近辺に多く存在する発展途上国なのだ。

    炭素税が受け入れやすい選択肢でないことは、承知している。それでも、炭素税を政治的に受け入れられる形にすることは可能だと考えている。そのためには、炭素税は政府の歳入を増やすものでは無いことをはっきりと明確にし、税収をそのまま補償に充当し、最低所得層への補助金とする。こうすれば、エネルギー節減のインセンティブと習慣を、貧困層に与えることが可能になる。


    7 不平等
    無節操な自動化が労働者を深刻に脅かすということは、右派、左派を問わず大方の人々が本能的に感じ取っている。アメリカ人の85%が、自動化は「危険で汚い仕事」に限定すべきだと答え、共和党支持者も民主党支持者もこの点では変わりがなかった。
    地域ごとに産業ロボットの普及度を調べ、普及度の高い地域と低い地域とで賃金水準・雇用水準の変化を比較したところ、ロボット1台につき雇用が6.2人減り、賃金も下がったことがわかった。また、この現象は製造業でとくに顕著であること、高卒以下で定型的な肉体労働に従事している人が最も打撃を受けることも判明した。しかも、その分を埋め合わせるような需要の発生は無かったのである。

    技術革新は最上位層に途方も無い所得の伸びをもたらした。技術革新によって、グーグルやフェイスブックなど、「勝者総取り」のネットワークサービスが生み出されたからだ。これにグローバル化や硬直的な経済が合わさって、勝ち組と負け組の差がくっきりつくようになる。

    飛びぬけて高い所得にのみ適用される最高税率の引き上げは、最高所得層とそれ以外の層との所得格差の急拡大を抑える賢明な手段だと考えられる。それを解決するためには富裕税の導入が効果的に見えるが、実際には、富裕層によるロビー活動や、富裕層だからこそ簡単にできる税逃れによって実現が難しくなっている。

    1つはっきりと言えるのは、取りつかれたように成長を目指すのはやめるべきだということだ。成長の名を借りた政策はどれも疑ってかかるべきであり、成長の恩恵がいずれ貧困層にも回ってくるといった偽りの政策である可能性が高い。また、この不平等な世界で、人々が単に生き延びるだけでなく尊厳を持って生きていけるような政策をいますぐ実行しない限り、社会に対する市民の信頼は永久に失われてしまう。


    8 政府は何をすればいい?
    多くの国は政府の介入に対して全般的に懐疑的だ。2015年の調査では、政府は「つねに」または「だいたいにおいて」信用できると考えるアメリカ人は23%に過ぎず、59%が政府を信用していないこと、20%は「政府には貧富の格差解消はできない」と考えていることがわかった。

    一部は経済学者の責任でもある。経済学者が何かにつけて政府の無駄や無用の政策を批判し、政府が無能な怠け者だというイメージを定着させている。すると、
    ①人々はいかなる政府介入にも反射的に猛反対するようになる
    ②政府で働こうと志す人が減り、優秀な人材が集まらなくなる
    ③市民が政府の行動に無感覚になり、大規模な汚職の余地を産むことになる
    といった悪いことが起こる。


    9 人間の尊厳と社会政策のありかた
    社会政策の設計においては、救済をすることと人々の尊厳に配慮することとのせめぎ合いに、どう対処するかということをつねに考えなければならない。要するに、助けてもらう人の尊厳を踏みにじってはならないのだ。

    ところが福祉プログラムの導入に当たっては、一定数の人から、「福祉は貧乏人をごく潰しにさせる」との批判が出る。「福祉は貧困を助長する」という見解は古今東西で人気があるが、給付を受け取った世帯が、必需品を買わずに浪費したり、働かなくなるというデータは一切存在していない。負の所得税を導入しても、一般的に懸念されているほど、労働供給が減少するわけではないとのデータが出ている。
    (※しかしながら、人々が全く働かずともよくなるほど多額のユニバーサルベーシックインカムを導入したデータは存在しない。何より予算のうえで実現不可能だ)
    総合すると、全ての貧困世帯を対象にするウルトラ・ユニバーサルベーシックインカムに、極貧層を対象にした子供の検診や教育を条件とする、より多額の給付を組み合わせるのがよいのではないか。

    ここで注意しておきたいが、UBIは貧困国では向いているものの、富裕国では上手く機能しない可能性が高い。発展途上国では、先進国ほど仕事と余暇が切り離されていない。その傾向は特に貧困層において顕著であり、UBIはそうした人々への支援として効果的に機能する。逆に、先進国の貧しい人々は、仕事を失うとともに自尊心を失っているため、「ただ生きるだけでなくプライドを持って生きたい」という願いの実現は、UBIには難しいかもしれない。

    窮乏した世帯を生産的な労働へと導くには、お金を渡すだけでは足りない。彼らを人間として扱い、それまで払われたことのなかった敬意を払い、可能性を認めるとともに、極貧によって受けたダメージを理解することが必要だ。
    貧しい人や恵まれない人への「軽蔑」「施し」の態度を辞め、一人の人間として見る。そうすることで、貧困者にも自己肯定感が溢れ、より積極的に活動するようになる。希望は人間を前に進ませる燃料なのだ。


    10 よい経済学と悪い経済学
    経済学は、活力の尽きることない世界を想定している。人は絶えず新しいアイデアを産み、高い賃金を得るためには国境を超えることも厭わない。発展途上国は「後発の利益」によって目覚ましいほどの成長を遂げ、貧困は次第に無くなっていく。
    もちろん、ものごとはそんなふうにはいかない。経済というものは、発展途上国か先進国かを問わず、どこでも硬直的なものだ。アメリカでは小さなスタートアップがインドやメキシコよりずっと早いスピードで成長し、ずっと早いスピードで退場させられる。成長した企業はアイダホからシアトルに拠点を移すが、アイダホの労働者はたやすくシアトルに移れるわけでもない。そもそも、移りたいと思っていない。家族・友達・思い出など、大切にするものがアイダホにはたくさんある。だがよい仕事がどんどんなくなっていって、この選択が大間違いだったことがはっきりするにつれ、彼らは怒りを募らせる。これと同じことが全世界で起きているのだ。

    彼らを救うべく、全世界でさまざまな政策が取られている。その多くは、よい経済学と悪い経済学の助けを借りて策定された。よい経済学は防虫剤処理を施した蚊帳をアフリカで売るのではなく無償で配布させることに成功し、マラリアで死ぬ子どもの数を半減させた。一方、悪い経済学は富裕層への減税を支持し、福祉予算を削らせ、政府は無能で貧乏人は怠け者だと論じ、移民を批判し、不平等の拡大を招いた。
    こうした根拠のない考え方が、社会において有力になっている。私たちにできる唯一のことは、油断せずに見張り、問題を単純化せず根気よく取り組み、判明した事実に誠実であることだ。
    人間らしく生きられるよりよい世界を実現するため、私たち「誰も」が声を挙げなければならない。経済学は、経済学者にまかせておくには重要過ぎるのだ。

  • 貧困者、弱者を含めた社会問題を解決するには、そのような人々を差別したり切り捨てたりせず、人間の尊厳を保つよう社会システムを構築する政治が必要。

  • ■著者が扱っているメインテーマ
    よりよい世界にするために経済学にできることは?

    ■筆者が最も伝えたかったメッセージ
    一部の裕福層の成長を優先するのではなく、
    それ以外の層への生活の質向上にシフトすべき。

    ■学んだことは何か
    市場を放任すると不平等が解消されることはなく、
    貧富の差は拡大するばかり。成長ではなく、世界にとって地球にとっての平等な社会のために、富から貧への再分配のしくみと他人と地球をおもいやる対人力が大切になてくる。

  • 開発経済学の研究者として2019年にノーベル経済学賞を受賞した二人の著作で、ビル・ゲイツが「2020年夏に読むべき本5冊」に挙げていた本。章ごとのテーマとしては、移民、人々の好み、自由貿易、経済成長、気温、不平等、政府について書かれている。

    経済についてはあまり知識がないまま読んだけど、「なるほど」というところの方が多かった。
    この本から得たことは、希望と尊厳。自分に向けては、希望を持ち続けること。他人に向けては、尊厳を傷つけず、敬意を払うこと。

  • ビルゲイツの「今夏必読の5冊」に選ばれた本書。
    世界の諸問題を、客観的な調査や実験に基づいて、いかに解決するかを記したものである。
    とりあえずこれを読んで思ったことは「あっ、自分って現実を勘違いしていたんだな」という事。アッと驚く事実をこれだけ丁寧に、かつ説得力のある文章でわからせる著者の能力は素晴らしい。
    最後は壮大な解答が提示されているところが少し歯痒いが、とりあえず読んでみることをお勧めする。

  • 社会の問題の原因を探る話。

  • 先日のムジカ・ピッコリーノは“livin' on a prayer”でモンストロが助かった。懐かしくてロンドンの地下鉄で歌うおじさんをyoutubeで探したりもしてみた。
    若くて貧しい男女が手に手を取り合って生きていこうとする歌で、こういうのがアメリカ的と言えばアメリカ的なんだろうとも思う。1986年はレーガン政権下。規制緩和・自由化に大きく舵を切り、手厚かった社会保障の改革が進む。“インセンティブ”が錦の御旗であり、才能と努力と勤勉が成功をもたらし、国の成長が人々の暮らしを豊かにするはずだった。
    でも多分、時代は大きく変わっている。産業の盛衰を受けて、人々は職のあるところに移転するかというと、それほど柔軟ではない。労働の需給は地理的な制約を受ける。ひとたび坂を転げ始めると、どうやら止まることができず、社会の階層はもはや流動的ではない。

    貧富の差とはそれ自体は経済的な問題なので、所得の再分配が処方箋になるかと思いきや、そういうわけにもいかない。支援を受けるとは、競争に敗れたことを認め、能力の欠如を受け入れ、政府や他者からの管理や干渉を許し、それでいて考えられる限り最も慎ましい生活を送る - 皆に感謝しながら。
    そんなことできるだろうか?

    このようなレッテルを張られるくらいならと自棄になったり、あるいは憎むべき何かを見出して自分たちの不遇は“あいつら”のせいだと考えたりする。どちらも行き着く先は分断である。経済的な問題ではなく、社会的・政治的な分断である。
    分断という悲劇を避けるために、支援とはどうあるべきか。終盤がとても素晴らしかった。

    『社会政策の設計においては、救済をすることと人々の尊厳に配慮することとのせめぎあいにどう対処するかということを常に考えなければならない。この議論の一方の極端な立場は、市場経済で割りを食った人々に対してできる最善の策は彼らにお金を渡して立ち去り、あとは好きにせよと本人に任せることだ、というものである。これとは反対の極端な立場は、貧しい人には自分で自分の面倒をみることもできないときめつけ、あれこれ介入して選択を制限し、条件を満たさない人は切り捨てる、というものだ。これではいずれにせよ、落ちこぼれた人々に罰を与えているようなものだ。公共プログラムの受益者の尊厳をないがしろにし、公的支援を受けたいなら我慢しろ、と言わんばかりである。だが自分をゴミのように扱わないでほしい、尊重してほしい、というのは人間が誰しも持っている気持ちである。公共プログラムが、ときに救われる当の人々からでさえ支持されない大きな理由は、そうした気持ちに対する配慮が欠けているからだ。』(P.399)

    『旱魃の被害を受けたインドの農民、シカゴ南部の若者、五十代半ばで解雇された白人男性の共通点は何だろうか。それは、彼らは問題を抱えてはいるが、けっしてかれら自身が問題なのではないことだ。彼らを「貧窮者」だとか「失業者」といった括りで見るのをやめ、一人の人間としてみるべきである。(略)抱えている問題でその人を定義することは、外的な条件をその人の本質とみなすことにほかならない。』(P.460)

  • 絶望を希望に変える経済学
    低技能移民の流入が受け入れ国の既存労働者の賃金と雇用を押し下げることはない。政治利用されている。
    自由貿易が良いことであるためには、国の中でリソースの再配分が適切になされなければならない。売れなくなる産業、製品から売れる産業、製品への移行。地域間での移住。硬直性があるためその通りにはならない。
    貧困率は90年から現在までに半分になった。ただし、世界の所得下位50%が上位49%の所得成長率を上回る一方で、上位1%のスーパーリッチはよりハイペースで増えている。それはGDP成長率の27%を占める。
    成長を引き上げてトリクルダウンを狙う政策から最貧層の生活の質を上げる政策に。教育や医療の改善。
    格差の拡大の象徴に金融業がある。大して役に立たない仕事にとてつもなく高い報酬が支払われている。
    ベーシックインカムは導入してもニーズが高まらない可能性がある。仕事にはやり甲斐や尊厳も含まれるため、結局仕事をしなくなることの幸福度は高くない。貧乏くじを引いた人を助ける制度にする方がよい。

  • この本から一番学べることーそれは、「世の中のあらゆる問題や議論について、常識や一辺倒な方法論と思われがちな部分を鵜呑みにせずに疑ってかかるべき。自らそれらの問題の背景を知り、検証し、炙り出された事実を咀嚼することが重要。」である。
    経済学の考え方をベースに置きつつ、世の中では当たり前と思われがちな解釈および思考方法を再考している。

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