わからない

著者 :
  • 白水社
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感想 : 24
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560092866

感想・レビュー・書評

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  • 翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイと書評と日記。
    とにかく面白いのひと言に尽きる。
    素のままの自分をありのままに語る。
    語り口調も飾りのないまま、気取ってもいないので近しい友人のような気になる。
    何度も笑わされる。

    エッセイのなかの福助エルメスは、最強。

    ベストセラー快読の『イヌが教えるお金持ちになるための知恵』など気になって仕方ないのだが、そのなかでふだんベストセラーの本をあまり読まない。何十万何百万もの人々が読んでいるなら、自分ひとりくらい読まなくてもいいだろう、と変に安心してしまうせいだ。
    だからたいていこんな具合にタイトルから中身を勝手に想像して、それを読んだような気になっている。でも読んでみたら想像していたのとはかなり違ってた。とあり確かに想像力がありすぎるから言葉のチョイスが面白いのかな…などと。

    日記も数行なのに想像できて笑える。

    鳩が地面にベタっと座っていたので、すれすれに近くを通ってやったら面倒くさそうに中腰になった。実に腹立たしい。

    人間失格の日。だらけて何もせず、よだれ垂らしてビール。皿洗わずテレビ。読む本はマンガ。

    鳩に喧嘩売ったり、だらけた自分を次の日の日記に何十年生きても学習しない自分の馬鹿ばか莫迦と書く。

    カブトムシ日記は、面白さマックス。
    どれが、なんて選べない。
    キシモトワールドを楽しんだ。





  • エッセイに、本の話題に、日記の三段構え。日記はそっけなくて最初はぼけーっと読んでいたら、途中から慣れてきて、味わい深くなった。とりあえず「ほとんど記憶のない女」は読んでみようと思う。

  • ムーミンを深掘り。翻訳家・岸本佐知子がトーベ・ヤンソンに迫る | Fika(2017.10.27)
    https://fika.cinra.net/article/201710-kishimotosachiko

    今月の新刊エッセイ|岸本佐知子さん『おばけと友だちになる方法』|ふくふく本棚|福音館書店公式Webマガジン(2021.09.01)
    https://www.fukuinkan.co.jp/blog/detail/?id=517

    翻訳家・岸本佐知子が語る、わたしの百読本「だしの効いたおいしい日本語を読みたい」 | ブルータス| BRUTUS.jp(2022.5.9)
    https://brutus.jp/hyakudoku_kishimoto/

    わからない - 白水社
    https://www.hakusuisha.co.jp/book/b645020.html

  • エッセイ初読み。かなり個性的で面白い方と推察。創造の翼の広がりが規格外。創造力って無限だなと思いしらされた。

  • 初めて岸本佐知子さんのエッセイを読んだのは
    もう10年以上前なんですが
    ずっと岸本葉子さんと同一人物と思っていました。

    佐知子さんは光村図書ベストエッセイでも目立って面白い方で、
    一人暮らしの日常を綴る葉子さんとは別の人
    そう認識してから読んだのは今回初めてです。

    佐知子さんがこの24年間あちこちに書いた文章で
    単行本に収録されていないものの中から選んで
    一冊の本にまとめたもの。

    たくさん笑いました。
    ありがとうございます。

    せっかくだから一部紹介。

    「もう一度読んでみた『銀の匙』」より

    〈ここにきて若干焦っている。これまで取り上げてきた作品がすべて岩波書店の本であることに気づいてしまったからだ。こういう偏りはよくないのではないか。業界内での癒着を疑われはしまいか。
    だかこれはある意味仕方のないことで、私は子供のころ、岩波フェチだった父に〈岩波フェチ養成ギブス〉を装着させられていたのだ。買い与えられる児童書も岩波、家の本棚も岩波文庫だらけとなれば、どうしたって子どものころに読む本の岩波指数は高くなる。しかしその後私は筒井康隆方面にかぶれてしまい、父のもくろみは未遂に終わった〉

    もう一つサービス。

    〈帰りの電車の中、一部の隙もないビジュアル系青年がやおら携帯を取り出し、「もしもし?あ俺、いま電話の中なんだけど」と言ったので、車内じゅうの人が吉本新喜劇のようにドタドタと倒れた〉

    すみません、もう一つ、これで最後にするから許して。

    〈金魚鉢のメダカも一匹死に、とうとう残り一匹となる。私の何がいけなかったのか。餌も正しくやったし水も替えたのに、なぜそう当てつけがましくバタバタと死ぬ。そっちがそう出るならこっちにも考えがある。残りの一匹にはもういっさい愛情をかけず、「なんだ、まだ生きてたのか」くらいの冷淡な気持ちで接し、名前も最悪な名をつけ、薄幸のメダカとして育てることを決意〉

    ちなみにそのメダカ、その後けっこう長生きします。
    そんなものなんだ。

  • 翻訳家、岸本佐知子の未刊行の文章が集められた本。
    エッセイに、書評に、日記に……いろいろ楽しめる。至福の時間だった。

    著者自身書いているが、活字を読んで爆笑する経験というのはなかなかない。

    私は本書をカフェで読んで大声で笑いそうになった。少なくとも何度も噴き出した。へんな目で見られたくない人は家の中で存分に大笑いすべし。
    (でも外だからよけいに笑えるというのもあるけど)

    ところで、私は氏の文章を読みながら、ずっとそこはかとない既視感にとらわれ続けていた。
    それが氷解してよかった。

    しかも、著者自身が日記にそのヒントを書いてくれていた。
    そう、町田康の文章にちょっと似ている。誇張的な語彙といい、へんなオノマトペといい、とぼけた感じといい。

    岸本氏は町田康の本をけっこう好きそうだし、友人とともにライブにも足を運んでいるのだった。

    とくにこの日記が最高におもしろかった。
    登場する友人知人たちもみなユニークだし、お父さんもなかなか良いキャラをしている。ずっと読んでいたい。

  • 安定?の面白さ!期待通り、満足感!!

    一緒に毒吐きたい(笑)

    翻訳本、いろいろ読んでみます。

  • 『きょうも幼稚園で泣いた。お弁当を食べるのがビリだったせいだ。きのうもおとといも泣いた。入園してから泣かなかった日は三個ぐらいしかない。幼稚園なんてなくなればいいのにと思う』―『カルピスのモロモロ』

    何故、「泣かなかった日」が「三日」ではなくて「三個」なのかな。これもまたニコルソン・ベイカーの「ノリーの終わらない物語」翻訳効果のせい(あの小説の翻訳の影にそんな並々ならぬ努力があったとは!という話は今回初めて知りました)? そう言えば、ベイカーの「中二階」を読んだのが岸本佐知子教入信の切っ掛けだったっけ。そしてその信心の沼を更に深く潜ることになったのが「気になる部分」を読んだことだった。もちろん翻訳もいつも楽しみにしているけれど、中々単行本にならないエッセイあっての翻訳ものとすら思う。これは特定の年代の人にしか通じないかも知れないけれど、中島みゆき嬢が深夜放送に登場した衝撃を「気になる部分」では味わったと言って過言ではない。まあ、一風変わった作家(ニコルソン・ベイカーとかジャネット・ウィンターソンとか。「気になる部分」後で言えば、ジュディ・バドニッツとかミランダ・ジュライとか)の翻訳をする人だとは思っていたけれども。そんな深夜放送版の岸本佐知子がどっさり詰まった本が出版されるとあっては、手を出さずにはいられない。もちろん、これまでのエッセイ集も全て読んではいるけれども。

    予約した本は届いていたけれども、四十年来の宿題となっていた大作を読み終えてからと我慢し、さあいざ、と、大部の一頁目を開く。おっと、カルピスのもろもろ、って聞いたことがあるなあ、と、さして記憶力がいいとも自覚していない頭で、立ち止まる。ああ「考える人」か、それならやっぱり読んだことがあるや、と妙に自分のことが誇らしくなる。本棚に今時の言葉で言うところの推しの作家の新刊が三冊も並んでいたので、少しばかり浮かれ気味で読み始めたせいか気分が高揚している。なのでそんな自画自賛もご容赦願いたい。

    自画自賛と言えば岸本佐知子のユーモアたっぷりのエッセイは、行き過ぎた自虐が却って自画自賛のようにも聞こえる面白みがあってよい。岸本さんが本当にどれだけだめな会社員だったか、本当のところは判らないけれど、本にまつわる話の多いこの一冊を読む限り、文章を読み解こうとする思考の深さからして、この才女が会社で使い物にならなかったとは俄かには信じられない気持ちが改めて強くなる。それをさらりと自虐的にユーモアに変えてみせられるところこそ才女たる証なんじゃないだろうか。

    それにしても、これは岸本佐知子教信者にとっては大変お買い得なバイブルの一冊。ただし聖書と呼ばれるものを余りに集中して読んでいると、形而上学的な世界の方が真実味を帯びてきて、現実が逆にあまりに薄っぺらく思えるようになってしまうので要注意。それを例えて言うなら、いくら好きだからといって一口サイズのシュークリームを食べ過ぎてしまうと、味が判らなくなってくるのを通り越し、一袋食べ切る行為が修行であるかのように思われ始め、美味しさを味わうという行為を通り越して食べ切ることこそが真実に近づく道であるかのように思ってしまうようなこと、と言ったらちょっと違うか。でも、食べ過ぎには、やはり注意しつつ、少しずつ読むのが丁度いいとも思います。

  • 「古くは2000年からつい最近のものまで、あちこちに書いた文章」の中から、単行本に収録されていないものを選び、「エッセイ、本にまつわるもの、日記」の三つの章に分けて一冊にまとめたのが本書。『ねにもつタイプ』以来のファンとしては、(やっぱりこの感性が大好きだなぁ!)と、再確認させられたり、読んでみたくなる作品や作家の紹介もあるのが嬉しい。が、思わぬところに笑いのツボを刺激されるポイントが潜んでいるので、絶対に外出先で読んではいけません!

  • エッセイ、書評、日記と様々散りばめられていて楽しい。書評は小気味よく、日記も短文なのに破壊力がすごい。
    「どの本もみんなお行儀よく“お約束”に従っている。」との指摘は衝撃だった。読書とは、客観的な視野を身につけられるもの、と何となく思い込んでいた。けれども、混沌とした世界をそのままカオス状態で出されても、私は読まない気がする。つまり、自分が理解できる範囲内の本しか読んでいないということで、それでは視野の広がりようがないかもしれない。選書の段階で視野狭窄。ううむ、なんてこった。

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著者プロフィール

岸本 佐知子(きしもと・さちこ):上智大学文学部英文学科卒業。翻訳家。主な訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、ニコルソン・ベイカー『中二階』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』、ショーン・タン『セミ』、アリ・スミス『五月 その他の短篇』。編訳書に『変愛小説集』、『楽しい夜』、『コドモノセカイ』など。著書に『気になる部分』、『ねにもつタイプ』(講談社エッセイ賞)、『なんらかの事情』、『死ぬまでに行きたい海』など。

「2023年 『ひみつのしつもん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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