ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

制作 : 安堂 信也  高橋 康也 
  • 白水社
3.73
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本棚登録 : 329
レビュー : 35
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071830

感想・レビュー・書評

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  • ずっとなかなか読了できず、読みかけては放置、読み直しては放置していた本。
    ✴︎✴︎✴︎
    苛立ちながらいつになるのかわからない時が来るのを待っている。
    今なら読めるかも……。
    エストラゴンとヴラジーミルをゴゴとディディと愛称で呼び分けたら、テキストが動き出した。
    ✴︎✴︎✴︎
    じっと待っている。何を?
    はじまりのとき? 終わりのとき?
    神の声を? 約束が果たされることを?
    約束が破られるのを?
    ✴︎
    私たちはいつも途上で、
    宙ぶらりんで、
    いつまでも片付かない。
    ✴︎
    「ときどき思うんだ、おれたち、お互い別々に、一人でいたほうがよかったんじゃないかなって。(間)同じ道を歩くようにはできちゃいなかったんだ」とゴゴは言う。
    ✴︎
    ここにいてよいのだろうか? あなたにとって。私にとって。
    違う在り方もあるのだろうか
    to be, or not to be.
    ✴︎
    読了するのが、とても寂しかった。
    もっとゴゴとぐずぐずしていたかった。
    ✴︎
    きっとこれからは迷うたび、わたしはこの本を取り出して読む。

  • 町田康の『ホサナ』って、メシアが来ないという点で、ベケットの『ゴドーを待ちながら』とおんなじところを目指しているんじゃないかと思い読み始めた。すごく似ている。
    創作物の中に登場する人間たちって、人の話をよく聞いている。でも、人の話をよく聞く他人、という設定じたい、現実的ではない。人って基本、人の話をよく聞かないものなのでは?
    例えば村上春樹の小説に登場する人物たちは、すごく物分かりの良い人たちばかりだけれど、人の話をよく聞かない人が登場する小説のほうが、世界観に広がりがある。ような気がする。
    本書は『ホサナ』よりも過激だ。だって、誰一人、ちっとも意味を目指していない。本書が『ホサナ』ほどの長さがあったら、どれほど苦痛か。想像すると笑える。

  • 1984年→華氏451度→充たされざる者と不条理小説が続いたのでとどめに不条理と言えばやっぱこれだな、ということで読み返してみました。で、やっぱ意味がわからないけれどなんとなく変なうまく言えない後味がのこる作品だった。しかもよく読むと深い不快なことばがどんどん出て来る。読み切ることができない作品だと思います。

  • くしゃくしゃになってた
    捨てるつもりの聖書を
    ねえ かえっこしよ
    はしゃぐポッツォたちに
    驚いて落としてしまう人参

    片っぽの靴を 脱ごうとしている繰り返しが好き
    ねぇ ゴドー待とっか
    神さまうらんだりしない男の子が ウラジーミルに
    ほら 月がのぼった

    今誰か使ってるの 木にぶら下げようと思った綱
    こっから言えるかな
    「踊れ、豚」って言った横で
    「考えろ、豚」って言った
    誰も気づかない客席の方
    わたしたちはやっと起き上がる

    木の裏に行きたい いっぱい
    夕暮れの中で いっぱい
    ふたりぼっちになる練習してるの
    ズボンを上げる途中
    行かない 行かない 行かない 行かない

    神様は創りかけて やめてしまった
    そんな気持ちわかんない ぜんぜん
    ディディーとゴゴの蹴りがラッキーに触れた靴
    脱げない 脱げない 脱げない

    知らない人が声かけてくるの知ってたけど
    あの夕焼けが 落ちるのを待っていた
    ただそれだけで あったかくなれたの

    だって抱き合っちゃうと
    やっぱ鶏の骨しゃぶっちゃうからさ
    黒い蕪返したりする
    一緒に夜明けまで歩こうよ

    「じゃあ、行くか」「ああ、行こう」
    ホリゾント幕にからまった
    もっと顔をあげて きっつく抱きしめるから
    誰も選ばない神に選ばれて
    わからないけどとうとうやって来た

    盲と唖になっても 聾じゃなかった
    この春一番あり余ってる空間が
    ゴドーを待ってる夕暮れ 通りすぎる
    会えない 会えない 会えない

    「ゴドーを待つんだ」「ああそうか」
    この宇宙抜け出した
    「いい思い出化」できない夢を 信じていたい
    真っ白だとためらいながら言う
    わたしに会ったら新しくなれるの?

    神様は創りかけて やめてしまった
    そんな気持ちわかんない ぜんぜん
    ウラジーミルとエストラゴンの手がズボンの紐をほどいた時
    待てない 待てない 待てない


    http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=64909

  • 戯曲の傑作として名高く、かねてより本書を読みたく手に取った。わけがわからないようで、わかる。つまらないようで面白いという不思議な戯曲である。解釈が無限に可能であるが、どれも真贋を得ないというものになると感じられる。実際の劇を見てみたい。

  • コメディとしての上演を考えつつ読んだ。
    わたしはアダムの肋骨だけども、アダムの肋骨にも演れるかしら。
    だとしても60になったらだね。

  • 煉獄のループかしらと思いながら読み進める。
    だが我々の待つという状態そのものでもある。暇つぶし。
    しかし、言葉とテンポの面白さ、滑稽さと物悲しさがすごい。

  • 不条理文学、というのだろうか。不条理というよりはもはや理屈なんてどうでもいいレベルの話だ。
    「ゴドー」という人物を待って道端にたたずむ二人の主人公。通りかかる奇妙な人物。成り立っているのかどうかもわからない支離滅裂な会話。
    単行本以来の再読だったが、読んでもやっぱりよくわからない。でも理解しようとして面白い類の話ではないからこそ、人間そのものや言葉そのものの面白さを味わえる作品なのだと思う。
    ゴドーを待ちながら、一緒に途方に暮れる。余計なことは考えず、それだけで十分。

  • 祝新書化!

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    「「『ゴドー』に接して、人はむしょうにおしゃべりになりたがっている自分を見出す。[…]無数の解釈が生まれ、すれちがい、ゆらめき、消尽されてゆく、その過程がまさにこの作品を観たり読んだりする経験の実体にちがいないのだ。[…]「ゴドーを待つ」という、あるようなないような枠組(大いなる物語)は、過去と未来のあいだに宙吊りにされたこの現在あるいは現代の瞬間を生き生きとさせるための仕掛けにすぎないのかもしれない。」(本書「解題」より)

    田舎道。一本の木。夕暮れ。エストラゴンとヴラジーミルという二人組のホームレスが、救済者・ゴドーを待ちながら、ひまつぶしに興じている──。不条理演劇の代名詞にして最高傑作、待望のペーパーバック化! 」

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「臭い話好きなんです。」
      顰め面になってるところを想像しちゃっいました。
      細かなところは忘れてしまいましたが、延々続く会話に圧倒されました。...
      「臭い話好きなんです。」
      顰め面になってるところを想像しちゃっいました。
      細かなところは忘れてしまいましたが、延々続く会話に圧倒されました。。。
      2013/06/13
  • 待ち人は来ないのではなく、来ているのに気づいていないのでは、とふと思った。
    もしかしたら、ディディはゴゴを、ゴゴはディディを待っていた(待っている)のでは?しかし、互いに気づいていないのだとしたら、それはそれでなんと滑稽なのだろう。
    一読してから読み返してみると、そう読めなくもないかなと。そして二幕の後にもう一度一幕から読み直すと、これループしてるのでは、とも思う。永遠に来ないものを待ち続ける…苦行でしかない。だから首を吊ろうとするのかな。
    ゴドーは神、という解釈は面白くないのでそれにとらわれずに読んだ。注釈も煩わしいので途中から放棄。そういった余計な知識なしに読むのが一番楽しめると思う。

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プロフィール

1906-89年。アイルランド出身の劇作家・小説家。ヌーヴォー・ロマンの先駆者、アンチ・テアトルの旗手として活躍し、69年にノーベル文学賞を受賞。代表作に『ゴドーを待ちながら』、『モロイ』『マロウンは死ぬ』『名づけえぬもの』(小説三部作)など。

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