最後の物たちの国で (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 白水社
3.78
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  • (7)
  • (1)
本棚登録 : 683
レビュー : 77
  • Amazon.co.jp ・本 (227ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071311

作品紹介・あらすじ

人々が住む場所を失い、食物を求めて街をさまよう国、盗みや殺人がもはや犯罪ですらなくなった国、死以外にそこから逃れるすべのない国。アンナが行方不明の兄を捜して乗りこんだのは、そんな悪夢のような国だった。極限状況における愛と死を描く二十世紀の寓話。

感想・レビュー・書評

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  • 絶望した。先の見えない世界に。戦慄した。この物語の素晴らしさに。分類としてはおそらくディストピア小説になるのだろう。終わりが見えてきても絶望から脱することはできないし、物事はますます悪くなっていくばかりではある。だが、目が離せないのだ。溢れ出す感情に胸がいっぱいになってなかなか先へ進めない。この気持ちになんて名前をつけたらよいのかわからない。本国では評価が低いようだが私が今まで10冊ほど読んだオースター作品では間違いなくナンバーワン。傑作。今もなんだか茫然自失だ。

  • 社会秩序が崩壊し、すべてのものが壊れ失われつつある“最後の物たちの国”に兄を探していったアンナが書く手紙というかたちを取った物語。
    読んでいる間、何かが喉の奥でつっかえて泣きそうなのに泣けなかった。とことん悲惨で救いのない世界なのに、読むのをやめられない。続きが気になって読み進んでしまった。苦しかった。でもこれは悪い評価ではない。
    “最後の物たちの国”は架空の場所だけれど、今の世界にも“最後の物たちの国”の片りんは見え隠れしていると思った。それでも、絶望の中に希望はあると思いたいし、思わせてくれる物語だった。
    そういう意味で、マッカーシーの『ザ・ロード』と近しい場所に存在するお話だと思った。
    崩壊した世界での必需品は、靴とショッピング・カート。

    • Morrisさん
      泣きそうになる感覚はなかったけど、
      『ザ・ロードと』の共通点を
      気づかせてくれた、このレヴューは
      素敵です。
      泣きそうになる感覚はなかったけど、
      『ザ・ロードと』の共通点を
      気づかせてくれた、このレヴューは
      素敵です。
      2013/02/12
  • どこの国ともいつとも知れない、物が極端に貧しく、荒れ果て、犯罪が横行し、人々はごみ漁りぐらいしか仕事がない、国を出ていくことすらできない、言葉すら(概念ごと)どんどん消失してしまう国に兄を探しに乗り込んだ主人公アンナが、そんな「最後の物たちの国」で時折垣間見た希望や人との出会いなどを
    「あなた」に向けて綴っている物語。

    これまで読んだオースターの作品の中では一番救いがないんだけど、なぜかちょっと温かい気持ちになれた不思議。

    そしてこれは近未来とかじゃなくすごく現代的なお話だと思う。

  • 三回か四回目の読了。ワタシは記憶と喪失についての物語が好きなんだなぁと改めて思いました。閉じられた世界は崩壊していくだけで、主人公には勿論止める力などないし、ただかきとめて送るだけ。それも本当に届くかどうか分からない。哀しいことだと思う。

    5/11更新。何度読み返したか分からない。何度読み返してもいつも新しい発見がある。いわゆる近未来ディストピア小説のようなものと思い読んで来たが、今回何度目かの読み返しで、今は違った考え方で読めると思った。以前にこの読書会で読んだ「写字室の旅」を思い出していただきたい。あの作品の中で部屋に囚われている老人ミスター・ブランクがいた。彼は作者自身の意識、そして彼の世話をするアンナ・ブルームこそ今回の主人公である。アンナ・ブルームを何年もたってから、また重要な役割を持たせ、作品に登場させたオースターの思いを探るような読み方ができればいいと思う。オースター自身は解説にもあるようにこの作品の時代背景を近未来として描かなかった。最後の物たちの国で、原題はIN THE COUNTORY OF LAST THINGSである。最後の物たちとはなにを表しているのだろうか。ここにある物は人だけではなく、世界を構成する物質であり、終わり行く世界、崩壊していく場所と物、そしてそれらの記憶をあらわしているのではないだろうか。終わり行く世界の中で、アンナはまだかろうじて自分が認識できる青いノートにその思いと記憶を綴る。手紙形式で書かれた、どこにも届くことはないかもしれないそのノートはかつてまだ死を意識しないでいられた、平和なはずの世界にある彼女自身の部屋に置かれることを祈って外の世界に送り出される。アンナは、ノートを部屋にあるかつてのアンナを構成する物たちのひとつになるように置いてもらうことを読み手にお願いする。手放した記憶その物もアンナの今の世界からはもう 遠くへ行ってしまう。ということは、彼女は明日になればもう何も覚えていることはできないのかもしれない。記憶を確かめるように、何度も何度も読み返していたに違いない青いノートは、きっと端がめくれ上がっていて、あちこちに染みがついているはずだろう。(オースターは文房具もモチーフにすることが多い。「オラクル・ナイト」でも作家がノートに綴る形を取っている。)青いノートこそが、アンナ・ブルーム自身だったかもしれない。いずれにしろ街から出ることはできなくなっていて、逃げ出そうにも船は入港してこない、飛行機は人々の記憶から消えている。ひとたび物が消えると、その記憶も一緒にきえてしまうのです、と書かれているとおり。死と隣り合わせのこの閉ざされた国でアンナは 精一杯生きようとする。生きることが死ぬことにつながる世界でただ一人生き抜こうとしたアンナが要所要所で誰かにうまいこと保護されるのは、小説としてでき過ぎかもしれないと思ったこともあったが、それほど彼女の生存本能は強いとも言い換えられる。観察する目と記憶する頭脳を持ち、生まれなくなって久しい子供を宿したアンナはこの世界で聖母にも等しい存在になれそうだったのに、宿した子供は裏切りによって失われてしまう。どんなに身を落としても、彼女は生きることだけは手放さない。それがアンナ・ブルーム。オースターの愛したキャラクターではないだろうか。何もかも失ったとしても記憶がある限りひとは存在したことになるのだろうか?もしも記憶さえもなくなったとしたら、それは 生きていることになるのだろうか?わたしはこの作品を読むたびにそう考える。最後の一つの物とは、人間自身のことだと思う。

  • ニューヨーク三部作に続く、オースター4作目の小説作品。
    「語ることへの不信感」「ある種の事柄は決して語り尽くすことができない」という著者の作品に共通するテーマは本作でも相変わらず健在だが、本書が他と異なるのは、その一見悲観的なテーマが希望に繋がる仕掛けに使われているところだ思う。
    共通のテーマから、味わいのまったく異なる作品を生みだす手腕は見事としか言いようがない。
    短いがとても味わい深い作品で、一度では到底味わい尽くせないように思う。

  • 例えばリンゴが一つ、あったとする。
    それを食べるか廃棄するかして、残りがゼロになったとする。
    残りというのは自分にとってのストックではない。
    自分が身を置く一個の世界においての、である。
    その「もの」がゼロ、つまり、完全に消滅したら、どうなるか。
    その「もの」を指す「言葉」も「概念」も消え失せるのだ。
    行方不明の兄を捜すため、
    そんな悲惨な世界に足を踏み入れたヒロインから送られてきた
    ノート――という体裁の小説で、受け取り人は、
    どうやら『ムーン・パレス』の登場人物らしく、
    ちょっとニヤリとさせられる。
    が、ヒロインの「明日」に想いを馳せると胸が痛くなる。

  • 立ち止まらないこと、それが希望というものかもしれない。

    手紙という形で、主人公アンナ・ブルームが読者に語り掛ける数々の悲劇。淡々としているようで、時に感情をあわらにし、時に言い訳めいたりするアンナは本当に実在するかのようだった。彼女の一言一言がはっとするほど物事の本質を語っていた。
    彼女からいろんな物や人が消えていくし、それは正に悲劇なのだけど、彼女はそこで立ち止まらない。面白いのは彼女が確固たる強い意志があるわけでもないってこと。
    立ち止まってしまうと、そのまま絶望で終わってしまう。だから無意識に彼女は前に足を踏み出している。こういう歩みから生まれてくるものが希望ってやつかな、と。
    巡礼って歩かないといけない行為だな、とふと思う。絶望という名の聖地を回り巡る、そんな寓話を読んだみたいな読後感でした。

  • 2019/8/1

  • 四冊ぶりの柴田元幸訳ポール・オースター。
    舞台は自壊して秩序を失った国。時期は近未来を思わせるが、訳者あとがきによれば近未来ではないらしい。これでもかというくらいの悲劇が次から次へと主人公アンナ・ブルームに襲いかかる。物語の大半は失意と絶望。でも、終盤のほんのわずか、本全体の数%にも満たない部分で光がさす。そして、その光が意外なまでに明るく、明日への希望が読後感に残る。筆者と訳者の卓越した技術がその読後感を生み出しているのは確かだが、もうひとつ重要なポイントは、オースターにしては珍しく(もしかしたら唯一?)女性を語り手としていること。これが悲劇の深さと、希望の明るさをより一層強くする効果を与えている。
    まだまだオースターは止められない。

  • 2009年2月2日~3日。
     背筋が寒くなるのは、これがフィクションじゃなくて、本当にある話とリンクするから。
     1987年、今から22年前の発表。
     アウシュビッツや北朝鮮を思い出させもするが、そんな異国や過去を振りかえらなくても、22年後の現在の日本を見れば納得がいく。
     これは近未来の話でも予言の書でもない。
     現在進行形の話であり、22年たった今、ますます状況は悪化してきているということだ。
     それでも最後に希望が残されていて、少しは救われる。
     今、こうして雨風をしのげているのも、運が良かっただけなのかも知れない。

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