戦争と万博

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  • 美術出版社
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本棚登録 : 85
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784568201741

作品紹介・あらすじ

戦前に計画された紀元二六〇〇年博と1970年の大阪万博EXPO'70を結ぶ、都市計画家、建築家、そして前衛芸術家たちの、終わりなき「未来」への夢の連鎖のなかに「環境」の起源をたどるタイムトラベル的異色長編評論。

感想・レビュー・書評

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  • 万博は国家プロジェクトとしては戦争と同じだったという磯崎新の言葉。大阪万博の凄まじさは愛知万博しか記憶にない自分の世代では想像を絶する。

    ”環境”という言葉が当時出てきた新しい言葉で、今とは異なる概念だったことは初めて知った。”未来”も”環境”もこの30年ですっかりその概念を変えた。

    2005年の本であるが、3.11後、日本国が震災を経験し放射能の脅威にさらされている今、おそらく著者の意図しなかった部分での感じられ方があると思う。

    [more]<blockquote>P034 おそらく浅田(孝)にとって「環境」とは「滅亡」と表裏一体の概念なのだ。言いかえればそれは、人類が賭けるべき最終理念なのであって、ひとはもし、「建築」が無効となった「原爆以後」の「環境」を自らの手で切り開くことができなければ、自身の作り出した文明の過剰によって滅ぶことになるだろう。環境か、さもなくば死を、と。

    P133 「日本の風土においては、これだけの規模のプロジェクトは、戦争を除いてなかった」と語る磯崎は、ここで、自らをかつての十五年戦争の戦犯であるかのように書いている。【中略】
    最新のテクノロジーは、それが実現されるそばから廃墟になっていく、と語っている。

    P145 けれども、焼け跡は何度でも回帰する。戦火によって焼かれる側から戦火によって焼きつくす側に立っていた磯崎が、開会式を前に、ホテルのベッドから起き上がれぬまま聞いた万博の開会式での天皇の発声は、その意味で磯崎にとって二度目の玉音放送ではなかったか。

    P149 元来が帝国主義に端を発する万国博覧会は、「万国」と名乗りながらも、そこで「万国」はけっして平等ではありえない。むしろ、欧米列強と植民地との支配/被支配の関係を覆い隠すためにこそ、「万国」という言葉が使われたといったほうが正確だろう。

    P212 戦車を格納するための壕といい炭鉱での採掘といい、かくも戦争には『穴掘り』が付きまとう。

    P234 日本のダダが変質したのは、結果的には震災という、戦争とは別のかたちの壊滅を経験してのことである。【中略】西洋のダダが深く絶望したのは、どんなに理想を唱えても結局は戦争に帰着せざるをえない近代的人間像であった。これに対し、日本のダダに内実をもたらしたのは、いわば一種の「自然」であった。その後の和製ダダが、禅や野ざらし思想と結びついて、定住を拒否した、ある種の芭蕉的彷徨へと結びついていったことは、西洋のダダとの大きな違いである。

    P277 曲がりくねったら、それは芸術だ
    P284 「クリナメン」とは、世界を構成する最小単位である原子が生まれながらに孕んでいる性質で、空間を下方に向かって落下するときに、あらかじめ予測できない形で起動を微妙に曲げると言うのである。そして、もしこの性質がなかったとしたら、個々の原子は直線上を落下するばかりで、自然界に満ちている創発的な多様性は、決して生み出されなかったであろうというのである。


    </blockquote>

  • 戦争と万博の関係性から、戦後の日本の美術界の動向を見た本。非常に興味深い内容だった。万博の見方が変わった。

  • 「人類の進歩と調和」をスローガンに、当時の建築家・美術家をはじめとする前衛芸術家たちが作り上げた未来像とは何だったのか。未曾有の国家イベントだった70年大阪万博を、モノ派、実験工房、メタボリズム、ダダイズムなどアート史の側面からとらえなおす。もっと政治的な内幕話を期待していたのだったんだけど、現代美術に疎い私でもそれなりに面白かった。そっちに興味がある人ならもっと面白かったんでしょうね。

  • この本も、愛知万博の頃に読んだ。あの頃、新聞などで、よくこの本が読書欄でとりあげられていたので、興味がでた。読みごたえがあった。戦争をはさんで、この日本の国の変わった所、変わらなかった所、など考えるきっかけになった。

  • 買った本。
    芸術面から、戦争と万博の共通面を指摘。芸術についてもそれを取り巻く社会についての考察がなされている。
    何度か読まないとわからなそう。

  • これは面白いです。「日本・現代・美術」で「サワラギノイ難しくって意味わかんないよ〜」となってしまったわたしでも、すらすら読めました。言い方が悪いですが、まるでミステリー小説のような構成の本。次々に打ち出される事実がどんどん結ばれていって収束し、ひとつの結論に向かっていく構成はお見事!もう、してやられました。
    実験工房を万博芸術=国策芸術(≒戦争芸術)においての先導者として位置づけた三章が特に面白かった。

  • 細井が話してくれた「ニュージーランド館」の話が絶品。もう一度聞きたい。

  • 男の子の本だと思った。
    身体が何処にもない。
    道を曲げる岡本太朗と裸で走るダダカンの話はおもしろかった。原水爆の実験がなんで世間で問題にならないのか、てんでわからない。ほんとにまったく。そのうちガミラス星人がやってきても不思議ではない。

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著者プロフィール

美術批評家。1962年秩父生まれ。
著書に『日本・現代・美術』(新潮社、1998年)、『「爆心地」の芸術』(晶文社、2002年)、『黒い太陽と赤いカニ─岡本太郎の日本』(中央公論新社、2003年)、『戦争と万博』(美術出版社、2005年)、『なんにもないところから芸術がはじまる』(新潮社、2007年)、『反アート入門』(幻冬舎、2010年)、『新版平坦な戦場でぼくらが生き延びること岡崎京子論』(イースト・プレス、2012年)、『アウトサイダー・アート入門』(幻冬舎、2015年)ほか多数。
2015年、『後美術論』(美術出版社)で「第25回吉田秀和賞」を受賞。現在、多摩美術大学教授。


「2017年 『震美術論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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