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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784560093559
作品紹介・あらすじ
解けない封鎖と拘束 止められない歩み 言葉
爆撃にさらされ、地下室に拘束されたまま、封鎖下の日々や自らの生い立ちを、一本きりの青いペンで見知らぬ「あなた」に宛てて書き綴る少女の物語。 母親と兄とともにダマスカス郊外で暮らすリーマーは、自らの意思とは関係なく足が勝手に歩き出してしまうという奇癖の持ち主。四歳の頃から手首に枷をつけられて育つが、ある日を境に話すこともできなくなってしまう。学校教育を受けられず、母親が掃除婦として働く学校の図書室長の厚意で読み書きを教わり、本に親しむようになる。 学校に行かなくなってからは外部との接触を断たれ、勝手に歩き回らないよう家に閉じ込められて過ごすが、近々シリアを出国するという図書室長の招きで、二年ぶりに外出する。 母親と娘が乗ったバスは、市内にいくつも設置された検問所で止められ、なかなか前に進まない。数時間が経過した頃、ある検問所で悲劇が起こる…… 2013年にシリアで実際に起きた出来事を下敷きに、手記の形をとった異色の長篇小説。数多の制約の中で生きることを強いられる内戦下の不条理な現実を寓話的かつ超現実的に描く、『無の国の門』の作家の新境地。
みんなの感想まとめ
内戦下のシリアを舞台に、少女リーマーの視点から描かれる物語は、彼女の純粋な心の叫びと、抑圧された現実との対比を浮き彫りにしています。拘束された日々の中で、言葉を持たない彼女が見知らぬ「あなた」に宛てて...
感想・レビュー・書評
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シリアで実際に起きたことをベースにした小説、とのこと。
少女の視点でつづられた日常。少女の純粋さが痛々しかった。周りの人たちがいなくなっていくのが悲しい。
ニュースでは伝わらないリアルな空気感があった。 -
自らの意思を発話の形で表すことができず、歩くのをやめられない少女リーマーが、見知らぬあなたに宛てて書き綴る。2013年にシリアで実際に起きた出来事を下敷きに、手記の形で展開していく物語。
声をあげたい、外に出たいという願い。保護と抑圧。拘束を解くこと。自由と想像力。
才能や魅力が危険なものとして抑圧される。
毒ガスが撒かれた後の病院の描写が強く印象に残っている。
もしも、言葉にならない叫び声を聞いたときに、「化け物」だと、逃げてしまわないだろうかと、問われているようにも思えた。
訳者あとがきより
アラビア語では、「頭」と「大統領」が同語源である。
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「あなたの心を、あなたの目の前に置いて、スーパーボールみたいに投げてください!そうすれは、私の言っていることがわかるはず。」
彼女にとっての記憶のスーパーボウルは、わたしたちの掌のなかにすっぽりとおさまっています。ひとしきり回しながら眺め、そのなかの鏡の破片の煌めきを胸に刻んだら、それがどこまでも高く高く跳ねてゆくように、地面にたたきつけるのです。そしてそれがわたしの 星 となりました。その星が瞬き、あなたにしか創れない空の色のなかで、あなたは幸せそうに抱かれながら翔んでいました。
雨が降ってきました。幾つもの描かれたあなたの記憶の絵は、たいせつに、わたしの 星のひとつにおいてある箱にしまっておきます。
「なぜなら、私の精神の中に、たぶん私の皮膚の下にも、私の胸の中にも、長く黒い小路のようなものがあるに違いないから。人間はどうやって、こうした精神や皮膚や心などの意味を区別できるのかしら?精神と心と血、それらすべてが、私が周りのものから感じ取る意味を形成しているのに。」
「今、これが死なのだと思っていたあの数秒間のそとを考えています。徐々にやってくる眠気、頭の中で、はるか遠いところから出てきて、静かに昇り、それから私を空虚な深淵に横たえる、深く甘やかな感覚のことを。底なしなのにその深淵は甘やかで、まるで高い山の頂からふわりと落ちていくような、重力が手のひらみたいな何かになったような感じでした。」
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鱗のような連続性が薄紙のように清楚。拘束される身体の視線の先は灰色の土埃にまみれても、甦る色彩を捉え限界を透かす感性で溢れている。爆撃の内側にいる少女の現実は、苦悩の円の重なりを実感させ心震えた。天仰ぐ魂の書。
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「無の国の門」をすでに読んでいるが、こちらもずっしりと重い。街が封鎖されひっきりなしの爆撃で人がバタバタと死んでいく。足が勝手に動いて歩き続けてしまう奇病によって紐で繋がれ、コーランの詠唱以外口を閉ざす、主人公は女性の抑圧を象徴しているようだ。シリアではサリンなど毒ガスが使われたそうで、女性が肌を見せられないからとガスを浴びた服を脱がされず死んでいく。犬が死体の一部を咥えて走り去る。瓦礫の中に取り残されて水も食料もない。最後の描写も胸が詰まる。シリアの2013年には、2025年にはもちろんパレスチナで行われているイスラエルによる虐殺が重なってくる。その意味でも重要な本だった。
地獄のような戦争と死の世界でも、星の王子さまや不思議の国のアリスが読まれており少女の心を助ける。ふと「テヘランでロリータを読む」を思い出す。物語は普遍的であり、救いである。 -
巻末の「訳者あとがき」によれば、著者は1970年、シリア・ラタキア県生まれ。2011年以降、シリア・アサド政権に対する反体制運動に参加、『無の国の門』(原著2015、日本語訳2020)などの著作を刊行、女性と子どもの支援団体を設立するなどの活動を行ったが、2014年以降はシリア国内での活動とは距離を置いているという。
この物語は、2013年にシリアで実際に起こった出来事をベースとしているとのこと。ダマスカス郊外でアサド政権軍に包囲された中で、化学兵器の被害に遭った人々の苦しみが少女の眼を通して綴られていく。文学作品は、飛行機から見られる側、爆弾を落とされる側、銃口を向けられる側の人々の声と思いを書き出していくことができる。本作の場合は、精神的なハンディキャップのために他者と言葉でコミュニケーションができない少女が語り手に設定されることで、その問題意識がより前景化していると言ってよい。
地下室につながれ、汚物にまみれて放置されてしまっている、不衛生で垢まみれになった少女の中には、驚くほどの知性と想像力が躍動している。この小説の語りは、被害者や難民という名付けが往々にして個の尊厳とアイデンティティをはぎ取ってしまう言説の暴力を静かに読者に突きつけている。 -
シリア解放を機に読んでみたけれど言葉もない…
少しでも解放で良い方向へ進むことを願います。 -
2024-8-18(日)、サマル・ヤズベク著『歩き娘』を読み終えました。シリア出身の作家の本を読むのは初めて。7-27(土)日経書評欄で紹介されていました。何だろう?と一瞬考えてしまう『歩き娘』という題名と、書評の見出し「シリアの惨劇 刻まれる記憶」に心が動いて読んでみようと思ったのです。
副題には「シリア・2013年」とあります。この本は2013年8月にシリアで実際におきた惨劇をベースに、「私」が「あなた」に向けて書いている手記のスタイルをとっている物語。ページを開く前までは、調査報道かドキュメンタリー的な作品かなと勝手に考えていました。1ページ目を読み出して、小説であることを理解しました。
語り手である「私」は、歩き出したらとまらないいつも紐で繋がれている、舌の筋肉が動かない動かさない、十代の少女。「私をつかさどる精神は、頭ではなく下の足のほうにあるので・・・いつか私を歩きに歩かせてほしい・・・」と最初の方で語ります。何だろう?精神が下の足の方に?、紐で繋がれているのに『歩き娘』という題名とともにに、この言葉が頭の中をグルグル回ります。作品を読み進むにつれて益々不思議な感覚が増えてくる。首を傾げながら何度も戻って読み返してしまいます。柳谷あゆみさんの訳者あとがきを読んではじめて、あっそうなのか!と思ったのです。この小説の設定に隠されたメッセージ、抵抗のメッセージを知ることができました。
もちろん、アラブの春から現在に続くシリア内戦のことは、その悲惨な状況を新聞報道などて断片的に知ってはいました。でも、10年前の記憶は徐々に薄れつつあるし、最近は世界の他の問題がクローズアップされているし。正直なところ、シリア内戦のことは頭の片隅に移りつつあったのが現実です。
2013年8月の出来事の描写は強烈です。シリアの封鎖地への攻撃で、化学兵器・毒ガス爆弾が使用され多くの犠牲者が発生した惨劇です。オレンジ色と赤と黄色に変わった空。すみれ色に染まった風景。嫌な臭いの泡。オレンジ色の液体。青ずんだ体。「私の周りの色は暗くはありませんでした。死んでいるのに、光に照らされていたんです。」惨劇の記憶が語られる。胸に迫ります。私たちは忘れてはならない、記憶に刻まなければならないと強く感じました。
本書を読んで良かった。次は訳者あとがきで紹介されている『無の国の門』を読んでみようと思っています。
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