審判―カフカ・コレクション (白水uブックス)

制作 : Franz Kafka  池内 紀 
  • 白水社
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071540

感想・レビュー・書評

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  • オーストリア=ハンガリー帝国領プラハ出身の、20世紀文学を代表するユダヤ系ドイツ語作家フランツ・カフカ(1883-1924)の未完の長編小説、1914-1915年執筆。後述の通り、或る奇妙な"訴訟"に巻き込まれた男の物語であるが、カフカ自身プラハ大学では法学を専攻しており、大学卒業後は弁護士見習いや司法修習の経験がある。その後は「ボヘミア王国労働者傷害保険協会プラハ局」に勤務し、近代官僚制機構の末端に身を置くことになる。



    カフカ自身を連想させるヨーゼフ・K.という名の青年は、或る朝理由も分からないまま突然逮捕される。その罪状が明かされることはない。捜査機関・司法権力による逮捕・刑事"訴訟"の過程は、物語を通して一貫して不明瞭で曖昧模糊とされたままである。そして情況が何ら明らかになることなく、ヨーゼフ・K.は「犬のよう」に処刑される。

    ヨーゼフ・K.を逮捕しに来た監視人曰く「あなたが告訴されているのかどうか、わたしはまるきり知らないし、あなたが何者なのかすら、まったく承知していない。あなたは逮捕された。それ以上のことは何も知りませんね」。彼同様に"訴訟"に巻き込まれて商人ブロック曰く「それにわたしの場合の提出書類にしても、・・・、まるで価値のないものでした。・・・。ものものしいつくりのわりに内容がないんですね」。同じく「・・・、だれひとり審理の日を確定したいとは思わず、できもしないのです」。教誨師曰く「裁判所はお前[ヨーゼフ・K.]に用はない」。

    近代官僚制機構は、社会システムとして巨大化・遍在化するとともに、個人の対世界意識・対人間意識をも深いところで規定することになってしまった。この物語は、このように二重の意味で人間の生が匿名化され非人格化されてしまった事態への、則ち近代人の疎外情況への、裁判を材に取った滑稽譚による批評であると、一応は云えるだろう。



    ところで、この物語には特徴的な構造があるように思われる。それは、ひょっとすれば自己関係的・超越論的と呼ばれ得るものかもしれない。"訴訟"が物語の中心であるはずなのに、その実態/実体がすっぽり抜け落ちている。ついぞ明示的に語られることはない。この物語はその中心が空虚そのものである。一つの虚点であると云っていい、内実が無いのである。そして、ヨーゼフ・K.の様々な立ち回りも、その他の登場人物の言動も、全てこの空虚な中心の周りをただただ浮遊しているだけなのだ。そこへ遡行することで意味と位置づけを与えられる物語の中心は、無内実な虚点なのであるから。中心が無いのではない、無という中心が在るのだ。そして無からは何も引き出せない。意味も本質も目的も位置も方向も価値も当為も。物語世界の秩序の支点と糸を欠いているのだから、それは何処までもズレていき、チグハグと化していく。恰もそうして崩れ毀れ続けていく過程そのものがこの物語自身の本質ならざる本質であるかのように。物語の全ての要素が、この虚点を中心に、無軌道な軌跡を描くのだ。物語中のあらゆる言葉も行為も、その始点と終点とが共に虚点となり、それを結ぶ諸関係の全ても虚線となる。つまりは、一切の自己意識も communication も意味を為し得ない。この事態を「不条理」と呼んでもいいだろう。

    「わかってもいないことをしゃべり合っている」。

    言葉が、その交換が、communication が、空転している。それは物語中の言葉だけではない、当の物語そのものについて当てはまることである。小説『審判』に於ける言葉の空転は、『審判』とその読者とのあいだの discommunication と明らかに並行関係にある。逆に云えば、小説『審判』とその読者とのあいだの discommunication (超越)が予め当の『審判』の内容そのものとなっている(閉包)。先に自己関係的・超越論的と呼んだのは、この機制のことである。小説内容(閉包)が、小説それ自体を食い破って、小説と読者との関係そのものへと迫り出てくる(超越)。小説の批評対象が当の小説そのものの存在様態である、則ち小説の存在様態が小説の批評対象を体現している(ただしこの機制を自己関係的・超越論的と呼べるか否かは、自己関係性という概念の検討を経た上で、慎重になされるべきであり、ここではその議論は保留としておく)。以上のような意味で、これは中井秀夫『虚無への供物』にも通じる、メタ・フィクションの構造を有していると云えないか。

    この小説を読んで感じる困惑が、まさに communication の空転を体現している。

  • 生きていると説明のつかないものごとっていっぱいあるよね、わたしたちってそういう世界の中で生きているよね、と言われているような心地がした。
    画家のアトリエや屋根裏の裁判所でKが感じる息苦しさだけは妙にリアルに感じられたけど、それ以外はなんだか夢の中の出来事のような、フワフワした感じで、あってもなくても同じことみたいな印象。
    理由もなく周りの女の人に好かれるとことか、象徴的だと思う。ものごとに理由なんてものはなくて、そうなるべくしてそうなっていくのだから、最後に死が来るのは必然といえば必然なのかな。
    「罪」などというものは他人が勝手に決めるもので、決めつけられた方には決めつけられた方の言い分があるはずだけど、そもそもなんの罪なのかもわからずに話が進むのだから、手も足も出ない。
    まるで真っ白のトランプでババ抜きしてるみたいな、途方もなさを味わう小説だった。

  • 青空文庫で読んでます。

  • 事務処理能力があがります。(うそじゃないよ)

  • 日本語訳は買ったものの読まないまま放置してあった。英語で読もうとして途中で飽きてしまい、また放り投げた。今回、改めて読み直して、つっかえたり、分からないところは読み飛ばしたりしながらも読了。「城」、「失踪者」も似たような成り行きで読み終えた。

    三冊の本は同時期に書かれたこともあり、似通った雰囲気を持っている。女性との関係、自分が何らかの事件に受動的に巻き込まれること、城や裁判など重要な組織の全体像が最後まで分からないこと、その割に細部はやたらに細かく描かれたりすること、など。

    「審判」で特に印象的だったのは、大聖堂における出来事を綴った章。プラハの大聖堂を思い出した。

    備忘録として。

  • プラハ、チェコなどを舞台とした作品です。

  • [ 内容 ]
    銀行員ヨーゼフ・Kは、ある日、突然逮捕される。
    彼には何ひとつ悪いことをした覚えはない。
    いかなる理由による逮捕なのか。
    その理由をつきとめようとするが、確かなことは何ひとつ明らかにならない。
    不条理にみちた現代社会に生きる孤独と不安をいちはやく描いた作品。

    [ 目次 ]


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    [ 参考となる書評 ]

  • 裁判官はどこ? 上級審はどこ? 「無実の者が勝つことが(最初から)無理」な訴訟に意味はあるのか。正義を欠いた法は凶器に等しい。

  • いろいろ言いたいことはあるが一つだけ挙げると、書きかけなのに20世紀を代表する名著のように言われることが凄まじい。

  •  ある日突然逮捕され、起訴される男の話。何の罪で裁かれているのか最後までわからないまま処刑されてしまう不思議な話である。

     構成も独特であり、逮捕と処刑の話が同時に描かれ、間は断片的な場面の集まりであり、未完成のように思われる。その断片では、裁判に直接、間接的に関わっている個性的な人物が様々に登場し、見知らぬ人物でも何故か主人公が裁判の被告であることが周知の事実となっている。

     管理社会に翻弄される世界を予見したといわれている本書は、すっきりしないが妙に気になる雰囲気をもつ風景が想起される。

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著者プロフィール

1883〜1924。チェコのプラハ生まれ。プラハ大学で法学を専攻。ジョイス、プルーストとならぶ現代世界文学の最も重要な作家。著書に「失踪者」「城」「審判」など。

「2013年 『ミレナへの手紙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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