失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)

制作 : Franz Kafka  池内 紀 
  • 白水社
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レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (361ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071533

感想・レビュー・書評

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  • かつては「アメリカ」のタイトルで出版されていたカフカ未完の長編。ドイツ人の少年カールはメイドを妊娠させた咎でアメリカへと追放される。船旅の終わりに巻き込まれる奇妙な火夫と船長らのいざこざは、独立した短編「火夫」としても発表されているらしい。その船上で金持ちの血縁ヤーコブ叔父さんに思いがけず見出されたカールは、しばらくは叔父さんの許で英語やピアノ、乗馬のレッスンに励むが、ある日叔父さんの友人グリーン氏とポランダー氏、その娘クララらの策略(?)で、叔父さんに捨てられてしまい・・・

    ここからカールの終わりなき彷徨が始まる。なりゆきで同行することになったフランス人ドラマルシュとアイルランド人ロビンソンは最初は親切だったもののそのうち本性を現したので喧嘩別れ。親切なホテルの調理主任に拾われてエレベーターボーイとして働きだすカールだが、ドラマルシュらとの腐れ縁が切れずホテルもクビにされてしまう。ドラマルシュは肥満した元歌手ブルネルダのヒモのような生活をしており、召使としてこき使うためにカールを軟禁。それでもカールは真面目に働こうとするところで物語は途切れている。

    基本的にはカフカらしい不条理満載の物語なのだけど、登場人物が皆ちょっとづつ変で、しかしその異様さは、不条理を通り越して逆に「現実にこういう人いるいる」感もあって怖くなった。カール少年は、賢いようで抜けているし、しっかりしているけど騙されやすい。でも基本的には働き者で、与えられた任務を全うすることに喜びを感じるタイプっぽい。不本意な仕事を押し付けられながらも、少しでも効率よくそれをこなそうと考えるあたりは前向きなのだけど、いかんせん流され体質なのでもどかしい。

    カールその後のエピソードと思しき「断片」も収録されており、どうやらカールはブルネルダに気に入られて二人で引っ越しをするが、その場面だけで前後はなく、次の断片ではすでにカールは無職でひとりぼっち、劇場の求人募集に応募する。おかしな面接の様子が延々続くもののどうにか採用されたカールが汽車に乗り込んでまた断片は終わる。どうやらこの調子では、カールは終わりなき就職と失業を繰り返していくんじゃなかろうか。これは「労働」に関するなんらかの寓話だったのかしら。

    未完ではあるけれど、そもそもカフカゆえ、完結していたところでスッキリ納得のオチがついていたとも思えず、そういう意味ではぼんやりフェイドアウトしていくこの未完成の感じこそが、一番完成形に近いのかもしれないですね。

  • アメリカ“で”失踪するのではなく、アメリカ“に”失踪する少年の物語。
    私たちを縛る現実というルール。
    それはあまりにも当たり前にそこに存在し、私たちは縛られているという事実すらも忘れてしまいそうになる。
    透明で恐ろしいシステムの内部に組み込まれて生きているということに、私たちはまだ気づいていないのかもしれない。

  • 本書は、かつては「アメリカ」という表題で知られていたけれども、カフカ自身が予定した「失踪者」のタイトルで、かつ、ブロート編集時には採られなかった草稿、断片も含めての訳出です。
    審判、城とはちょっと雰囲気が違いますね。最終盤で、主人公がふっと異国の地アメリカで消えてしまう〜失踪者になる〜のを、追いかける不思議な物語です。

  • カフカ三大小説の中で、この小説の主人公は唯一、自分の目的と言うものを持っていない。故にカフカ小説の推進力が、もっとも露骨に感じられる。

  • 20世紀文学を代表するプラハ出身のユダヤ人作家フランツ・カフカ(1883-1924)の長編小説、1912-1914年執筆。カフカの死後、友人の作家でありシオニストだったマックス・ブロートが遺稿を編纂し出版する際に『アメリカ』というタイトルが付けられ――そこにはシオニストとしての思想的政治的傾向が本作品の解釈に及ぼした影響があるのだろう――、それ以来長らくその題名で通っていたが、カフカ自身が生前に『失踪者』というタイトルを予定していたことが彼の日記などから明らかとなり、現在ではこの名で呼ばれている。

    故郷を追放された17歳のドイツ青年カール・ロスマンが遍歴する異国アメリカ。そのアメリカを、カフカ自身は生涯訪れることはなかったようだ。ここでアメリカとは、高度に発達した資本主義とそれを実体化して駆動させているヴェーバー的な意味での巨大で無機質で目的合理的なだけの官僚機構の網の目が行き渡った、及びそうした資本主義を可能にする即物的匿名的な殆ど暴力と云ってよい感性が充満し切った、20世紀初頭の近代化した「大都市」の隠喩であろう。そこでは、人間の人間性は、肉体も思考も労働力として商品化され消費され廃棄されるだけである。『失踪者』には、そんな「大都市」の様相がそこここに描写されている。

    「あらゆる事物から発光する光が、すべてを運び去り、また運んでくるぐあいで、眺めていると目がチカチカしてきた。まるで大通り全体を大きなガラスが覆っていて、それがたえまなく巨大な腕で粉みじんに砕かれているかのようだった」「自分と相手と、また世界に向けてのような愛嬌を振りまいた」「こちらではなにしろ、おそろしく事が速くすすむ」「歩道といわず、車道といわず、たえまなく方角をかえながら渦巻状の風が起こり、騒音が追いかけてくる。人間が起こすのではなく、何か見知らぬものから発生する音のようだった」「両側の巨大都市は、すべてが空っぽで役立たずに据えつけられたようで、大小とりまぜた建物にも、どこにも何のちがいもない。地上の道路には、いつもどおり人々の生活があるのだろうが、上はうっすらと靄がたなびいているだけで、それはじっと動かず、ひと吹きで追い払えるようにも思える」

    これらは、ヴァルター・ベンヤミンがゲルハルト・ショーレム宛の『カフカについての手紙』の中で次のように記しているのと符合する「ぼくにいわせれば、この現実はすでに、<個人>にとって経験可能な限界を、ほとんど越えてしまっている」。

    本作品は未完であるとされている。しかし、如何なる結末で以てこの青年の遍歴にピリオドを打つことができるのだろうか。破滅によって? それはただの現実そのものであって小説とするに値しない。救済によって? それは繕う気の無い出来の悪いハリボテの如き欺瞞だ。結末など無いのだ、結末など不可能なのだ。「オクラホマ劇場」が登場する最後の30ページほどの断片部分は、確かにそれまでの水銀のような空気の鈍重さを感じさせることはない。それまでとは明らかに物語の雰囲気を異にしている。そこにはどこか「天使」に手をとられて導かれた理想世界を思わせるところがある。しかしこの「オクラホマ劇場」というものが何物であるのか、どこかチグハグで――資本主義社会機構の戯画を思わせる採用窓口――、どこまでも漠然としていて――「世界で一番大きな劇場よ」――、そしてついぞ明確に語られることはない。語ることができないのだ、語ることができてしまってはいけないのだ、語られた途端それは語ろうとしていた当の何かと決定的に断絶してしまうのだ。

    なぜなら、20世紀という時代精神にあっては、希望は、それに対する諦めが倦怠へと擦り切れてしまったような遣り切れなさの不安を予感させることによってしか、その「冷気」を暗示することによってしか、語ることができなくなってしまったのだから。帰るべき「故郷」など、既に失ってしまっているのだ、予め存在しないのだ。

    よって本作品は、未完であるよりほかに在りようが無かった。

  • ヨーロッパの故郷から単身アメリカにやられた少年が、子供のまっすぐな目線のまま社会の波に揉まれていくその落差にはらはらしつつ、擦れることなく大人になって欲しいといつの間にか見守る気持ちになっていました。人物の描写が特に面白いです。なかなか安楽に辿りつけないけれど、きっとうまく行くよねと脳内補完。

  • アメリカだか失踪者だか。
    冒頭のシーンが有名な未完作。
    冒頭以外の記憶が薄い。なんか追いかけっこしてたような。

  • カールはいまどこにいるんだろう。

  • カフカの「変身」を古い訳文で読んだのは高校生の頃。いまになってはじめてこの長編作品を読んでみると、面白いじゃないか!不条理なばかりではない若き主人公の物語。村上春樹がカフカ賞を受賞したのがよくわかる。池澤夏樹編集の世界文学全集に、カフカ作品としてはこの池内訳の「失踪者」が収録されているのにも納得。未完の作品なので★4にしたけど、未完なのが魅力でもあるのかもしれない。

  • [ 内容 ]
    『審判』『城』とともに「孤独の三部作」と呼ばれる連作の第一巻。
    従来『アメリカ』という表題で知られていた作品だが、本コレクションでは、カフカ自身の命名によるタイトルに戻されている。
    主人公カール・ロスマン青年がアメリカ社会を遍歴したあげく、大陸の一点で失踪する。

    [ 目次 ]


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著者プロフィール

1883〜1924。チェコのプラハ生まれ。プラハ大学で法学を専攻。ジョイス、プルーストとならぶ現代世界文学の最も重要な作家。著書に「失踪者」「城」「審判」など。

「2013年 『ミレナへの手紙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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