私たち異者は

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560097106

作品紹介・あらすじ

驚異の世界を緻密に描き、リアルを現出せしめる匠の技巧。表題作や「大気圏外空間からの侵入」ほか、さらに凄みを増した最新の7篇。

感想・レビュー・書評

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  • スティーヴン・ミルハウザーの短篇集。ほぼ中篇といっていい表題作を含む七篇所収。これまでのミルハウザーの物語世界と地続きでありながら、どこか新味を感じさせる作品が揃っている。どれも粒よりであることはいうまでもない。どこまでも手を抜かず精緻に組み上げた精巧な細工物のような世界は健在である。それでいて、造り物めいた手触りが控え目になり、より地に足がついたようで、古くからのファンは物足りなさを感じるかもしれない。

    舞台となるのは、アメリカ映画によく出てくる、堂々とした街路樹が陰を作り、道路から程よく距離を置いた瀟洒な家が芝生を前に建ち並ぶ郊外都市。都会に近く電車等で通勤可能でありながら、静かで落ち着いた環境に恵まれている。治安もよく、人々も親和的。これまで何度もミルハウザー作品の舞台となってきた町であるだけでなく、平均的なアメリカ人が夢見る暮らしができそうな町である。

    「平手打ち」はどこからともしれず突然現れた男が町ゆく人に平手打ちを食らわせ、そのまま姿を消す事件に見舞われたスモールタウンの話。シリアル・キラーならぬ、連続平手打ち犯(シリアル・スラッパー)はタン色のトレンチ・コートを着た男というだけで、被害者には犯人の心当たりがない。場所もちがえば相手も異なる複数の人間が被害に遭うことで、住民は疑心暗鬼に陥る。

    そんな目に遭う見当がつかないとはいうものの、誰にでも過去はある。胸に手を当てて考えれば、思い当たるふしもない訳ではない。しかし、被害者の数が増えるにつれ、個人的な怨恨説は消え、住民全員への嫉みや憾みではないか、と論調に変化が現れる。新しい被害者が出るたび、新しい論議を生む。命にかかわる危険ではないものの、訳の分からない事件に巻き込まれた町の人々の間に高まってゆく不安な空気感。外見に変化はないのに、事件を境にかつては平穏だった町が、不穏な変貌を遂げる、ざわざわする恐怖感が半端ではない。

    ミルハウザーの短篇が巧いのは、狙いを一つにしぼり、読者の眼をその一点からそらさないことである。「白い手袋」はまさにその好見本。仲のいい二人の高校生がいる。「僕」は学校の帰り、エミリーの家を訪ねては、彼女の家族と食事をし、スクラブルをして過ごしていた。ところが、ある日、エミリーは学校を休む。電話をしてもエミリーは出ない。それ以降、エミリーの左手はいつも白い手袋に被われている。

    「僕」は、その白い手袋が気になって仕方がない。好奇心が募り、ついには深夜、勝手知ったるエミリーの家を訪れ、彼女の手から手袋を外そうとまでする。どうにかしてそれは思いとどまるものの、二人の間には以前とは違って壁のようなものが立ちふさがる。白い手袋は、エミリーが明かそうとしない秘密となって、二人の間に立ちふさがる。果たして、白い手袋の下に隠されたエミリーの秘密とは。何の変哲もない白い手袋を効果的に使った古典的スリラー。

    モールの隣の広場に突然出現した<The Next Thing>と名乗る店はちょっと変わっていた。入口に大きなオフィスがあり、人が一人入っているブースがたくさんあって、通路が四方八方にのびている。店自体は地下にあった。初めは無視していた「私」だったが、次第に急拡大していく店舗にひきつけられてゆく。それは他の住民も同じで、高収入につられて社員となり、元の家を売り払い、地下にある最新設備つきの社員住宅に転居する。

    新しい生活が始まる。空調と照明のせいで地上の世界と変わらない地下の暮らしに次第に慣れてゆく。しかし、収入がよくなれば、仕事はそれにつれて増える。仕事がこなせないと職を追われ、今や住む場所のない地上に帰るしかない。ノルマに追われ、息つく暇もない地下の暮らしは、作家にすれば空想の産物なのだろうが、兎小屋に住む働き過ぎのエコノミック・アニマルと揶揄された当時の私たち日本人のそれを嫌でも思い起こさせる。地下に住む大勢の奴隷労働者が、地上に暮らす一握りの上級国民の暮らしを支えるディストピア。そのモデルは日本なのかもしれない。

    掉尾を飾る「私たち異者は」は、中篇と言っても通る長めの一篇。コネチカットに住む「私」は父の跡を継いだ五十二歳の医師。妻には去られ、再婚を考えていた矢先、軽い眩暈に襲われ、重い気分で寝床に入る。翌朝、私は「重みが胸からのみならず体じゅうから下りたような気」分で目を覚ます。そして、ベッドに寝ている自分を見つける。「私」は、その日を境に「異者」たちの仲間入りをした。

    ふつう怪談は、古い邸に棲みついた幽霊を、そこに住む生者が見るものだ。「私たち異者は」は、それをひっくり返し、幽霊となってしまった「異者」の眼から、この世界を描いてみせる。死んだら自分はどうなるのだろう、というのは洋の東西を問わない問いなのだろう。医師という科学的な考え方をする人種だからか、キリスト教徒の国であるアメリカにあって、この「私」はかなり異端ではないだろうか。

    しかし、ほとんど信仰というものを持たない、われわれ日本人にはなんだか馴染みのある死後の世界である。一人の独身女性の家に居ついた「私」と、どうやら「私」の存在に気づいたらしい、その女性と、その家を訪れた姪との間に繰り広げられる何とも奇妙な三角関係。幽霊の眼で見た死後の世界、という斬新なアイデアが光る、ちょっとユーモラスな異色怪談である。死後の世界をどう受け留めればいいのか、妙に気になる一篇。他に、ごく短いショート・ショート風の「刻一刻」、「大気圏空間からの侵入」、「書物の民」の三篇を含む。

  • 物事も心理も、少し疲れるほど丁寧に描写されていて、延々ナレーション入りの映画を観ているような感覚。
    スピード感は七篇それぞれコントロールされているよう。

    「平手打ち」「The Next Thing」「刻一刻」:誰もが日々ぼんやり考えうる、感じうるだろうことが、巧みに言語化されていて参る。
    アンチSFふう「大気圏外空間からの侵入」は、でもとても怖いと思った。

  • 日常生活の少しの違和感から始まる物語。
    あってもおかしくないような世界線。
    ミルハウザーは初めてだったので、これからもっと読んでいきたい。

  • どれも粒の揃った佳作でその世界観はやはり魅力的。72

  • 七つの短篇。
    何気ない日常の小さな違和感が落ち着かない気持ちにさせられる。

  • なんかどうも向き合うのが困難な作者である。一つはこの方が非常に人気のある人でめったなことを言いづらい。自分が手にした作品の中では、取り扱う題材がありふれた物が多く、取っつき安かった。最初の三編が好きだ。特に短い「刻一刻」が奇妙でいて恐ろしく訳が解らず、非常に揺さぶられた。何度か読んでもわからず、他の書評を読み、なんてことない、物凄く楽しい日の高揚、そしてその終焉の表現だったらしく、それを表現するのに、この文章なのか、凄まじい。ここまで文章で世界を拡大させることが可能なのか、と、驚嘆したのは事実だが。

  • 満足、そして満腹の1冊。
    『平手打ち』は平手打ち版の『鳥』という感じだが、「平手打ち学」みたいな項もあって、「ソラリス学」みたいで楽しい。

    『白い手袋』は萌え系ヘンリー・ジェイムズ。
    全体に、ジェイムズ的なものを感じ取った。
    潔癖症的な感覚から発する、全部を知り得ない事への、異者への恐怖。
    細密描写とは世界を取りこぼさずに観察し表現したいという欲な訳で。ジェイムズの場合は情景ではなく心理の細密だが。
    「どの情景にも私には捉えられない秘密が含まれているように思えた。もしその秘密を捉えることができたら、私はこの宇宙を理解するだろう。」という世界観。

    情景に秘密があるというのは心理に秘密があるという所より一歩進化しているのかも。つまり作為や自意識といった個別性を超えた、統合された「場」に時間は存在しているという認識があるのだと思う。場を読みきれない、場を掴み損ねる事の悲劇性。

    どれも見事な傑作だが『白い手袋』とタイトル作が圧倒的。
    どれも他者との関係とは互いの境界を侵しながら壊しながら築いて行くものだという認識と、そのリスク(侵す・侵される両面に於いて)への恐怖と失敗を非常に象徴的に繊細に表している。
    そういう意味で出来事や設定も奇異というよりも寧ろリアル。

  • 20191230読了
    この作者の話は、ありそうでありえない幻想的な話などが多いのですが、今回は若干幻想性が少なめの短編集

    最初の『平手打ち』はある日いきなり駐車場で見知らぬ人に平手打ちされ、犯人はあっという間に立ち去る。その後も色々な人、若い女の子などに平手打ちはされ、誰にも恨みは決して抱かれるはずのない善良な女性まで、それも部屋の中で平手打ちされる。
    トレンチコートを着た男 しかわからない犯人はその後も捕まらず、ある日警察にコートが届き平手打ちはなくなる。
    平手打ちされた人の何故か優越感、なんとなく街を取り巻く恐怖感だけがしばらく残り少しずつ収束。

    『白い手袋』高校生の主人公の彼女はいつも手袋をしている。何度も会っている間に彼はだんだん彼女よりその手袋の中の方に興味が湧く。
    そのために病院に行ったりしているらしいが、何かは不明。ある日彼女がそれを見せてくれると、その中の手は…
    二人の関係はよくあるような高校生の静かな話なのだが、この手袋の中は、もしかしたらあるのかもしれないがありえなさそうな話。
    『大気圏外空間からの侵入』
    自分たちの地域に宇宙からの物体が近づいてくる。人々は屋内に留まりニュースを見てその時を待つ。夏の青空の中で硬貨大の金色のものが無数に降る。花粉のような金色の埃のような。それが降り続け街中は黄色になる。検査しても毒性のない物質。
    街の人たちはなにかもっと他の事を待っていた。こんな黄色い雪のようなものではなく。
    ただこのものは光合成により分裂を繰り返しあっという間に増殖する。しまいに部屋の中まで黄色い花粉のようなものに被われ…だがその光景は黄色くのどかな光景に見える。
    という話。
    これが一番好きかも。ありえなくほんわかしている。
    標題の『私たち異者は』
    毎日ハードで疲れていた私はある明け方目覚めると軽くて薄っぺらいものになっている。ベッドにいる自分を見ている。怖くなって逃げた私はある家の屋根裏に潜み、ある日からそこに一人で住む女性と交流し始める。そこに彼女の姪がやってきて私である異者(亡霊)が見える彼女と感じるが見えない姪との関係から…
    という話。これが一番長い話でした。
    ミルハウザー全体としては、『バーナム博物館』や『マーティン・ドレスラーの夢』の方が良かったかな。

  • 3.82/219
    内容(「BOOK」データベースより)
    『通りすがりの男がいきなり平手打ちを食わせてくる事件が続発する「平手打ち」。いつのまにか町に現われ、急速に拡大していく大型店舗をめぐる「The Next Thing」。空から謎の物体が到来する「大気圏外空間からの侵入」。“異者”となった私と二人の女性との奇妙な交流を描く表題作など、精緻な筆が冴えわたる味わい深い7篇。』

    目次
    平手打ち/闇と未知の物語集、第十四巻「白い手袋」/刻一刻/大気圏外空間からの侵入/書物の民/The Next Thing/私たち異者は


    原書名:『We others : new and selected stories』
    著者:スティーヴン・ミルハウザー (Steven Millhauser)
    訳者:柴田 元幸
    出版社 ‏: ‎白水社
    単行本 ‏: ‎244ページ

  • まるで映像を見ているみたいでした。

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著者プロフィール

1943年、ニューヨーク生まれ。アメリカの作家。1972年『エドウィン・マルハウス』でデビュー。『マーティン・ドレスラーの夢』で1996年ピュリツァー賞を受賞。『私たち異者は』で2012年、優れた短篇集に与えられるThe Story Prizeを受賞。邦訳に『イン・ザ・ペニー・アーケード』『バーナム博物館』『三つの小さな王国』『ナイフ投げ師』(1998年、表題作でO・ヘンリー賞を受賞)(以上、白水Uブックス)、『ある夢想者の肖像』『魔法の夜』『木に登る王』『十三の物語』『私たち異者は』『ホーム・ラン』(以上、白水社)、『エドウィン・マルハウス』(河出文庫)がある。ほかにFrom the Realm of Morpheusがある。

「2021年 『夜の声』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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