歩き娘 シリア・2013年

  • 白水社 (2024年6月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784560093559

作品紹介・あらすじ

解けない封鎖と拘束 止められない歩み 言葉

爆撃にさらされ、地下室に拘束されたまま、封鎖下の日々や自らの生い立ちを、一本きりの青いペンで見知らぬ「あなた」に宛てて書き綴る少女の物語。 母親と兄とともにダマスカス郊外で暮らすリーマーは、自らの意思とは関係なく足が勝手に歩き出してしまうという奇癖の持ち主。四歳の頃から手首に枷をつけられて育つが、ある日を境に話すこともできなくなってしまう。学校教育を受けられず、母親が掃除婦として働く学校の図書室長の厚意で読み書きを教わり、本に親しむようになる。 学校に行かなくなってからは外部との接触を断たれ、勝手に歩き回らないよう家に閉じ込められて過ごすが、近々シリアを出国するという図書室長の招きで、二年ぶりに外出する。 母親と娘が乗ったバスは、市内にいくつも設置された検問所で止められ、なかなか前に進まない。数時間が経過した頃、ある検問所で悲劇が起こる…… 2013年にシリアで実際に起きた出来事を下敷きに、手記の形をとった異色の長篇小説。数多の制約の中で生きることを強いられる内戦下の不条理な現実を寓話的かつ超現実的に描く、『無の国の門』の作家の新境地。

みんなの感想まとめ

内戦下のシリアを舞台に、少女リーマーの視点から描かれる物語は、彼女の純粋な心の叫びと、抑圧された現実との対比を浮き彫りにしています。拘束された日々の中で、言葉を持たない彼女が見知らぬ「あなた」に宛てて...

感想・レビュー・書評

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  • 'Planet of Clay' describes the brutal toll of the Syrian civil war on a young girl : NPR
    https://www.npr.org/2021/10/31/1050919724/planet-of-clay-describes-the-brutal-toll-of-the-syrian-civil-war-on-a-young-girl

    World Editions - Samar Yazbek
    https://worldeditions.org/authors/samar-yazbek/

    【書評】『無の国の門』サマル・ヤズベク - 横丁カフェ|WEB本の雑誌(2022年11月3日)
    https://www.webdoku.jp/cafe/kokai/20221103080000.html

    柳谷 あゆみ (Ayumi YANAGIYA) - マイポータル - researchmap
    https://researchmap.jp/yanagiya

    歩き娘 - 白水社
    https://www.hakusuisha.co.jp/book/b646774.html

  • シリアで実際に起きたことをベースにした小説、とのこと。
    少女の視点でつづられた日常。少女の純粋さが痛々しかった。周りの人たちがいなくなっていくのが悲しい。
    ニュースでは伝わらないリアルな空気感があった。

  • 自らの意思を発話の形で表すことができず、歩くのをやめられない少女リーマーが、見知らぬあなたに宛てて書き綴る。2013年にシリアで実際に起きた出来事を下敷きに、手記の形で展開していく物語。


    声をあげたい、外に出たいという願い。保護と抑圧。拘束を解くこと。自由と想像力。
    才能や魅力が危険なものとして抑圧される。
    毒ガスが撒かれた後の病院の描写が強く印象に残っている。

    もしも、言葉にならない叫び声を聞いたときに、「化け物」だと、逃げてしまわないだろうかと、問われているようにも思えた。




    訳者あとがきより
    アラビア語では、「頭」と「大統領」が同語源である。

  • 歩くことを止められず、舌を動かすことを放棄した少女がシリアの化学兵器が使用された土地に縛り付けられる。

    想像を絶する痛ましい環境にあっても彼女の生命の逞しさ、知力の輝きが描かれている。

    意外だったのはシリアでも『星の王子さま』や『不思議の国のアリス』が読まれていること。図書館で出会う物語は私たちと変わらない。

    イスラムには馴染みがないので「ユースフの章」と書かれていてもピンと来ないのがもどかしかったです。食べ物もよく分からず…。

    『アンネの日記』を思い出しました。シリアの状況が少しでも良くなりますように。

  • 「あなたの心を、あなたの目の前に置いて、スーパーボールみたいに投げてください!そうすれは、私の言っていることがわかるはず。」

    彼女にとっての記憶のスーパーボウルは、わたしたちの掌のなかにすっぽりとおさまっています。ひとしきり回しながら眺め、そのなかの鏡の破片の煌めきを胸に刻んだら、それがどこまでも高く高く跳ねてゆくように、地面にたたきつけるのです。そしてそれがわたしの 星 となりました。その星が瞬き、あなたにしか創れない空の色のなかで、あなたは幸せそうに抱かれながら翔んでいました。
    雨が降ってきました。幾つもの描かれたあなたの記憶の絵は、たいせつに、わたしの 星のひとつにおいてある箱にしまっておきます。





    「なぜなら、私の精神の中に、たぶん私の皮膚の下にも、私の胸の中にも、長く黒い小路のようなものがあるに違いないから。人間はどうやって、こうした精神や皮膚や心などの意味を区別できるのかしら?精神と心と血、それらすべてが、私が周りのものから感じ取る意味を形成しているのに。」

    「今、これが死なのだと思っていたあの数秒間のそとを考えています。徐々にやってくる眠気、頭の中で、はるか遠いところから出てきて、静かに昇り、それから私を空虚な深淵に横たえる、深く甘やかな感覚のことを。底なしなのにその深淵は甘やかで、まるで高い山の頂からふわりと落ちていくような、重力が手のひらみたいな何かになったような感じでした。」




  • 鱗のような連続性が薄紙のように清楚。拘束される身体の視線の先は灰色の土埃にまみれても、甦る色彩を捉え限界を透かす感性で溢れている。爆撃の内側にいる少女の現実は、苦悩の円の重なりを実感させ心震えた。天仰ぐ魂の書。

  • 「無の国の門」をすでに読んでいるが、こちらもずっしりと重い。街が封鎖されひっきりなしの爆撃で人がバタバタと死んでいく。足が勝手に動いて歩き続けてしまう奇病によって紐で繋がれ、コーランの詠唱以外口を閉ざす、主人公は女性の抑圧を象徴しているようだ。シリアではサリンなど毒ガスが使われたそうで、女性が肌を見せられないからとガスを浴びた服を脱がされず死んでいく。犬が死体の一部を咥えて走り去る。瓦礫の中に取り残されて水も食料もない。最後の描写も胸が詰まる。シリアの2013年には、2025年にはもちろんパレスチナで行われているイスラエルによる虐殺が重なってくる。その意味でも重要な本だった。
    地獄のような戦争と死の世界でも、星の王子さまや不思議の国のアリスが読まれており少女の心を助ける。ふと「テヘランでロリータを読む」を思い出す。物語は普遍的であり、救いである。

  •  巻末の「訳者あとがき」によれば、著者は1970年、シリア・ラタキア県生まれ。2011年以降、シリア・アサド政権に対する反体制運動に参加、『無の国の門』(原著2015、日本語訳2020)などの著作を刊行、女性と子どもの支援団体を設立するなどの活動を行ったが、2014年以降はシリア国内での活動とは距離を置いているという。
     この物語は、2013年にシリアで実際に起こった出来事をベースとしているとのこと。ダマスカス郊外でアサド政権軍に包囲された中で、化学兵器の被害に遭った人々の苦しみが少女の眼を通して綴られていく。文学作品は、飛行機から見られる側、爆弾を落とされる側、銃口を向けられる側の人々の声と思いを書き出していくことができる。本作の場合は、精神的なハンディキャップのために他者と言葉でコミュニケーションができない少女が語り手に設定されることで、その問題意識がより前景化していると言ってよい。

     地下室につながれ、汚物にまみれて放置されてしまっている、不衛生で垢まみれになった少女の中には、驚くほどの知性と想像力が躍動している。この小説の語りは、被害者や難民という名付けが往々にして個の尊厳とアイデンティティをはぎ取ってしまう言説の暴力を静かに読者に突きつけている。 

  • シリア解放を機に読んでみたけれど言葉もない…
    少しでも解放で良い方向へ進むことを願います。

  • 歩き娘
    シリア・2013年

    著者:サマル・ヤズベク
    訳者:柳谷(やなぎや)あゆみ
    発行:2024年6月20日
    白水社

    難解だが読み切る。呆然とし、喪失感に苛まれ、この少女と一緒に叫びたくなる。大声で泣きたい。だから、厳しく遙かなる現実に失望してしまうかと思いきや、不思議なことにそれはなく、決して失望するべきでないと思え、素晴らしき感動すら覚える。読み切ってよかった。何年かぶりに味わう重くて力強い文学作品だった。解釈には時間がかかるが、おそらく傑作に違いない。いま、ガザで起きていることとも重なる。

    この小説は、2013年にシリアで起きた出来事を下敷きとしつつ、ある十代の少女が綴った手記の形で展開していく物語、と訳者は解説している。解説でそれ以上の説明はないが、これはすぐに連想される。2010年代初頭に始まったアラブの春の流れの中、アサドによる独裁国家シリアでも反体制運動が盛り上がった2013年は、アサドがサリンを含む毒ガス攻撃で、封鎖した地域にいる反体制勢力を壊滅させようとした年であり、それが舞台となっていることは間違いない。シリアは共和国でアサドは大統領だが、父親も大統領だった。最高権力者が世襲する共和国家は、北朝鮮だけではないことを忘れてはいけない。

    シリア生まれの著者は、亡命してパリに在住しているという。もちろん、反アサド作家であり、『無の国の門』(2015)という作品は、20カ国で翻訳され、2016年度フランス最優秀外国文学賞(エッセイ部門)を受賞。世界的な作家。本書は2017年に刊行されたらしい。

    物語は少女の手記なので、当然、彼女の視点で書かれている。文字を書くことや絵を描く能力には優れているが、何らかの障害があって言葉が話せない。その気になれば話せたが、やめたと書いている。今は舌の筋肉が動かない、と。一方で、足は彼女の意志とは別に歩き回ってしまう。勝手にどこかに行かないように、彼女の手首には紐が結ばれ、母親と常につながっている。兄もいるが、母子家庭であり、母親は学校の掃除などの仕事をしているが、子供を連れていって校長にひどく叱られたので、図書館に隠されるようにしていた。通常の学校への入学は許されなかったのだった。図書室では、恐らく司書だと思われるが、スアード女史、という人物が彼女に本を与え、たくさん読ませる。

    彼女の世界に最も影響を与えているのは『星の王子さま』である。王子さまとは友達だとしている。言葉は話せない(言論の自由はない)、しかし、足の自由(下々の者どもの自由)は奪えない、そこに生きる彼女なのである。

    ある日、おそらく休みの日に、そのスアード女史の家に行こうとする。母親と2人、バスに乗っていると、何回も検問にひっかかり止められ、なかなか進まない。やがて2人はバスから下ろされるが偶然紐が外れ、母親が連れ去られていく。そこで騒ぎが起き、銃声。母親が制止を振り切り少女を守ろうと近寄って覆い被さる。母親は死んでしまう。

    そこから、少女の暮らしが変わってしまう。何日もどこかにいさせられると兄が来て連れて帰ることに。しかし、それまでの家ではなく封鎖地区に入った。封鎖地区というのは、恐らく反アサド派が自由を勝ち取っていた地区であり、政府軍側が封鎖していた地区のことであろう。兄は反体制の戦士だったようだ。

    母親と常に縛り付けられていた少女は、母親から自由になったことを実感するが、今度は兄とつながれている。ザマルカーというまちの家の一部屋に兄と住むことに。世話をする係だろうか、ウンム・サイードというおばさんがいろいろと教えてくれる。兄と一緒に活動をするハサンが時々やってくる。少女は、子供たちに絵を教える役割を与えられた。

    やがて、攻撃を受ける。毎日のようにやってくる飛行機。そして、気を失う人々、主人公の少女。毒ガスにやられたと思われる描写。そこに空爆攻撃も。ウンム・サイードも下半身が飛び、上半身が像のように土に残る。

    少女の夢かうつつかという手記(描写)が、ここから続く。それは、我々が風を引いて熱を出したときにおかしな夢を繰り返し見ながらうなされることの、もっと重症な状態の繰り返しだと想像できる。苦しいとか痛いとか解放されたいとか、そんな思いが書かれておらず、自分が部屋に吊された電灯になるなどというわけの分からない夢のような、うなされるような、そんな描写がつづき、闘っているというような壮絶さで絵が描かれていないため、健気な少女に対する感情移入が進み、毒ガス攻撃の凄絶さが実感されるのである。苦しみや痛みは、正面から語るのが最も伝わるというわけではないことを痛感する。

    兄はすぐ戻るから少し預かってくれと、ハサンに妹を預けた。その後に毒ガス攻撃だった。少女の体は何度も水で洗われた。ハサンは兄のふりをしていた。他人だと男女がそのような状態になってはいけないからである。大勢の女子たちが苦しみ、寝ている。一人また一人と消えていく。やがて、政府の封鎖によって水が止められる。トイレの水だけは出るが、それを飲むことは・・・

    ハサンも少女を地下室に閉じこめ、戦闘状態を撮影するために出かける。彼に対する恋心。彼は戻るとリンゴなどの食料を入れてくれたが、もう何日も戻ってこない。リンゴは最後の種も食べ尽くした。起きられない。もちろん、毒ガスの影響と空腹の両方である。声もあげられないが、叫ばなければ。地下室の格子越しに声で誰かに知らせなければ。少女はそう思いながら、手記は閉じられていく。

  •  2024-8-18(日)、サマル・ヤズベク著『歩き娘』を読み終えました。シリア出身の作家の本を読むのは初めて。7-27(土)日経書評欄で紹介されていました。何だろう?と一瞬考えてしまう『歩き娘』という題名と、書評の見出し「シリアの惨劇 刻まれる記憶」に心が動いて読んでみようと思ったのです。

     副題には「シリア・2013年」とあります。この本は2013年8月にシリアで実際におきた惨劇をベースに、「私」が「あなた」に向けて書いている手記のスタイルをとっている物語。ページを開く前までは、調査報道かドキュメンタリー的な作品かなと勝手に考えていました。1ページ目を読み出して、小説であることを理解しました。

     語り手である「私」は、歩き出したらとまらないいつも紐で繋がれている、舌の筋肉が動かない動かさない、十代の少女。「私をつかさどる精神は、頭ではなく下の足のほうにあるので・・・いつか私を歩きに歩かせてほしい・・・」と最初の方で語ります。何だろう?精神が下の足の方に?、紐で繋がれているのに『歩き娘』という題名とともにに、この言葉が頭の中をグルグル回ります。作品を読み進むにつれて益々不思議な感覚が増えてくる。首を傾げながら何度も戻って読み返してしまいます。柳谷あゆみさんの訳者あとがきを読んではじめて、あっそうなのか!と思ったのです。この小説の設定に隠されたメッセージ、抵抗のメッセージを知ることができました。

     もちろん、アラブの春から現在に続くシリア内戦のことは、その悲惨な状況を新聞報道などて断片的に知ってはいました。でも、10年前の記憶は徐々に薄れつつあるし、最近は世界の他の問題がクローズアップされているし。正直なところ、シリア内戦のことは頭の片隅に移りつつあったのが現実です。

     2013年8月の出来事の描写は強烈です。シリアの封鎖地への攻撃で、化学兵器・毒ガス爆弾が使用され多くの犠牲者が発生した惨劇です。オレンジ色と赤と黄色に変わった空。すみれ色に染まった風景。嫌な臭いの泡。オレンジ色の液体。青ずんだ体。「私の周りの色は暗くはありませんでした。死んでいるのに、光に照らされていたんです。」惨劇の記憶が語られる。胸に迫ります。私たちは忘れてはならない、記憶に刻まなければならないと強く感じました。

    本書を読んで良かった。次は訳者あとがきで紹介されている『無の国の門』を読んでみようと思っています。

  • 本著は、シリア内戦という現代史における巨大な悲劇を前にしたとき、私たちはしばしばその複雑な政治的背景や、累々たる死傷者の数字に圧倒され、そこで呼吸をしていたはずの「個」の輪郭を見失いがちである。
    現代(2025)のシリアはにおいても不安定さは際だっている。

    さて、サマル・ヤズベクの小説『歩き娘 シリア・2013年』(原題:Al-Masha'a)は、そのようなマクロな視点による忘却に対し、強烈な「身体性」を持って抗う作品だ。私は本著を読み終えたとき、まるで自分自身の足首に重い枷をはめられたかのような息苦しさと、それでもなお前へ進もうとする強靭な意志の熱量を同時に感じ取った。
    舞台は2013年、内戦下のダマスカス郊外。主人公の少女リーマーは、自分の意志とは無関係に足が動き出し、ひたすら歩き続けてしまうという特異な性質――作中で「奇癖」と呼ばれる――を抱えている。この設定自体が、極めて秀逸な文学的装置として機能している。
    なぜなら、この「止まれない少女」が置かれているのは、検問所による封鎖、自宅への軟禁、そして地下室での拘束という、徹底的に「移動を禁じられた世界」だからだ。母や兄によって手首を家具に繋がれ、自由を奪われたリーマーの姿は、独裁政権と内戦によって物理的・社会的な移動と選択の自由を剥奪されたシリアの人々の現状を、痛々しいほど鮮烈に隠喩している。

    しかし、私が本著において最も心を揺さぶられたのは、抑圧の残酷さそのものよりも、その極限状況下で発露するリーマーの「書くこと」への執着である。

    彼女は封鎖下の地下室で、一本の「青いペン」を武器に、見知らぬ「あなた」へ向けて手記を綴り続ける。学校教育から排除されながらも、本を通じて言葉を獲得した彼女にとって、書く行為は唯一残された移動の手段であり、抵抗の形態であった。爆撃音と死の気配が充満する暗闇の中で、彼女の体は拘束されていても、その想像力と言葉は検問所を越え、国境を越え、読者である私たちの元へと歩み寄ってくる。

    著者のサマル・ヤズベク自身、アサド政権と同じアラウィー派の出自を持ちながら反体制の立場を貫き、亡命を余儀なくされた作家である。彼女はシリアの現状を、善悪の二元論や安易な政治的図式に落とし込むことを拒絶する。その代わりに、リーマーという「信頼できない語り手」ともなりうる少女の、断片的で、時に幻想が入り混じる主観的な視点を通すことで、内戦の混沌(カオス)をありのままの質感で描き出した。そこにあるのは、ニュース映像のような客観的な悲劇ではなく、「わからない世界」の中で必死に生の手触りを確かめようとする、一人の人間の切実な息遣いである。
    物語の中で、リーマーの歩行は周囲にとって迷惑であり、狂気であり、矯正すべき対象として扱われる。だが、ページを繰るうちに、その「止まれない歩み」こそが、何者にも飼いならされない人間の根源的な自由への希求そのものであることに、私は気づかされた。たとえ肉体が地下室に閉じ込められようとも、彼女の魂の歩行を止めることは、独裁者にも、家族にも、戦争そのものにも不可能なのだ。

    『歩き娘』が私たちに突きつけるのは、遠い中東の悲劇への同情ではない。それは、不条理な暴力によって声を奪われた者たちが、それでもなお誰かに声を届けようとする「呼びかけ」に対し、私たちが応答する準備ができているかという問いである。

    シリアの現実は、今もなお解決を見ていない。だが、リーマーが青いペンで書き残した言葉は、封鎖された国境を越えて、確かに私の内側に届いた。本著は、内戦の記録文学であると同時に、絶望的な状況下における人間の尊厳と、物語が持つ救済の力についての普遍的な傑作である。

  • 2013年、ダマスカス郊外県東グータで起きたアサド政権軍による包囲戦下のシリアが舞台。
    語り手のリーマーは、足が勝手に歩き出してしまう奇癖をもち、舌を動かすことをやめてしまった(うまく話せない)少女。歩き出してしまわないよう、保護者である母、兄、そして兄の友人であるハサンに手首を紐で縛られているが、彼女を守る人たちは封鎖下の過酷な状況で次々にいなくなってしまう。

    爆撃に耐え、痛みや飢えや不潔に晒されながら隠れて過ごす、長すぎる時間。語り手リーマーは一本しかない青いペンで、白い紙に物語を綴る。足の赴くままに歩くことができず、言葉を思う通りに使うこともできない彼女だが、紙の上でだけは色と文字を使って想像の翼をひろげ縦横無尽に動き回る。毒ガスの攻撃から逃げまどう様子さえも、すみれ色や青の美しい色彩で表現され、星の王子さまやシャガールの絵と想像の中で結びつく。

    物語の最後は、地下室で手を縛られたまま、少しずつ死に近づき言葉を書きつける力が弱りつつあるリーマーの言葉で終わる。けれどリーマーの物語は印刷され本になり、それを今わたしは読んでいる。これはリーマーがひとりで書いた物語がその後発見されることを意味している。
    と同時に、発見されることなく塵のように消えていったたくさんの物語があったことも想像させられる。リーマーだけでなく、人ひとりの中にはそれぞれの色と言葉があり、星があり、語り尽くせないほどの物語があり、その多くはその人の死とともに誰の目にも触れないまま消えてゆく。

    人の自由とは何か。人であることよりも優先されているようにみえる、イスラムで言うところの「女性の尊厳」とはなにか。
    人と、人の物語が、いとも簡単に奪われ失われていく内戦下のシリアに思いをはせる。そして家や服の中に閉じ込められ、「保護」の名のもとに押さえつけられる女性の不自由さにうんざりする。
    と同時に、物語を綴ることと、誰かの物語を読み継ぐことは、人の尊厳を守る誰にも奪われない最後の希望のようにも思えた。

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著者プロフィール

1970年、シリア・ラタキア県ジャブラ生まれ。99年、短篇集『秋の花束』を刊行、文筆生活に入る。アサド大統領と同じくイスラーム教アラウィー派の一族の出身でありながら、2011年以降、一貫して反アサド政権の立場をとり、逮捕・拘束を経て同年夏にシリアを脱出。現在、一人娘とともにパリ在住。小説家、シナリオライター、編集者、ジャーナリストとして活躍する一方、女性を支援するNPO団体を設立。2010年、40歳以下の優れたアラブ作家「ベイルート39」の一人に選ばれる。2011年に始まったシリア蜂起の最初の四か月の日記に基づく長篇小説『交戦』を2012年に刊行。英訳は同年の国際ペンクラブのピンター文学賞「勇気ある国際的作家」を受賞した。2015年、本書『無の国の門』を刊行。現在までに16か国で翻訳され、仏訳は2016年度フランス最優秀外国文学賞(エッセイ部門)を受賞した。最新作は2018年の『19人の女たち』。

「2020年 『無の国の門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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