イルカの家

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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784566020955

感想・レビュー・書評

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  •  このお話は、16世紀、大航海時代のイギリスのお話です。
     主人公の十歳の少女タムシンは孤児となり、故郷の港町、ピディフォドを離れ、ロンドンのギディアンおじさんの家に引き取られました。
     ギディアンおじさんは刀鍛冶と鎧職人の親方であり、ロンドンのテムズ川沿いの商家や工房が並ぶ通りにありました。なぜ「イルカの家」というか。それはこの家が当時のロンドンに多い、切妻屋根の三階建で一階より二階が少しせり出し、そのせり出した部分の「持ち送り」の部分にきれいな青い色のイルカの彫刻が施してあったからです。ヘンリー八世の時代、人々は輝くような色を好み、それぞれの家に凝った彫刻をして、きれいな彩色をしていたそうです。
     当時のロンドンの工房の様子。買い物に行くとき通りが臭いから、いつもハーブの束を握りしめていく様子。年に一度くらい、テムズ川を舟で上り、家族でピクニックに行く様子。五月祭りで若い徒弟たちが、お約束のケンカをして名誉の傷をこしらえて、誇らしげに叱られる様子。王様の船がテムズ川を下ってきたら、喜んで家の裏の土手を上り、王様を見つけて「万歳」と叫ぶ様子。ハロウィンに暖炉の周りに集って、お母さんから妖精伝説のお話を聞かせてもらうこと。特別な時には「ダマスク織りの」服を着ること。クリスマス前には家族がそれぞれのプレゼントを内緒で用意して(手作りが多いが見てみぬふりをする)隠しておくこと。当時の素敵な習慣にこちらの目がキラキラする。
     作者のローズマリー・サトクリフさんは歴史小説の大家であられたらしく、イギリス史の堅牢な知識がこの児童書にリアリティを持たせ、味わい深いものにしていると感じられる。
     一番素敵なのは、タムシンと従兄妹のピアズが船への夢を通じて心を通わせることだ。故郷のピディフォドで交易商人マーティンおじさんの船に乗るのことが夢であったタムシンと本当は船乗りになりたいが、諦めて父親の徒弟になっているピアズが屋根裏部屋で蝋燭の灯りの中、秘密の「新世界の地図」を広げて、いつか二人の「イルカと冒険の喜び号」に乗って大航海する空想を広げているのだ。
     この時代から500年たち、飛行機が出来、ロケットが出来、人工衛星が出来、通信網が出来、もうどこへも行かなくても世界のことが瞬時に分かるようになってしまった。
     どこへも行かなくてもいいけれど、この時代のこのイルカの家に行ってみたい。タムシンたちが夢見た“新世界”と同じくらい夢があるよね。絶対叶わないけれど。

  • 再読。舞台は16世紀大航海時代のロンドンの一角。9歳の小さな女の子が主人公。芯のあるストーリー。とりわけ街の空気感や音、色の表現、郊外の野草、それらに触れた時の心の描写が素晴らしい!

  • まず読んでいる途中で、「えっ、こういう展開なんだ」と感じた、物語の内容が意外で・・てっきり、主人公の「タムシン」が、憧れの船に乗り込んで、大航海時代に乗り出す冒険活劇かと、予想していたのですが。

    しかし、その意外な展開が、一見素朴な日常生活の光景を描いているようでありながら、その日常に溢れているものの素晴らしいことといったら!

    約9ヶ月間のロンドンでの、ギディアンおじさんの家族とともに過ごした、タムシンの日々の生活とイベントの数々は、ひとつひとつが、新たな瑞々しい発見の連続となっていて、そこに新鮮な驚きと面白さを感じられるかどうかが、本書を楽しむ鍵のような気もして・・私は好きでした。暖炉を囲む温かいひと時や、キットのお城での「信じる魔法」の世界、町の様々な建物や船のこと細かい描写に、自然の風景、動植物たち、全てが言葉を読んでいるだけなのに、目の前に浮かんでくるような、わくわく感に満ちているのは、何故なのでしょう?

    特に、草花の名前だけで、いくつ出てくるのだろうといった、サトクリフの目線はすごいなと思い、「魔法使いのおばあさん」のある一頁だけで、ルリヂサ、マージョラム、ジギタリス、ニガヨモギ、メリロット、ローズオブザサン、セイヨウヤマハッカ、ベルガモット、エラカンペイン、カモミール、マリーゴールド、ヒメウイキョウ・・実はまだあるのですが、これを読んでいるだけで、花の形を知らなくても、私はとても楽しい気分になります。

    つまり、楽しめるかどうかというのは、こういう事なのだと思っており、私だったら、普段気付くことができないであろう、自分の周りに何があるのかを、ひとつひとつじっくりと愛おしげに眺めている、サトクリフの姿を想像させられ、訳者あとがきにもあるように、病気のため不自由な生活をしていた彼女自身の憧れであるようにも、思われました。

    最後に、私の好きな場面を少し。
    こうした、素朴でささやかなものなんだけれど、何度でも読みたくなる魅力というものを、文章に感じさせられます。


    『タムシンは、そうっと指の先で芽にさわってみました。花の形は、杯のようなのでしょうか、それとも星の形か、鈴のような花なのでしょうか。青い花か、黄色か、それともまっ赤でしょうか。そう考えていると、少しは気が晴れます。元気そうな、かわいらしい芽で、タムシンはこの芽が大好きでした』

    • たださん
      Macomi55さん

      こんばんは。

      そうですよね。私もMacomi55さんのレビューは既に拝見していまして、その当時の「イルカの家」に行...
      Macomi55さん

      こんばんは。

      そうですよね。私もMacomi55さんのレビューは既に拝見していまして、その当時の「イルカの家」に行ってみたいお気持ち、よく分かるような気がしました。

      なんでしょう。イベントもそうですし、家族で何をするにしても、そのひとつひとつに対する取り組み方の真剣さといいますか、無理してない心を込めた楽しみ方が、読んでいる私まで巻きこんでくれる感じといいますか。何かを楽しむのに、お金は必要ないのですね。

      そういえば「毛虫」でしたね(^_^;)
      ちびちゃんへの木の馬とは対照的な感じもしましたが、タムシンの感性が好きな私にとっては、おそらく蝶のそれだと、思いたいのですがね。
      三男は、「ほとんどふたご」の、ジャイルズですね。

      でも、毛虫だけではない、様々な動植物を思い遣るタムシンの心には、気高い美しさを感じさせられて、感動すら覚えそうになります。

      私の感想で書いたあの場面も、本当に優しい子だなあと思って・・『元気そうな、かわいらしい芽で』に、なぜか泣きそうになりました。
      2022/07/01
    • Macomi55さん
      たださん
      なるほど、毛虫は蝶になるのですね。さすがたださん。
      このお話には悪い人は一人も出てきませんが、だからといって能天気なのではなく、両...
      たださん
      なるほど、毛虫は蝶になるのですね。さすがたださん。
      このお話には悪い人は一人も出てきませんが、だからといって能天気なのではなく、両親を亡くし、親戚の家に一人預けられたタムシンは孤独を抱えているし、“イルカ家”の人達も亡くなったと思われていた長男のことを忘れず、それでもみんな明るく楽しく過ごせることを考えていたのが素敵でした。
      夜は蠟燭が無ければ過ごせない、まだ暗い世界。それに、世界は今でいう宇宙のように広くて未知。顔も知らないたださんとSNSですぐ繋がる現在もいいですが、手紙でさえ、“ついで”のある知人に届けてもらわねぱ届かない、16世紀。“夢”があるという点ではタムシンの時代のほうが勝っていますね。
      2022/07/02
    • たださん
      Macomi55さん

      そうでした。思い出しましたよ。手紙を持ってきてくれた船員さんは、たまたま我が家へ帰る途中に立ち寄ってくれて、それに対...
      Macomi55さん

      そうでした。思い出しましたよ。手紙を持ってきてくれた船員さんは、たまたま我が家へ帰る途中に立ち寄ってくれて、それに対する、デボラおばさんのおもてなしは、温かいものを感じましたし、タムシンは、知らなかった未知の世界や、その冒険譚を、船員さんから聞くことができて(彼女は彼女なりのやり方で、孤独と向き合っていますよね)・・・人と人の繫がりが貴重な時代だからこそ、そういった時間を大切にするのかもしれませんね。

      そして、知らないことがたくさんあった、16世紀の世界において、人の話だけで知ることに夢があると、改めて感じられたのは、Macomi55さんのコメントを読んだからです。素晴らしく、素敵な想いですね。

      また、物語には、過去の時代へ想いを馳せることができる喜びがあることを、Macomi55さんが教えてくれた気がしまして・・そういった、想いを馳せるだけの時間を持つのも、いいですね。今度、やってみます。
      2022/07/02
  • 1530年頃のイギリスに生きる少女の一年間を丁寧に綴りあげた作品。一見、サトクリフらしからぬ作品に見えるが、サトクリフらしさに貫かれた作品である。

    サトクリフの歴史児童文学といえば、ローマン・ブリテン四部作のような戦いや冒険の物語を連想する。この作品ではそういった要素はきわめて薄い。

    もうすぐ9歳になるタムシンは祖母と死別し、武具職人のおじにひきとられてデヴォン州からロンドンに移り住む。
    思いやりとやさしさに包まれながらも、タムシンは孤独だった。そんなタムシンの心に寄り添うのは、14歳のいとこピアズだった。穏やかでまじめなピアスは、船乗りになって海のかなたに向かうことを切望しているのだが、家業を継ぐべき立場にあることを自覚し、その夢を表には出さないようにしている。
    ふたりが静かに心を寄せ合っていく過程はとても美しい。

    また、16世紀ロンドンの日常が鮮明に描き出される。市場の喧騒や郊外の自然の美しさが、町の悪臭や花々の彩りとともに、いきいきと再現されている。

    3月に始まりクリスマスに終わるこの作品は、5月1日(メイデイ)や夏至、ハロウィンといった季節のイベントを軸として展開されている。
    こういった祭事は古い時代の信仰と結びついたものでもある。そのためか、あくまで日常を描いた作品であるのだが、どこか深いところに「魔法」の気配が漂っている。

    この作品の描き出す世界はあくまでもやさしい。悪意を抱いた人間は出てこない。それでも、人々は孤独とかなしみを抱えている。
    そして物語の中心を貫いているのは想像力と憧れなのだ。

  • 孤児の少女タムシンは、船乗りになりたいという夢と、気のいい親戚の中で暮らしてもどうしても拭うことができない孤独感を抱えて日々を暮らしている。
    物語の舞台はチューダー朝のロンドンで、質素だけど賑やかな鍛冶屋の家族の生活、わくわくするような造船所の雰囲気、自然あふれる郊外の解放感とか、
    読んでいるうちにその世界にすっぽり入りこんでしまいました。
    特に大きな事件があるわけでもなく、日々の暮らしを丁寧に描いているストーリーはとてもあたたかくて、読んでいて幸せな気持ちになりました。

    同じくサトクリフが書いたウォルター・ローリーの物語にも共通する「海に出る憧れ」に共感する、大好きな物語です。

  • サトクリフの作品としては珍しく、大きな歴史的な出来事ではなく、市井の人々(子どもたち)の物語。自伝的な要素があるとのことだったが、なるほど、と思う。
    読みやすいが、その分、ドラマ的な要素は少なかったかも。

  • 童話だった
    時代は凄いけど、お話は十分伝わるねえ
    悪い人がいないって!!

  • 16世紀、大航路時代のイギリス。孤児になった9才の少女タムシンはロンドンのおじさんの家(イルカの家)にひきとられる。家族はみな温かい人たちで、タムシンも次第にイルカの家に馴染んでいくが、海と船への憧れを共有できたのは、一番年上の14才のピアズ少年だった。あたたかく幸せな気持ちになれる物語。
    【姫路市立城内図書館】

  • ずい分前に読んで、タイトルを聞いてもその内容を思い出せなかったのに、本をてに取ってページを開いたとたん、中身が鮮やかに蘇って来ました。数年前に皆で行ったロンドンの町、ゆったりと流れていたテムズ河を懐かしみました。またいつか行けるといいなぁ・・

  • サトクリフらしからぬ作品で意外でした。でも楽しめました。

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著者プロフィール

イギリスの児童文学者、小説家。幼いときの病がもとで歩行が不自由になる。自らの運命と向きあいながら、数多くの作品を書いた。『第九軍団のワシ』、『銀の枝』、『ともしびをかかげて』(59年カーネギー賞受賞)(以上、岩波書店)のローマン・ブリテン三部作で、歴史小説家としての地位を確立。数多くの長編、ラジオの脚本、イギリスの伝説の再話、自伝などがある。

「2020年 『夜明けの風[新版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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