共同体の基礎理論―自然と人間の基層から (シリーズ 地域の再生)

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  • 農山漁村文化協会
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784540092152

作品紹介・あらすじ

近代的な市民社会へのゆきづまり感が強まるなかで、前近代の象徴ではなく、未来への可能性として「共同体」が語られるようになってきた。群馬県上野村と東京との間を行き来して暮らす著者が、村の精神に寄り添うことをとおして、自然と人間との基層から新たな共同体論を構想する。

感想・レビュー・書評

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  • 近年、さまざまな方面から「共同体」の役割が見直されつつあります。それは、情報化の進展による個人社会化への不安や、わたしたちが基層としてきた人間と自然との関係への関心の高まりに端を発するものです。とくに日本においては、ローカルな共同体としてのムラを基盤として人間生活が営まれてきました。しかし近代以降、こうした共同体が国家や社会の名のもとに批判され、解体されてきました。このような歴史的経緯をもつ日本において、コミュニティへの関心が強いことは、ごく自然なことだといえるでしょう。

    著者は書中で「多層的共同体」という概念を説きます。このことばが示すように、本来、共同体とは一対一の関係性で捉えられるものではなく、複数の層が重なりあって存在しています。たとえば、ムラでの生活に欠かせない生産のための共同体、信仰をともにする人々の共同体など…。親戚関係や趣味仲間のような、ムラの範囲を超えた共同体も存在可能でしょう。そうしたさまざまなスケールのたくさんの共同体が、個人を内包して存在しているのです。そして、共同体が個人の能力を引き出したり、個人にとってかけがえのない場所となってきたのです。

    昨今では、さまざまな理由からそうした共同体から個人が「離脱する」動きが加速しているように思います。一方で、共同体が個人を「排除する」動きも顕著にみられます。しかし、それは共同体を単層的、あるいは単一的にみる視点が蔓延してきているからのように思えてなりません。いろいろな側面から共同体を見つめなおす視点、自身がさまざまな共同体で生きている、という視点が、日本に住むわれわれ一人ひとりにとって大切になってくるのではないでしょうか。

    人付き合いやコミュニティの問題に関心のある方に、ぜひ一読を薦めたい本です。

    (ラーニング・アドバイザー/地球 SUZUKI)

    ▼筑波大学附属図書館の所蔵情報はこちら
    http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1380259

  • 熱量がそのまま伝染してくるような良書です。

    ●以下引用

    日本の共同体は自然と人間の共同体として、生の世界と死の世界を統合した共同体として

    自然と人間が結び、人間が共有世界をもって生きていた精神が、共同体の古層には存在している。それが共同体の基層であり、この基層を土台にして時代に応じた、地域に応じた共同体のかたちがつくられる。ゆえに共同体が壊されていくというとき、その意味は、自然と人間が結び人間たちが共有世界を守りながら生きる精神が壊されていくことを意味する。

    共同体はある時期に完成するものでも、またある時期に消失するものでもないことに気が付く。おそらく縄文時代やさらに昔の時代から、この精神は存在したであろうし、明治時代の歴史のなかでもこの精神が直ちに消え去ったわけでもないだろう。

    よくできた人ができの悪い地区の人に野菜などをもっていくお返しに。自分のところでよくできたものをもってくる。それを繰り返していると「収量」が平均化されていく

    山のような作物をもらった人は、それを集落内の作物が不出来な家に配った。そこでも小さな「お返し」が繰り返されていた。私はそこに共同体の精神と作法を感じた。

    この村には、シノブとイワタケについての独特のルールがあった。それは生活に困ったり、当然の理由でまとまったお金が必要になったとき以外は、手を伸ばす形でしかシノブとイワタケは採ってはいけない、というものであった。お金が必要になった人だけが、ロープをつかったりして大量採取できるのである

    村では生活をつづけていくのが困難になる人がでることがあった。そんなときに「山上がり」が生まれた。「山上りが」は宣言をしておこなうもので、「山上がり」を宣言した者には誰の山に入って小屋を建ててもよく、また誰の山の木でも山の生活に直接必要なものは切ってよい。

    「山上がり」という村の救済措置も成立していた。自然と人間の世界が、困窮した村人を助けた。

    「山上がり」が可能なのは、三つの要素があったからである。そのひとつは豊かな山、もうひとうは村人の多彩な技、第三は共同体の支えである。この三つの要素に支えられて、「山上がり」という村の救済措置も成立していた。自然と人間の世界が、困窮した村人を助けた。

    祭りをとおして村人は自分たちが暮らす時空の再確認をする。山の神に守られた山があり、水神に守られた川が流れている。その世界があるから自分たちの里もある。自然の世界、神の世界、人間世界が連続していて、この連続性がなければ成り立たない自分たちの里

    自然を取り込み、自然への想いをたえず再生産することによって、自然と人間の自治をおこなってきたのが、かつての共同体である。

    修験道では人間の穢れをみつめる。人間として暮らすこと自体が人間を自然から離し、精神の穢れをつくりだしていく。なぜなら人間は「私」をもっているからだ

    Yさんのお父さんが「山に入る」とはそういうことであった。修験道は「人間的な人間」の死と「自然的な人間」への生まれ変わりをめざした、死と再生の信仰である。この「死」は「人間的な人間」の死を意味するから、絶命することではない。

    村の構成要素のなかに自然が入ってくる。つまり自治のメンバーの中に自然が入ってくるとすると、そのかたちは簡単には説明できない。なぜならこうすればよいという形式があるわけではないからである。

    人間として生きることにどうにもならない悲しみにを抱き、それからの開放を自然に求め、自然の力を借りて「自然的人間」に生まれ変わろうとする。この心情をとおしてとらえられているものは、崇高なる自然と悲しき人間の関係であり、けっして日本人は自然と人間を分けなかったというような、単純なものではないのである。

    人間が自然と一体化することもまた、可能なものとしてとらえられていた

    共同体に暮らした人々は基本的には「皆様とともに生きる」という生き方をしている。その皆様は村の人々と自然が含まれるが、突然その人間たちと暮らす部分を捨ててt、自然だけを頼りにして暮らすようになる。それは一面では徹底した個人主義者の道である。何しろ家族さえも捨ててしまい、たった一人の人間になってしまうのだから。その意味では日本の共同体に生きた人々は「集団主義」ではない。実行に移すかはともかくとして、心の奥に徹底的な個人主義の精神をもちながら、共同体とともに生きているのである。ただしそれは「個人主義」と表現するのは正しくない。なぜなら個人主義はあくまで人間社会のなかでの個人主義を意味しているが、日本の「個人主義」は自然とともに生きる「個人主義」だからである。自然にすべてを投げ出し、委ねているという点では、けっしてヨーロッパ的な個人主義ではない。むしろ自然との共同をめざした、自然との間だけの共同体をめざす行為だといってもよい。

    家族も村人の共同体も捨てることに変わりはない。それなら家族とともに暮らすことに不満があったのだろうか。村人とともに暮らすことに不満があったのだろうか。おそらくどちらにも不満はなかったのである。そこでもまた誠実に生き、不満なく暮らしていた。それなら問題はなさそうなのだがそうはいかない。自己を見つけたとき、越えたいもの、越えなければならないものがみえていた。

    欧米人は個が確立しているが日本人はそれが弱く集団主義だというのは誤りで、個の確立のされ方が違うのである。欧米の個の確立は、人間である他者に対して自己を示すかたちの個の確立になっている。簡単に述べてしまえば、私はあなたとは違うのです、というふうに自己を際立たせるのでが個の確立なのである。ところが日本の個の確立は違う。日本では自己を極めることが個の確立であった。だから自己を確立しようとすると、人間としての他者はむしろどうでもよいものになり、ひたすら自分の内面を掘り下げていこうとする。自分の奥にある自分を見つめながら、自分ならではのものを確立しようとするのである。

    日本の伝統的な精神では、人間たちという他者が無関係になるという点では孤独な個の形式であっても、自然という他者からは離れてはいないということである。

    ジネンのままに生きる自己になろうとするのが個の確立であり、技の世界ではジネンのままに技を使えるようになることが個の確立であった

    山に入って修行をするが、自力だけで修行をするわけではない。岩山に座ったり、滝に打たれたり、山を歩き続けたりするのだから、この行は一見すると自力行である。だが自力で自然と一体化しようとはしていない。自然の力を受け、自然の力に導いてもらうためにそうしているのである。ここには自他力合一の精神がある。

    ★死によって「私」が捨てられたとき、自然は人間をジネンの世界へと導いてくれる。ただし「私」を捨てるまでの一定の期間は必要だと考えられていたが、ジネンの世界にいくことができれば、自然と一体化し永遠の生をえることができるのである。この自然の世界に還ることを人々は成仏するととらえた。

    自然、つまりジネンこそが永遠の真理である以上、仏教的にジネンは仏陀の叡智である。なぜなら仏陀の叡智とは真理のことなのだから。

    このときの死は、生命の終わりを必ずしも意味しない。「私」をもった人間の死なのであり、それはジネンの世界への生まれ変わりである。それは即身成仏といってもよい。

    ★個の確立も、自然が絡んでくると簡単ではない。自己の内奥をみつめ、掘り下げるように自己を確立する。到達点はジネンのままに生きる自己であり、それが成し遂げられたときは自然と一体化し、いわゆる「自己」は消滅する。個の確立は日本では最終的には自己消滅なのである。

    ★柳田国男によれば、こうして死後に自然と一体となった者たちを、人々は「祖霊」あるいは「ご先祖様」と呼んだ。そのご先祖様たちの姿を周囲に展開する山々のなかにみた。なぜならその山々の自然の世界と一体になって、ご先祖様は存在しているからである。この自然でありご先祖様である世界が、姿をみせて我々の世界に現れてくることがある。

    日本の共同体の在り方もひとつではない

    密教でも本質は密なるもの、故にみえないものである。だが仏陀の智慧を体現するかたちで大日如来が現れてくる。この世界のすべてを体現した姿として。しかもこの世界の真理を、密教はさらに詳しいかたちでみせてくれる。それが曼荼羅である。

    大拙は中世民衆の大地性と霊性の確立が民衆仏教の時代を開いたと述べているのだが、それは必ずしも鎌倉仏教だけを意味するものではないだろう。

    こんな人たちが山で修行をし、納得できるものを獲得したときは、どうしたのだろうか。村に戻ってまた普通の暮らしをつづけたのである。そして再び亀裂を感じたらまた山に入る。

    村人たちは自分の共同体の信仰をもちながら暮らし、同時に修行をしながら訪れてくる専門の修験者と交流しながら、自分たちの信仰的世界を深めていった

    デザインという言葉を使うとき、私たちにはひとつの暗黙の了解がある。それはデザインは人間だけに備わった能力だという諒解である。(中略)それは伝統的なヨーロッパ的知性の諒解であったといってもよい。目的意識性をもって仕事をするということは、仕事のなかに知の営みがあるということである。この知の営みこそが、自然の営みと人間を分けている。

    もしも「私」のあることが躓きのはじまりだとするなら、理想はどこにあるのだろうか。「私心」のないことに、である。つまり「私」をもたずに生きることである。とすると「私をもたない」とはどういうことなのか。人々はそれを「おのずから」のままに生きることと考えた。「おのずから」は感じで書けば「自ずから」となる。つまり「自ずから然り」の世界で生きていくことが理想だった「自ずから然り」の世界は自分だけでできているものではない。すべてのものが結び合い、その結び合っていく動きが「自ずから然り」なのである。とすると人間もすべてのものと結び合い、その結び合いのなかで「自ずから然り」のままに存在していることが理想になる。仏教的にいえば「縁」のままに生きる、「縁」を大事にして「私心」をもたずに生きる、ということである。

    ジネンは今日的な意味での自然界のことではなく、「自ずから然り」のままに展開していく世界のことである。ただし純粋に「自ずから然り」のままに展開する世界を人々は「シゼン」にみていたから、自然こそがジネンの純粋な世界だといっても、大きな誤りではないだろう。人間もまたジネンであることが理想だった。

    「私」を捨てるために修行をする人々である。この人たちがめざしたのは「生まれ変わり」であった。あるいは人間としての「死」であったといってもよい。人間であることを「死」に追い込み、その「死」をとおして新たな「吾」に生まれ変わる。井筒俊彦がしばしば用いた漢字を使えば「我」から「吾」への転生である。それを日本仏教では「悟りを開く」といった。

    奈良時代に編まれた『日本霊異記』にはこういう人たちの話が数多く登場する。それも寺院で得度をし、修行する人たちではなく、普通の生活をしていた庶民が自分の存在の悲しさに堪えきれなくなり、山に入って修行をする話である

    この人たちはどうやって生まれ変わろうとしたのだろうか。山の峰々を歩きお経を上げつづける。洞窟に座ってお経を上げる。文明を捨て、木の実や草、木の根などを料理せずに食べ、峰を歩き、洞窟に座る。そうやって自然と一体になろうとした。自然と一体になるとき、「私」は消え、「自ずから然り」の存在へと生まれ変わる。人間であることを死に追い込む荒行を重ねることによって、自然そのままの人間になろうとしたのである。

    知性でとらえようとするかぎり、山の神は信じるに値しないのである(中略)山村で暮らしていると、山の神信仰が納得できるのである。私たちは山の神に守られて暮らしているという感覚が、諒解可能なものとして存在している。

    関係ができれば、関係が社会をデザインしていくだろう。

    はたして人間には関係をつくることができるのか、という問題である。たとえば伝統的な村には自然と人間の関係が存在する。自然ととともに暮らした長い歴史が、その地域特有の自然と人間の関係をつくりだしたのである。それは意図してつくられたものではなく、長い時間のなかから生み出されたものだ。

    関係は生まれてくるものであって、つくられるものではないのかもしれない。つくれるのはつき合いだけであってえ、付き合いを重ねていくうちに生まれた、諒解できる共有された時空が、関係をつくりだしたのかもしれない

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB01577536

  • 村落の共同体(コミュニティ)とは何か。
    近代の弊害がもたらす環境破壊、資本主義や中央集権の統治の問題をどうするか難題であるけど、空想的な解決策でなく、村落に通い詰めたなかで、人間と自然との関係の歴史が分かる。
    そこから、未来へのヒントにしていこうというもの。

    正直、とても難しかった。
    この本にある歴史的な農村社会は失われていることだし、イメージしにくい。
    (というこで、宮本常一の「忘れられた日本人」を読んでみる)



    結、講などの相互扶助の仕組みは、ヒントがあるように思った。
    例えばNPOバンクや信用金庫など、もとをただせば「無尽」の精神に関わってくるのだろうか?
    そうなると、お金について知りたくなる。
    お金に意志を持たせることは可能なのか?
    そのために、何が課題となっているのか、、、
    顔の見える範囲(数百人規模)での金融はビジネスとして可能なのか?
    地域通貨との関わりは、、、etc


    内山節が哲学者ゆえに示唆が多い本。

  • 家族とか地域社会を再確認するために、とても読みやすく内容が整理されている。
    誰にとってもそうかも知れないが、私にとってはまず161ページの最後の章から読み始めたい本である。
    P188の四行目からにある言葉、『むしろ「知」の営みが個体的に成立しているのか、それとも関係性に成立しているのかを解くことを課題にしていた。「知」の営みが関係を通してしか成立しないのに、人間はそれを個体の働きととらえる精神の現象学を問題にしていたのである。
    その意味では日本の伝統的な人間の捉え方と同じんになり始めていた。ただし日本の伝統では「私」を個体制に求め、そこに悲しさを見ていたのに対し、現代哲学では「私」はあくまでも肯定の対象であり、環境の中に成立するものとしてとらえた。伝統的日本では「自ずから然り(自然=じねん)」のままに展開する関係的存在としての人間は「私」の外にあるのに対して、現代哲学は人間を一つの本質の中にとらえて個体制から関係性に移行させたのである。
    知性や身体性が関係的な存在であるなら、その対象は他者であり、自然であり歴史や文化や信仰でもある。
    こうなると何が進んだ文明なのか遅れているのかわからなくなる。
    ここで私が気になるのは、「すべての文化は平等である」とレビーストロースによって宣言されたことに対して、彼は必然だと言っていることである。本来ならば対等と表現してほしいがせめて等価と言うべきだと思うし、文化を比較するべき物として扱うことに私は疑問がある。
    普通の人は顔と名前を結び付けられる数が400人前後だと言う。(多分人となりをイメージできるのは200人前後ではないだろうかと私は思う。)従ってコミュニティーの大きさも視野を行き届かせるられるその辺が適当なのだろう。
    心が知性や理性や悟性と感情と意志の三つの要素を持つと言われ、この知情意のそれぞれを巷ではランク付けようと争っているが、本質的な心に差別など必要なく様々な人間性をトータルして発信する場でしかないのでないだろうか。

  • 読了。本書に記されているような視点って、いわゆるネットの議論ではほとんど表に出ないように思う。内山節の問題意識がよく見通せる好著。

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著者プロフィール

1950年、東京生まれ。東京都立新宿高等学校卒業。哲学者。1970年代から東京と群馬県上野村を往復しながら暮らす。むら人の暮らしの考察をとおして、自然と人間との関係、仕事と労働、時間や共同体などをめぐって、独自の思想を構築する。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授(2010年4月~2015年3月)などを歴任。NPO法人・森づくりフォーラム代表理事。『かがり火』編集人。主な著書は『内山節著作集』(全15巻、農文協)に収録されている。最近の著書として『日本人はなぜキツネにだまされなくなったか』(講談社現代新書)、『いのちの場所』(岩波書店)、『修験道という生き方』(共著、新潮選書)などがある。

「2019年 『内山節と読む 世界と日本の古典50冊』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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