歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

著者 :
制作 : 天野 健太郎 
  • 白水社
3.93
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本棚登録 : 369
レビュー : 45
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560090398

作品紹介・あらすじ

1979年、台北。物売りが立つ歩道橋には、子供たちに不思議なマジックを披露する「魔術師」がいた――。今はなき「中華商場」と人々のささやかなエピソードを紡ぐ、ノスタルジックな連作短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • ノスタルジック
    目前の解けない魔術
    目に見えない幻想

  • 『魔術師は少し考えてから、しゃがれた声で答えた。「ときに、死ぬまで覚えていることは、目で見えたことじゃないからだよ」』ー『歩道橋の魔術師』

    記憶は事実とは異なっている。だからこそ美しいのだとも言える。事実と異なるからと言って嘘ではない。記憶の断片が勝手に結び付き合い再構築されてしまうだけのこと。それも、決して自分に都合のいいように再構築される訳ではない。その意味で記憶は必要以上に中立であると思う。

    台湾を訪れたことはないが、台湾に昭和の面影を求める人々がいるとは聞いたことがある。英語で質問したら、統治下時代に教育を受けた人々から日本語で答えられて不思議な感覚を味わったと出張から戻った先輩に聞いたこともある。しかしそれも既に二十年以上前のこと。戦後は最早手の届かない程に遠退いた。今更、昭和を持ち出す必要はないのでは、と少し斜めの目線の自分は思ったりもする。とは言え、確かに自分も文字を追って行くうちに、文章の中に埋め込まれたタイムカプセルを開けるような感覚を覚えるのだ。この小説で描かれる記憶の中の少年たちが過ごす時間からは約十年先行する時代、然程田舎でもなく都会でもない新興住宅街が拡がりつつあった町の子であった筈の自分の記憶は、台湾の中華商場の風景と奇妙に共鳴するのである。自分の過ごした町に中華商場のような場所が在った訳ではない。それなのに、駅前通りから裏に延びる入り組んだ路地の喧騒や、映画館、物欲しそうな子供で溢れていた模型屋、甘栗を煎る匂いなどが一気に蘇るのを止められなくなる。

    もちろん記憶の対象は異なるけれど、舗装もされていない道で膝を強かに打ち付けて覚えた自転車で細い道を走り回り、名前も知らない子供たちと同じ時間と場所を共有していたこと、それが、呉明益の描く中華商場の雰囲気の中にかげろうのように浮かんでくる。八坂神社の縁日は、さして明るくはない白熱電灯の連なりの下、信じられない程がらくたが輝いて見えた。もちろん、家に持ち帰ることはほとんど出来なかったし、そんな幸運があったとしてもその輝きは家のぽつんと灯る白熱電灯の下では失われてしまうのが常だったけれど。だがそんな魔法の力は確かに自分にも作用したのだ。学校の正門の直ぐ側で、何の変鉄もない鉄板に張り付けられた発泡スチロールの円柱が、時代劇の主人公のように活躍するのを確かに自分の目で見たのだ。

    何かを失うことが、回り廻って大人になることなのだと気付いてからどのくらい経つのだろう。失ったものと得たもののバランスは決して合ってはいないのに、今になってしがみつくように思い出すのは何故なんだろう。呉明益の小説が語るのは、そんな失われてしまったと思っている記憶の中身は必ず身体の何処かに潜んでいて、匂いや湿度や気温の変化のような意味もない出来事でよみがえるということ。それを紙片の上に定着させようとすればするほど、記憶の輪郭はぼやけ連なりはほどける。それを無理矢理並べれば事実と異なる物語となる。そんな記憶の変質をかろうじて回避した文書を呉明益はものにしたように思えた。

    しかし、そんな文章に触発されて甦った記憶を愛で過ぎてはいけない。記憶はしばしば時間の差を無視して呼応し、多重露出の絵となって蘇る。自分自身の子供の頃の記憶に十年前の越南の市場の喧騒が混ざっていないとは言い切れない。郷愁はただ単に憧憬に過ぎないのかも知れない。魔術師は、学校の正門脇にも、夜の盛り場にも、そして歩道橋の上にも、居たとも言えるし居なかったとも言える。そんな由無し事が頭の中をぐるぐると廻っている。

  • 1979年台北、まだ聳え立つような高層ビルも珍しかった頃。今はなき「中華商場」の各棟を繋いだ歩道橋の上で、焼餅、金魚に作業靴、色とりどりの商品を並べた物売り達の中で一際異彩を放っていたのが、そう、魔術師の彼だった。商場を駆け抜ける我々の足も彼の前ではピタリと止まり、次々と繰り出される奇術に魅了されー。魔術師に惹かれた少年時代を懐古する登場人物達。まるで生きているかのようだった黒い小人、3ヶ月もの間忽然を姿を消した少年、不幸を予測した石獅子、着ている間だけ懐かしい人々が会いに来てくれた着ぐるみ、透明な金魚、蘇りかけた文鳥…。

    短編を読み進む程、現実と幻想の境界が曖昧だった頃の自分を思い出せずにはいられない。そういえば、自分も「不思議な力がある」と言って転校生の白鳥さんから渡された、青いビー玉を後生大事に持っていたなぁ。そんな自分が堪らなく懐かしく、そして愛しくなる一冊だった。文体は淡白なのに強烈な感情を想起させられる点で非常に力強さを感じさせる作者、他の作品も是非読んでみたい。

  • こういうのも純文学に入るんだろうか?どこか寂しくて、文章は美しい。訳は大変だっただろうな、と思う。台湾という土地が少し近づいた気がした。
    セックスシーンはちょっと嫌だったんだけどな。
    歩道橋にいた魔術師に関する短編連作です。中華商場という、ショッピングモールとも言えないような、どこかうらさびれた空気の中に、子供たちが駆け回っているお話。
    連作の中の端々に「子供いらない家庭いらない」という思いがふわっと出てきて、なんか共感したりもした。
    後にも書くけど最後の章で児童買春をさらーっと肯定的に書いている(ように見えた)のがものすごく引っかかってしまってな。もうちょい、なんかなかったかあそこ。
    「歩道橋の魔術師」これが一番魔術師を詳しく描いていた。作者自身なのかな、という子供が主人公。
    「九十九階」マークが何故死んだのか、わかるような気もするし全然わからない気もする。
    「石獅子は覚えている」
    一番心に残ったのはこれだった。火事で家族を失って、十年余計に生きてこっそり死んでいったペイペイの悲しさ。
    「ギラギラと~」ゾウの着ぐるみを着てる時だけ出会える過去。私も着ぐるみ着たことあるけどこうは考えつかなかった。
    「ギター弾きの恋」ラン姉さんひどいなとも思うけどどうしようもない気もする。
    「金魚」この商場にいた人はみんな切なかったのかな?テレサの泣き顔を見たいからといじめる男子の勝手さが少し嫌だった。
    「鳥を飼う」残酷だけれど、猫を責められない、というこの商場のどうしようもなさ。
    「唐さんの仕立屋」猫はどこへ行ったんだろう。私も犬がいなくなったら抜け殻になると思う。
    「光は流れる川のように」現実の世界とうまくやれない、という言葉に胸を突かれた。
    「レインツリーの魔術師」児童買春を肯定的に書かないで欲しかったのだけれども。

  • 初めて読む台湾を舞台にした小説。なのにどこか懐かしい。商場の風景が目に浮かび、漂う食べ物の匂いや人熱が感じられるよう。リアルとファンタジーが交錯する物語。いつの間にか商場の、台北の風景に馴染み、商店の家の事情や子ども達がどう成長したかを知る。そしてそれぞれの物語で存在を残す「魔術師」。どこか村上春樹のようだと思ったら作品中に氏の名前が出てきたのでおそらく作者は影響を受けているのだろう。通り過ぎた時代、幸せに満ちているわけではないけど夢に見ているような素敵な物語が続く。魅力の一端は翻訳の素晴らしさもあると思う。文章が巧く、日本語が美しい。この作家とこのコンビで出される本を追いかけたい、そう思わせる、久々に素敵な作家に出会った幸せを感じた一冊。

    追記:そんなことを考えて次の「自転車泥棒」を今読んでいるところだが、今日(2/13)翻訳者の訃報を知る。これから呉明益氏だけでなく多くの台湾・中国ほかの華文系の作品を彼の翻訳で紹介して欲しかった。合掌。

  • 文学

  • 台湾好きの友人に紹介されました。芥川賞系の小説です。日本の昭和の匂いがします。ガサツな私には繊細すぎる気がしました。

  • <図書館の所在、貸出状況はこちらから確認できます>
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=329766

  • DaSeanの日記つながり

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著者プロフィール

1971年、台湾・桃園生まれ。小説家、エッセイスト。国立東華大学中国文学部准教授。2003年、2007年、2011年、2012年に『中国時報』年間「十大好書」選出、2004年雑誌『文訊』新世紀セレクション選出、2007年香港『亜洲週刊』年間十大小説選出、2008年、2012年台北国際ブックフェア賞(小説部門)など、受賞多数。最新長編小説『複眼人』(2011年)は英語版が刊行され、高い評価を得た。

「2015年 『歩道橋の魔術師』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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