グールド魚類画帖

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560027233

作品紹介・あらすじ

タスマニアの孤島に流刑された画家グールドは、島の外科医殺害の罪で絞首刑を宣告される。残虐な獄につながれ、魚の絵を描き、処刑を待つグールド…。その衝撃の最期とは?「英連邦作家賞」受賞作品。

感想・レビュー・書評

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  • 『「エラスムス・ダーウィンーー賢者」と言ったと思ったら、「だがなぜ緑茶にレモンを入れるのだ?」』―『ポーキュパイン・フィッシュ』

    修辞学的な表現で語られるのは、スカトロでありエロでありグロであり、つまりはナンセンスで誇大妄想的な話なのだが、通底するのは悲哀だ。それでいてこの本は歴史書であり人間の本質を描いた文学書であって、とても極端に言うなら遠藤周作の「沈黙」をひっくり返したような話とでも言ったら良いのだろうか。違いといえば、修道士が罪人であることと、島原がタスマニアであること位で、人間の非道さには何の違いもない。

    ものすごく単純に要約すると、聖職者が聖人として列伝されるが如く罪人であるグールドが魚となってオムニポテントな存在に変わっていく話なのだが、その構成はウンベルト・エーコばりに本の中に本を内包する形となっていて、修辞学的な趣きが弥がうえにも強調される。しかし、一人称の視点なんの断りもなしに三人称になって読み手の来た道を失わせたかと思えば、それが単に自分自身を卑下するときの表現であることが明かされて安心したのも束の間、二千一年宇宙の旅の主人公デヴィット・ボーマン船長のように始まりも終わりも無い存在となって時を越え空間を越え、本の中の本から抜け出してメタな物語に侵食する。最後に全てが循環する壮大な物語として、大きな円環の如く宙に浮かぶのかと思いきや、半ば予想された事とはいえ、その円環をしゅっと矮小化する一文で物語は一つの点に収束し、点に収束するというからには定義上は物理的な大きさを持たない無となり、壮絶に湧き上がっていた業火は灰となって終息する。業火となった山火の種がグールドが熾した焚火であったのかと想像は膨らむが、ボーンファイアは天に魂を還すのみ。

    『彼らが金を払う代わりに求めたのはこのことだけーー嘘をついてもらい、欺いてもらい、たった一つの最も重要なこと、つまり、自分は安全だという感覚』―『ポットベリード・シーホース』

    全ては虚であり空である。しかし空であるとは二律背反的に色でもある。つまりは全て真実でもあるということになる。それ故に胆汁を嘗めたような苦味が読後感として残るのだろう。人間という奴はどこまで非道になれるものなのか。

  • 読み終えてこんなにも感情がまとまらず、吐き気が止まらない本も初めてである。
    今まで読んでいたこの本は一体何だったのか、書物とはどこまで恐ろしい物なのか、物語が「物語られるもの」にたいしてどれほどの力を持つのか
    全てを文章ではなく体験として叩き込まれたような強烈な読後感である。

    陰鬱な流刑島に流された囚人であり画家であるグールドの語りによるこの本は彼の残した12の魚の画とともに物語が展開されていく。
    魚のモチーフとなった人々の話が語られ、進んでいく毎にそれらが絡み合いそしてグルード自身の物語もドライヴしていく。しかし不思議なことに物語は進めば進むほど不安定さを増していき書物と現実との戦いでは現実が敗北していく

    物語や書物へ持っていた認識が強烈にぐらつかされる作品であった。

  • ある日ガラクタの中から見つけた、流刑の地で囚人が描いた魚の画帳。その隙間にびっしりと埋められた手記のようなもの。それはなんとも言いがたい魅力で人を絡め取る。

    時に詩的な悪態のような、時に熱にうなされて見る夢のような文体が物語が、自分にとってやけに馴染みが良いというか気持ちが良くて、早く先が読みたいというよりも読み終わるのが惜しい。ずっとこの本の中にいたい。噛みしめていたい。漂っていたい。あたかも魚が水の中で泳ぎ回っているがごとく。そしてそれは作中で「魚の本」について言及している気持ちと一緒なんだなあ。まるで自分のためだけに存在する物語かのような錯覚を抱く。かと言って、描かれているのは癒しとか穏やかさとは真逆の、不整脈を起こすほどの凄まじく酷い世界。

    全く何の前知識もなく本屋の棚で偶然出会ったのだが、これほどの本に出会えることはそうそうあるものではない。カンが冴えてる時というのはあるものだ。

    もう傲慢を覚悟で言えば、これは「私の」本ということにしたい。
    きっと私はこれから先何度でもこの本を読み返すんだろう。

  • ふむ

  • 面白いときいて積んでます。

  • 悪魔的な装飾をこれでもかと施した物語の、果ての見えない連なりに延々といたぶられる、Mな悦びに目覚めた読書体験でした。

  • 傑作の名が高い名著。ということで、ずーーーーーーーと読みたいリストにあって、手にした。至福わ味わった、という人の話はウソではなかった。幻想と現実が入り混じり物語の海に身をまかせ快感としかいいようのない読書になった。この本を読める人はきっと幸せだと思う。

  • グールド魚類画帖

  • 「人は、人間であることの不思議さを受け入れるよりも、魚としての生を生きるほうが楽だろうか?」

    すんごい本と出会ってしまいました。 
    記憶と現実が、過去と未来が、そして本の読み手と書き手が、とにかく全てがごちゃごちゃに絡まりあったタスマニア島の囚人世界が舞台となるこの本。最後には、果たしてこの本は本当に本なのかとさえ疑ってしまう、不思議で難解で常軌を逸した本でした。
    この本の中には、十二の魚類の絵が描かれています。グールド・ウィリアム・ピューロウという十八世紀に英国に生まれやがて軽犯罪でタスマニアに島流しにあった、実在する囚人が描いたとされるものです。そしてこの本は、タスマニア出身(いまも在住)の筆者が、その十二の魚の絵それぞれに物語を付していく形の小説です。グールドという囚人であり画家は実在し、十二の絵も実在するものですが、著者によって付された物語はフィクションという事になっています。ただ、フィクションとは言っても、タスマニアに産まれ育ち、タスマニアの歴史学を専攻した筆者(ちなみに筆者自身の先祖も軽犯罪による囚人でタスマニアに島流しにあったというのがルーツの筆者)が魚の絵に付すその物語や登場人物は、現実に起きた歴史と近いものであるとする見方があるそうです。物語には、島の全周がたった1.5kmしかない孤島に蒸気機関車のレールを作って走らせるよう囚人に命じたあげく完成式典では蒸気機関車の先頭に囚人を磔(はりつけ)て夜通しぐるぐる走らせるといった奇行をタスマニアの繁栄の為だといって平然とやらかすイカれた司令官が居たり、科学者としての殿堂入りを果たすべく研究用として黒人の頭蓋骨を収集するために生きた黒人の囚人の首を9体分切って樽に保存して腐らないように薬液を足してかき混ぜ続ける医師が居たりして、どうか完全なフィクションであってほしいと読者が願わずにはいられないグロテスクなシーンが随所にあります。
    グールドは、ある事がきっかけで、この囚人島で起きていることを本国である英国に報告する書類にこれらの奇行が一切記載されていないばかりか、統制され組織化されたタスマニア島の輝きを主張するでっち上げの文章ばかりが並ぶ報告書類の束を目にし、「本物の歴史を元に文章が作られるのではない、偽りの文章から歴史が作られるのだ」と気づきます。囚人であり何の力もなく何もできないながらもそのでっち上げの事実を暴露しようと脱獄を企て、しかし最後にグールドは魚になって、言葉を持たない魚となったグールドが水槽の中から最後に見たものとは一体。

    「魚が一匹死ぬたびに、世界からはその生き物の分の愛の量が減るんだろうか?魚が一匹網にかかって引き上げられるたび、その分の脅威と美が減った状態で世界は続いていくんだろうか?そして、もしおれたちが、取り上げ、略奪し、殺し続けるなら、その結果、世界から愛と驚嘆と美がどんどん奪われ続けるなら、最期には、何が残るんだろうか?」

    とにかく長編で難解で、最後まで読んでそのまままた一ページから読み直さないと内容の理解が追い付かない(だけど一方でそんな気力も残っていないほどに難解な)、本当にとてつもない本です。一冊四千円もするので読書を始めたばかりの方にはお薦めしませんが、こんな物語が世の中に存在するんだなと感動した本であったことも事実です。

  • 新世界という名の植民地での生々しい残酷さと、怪談のような幻想が混じり合った小説。

    ちょっと文章が難しかった。

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著者プロフィール

オーストラリアのタスマニア州で生まれ育つ。高校中退後、リバーガイドなどさまざまな職業を経て、タスマニア大学、オックスフォード大学で文学を学ぶ。デビュー作Death of a River Guide(1994)で南オーストラリア州文芸祭文学賞をはじめ、オーストラリアの主要文学賞を受賞。3作目の『グールド魚類画帖:十二の魚をめぐる小説』の英連邦作家賞受賞(2002年度)で世界にその名を知らしめた。第二次世界大戦中に父親が生き延びた過酷な捕虜経験を元に12年の歳月をかけて書かれた本書は、2014年度ブッカー賞を受賞し、各国の書評子から「傑作のなかの傑作」と絶賛された。その他の作品に、The Sound of One Hand Clapping、『姿なきテロリスト』。(以上、邦訳はすべて渡辺佐智江訳、白水社)。

「2018年 『奥のほそ道』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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