キャッチャー・イン・ザ・ライ

  • 白水社
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感想 : 500
  • Amazon.co.jp ・本 (353ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560047644

作品紹介・あらすじ

村上春樹の新しい訳でお届けする新時代の『ライ麦畑でつかまえて』。

感想・レビュー・書評

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  • 主人公ホールデン・コールフィールドの16歳のクリスマス時期のドタバタについての記録。

    読んだ第一の感想は何といっても登場人物が多い。自分があまり海外文学に触れないため海外の特徴なのかは判別できないが、真剣な話40人くらい名前が出てきた気がする。
    主人公は物語を通して未来への見通せなさからくる不安を感じているように思った。とにかく自分を安心させようともがき、大人のように格好つけながら何も変わりたくないと駄々をこねる、そんな主人公が愛おしく思え、安心していいよと声をかけたくなった。
     自分と主人公で重なると思える部分は多くあり、彼の支離滅裂な行動に対して疑問を感じることもなかった。彼の心を動かすのは彼であり、外から客観的に見て論理的に考えて行動を決められるわけではないのだ。もっと言うと作者でさえ彼の心の奥底まで理解はできないと思う。自分にだって説明のつかない行動をしてしまうことだってあるだろう。
    タイトルの『The Catcher in the Rye』というのは主人公が妹フィービーに語った将来なりたいものだ。ライ麦畑で遊んでいる子供たちが側の崖から落ちないように捕まえる人。彼自身、自分がライ麦畑という平穏からはみ出して落ちぶれてしまっているような感覚がしてたのではないかと想像した。そしてこれから落ちそうになる子供を救おうとする人、明言はしていないが彼はスペンサー先生やアントリーニ先生のような教師にほんとはなりたいのではないか。自分のやりたいことを自覚できればライ麦畑から落ちたとしても彼の未来は明るいと思う。

  • さようなら、サリンジャー。
    ついに永遠の若者小説「ライ麦畑でつかまえて」を、村上春樹訳バージョンで読みました。
    究極の落ちこぼれ少年、ホールデンによる自伝調小説です。

    社会のあらゆるものを、自らの信条に合わないもの全てを否定しながら生きている主人公ホールデン。
    イケメンルームメイトと喧嘩しコテンパンにやられても、「相手は暴力をふるったことに内心ビクビクしてる低能野郎だ」と自分の弱さを認めない。
    女の子に逃げられたら、「知性の無い女だった」と一蹴。
    学校を退学になれば、「あんなクズ野郎どもが行く学校はこちらから出てやった」と自分で学校を辞めたかのように振る舞う。
    全てを捨てて故郷を飛び出し、アメリカ西海岸でパイオニア的生活を送るんだ!…と意気込んでみたものの、結局最後はお家に帰って学校に行き直す。
    うーん、本当に根性無しのダメ人間。

    でも、なぜか共感できる、この若さゆえの傲慢。若さゆえの虚勢。
    「自分は優秀だ、何でも出来る」と思いたい、「自分に降りかかる災難は自分のせいじゃない、周りのせいだ」と思いたい。
    私自身、ちょっと前までそう考えることがよくありました(ま、最近はむしろ自分の非を認めがちですが…それが大人になった証拠かな)。
    この本が永遠の若者向けだという意味が良く分かりました。
    時代が移ろうと、若者は若者、その思いはどこかで繋がってるんじゃないでしょうか。

    恐らく、我々はすでに、若者からそうじゃない者への過渡期にいます。
    今が共感できる最後のチャンスでしょう、サリンジャーへの追悼の意味も込めて、ぜひ読んでみてください!

    最後になりますが、本書は名言に溢れています(攻殻機動隊を見た方はご存じですよね)。
    その名言を数個、個人的チョイスでご紹介します。


    「つまり僕が言いたいのはさ、君はなんらかの意味でこの前の君とは違っているということなんだ」
    (展示物は変わらないが、見ている我々が以前とは変わっている、それを確認出来ることが博物館の良い点なんだ、というホールデンの言葉、意外と冴えてる)

    「けっきょく、(あなたは)世の中のすべてが気に入らないのよ」
    (10歳の妹フィービーに愚痴ったホールデンが、その後妹に言われた一言、これはきつい)

    「未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ」
    (ホールデンの恩師アントリーニが精神学者ヴィルヘルム・シュテーケルの詩から引用。みんな、生きようぜ!)

    以上です、長々と失礼しました。

  • 村上訳は率直に読みやすいと感じた。
    サリンジャーは数年前までご存命だったと知り、追悼の意を込めて改めて手に取ったのがこの村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。

    ホールデンは誰の胸にもいる。
    どこか斜に構えて、大人の世界を嫌悪する主人公は、
    多くの人に共感をいただかせたヒーローである。

    誰だって、世の中に不満の1つや2つはある。
    でも「それが当たり前」と流され流され、今の世は回っている。
    そこで不満をぶちまけ、世を変えようと爪を立てる事は、
    ただの犯罪者やテロリストと大差ない。
    ホールデンはそうじゃなかっただろう?

    この本は青少年には必ず読んでもらいたい。
    きっと成長出来るから。
    そして、大人にもたまに読んでもらいたい。
    きっと反省できるから。

  •  村上春樹の訳も、すっと入ってきて、面白かったです。外国語の小説を訳す時によくありがちな、直訳っぽくて何を言っているのかよく分からない文章はまったくありませんでしたし。

     村上春樹の初期の作品なんかに、ずいぶん影響を与えた作品なんじゃないかなあと思ったりしました。

    〈あらすじです。ネタばれがあります。ご注意ください〉
     主人公のホールデン・コールフィールドは、成績が悪いため学校を辞めなくてはならなくなった十六歳の頃のことを、十七歳になった時に回想しています。
     コールフィールドは、ジェーン・ギャラガーという女の子に好意を持っていますが、寮の同室のプレイボーイが、そのジェーンとデートに行ったことを知り、彼と殴り合いの喧嘩をして寮を出ます。コールフィールドは、ホテルに泊まりますが、向かいの棟でカーテンもせずに変態行為をしている宿泊客を見て、ムラムラきてしまい、娼婦を部屋に呼ぶことになります。でも、寝る気持ちになれなくて娼婦を帰しますが、値段のことで口論となり、娼婦の親玉にお金を取られてしまいます。なんだか落ち込んでしまった彼は、真夜中に、サリーという女の子の家に電話して、翌日にデートの約束をしますが、サリーに、「二人でキャンプ場のキャビンみたいなところに行って、そこで仕事を見つけて、二人で暮らそう。それから結婚しよう」と言いますが、サリーに、「わたしたちはまだ子供なんだから、そんなことはできない。もうすこし待って」と言われ、「もうすこし待ってなんかいたら、ほんとうに行きたいところなんてなくなる。」などと言っているうちに、彼女のことを「スカスカ女」と罵ってしまい怒らせてしまいます。
     コールフィールドは前いた学校の恩師のアントリーニ先生に会いに行きますが、先生の部屋でパンツ一枚になって寝ていると、先生が暗闇の中でコールフィールドの頭を撫でたりしていることに気づき、びっくりして逃げ出します。
     そんなこんなでとことん落ち込んでしまったコールフィールドは、学校も辞めてしまうので、自分は西部にヒッチハイクで行ってそこで何十年も暮らそうと考え、妹のフィービーにお別れの挨拶をしようと考えます。勘のいい彼女は、コールフィールドが学校を首になったと思い、「何に対しても文句を言いたいのね?」などと、コールフィールドに言います。彼は、何に対しても文句を言うわけじゃない、と弁明します。そして、「あなたは、学校を辞めて、いったい何をやりたいの?」とフィービーに尋ねられ、コールフィールドは、昔、寮から飛び降り自殺した男の子のことを思い出したりしながら、「自分はライ麦畑みたいなところの崖っぷちにいて、道を間違えて崖から落ちようとする人をつかまえる人(キャッチャー)になりたい」、などと話します。
     しかし、予想に反して、フィービーが私も一緒に連れて行って、などと聞き分けのないことを言うので、思わず、「黙れ」、などと言っているうちに、彼女を怒らせてしまいます。が、彼女の機嫌をとりながら、動物園に行き、彼女が回転木馬に乗っているのを、大雨が降る中でいつまでも眺めています。



     この作品は、映画化はかなり難しそうです。なぜなら、小説でしかできないことをやっていると思われるからです。
     話としては、あらすじを読んでもらえれば分かるとおり、たいした内容ではないのですが、ユーモアや、おかしみのある文章で、読ませてくれます。たいした内容でないのに、こんなに面白く書けるというのは、やはり一種の才能だと私は思います。たいした内容を、面白く書くのは、簡単です。しかし、たいした内容じゃないものを、面白く書くのは、やっぱりたいしたものだと思うのです。サリンジャーだから、これだけ面白くなったけれど、他の人が書いたら、「何これ?」というものになったかもしれないのです。
     この作品は、青春の苦しみとか、大人になる前の苦しさとか、そういうものを描いたものです。学校でも、ろくでもないクラスメートと、仲良くやっていかなくてはなりません。ですが、感受性の強いコールフィールドは、どうしてもそれができません。そして、かなり苦しんでいます。
     サリンジャーの作品は、「バナナフィッシュにうってつけの日」とか、さらっと読めてしまうものでも、奥が深いので、これから他の方の感想も読んで、勉強していきたいと思います。

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    にゃんくの本『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語』より
    (あらすじ)

     七歳になるリーベリの元に、或る日、継母のケイとその娘ミミがやって来ます。継母に虐められ、リーベリは学校にも通えず、幼い頃から働かされ、友達すらいなくなります。
     リーベリの心の拠り所は、亡くなったママ・ジュリアが遺してくれた魔法の教科書だけ。リーベリは毎日魔法の勉強をし、早く大人になり自由な生活を送れる日が来ることを夢見る毎日です。
     成長したリーベリの唯一の仲間はぬいぐるみやカラスだけです。
     或る日、そんなリーベリは、海岸にひとり男が倒れているのを見つけますが……。


    ↓ここから本を試し読みできます

    http://p.booklog.jp/users/nyanku

  • ホールデン・コールフィールド。
    これまでいくつもの学校でそうだったように、ここペンシルヴェニア、ペンシー校でもお行儀よく過ごすことができず、単位を落として退校処分に。

    同部屋の交友、しょっちゅう訪ねてくる隣室の嫌われ者、ガールフレンド、行く先々で出会う人々の言動にいちいちやれやれ、全く嫌になっちゃう。
    思春期の厭世感、自己陶酔感たっぷりの物語。

    世界的名作ではあるけれど作品の内容自体には予備知識なしで臨んだので、想像していた物語とは全く違っていたけど、著者の来歴からすると自身の想いを若き青年の思考へたっぷりと(やや過剰なほど)詰め込んだのではと思う。

    その先にある良い意味の悟りに辿り着いてほしいものだ。

  •  大学生の時に元の訳で読んで、その時は、なるほど~と高い評判に納得した記憶がある。すっかりどんな話だったのか忘れていて読み始めると、再び、これぞまさに自分の気持ちを代弁しているみたいな、なるほど~と思う。自分はおじさんなので代弁しているとは思わないけど、そう思う人がいるだろうと思う。

     読んでいると気持ちが若返る感じがするのだが、もはや10代の苦しみなど絶対に味わえない。代わりに何もしてないのに腕が痛い。

     学校から自宅までの数日を描いたささやかな話で、ニューヨークが寒々しい。夏に読んでしまったため、季節感が湧かない。

     最後、発達障害っぽい、何もかも嫌いで生きづらそうな主人公が死ぬんじゃないかとハラハラして、死ななかったのでホッとした。

  • 読んでなかったのは、華麗なるギャツビーだ。お楽しみは最後までとっておこう

  • 高校を退学になった16歳のホールデン。自己中心的でインチキな人間だらけの世の中、スラングの落書きがあふれる社会に対する彼の無気力な反発、それでもにじむ人生への希望が、青少年に限らず葛藤を抱えて生きる人間に不思議な優しさで共鳴する。
    ホールデンのやっていることは自己破壊的で、行為自体に共感できるタイプでは全くない、けれど。物凄い言葉数で途切れることなく語られる彼の感情は、確かに、むしろ痛切に、分かってしまう。そんな不思議な作品でした。
    「大義のために高貴に死ぬ」美しさに惹かれがちな無垢な子供の世界から、「大義のために卑しく生きる」覚悟を持たねばならぬ大人の世界へ。そのワンステップに切なさや寂しさ、何なら違和感を持つ人は多いと思う。その一歩を前に自己破壊的に足踏みしているホールデンの迷いは、現代でも色褪せない。ライ麦畑のキャッチャーになりたい…表題になったこの言葉にこめられた、ホールデンの無垢への憧れが痛く、胸に残る。

  • 妹ちゃんが、とっても可愛い。
    メリーゴーランドのシーンは、本当に美しくて泣きました。

  • 以前から気になっていた本だ。
    やっと読めた。
    昔読んだ野崎さん訳の「ライ麦畑でつかまえて」を、最近再読した。
    なので、この本と比較がしやすい状態で読んだのだけれど、村上さんのほうが言葉遣いや語彙がすんなりと入ってきた。
    それはやっぱり、時代の変化が言葉に反映されるからだろう。
    そして、村上さんのホールデンのほうが、少しおとなしくって上品で、野崎さんのほうがちょっぴりやんちゃな印象を受けた。
    村上さんの訳は、ホールデン以外の人物の気持ちもにじみ出てきて、感じられたし、野崎さんの役は、まだまだ青いホールデンと他人との距離感が、より強い風に感じられた。
    どちらの訳もそれぞれの持ち味があるのだなあ、翻訳って奥が深いなあと、改めて感じ入った。

    この本は読みやすく、わかりやすいと思った。
    また10年くらいしたら読み返してみたい。
    次は原文で読んでみたい。
    そしたらまた、印象は変わるのだろうな。

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