煙の樹 (EXLIBRIS)

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (658ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560090077

作品紹介・あらすじ

ベトナム戦争を真正面から描いた傑作長篇。『ジーザス・サン』の作家が到達した、『エレクトリック・レディランド』!「全米図書賞」受賞作品。

感想・レビュー・書評

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  • こういうのも戦争文学っていうのかな…
    時代の先を行ってるな、という肌感覚
    なんだろうな…近いのにとても遠い、みたいな…

  • 主人公の一人スキップことCIAのウィリアム・サンズがなかなかやってこない指令を待ちながら、潜伏先のベトナムのヴィラで読んでいるのが、シオランとアルトーというのが、スパイ活劇風小説におけるいいスパイスになっている。二段組で600ページをこえるボリュームだが、視点の一極集中による単線的思考からくる飽きを避けるため、複数の視点人物を配することで手際よく場面を転換し、ある種の群像劇とすることで最後までぐいぐい引っぱって読ませる。

    1963年、ラジオからケネディ大統領暗殺事件の報道が流されるところからはじまり、1970年までのベトナム戦争の時代、サイゴン市内や南ベトナムの村を舞台に繰り広げられたCIAによる心理作戦関係者の体験を描いている。そう紹介するとスパイ物か戦争小説のようにとられそうだが、どちらともちがうような気がする。たしかに戦闘シーンには迫力があり、捕虜を逆さ吊りして拷問する場面など凄まじいまでに惨酷だが、それが主ではない。

    中心になっているのは、戦闘や情報を操る側ではなく、否も応もなく事態に巻き込まれてしまう側の人物である。どこにでもいるごく普通の若者が戦争を体験するなかで、どのように変化していくのか、人は戦争をどう自分の中で処理し、あるいは戦争によって刻々と変えられていく自分をどう処理するのか。ベトナム戦争といういわば他国の戦争を戦ったアメリカ人だけが抱く深刻な問題意識を、異なる階層、異なる人種の視点を介することで、より立体的に客観的な見方で描こうとしたもの、とひとまずはいえるのではないか。

    作者は、しかし観念的、抽象的なアプローチはとらない。父親を刑務所にとられ、母親は信仰にいれあげ、空っぽになった家から出たいばかりに、ベトナム戦争に従軍したヒューストン兄弟は、およそ立派な兵士とはいえない。何かといえばクソを連発するその会話を通して、戦争という事態が如何にクソであるかをストレートに訴える役割を果たす。それだけではない。兄弟にとっては帰国した故郷での暮らしも戦地以上にクソなのだ。未来の展望というものを一切欠いた二人の閉塞感は今のこの国を考えると他人事とは思えない。

    狂言回し的な役割を果たすのがスキップことウィリアム・サンズ。伝説的な英雄で退役した今も「大佐」と呼ばれる叔父に憧れてCIAに入り、現在は共産主義と戦うために大佐の命でベトナム入りしている。しかし現場での華々しい活躍の願いは叶わず、現実は情報を記したカードの整理に終われる毎日だ。夫を亡くしたカナダ人女性キャシーと関係を持ったり、現地人の神父とお茶したり、およそ戦時とも思えぬ日々を過ごすうちに叔父の進める心理作戦「煙の樹」のなかに取り込まれてゆく。この内省的な人物の心理を通して読者は物語のあらましを知る仕組みだ。

    大佐のために働くベトナム人のグエン・ハオやミン、ハオの友人でベトミンとなったチュン・タンからは、中国、フランスの支配を脱したと思ったらアメリカに蹂躙される郷土への思いが痛いほど伝わってくる。しかし、このベトナムの若者たちは何故か大佐にひきつけられる。豪放磊落なようでいて人心掌握に長けた元アメリカ軍大佐フランシス・サンズこそがこの長大な小説の鍵を握っている。物語は北ベトナムの闘士チュン・タンを二重スパイとして北に送り込むという大佐の計画によって動き出すと、後は一気に加速する。

    ドイツ人の狙撃主や英国人の昆虫学者、CIAの協力者、と胡散臭い連中が大佐の作戦の遂行と阻止を賭けて暗躍するスパイ合戦の様相を呈してくる後半は、前半のテト攻勢下のヘリ基地を守る銃撃戦の場面と並ぶこの小説中の白眉である。スリルとサスペンス溢れる情報戦の場面と酒と女の乱痴気騒ぎ、雨の降り止まないヴィラでやってこない命令を待ち続けるスキップが過ごす村暮らしの静謐な時間、それに帰国した兄弟の破滅的な振る舞いが強烈なコントラストで次々に立ち現れる。この緩急相まったリズムがシニカルなユーモアを醸し出し、長丁場を支えるのだ。

    アメリカにとってベトナム戦争とはいったい何だったのか。湾岸戦争、イラク戦争、そして今もまだ、世界各地で戦争を遂行中のアメリカという国は何も変わっていないのではないか。自国とは直接利害関係のない他国を舞台に断続的に戦闘行為を持続することで覇権大国の体面を維持し、パクス・アメリカーナの夢を見続けている。その陰で多くの人間が死に、傷つき、精神を病み、人生を損なっている。読み終えた後もやりどころのない重い塊のようなものが自分の中に居座り続けるのを感じる。「戦争」という言葉が息を吹き返して巷を賑わせている今日、観念としてでなく魂の深いところにおいて「戦争」を想起するのに相応しい一冊である。

  • ベトナム戦争
    長いし、なかなか全体像が見えてこない群像劇だし、面白くなるまで時間かかったけど、緩急のある展開と、がさつさの中に垣間見える繊細さを持つ登場人物たちに後半ぐいぐい引き込まれた。
    クソまみれの世界のコマでしかない個人にとって救いなんてあるのかね。そりゃあって欲しいけどさ、それってホントにありえると思ってんの?ていう話。
    重いし痛いよ。

  • [ 内容 ]
    ベトナム戦争を真正面から描いた傑作長篇。
    『ジーザス・サン』の作家が到達した、『エレクトリック・レディランド』!「全米図書賞」受賞作品。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • デニス ジョンソンということで、読み始めたら頭の中でVUのヘロインとジミヘンのパープルヘイズが鳴りっぱなし!しかも読み進めていったら、目の前に「地獄の黙示録」の光景が!プレイメイトがヘリコプターでやってきて、いっぱい兵士がヘリコプターにぶら下がって、そいでもってヘリコプターが墜落しちゃったりして。
    時系列は正しく記述されているけど、あちこち(フィリピン・ベトナム・アメリカ)でいろんな輩が己の矜持を保とうと、うねうねとのたくっている感じとでもいえばいいか。あれ?この人、去年ものたくってなかったっけ?あれ?ということは去年のあの発言はもうのたくり始めた兆しだったわけ?てな具合。こちらの頭の中がぐちゃぐちゃになりそうです。いろんなところでいろんな人がイカれちゃったわけですね。

  • ベトナム戦争を題材にした、小説。これまで散々でてきたベトナム関連の小説があるので、いまさら何を語るのだろうかな?という思いで読みはじめた。

    最初っから飽きてるとうハンデを物ともしない内容だった。群像劇の構成になっていて、登場人物がかなり多く、行動の動機の部分にあたる描写がほとんどなく、こんなにぶっとい本なのに、「補って」読まないといけないという、はめに陥った。もうもうたる煙をはく、ステーキをがっついてた感じがする。

    細かいことは気にせず、感覚で読むことをオススメします。

  • “煙の樹”というのは、なにやら重要なミッションのコードネームなのだけれど、結局、なにがなんなんだか、それどころかミッション自体が存在したかどうかすらよくわからないまま物語は終わります。でも、作者が描こうとしたのは戦争の無意味さでありましょう。謎のミッションが存在したのではなく、ミッションそのものが謎だったことも象徴的な気がします。
     戦争はしばしば神話や伝説、ヒーローをうんできました。それらがある意味で戦争を肯定し、免罪符となってきた面もあったでしょう。もちろん、戦争におけるこちら側のヒーローはあちら側にとっての敵(かたき)役にあたります。べトナム戦争はいわゆるヒーローをうみませんでした。ヒーロー不在こそ戦争の無意味さを端的に表しているようにおもえます。やたら登場人物が多い作品ですが、立場がどうあれ、かかわる人びとがどんどん壊れてしまう戦場から、どんな英雄がうまれるというのでしょう。
     たしか湾岸戦争の直前だったか、笑福亭鶴瓶師匠が「ヒトが笑ってるときに戦争なんかするな」と云ったことがあります。気になったのでちょっと調べてみたら、アメリカは建国後220年ちょっとの間に、じつに40回以上の侵略、侵攻、戦争といった武力行使をおこなっていました。第二次大戦後に至っては3年に1回の比率になるそうです。笑ってるヒマなどないではないですか。もし、国家そのものが戦争という病に冒されているとしても、すべての人が救われるのでしょうか。誰もが救われると信じられるのでしょうか。
     

  • 「エクス・リブリス」シリーズの上下 2 段組み、
    649 ページのかなりのボリューム、3,990 円もする。
    ベトナム戦争に関わった「人」を丁寧に丁寧に描いている。
    戦闘シーンは殆ど出てこない。
    傍流の緻密な描写に絡め捕らえられ、
    のめり込んで読み進む。
    サイケデリックな倦怠感に体力を奪われる。
    傑作である。

    2007 年 第 55 回全米図書賞受賞作品。
    2007 年 ニューヨーク・タイムズ年間最優秀図書選出作品。

  • 『もうリアルすぎて訳分かんねえ、いやリアルさが足りねえのかな、とジェームスは誰かに言っていた…いや、誰かにそう言われていたのか…。』-『一九六八年』

    物語の始まりは一九六三年。その年が他の年に比べて特別な意味を持っていた訳ではない。しかし因縁めいた何かがその年に後から取り憑いて、その年を特別な年に変えてしまう。その年、自分は生まれケネディは死にベトナムは内戦状態に引きずり込まれていった。だからどう、ということではない。

    個々の出来事は時と空間を隔てた場所で「勝手に」起こっていることに過ぎない筈だ、というのが自分が頑なに信じている歴史観である。そうなのだけれども、各々の出来事は頼みもしないのに互いに「意味」らしきものを補完し合って、いわゆる「歴史的必然」と呼ばれるような固定された物の見方を自己構築するクセがあることも解っている。そのクセに抵抗するように、個々の出来事をバラバラに互いの関係に触れることなく並べてみたとしても(例えば、マイケル・オンダーチェのように)、「人」はそれらを結びつける何かをいとも簡単に見つけ出し、因果の糸で結びつける。例えばスターウォーズにおける二体のロボットのような、例えばこの「煙の樹」における大佐のような、そんな狂言回しの役割を演じるものを探り出すのがクセなのだ、と思う。

    全ては大佐に絡んだ出来事にように見える。全ては大佐に行き当たるように見える。全ては大佐が仕組んだことのように見える。しかしそこには何の証明もない。証明がないからと言って存在の否定はできない。まるで「神」の存在のように、存在証明の不在が存在の否定とはならないように。それは自分の頭の中にあるのだから、外の世界にいくら存在の根拠を求めても仕方のないことだろう、と一神教の信者ではない自分は考えるけれど、その疑問の渦に絡めとられてしまったモノには言っても詮の無いことである、とも思う。しかしこの大佐は括弧付きの「大佐」であることは指摘しなければならない。大佐の実在は常にあいまい。最後にはその「死」さえあいまいになる。そこにクセのつけ込む余地が生まれる。

    しかし、全てはいつか活動のエネルギーを失って沈静化する。各々の出来事を結びつける因果の糸はするすると自然に解け、関係性は霧散する。人々はまた時と場所を隔てた場所に戻る。そこにあった筈の凶暴さは手なずけられ、エネルギーの元であった筈の恨みや憎しみといった感情、復讐という無関係の人々を結びつける因縁は失せ、互いに関係のなかった筈の人々の間で交わされた狂気は、無かったこととなる。それでいいのだろうか?

    どうしてもそう思ってしまうのは、凶暴さや、無関係の人々を終わりのない因果応報の煉獄に放り込むようにプログラムされた脳の仕組みや、その結果として生じる狂気などというものは、決して取り除かれた訳ではなく、次に呼び出されるのをただ待っているだけなのではないか、という感覚がどうしてもぬぐい去れないからだ。デニス・ジョンソンの描く狂気が、いつも、他人事のようには響かず、時として魅了されそうにすら感じる一面を持っているのも、脳のどこか隠れた場所でそいつらが虎視眈々と解き放たれるのを伺っているからなんだろうと思うのだ。

    しかし、本当に恐ろしいのは、そいつらを「そいつら」と、あたかも自分とは関係の無い存在として表現してしまう自分がいることである。その無関係性を装う自分の意思は、持って然るべき責任の所在を失わせ、「そいつら」が暴走し始めた時にブレーキではなくアクセルを踏ませる「ナニカ」の表づら。狂気は戦争の中にだけあるのではない、それがデニス・ジョンソンの描く長い長い物語のボトム・ライン。

    『まだ誰も言っていないことだと思うけど、地獄の定義って、そこにいる人たちが、ここは地獄なんだってことに気づかないことじゃないかしら』-『一九六六年』

  • 2010.03.14 日本経済新聞で紹介されました。

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著者プロフィール

1949年、旧西ドイツ、ミュンヘン生まれ。1983年、長篇小説Angelsでデビュー。以来、核戦争後の近未来や、暴力とドラッグに染まった現代アメリカ社会の裏面を精力的に描きつづけた。2007年、長篇小説『煙の樹』(白水社)で《全米図書賞》を受賞、《ニューヨーク・タイムズ年間最優秀図書》にも選ばれた。本書は1992年刊の第一短篇集『ジーザス・サン』(白水社)に続く26年ぶりの第二短篇集で、作家の死の直前に脱稿した。2017年、肝癌のため67歳で死去。

「2019年 『海の乙女の惜しみなさ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

デニス・ジョンソンの作品

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