- Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
- / ISBN・EAN: 9784560027257
作品紹介・あらすじ
雪景色のなか、なぜ、恋人たちは突然の悲劇に引き裂かれたのか?記憶をなくした男が、失われた時を求めてパリの街をさまよう-。ゴンクール賞受賞作品。
感想・レビュー・書評
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「すぐれた現代小説はしばしば推理小説的構造をとる」という説があるらしい。「私は何者でもない。その夕方、キャフェのテラスに坐った、ただの仄白いシルエットに過ぎなかった。雨が止むのを待っていたのだった。ユットと別れた時に降りはじめた夕立だ」という、ノワール小説風の書き出しはその説の正しさを裏付けるものかもしれない。
十年前、記憶喪失に見まわれた「私」を援けてくれたのがユットだった。記憶の戻らない「私」に新しい身分証明書を手配し、探偵として使ってくれたばかりか、引退した日、自由に使えと事務所の鍵まで渡してくれたのだ。自分の過去をたずねる旅に出る潮時だった。
「私」が探るのは、自分は誰で、十年前になぜ記憶をなくしたのか、という謎である。都合のいいことに、「私」を助けたのが探偵事務所の所長であり、八年間その右腕として働いた「私」は、今では腕利きの探偵となっている。引き継いだ事務所には紳士録や住所録のファイルで埋まった棚があり、ユットは各方面に人脈を持っていた。
実際に顔を見れば、「私」を覚えている者に会えるかもしれない。「私」は、わずかな手がかりを求め、人を尋ねてパリの街中を歩きまわる。文中に通りや建物の名が続出する。パリに詳しい読者なら、そこがどんな界隈かすぐにわかるのだろうが、詳しくなくともそこはパリだ。映画で見覚えのあるところも多い。サクレ・クール寺院近くの階段などとあれば、一気に情景が喚起される。
「私」が会うのは、亡命ロシア貴族やうらぶれたピアノ弾き、男色家の写真家といったいずれも落剥を絵に描いたような面々。彼らは思い出したくもない過去を問いただす探偵を追い払うかのように、思い出の品を手渡す。写真や形見の品から芋づる式に手繰り寄せる自分の過去。手がかりになるのは、名前と住所、電話番号といった記号化された情報である。一章が丸ごとそれにあてられることも。
そのうちに少しずつ分かってくるのは、「私」が、どうやらいくつもの名前を使い分けていたこと、恋人がいたこと、南米の外交官と関係があったこと等々。時代は第二次世界大戦下、ヴィシー政権下のフランスで臨検を恐れる立場にあった「私」は、同じ境遇の仲間たちとスイス国境に近いムジェーブという観光地への旅行を強行し、記憶喪失に至る事故に遭ったらしいい。
推理小説風にはじまった小説は、「私」の過去が明らかになるに連れ、過去に出会った人々の視点による回想が挿入されたり、自分の回想が入り混じったりして複雑な様相を呈するように。暴かれた過去ははじめの謎を解明するが、それによりかえって謎が深まってゆく。恋人だった女はどうなったのか。ボラボラ島で行方知れずになった学生時代からの友人は本当に死んだのか。「すぐれた現代小説はしばしば推理小説的構造をとる」の後には「が、それはたいてい最後まで謎の解けない推理小説である」という、もうひとつの説が続いているという。いやはや。
「暗いブティック通り」は原文で“Rue des Boutiques Obscures” 。フランス語になっているが、もとのイタリア語では、ローマにある通りの名でイタリア共産党の本部があるとか。「私」がかつて住んでいた、その地を訪れるまで謎は解明されることはない。「私」とは、いったい何者でいくつもの名を名のらねばならなかった理由とは何だったのか。その解明は読者にゆだねられている、ということだ。
推理小説的構造を借り、娯楽小説の意匠を纏うことによって、戦争や人種、自己とは何か、というすぐれて現代的な問いを、不用意な読者に否応なしに突きつける、きわめて用意周到な作品である。それでいて、登場人物が仄めかすサイド・ストーリー、美味そうな酒や料理の紹介、と巷間に流布する凡百の推理小説やスパイ小説をはるかに凌駕する読み応え。本を読むことの愉しみはしっかり保障されている。1978年度ゴンクール賞受賞作。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
中盤まで、自己を探索し記憶との距離を詰めてゆく主体の在り方にうっとり。描写が良い。後半、ここで終わる!?という唐突さ。余剰はたっぷり。ミステリは謎を解決するためにあるのではないのね…。落下の解剖学と同じ構造。
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記憶喪失だった男が自分を捜してパリのあちこちの通りを彷徨い歩く。最終的には記憶を喪失した前後のことは明らかになるが、だからと言って自分が何者なのかの本質は曖昧(obscure )なまま。フランス版の私小説。極めて観念的で読後もフワフワしたかんじがとれない。
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“彼女はわけもなしに泣く―”
探偵事務所の助手として働く、記憶をなくした男。事務所の閉鎖を機に、自身の過去を探す旅に出る。雪景色のなか、なぜ恋人たちは突然の悲劇に引き裂かれたのか?失われた時を求め、男はパリの街を彷徨う。
「それは果たしてぼくの人生なのだろうか?」
意味の分からない、混沌とした切れ端のかけら。切れそうな糸を頼りに、かろうじてそれを辿ってゆく。知らず知らずのうちに、誰か他の人生に滑り込んでいっているのかもしれないという疑いを常に感じながら。
「われわれは、最後には気化してしまうかもしれないのだ」
古い写真、新聞記事の切り抜き、淡い覚え書き。果たしてそれは彼の道標となり得るのか。夜闇が次第に白いふわふわした靄に代わり、少しずつ皆をかき消して透明にしていく。
「砂は何秒かの間しかわれわれの足跡を留めない」
忽然と虚無の中から現れ、暫し光った後でまた虚無に戻る。ある日姿を消しても誰も気づかない。結局のところ、人間は皆そういう存在であり、やがて行方をくらましてゆく。
2014年のノーベル文学賞受賞作家、パトリック・モディアノによるミステリ風叙情純文学。サスペンス的な展開やどんでん返しがあるわけではなく、霧が晴れるように徐々に見えてくる真実と、明らかになる悲哀に満ちた人生劇が書かれています。ゴンクール賞受賞作。
そんなお話。 -
霧。
濃霧のなかに一人いる。
霧の向こうにはなにかる気配がある、時々影もみえる。
匂いも・・・シガレット?コーヒー?古い書物、埃・・・夏と冬。
「結局のところ
私は◯◯なんかではなかったかもしれず
要するに何ものでもなかったが
それでもある時ははるかな
かと思うとある時はもっと強烈な波動が私の中をよぎり
空中に漂っているそうした散り散りの谺が結晶していき
それが私となるのだった。」 -
訳は読みにくいし、展開は遅いし、話はつまらない。
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傑作でありました。記憶喪失の主人公がアイデンティティーを求めて、手がかりを一つ一つ追いかけていく推理小説のような仕立てでありながら、霧の中のような、なんとも不思議な読後感。目が離せなくなるという点では、モディアノの他の作品と同様です。まさに、中毒性がありますね。
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953.7