マーティン・ドレスラーの夢

  • 白水社
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感想 : 14
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  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560047484

感想・レビュー・書評

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  • 「ミルハウザーの小さな王国」

    こういうのを強迫観念というのだろうか。ミルハウザーの描く物語は、どれも同工異曲。まるで、別の物語など書けないかのように、何を書こうが、少しずつずれを含みながら、同じ物語が繰り返し表現されているのだ。

    たとえば物語の舞台。主人公はいつも塔屋か地下深くに自分の根城を造る。「J ・フランクリン・ペインの小さな王国」では、文字通り塔の部屋。「王妃、小人、地下牢」では、王妃は塔にそして、王妃との密通を疑われた辺境伯は地下牢に幽閉され、二人を仲介する道化の小人だけがその間を往き来することを許されている。「マーティン・ドレスラー」では、ついに地下十二層、地上三十階という摩天楼を造ってそこに住むに至る。

    行動半径は限られている。自分のテリトリーと考えられる領地なり、町なりの中を散歩することを好むが、テリトリーを離れて旅をしたりすることは考えられない。主人公にとって、世界とは、彼が目にし、彼が触れることのできる範囲でしかない。ちょうど、封建領主が自分の領地を石垣で囲んで侵入者を阻むように、見えない防壁をめぐらして他者の介入を拒んでいるように見える。彼のテリトリーに入ることを許される者は、家族と少数の気心の知れた友人に限られる。

    主人公は、画家やアニメーターのように創造的な仕事に携わっていることが多い。それも、生計を得るためというのではなく、全身全霊をかけ、それに没頭することで自己実現を図るというタイプの仕事人間。芸術のためなら魂を悪魔にでも売りかねない浪漫主義的芸術家の変種である。しかも、その作り出す作品ときたら、偏執狂的に細部にこだわりを見せる。フランクリン・ペインは分業化が進む業界の動向を無視し、深夜、塔の部屋に籠もり、一枚一枚ライスペーパーにペンによる手書きでアニメーションを制作する。

    ミルハウザーは、女性に対して何かのトラウマを持っているのだろうか。聡明でしかも生気にあふれるエメリンをほとんど実生活上の伴侶として選んでおきながら、性的魅力を感じることができないという理由で、美貌以外に魅力を感じない姉のキャロリンを妻に迎えるマーティンを代表として、主人公たちは、まるで、躓くことを前提に結婚をしようとしているかのように見える。彼らにとって性愛の対象として選ぶ女性と、日常行動を共にする相手としての女性が引き裂かれているのだ。

    『三つの小さな王国』所収の「展覧会のカタログ」はアッシャー家を思わせる兄と妹の物語だが、これに親友の兄妹が絡み合い、錯綜した男女関係の愛憎劇が描かれることになる。普通なら、妹を交換することで、二組のカップルが誕生してめでたしめでたしとなりそうなシチュエーションなのに、ミルハウザーの手にかかると不幸な悲劇になってしまう。近親婚への恐怖が無意識に妹への愛を抑圧し、その歪められた感情が行き場をもとめて本来愛してもいない別の女性に向けられるのが不幸の元凶だろう。

    「神は細部に宿り賜う」というが、まるで、細密画を見るかのように克明に描かれる細部の描写と、増殖し先鋭化する想像力の奔騰、ホテルの中に百貨店、劇場は言うに及ばず、博物館から自然公園、果てはバロック時代の城を思わせる洞窟や迷路までを呑み込ませてしまう作者の想像力というより妄想の暴走にはさすがに、この種の絡繰りや見世物好きの読者も食傷気味になるのでは、と思わされた。『マーティン・ドレスラーの夢』は、作者が神として創り続けてきたスティ-ヴン・ミルハウザー的世界の総仕上げといった感のある一作である。それだけに、ここを出て、これから作者はどこへ行こうとしているのか、期待を抱かせてくれる結末が愛読者には魅力的に映る。

    緻密な構成力で、設定された時代の風景を浮かび上がらせてくれるミルハウザーだが、ようやく都市化しようとしつつあるニュー・ヨークの風物、景観が丁寧な筆致で巨細に描かれている。ゴシック・ロマンめいた書き割りを好む作者が、想像力にまかせて筆を走らせた蝋人形館や人工の森といったグロテスクのアラベスクを凝らした場面より、高架鉄道やハドソン川に架かるブルックリン橋の出てくる場面の描写にむしろこの人の力量を感じる。訳者は柴田元幸氏。多言を要しない。

  •  より高みへ、より高みへと次々に立身出世していくマーティン・ドレスラーの物語には最初から破滅の予感がつきまとう。時代背景は19世紀半ば、超高層ビルがニューヨークに次々立ち並んだ、いわば大量消費社会の創世期で、ドレスラーはアメリカン・ドリームの象徴のように〈もっと多く〉を志向していく。しかしより精緻に、より消費者の好みに沿い、より巨大建築になっていくドレスラーのホテルは、やがて外界から完全に逸脱し始める。
     19世紀末から今も続く拡大指向とは何だろう、と考えてしまう一冊。敗北したドレスラーが長い夢から覚める瞬間はどこかすがすがしさを感じるな。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「やがて外界から完全に逸脱し始める」
      この話は、アメリカと言う国そのものだし、技巧派ミルハウザー自身への戒め?と言うのは考え過ぎかな、、、
      「やがて外界から完全に逸脱し始める」
      この話は、アメリカと言う国そのものだし、技巧派ミルハウザー自身への戒め?と言うのは考え過ぎかな、、、
      2012/04/03
    • 尾崎さん
      >技巧派ミルハウザー自身への戒め
      うわあ、その発想はありませんでした! そういえば、ミルハウザーの小説にいつも出てくるような主人公の〈影〉の...
      >技巧派ミルハウザー自身への戒め
      うわあ、その発想はありませんでした! そういえば、ミルハウザーの小説にいつも出てくるような主人公の〈影〉のような登場人物がいませんでしたね。
      2012/04/04
  • うまく言語化できないが、ミルハウザーの物語の組み立て方が好み。現実に少しだけふりかけられたファンタジーのスパイスも良い。

  • ユイスマンス「さかしま」の変奏版みたいで面白かった。

  •  舞台は20世紀初頭のニュー・ヨーク。
     まるでひとつの街であるような大規模ホテルを建設していった男の成功と挫折の物語。
     おおまかに説明すればこんな感じだろうか。
     男の名前はマーティン・ドレスラー。
     正直言って、それほどに波乱万丈な人生だとは思えない。
     あるいは、ほんの少し冷めた語り口で書かれているので、ドラマチックな人生に見えないのかも知れない。
     また、読み進めていっても、このマーティン・ドレスラーに感情移入することは出来なかった。
     それほどに、魅力的な人物とは思えないのだ。
     彼を取り巻く女性たちとの関係も、僕から見れば「何やってんだよ、まったく」といった感じ。
     なのに、どうしてこうも面白くスラスラと読み終えてしまったのだろう。
     それこそミルハウザー・マジックとでもいうのだろうか。
     奇想天外、まさに街、というか世界そのものを飲み込んでしまったかのような、ホテルの描写はまさにミルハウザーそのもの。
     彼の長編を読むのはこれが初めてだったのだが、やはり大好きな作家のその期待を決して裏切られることはない内容だった。

  • 夢とは。

  • これがピューリッツア賞か。
    ずいぶん駆け足な印象。

    近代化が進んで消費社会に変化を遂げるアメリカの一時期にのし上がっていく主人公の話。
    特に苦労してないんだよね、運とセンスだけみたいな。いや、センスも正直どうなの?って感じなんだけど・・・。

    結局3店舗目は失敗するんだけど、その描写だけがよかったかな。登場人物はキャロリンがすごく魅力的だった。
    でも正直それだけの小説だなと。

  • 「昔、マーティン・ドレスラーという男がいた」
    タイトルもさることながら、この簡潔な書き出し。混じりけのない純粋さで、「夢」を追い求める、青年の姿を、精緻過ぎるほどの描写を通して淡々と描く。特に、グランド・コズモの内装、外観の描写に関しては、ホテル自体の幻想性とは裏腹にリアリティのある存在として眼前に浮かび上がるほどの細かさ、具体性をもって描かれている。広告に関するハーウィントンとのやりとりも好き。

    「結局僕の見た夢が間違った夢だったとしても、他人が入ってきたがらない夢だったとしても、夢というのはそもそもそういうものではないか」

    ラスト3ページの穏やかさは、印象的。

  • ミルハウザーらしい大妄想長編!しかし、今までの彼の短〜中編に登場した「創造者」(アウグスト・エッシェンブルグやフランクリン・ペインのことだ)と異なり、本編の主人公は『皆を喜ばせよう』という想いと、『世界と繋がろう』という衝動がある。その点が"tales of an American dreamer"なんだろうし、なんか賞もらっちゃったりした所以でもあるのかも。

  • 1世紀前の話だけれど、現代でも通じるような発想がすごいなと思った。

    でも、斬新過ぎても人ってついてこれないんだなと思ったり

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著者プロフィール

1943年、ニューヨーク生まれ。アメリカの作家。1972年『エドウィン・マルハウス』でデビュー。『マーティン・ドレスラーの夢』で1996年ピュリツァー賞を受賞。『私たち異者は』で2012年、優れた短篇集に与えられるThe Story Prizeを受賞。邦訳に『イン・ザ・ペニー・アーケード』『バーナム博物館』『三つの小さな王国』『ナイフ投げ師』(1998年、表題作でO・ヘンリー賞を受賞)(以上、白水Uブックス)、『ある夢想者の肖像』『魔法の夜』『木に登る王』『十三の物語』『私たち異者は』『ホーム・ラン』(以上、白水社)、『エドウィン・マルハウス』(河出文庫)がある。ほかにFrom the Realm of Morpheusがある。

「2021年 『夜の声』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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