自分に気づく心理学 幸せになれる人・なれない人 (PHP文庫 )

  • PHP研究所 (2000年5月3日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784569574004

作品紹介・あらすじ

他人の眼が気になってしかたがない。つい心にもないお世辞を言って後悔する。弱音を吐くことに罪悪感を感じる……あなたを苦しめる感情の「正体」は、心の奥底に抑圧された“依存症”だった。▼本書は、現代人の心の深部のゆがみを、幼少期の親子関係までさかのぼって解明し、自然な感情のままに生きることの大切さを説き明かす心の手引書。▼幼い頃に家庭内の温かな心のふれあいがなかった人は、自分を抑えて周囲の期待に沿わなければ愛情を得られないと思い込んでいると著者は言う。そこで「尽くすことでしか相手と関係を維持できないのは、人から尽くされたいという激しい欲求」「外面のいい人は些細なことで不機嫌になるのは、甘えの欲求を素直に表現できない苛立ち」など、自分の中で満たされなかったものの本質に気づき、偽りの生き方をやめるヒントを具体例と共に紹介。▼五月病にも効果てきめん! 悩み多きすべての人に贈るベストセラー、待望の文庫化。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

心の深層に迫り、自分自身を理解する手助けをする本。著者は、他人の期待に応えようとするあまり、自分の本心を抑えてしまう現代人の心理を解き明かします。特に、幼少期の親子関係がどのように影響を与えるのかを具...

感想・レビュー・書評

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  • 色々な意味で心が掻き回された本。読み終わってすぐに口コミが書けなかった。それだけ心に刺さったということだと思う。筆者の考えには共感できるものもあれば違和感を覚えるのもあった。
    人の悩みや苦しみは甘えの抑圧の結果であるという考えは生きていく上で参考になった。また、本心や自分の悪い部分を隠して良い人として振る舞っても、他人とは浅い関係にしかなれないというのも深く刺さった。
    一方、成熟した親は子の気持ちが常に分かるもので、常に子どもの希望を叶えようとするものであるというようなことが書いてあったけど、ここは疑問を覚えた。それは少し親の存在を理想化し過ぎてないか?と。もしかしたら筆者の幼少期の満たされなさが親に対する幻想につながっているのでは?とも思った。
    いずれにせよ、この筆者の他の本をまた次も読んでみたいと思った。(心がある程度健康的な状態じゃないと読んでてしんどくなることもあるけれど。)

  • いつの頃からか素直な気持ちを殺して心と頭がバラバラになる。口から出る言葉はどれとも違ったもの。

    そんな深層心理がなぜ起こるのかを紐解く加藤諦三先生の著者。
    目を背けたくなるような現実、不思議な感覚がなんで起こるのか、淡々と諭すような本でした。

    子供の頃には戻れないとしても自分の根底を知ることでコントロールできるものを一つ二つ見つけて足掛かりにしたい。

  • タイトル自分に気づく心理学。その通りに色んな自分を知ることが出来る本。色んな事例を元に思いや感じ方、心理について考えさせられる事が沢山掲載されてあった。最終的にはどれだけ自分に優しく出来るかが鍵だともあり納得した。

  • 読みやすくデザインされた絵図が多い自己啓発本よりもこっちをおすすめしたいです。読みづらいところはあるけど、表面的なところで終わってない。少なくとも私は、この本に人生を変えられてしまった気がしました。

  • 甘えることはみっともないことと、生真面目な人は思っている。甘えの欲求が激しいにもかかわらず、甘えを自らに禁じて生真面目に振舞っている人間には、人間としての魅力が無いのである。

    相手が常に自分の期待通り動くということを求めているのが甘えである。
    日常生活で単純な事実を言うと、それを自分に対する攻撃と受け取る人は多い。単純な事実に触れること、あるいは単純な希望を述べること、それらのことがその人には文句と感じられる。

    人は自分の自然の感情で生きることができれば、そう心の空虚さに苦しむこともないであろう。自然の感情で生きられず、作られた感情で生きるから、生きていることに意味を感じられなくなるのである。自分がどこで自然の感情を見失ってしまったか、反省してみることである。あなたは自分の自然な感情に罪悪感を持っている。だからつくられた感情を脱することができないのである。いろいろな領域で次々に何かを達成することで生きようとするよりも、自分の自然の感情と、何とか接触しようと心がけることであろう。

    私は白昼夢によって自分の満たされない甘えの欲求を間接的に満たしているのだ、ということを理解した。私の心の底にある満たされない愛情欲求が、私をあのような白昼夢にひたらせているのだと分かってから、白昼夢に浸ることもなくなった。食欲や性欲がどうしようもなく肉体にあるように、心理的にはどうしようもなく甘えの欲求がある。

    そこにいるがゆえに不満なのではなく、その人の心の中に問題があるがゆえに、どこにいたとしても不満になっている人はほっておくほうがよいと書いたが、困ったことに気持ちのうえではほっておけないというのが幼児性を残した大人である。自分の気持ちがそのようにして近くの他人に絡んでいってしまう人は、まず自らの幼児性を反省することである。自分の気持ちが相手に絡んでいってしまうことを思いやりというような言葉で正当化していると、いつになっても思いやりのある人間にはなれない。思いやりを持つためにはまず相手を理解しなければならないであろう。しかし自分の気持ちが相手に絡んでいくときは、決して相手を理解しようというのではなく、自分の思うように相手の気持ちを支配しようということにしか過ぎない。

    怒ったら罰せられる、この感じ方によって生きることが地獄になってしまった神経症の人のなんと多いことか。

    心に葛藤のある人は他人の心を理解できないということは大切な点である。心の葛藤のない素直な人は、他人の心を理解できるということでもある。他人の心を理解できるということが心の健康な証拠でもある。

    他人があなたを好きになった時、あなたは欠点まで好きになったということではない。その他人にとって好きなあなたの嫌いな点にしかすぎない。

    自分が心の底で自分に満足していないということに気がつき、自分が自分に満足できるようになれば、他人もまた欠点のある自分に満足しているということが自然と感じられるようになる。

    たとえば子供をきれいな景色を見せにどこかへ連れて行ってあげる。これは子供に表現された直接の愛である。しかしこのとき子供は別にきれいな景色を見に行きたくないかもしれない。いや行きたくないというより、おもちゃで遊んでいたいかもしれないし、友達とピンポンをしていたいのかもしれない。そんな子供の心を無視して、連れて行ってやることもできる。そして自分は子供のことを考えてやる良い親だと思うこともできる。しかし、例えば子供が欲しがっているノートがあったとする。そのノートはなかなか普通の文房具店ではみつからない。もうメーカーで生産をやめてしまっている。でもたまたま子供がそれを欲しがっている。その時、そのノートをさがすことに、陰でどれだけ努力をするかということが間接的な愛の表現である。あそこの店にいったらあるかもしれない。もしかしたらあの人に聞いたらどこにあるかわかるかもしれない等、いろいろさがすことである
    それを忙しい中でも忘れないということが間接的な愛情表現である。

    他人に対する自分の態度、他人に対する自分の感じ方、自分に対する自分の感じ方を変えることができてはじめて、心理的離乳は完成したといえるのではなかろうか。そうなって初めて本当の自分になれたと言える。

    いつも自分を守ることを考えていないと不安になってしまうので、ついつい防衛的になってしまうが、他人のことを考えれば、他人がそれほど自分にとって脅威にはなっていないことがよく分かるであろう。他人を自分にとって脅威にしてしまうのは、ほかならぬ自分の防衛的な心の姿勢なのである。他人に対する思いやりができてくれば、他人はそれほど自分を傷つけはしないし、他人は自分を傷つけるだけの力を持っていないということもわかってくる。他人は他人でしかないのである。他人に心を開くと、そのことが分かってくる。他人の行為を感じることができるというのは要求ではない。他人が他人の自発性において自分に好意を持っているということが感じられるということである。

    心理的に成長するには好意が必要なのに、好意の必要な人が、他人の好意を感じることが難しいのである。心理的に成長した人は他人の好意を感じることができる。それだけにある人々にとっては大変難しい心理的成長が、別の人々にとっては気付かないうちに達成できてしまう事なのである。
    愛情欲求が満たされていれば、他人から良く思ってもらうなどということはそれほど重要なことではない。よく思ってもらえればもらえたで、それはありがとうということであって、それ以上の価値は自分にはない。

    まず自分を大切にすることを心掛けることである。自分を大切にするということは、自分にやさしくするということである。自分が自分に対してやさしい母親のようになることである。自分が自分の理解者であり、自分の保護者になろうとすることである。決して自分に対して批判的になってはいけない。

    他人の期待にこたえられないのが怖くてあなたは勤勉に頑張っている。それが何よりもあなたが愛情欲求不満である証拠だ。愛情欲求不満でない人も、他人の期待に応えようと勤勉に頑張る時がある。しかしそれは期待に応えられないことが怖いからではない。それはあくまで他人への愛情である。

    情緒的に成熟した人は、ある人が自分に優しくするという行動をとった時それを許す(ここ一番重要!)

    救ってくれと叫んでいる者は、どう生きてよいかわからないのである。「これ」で生きていけるという何かを求めているのである。心の満たされた者にとっては、「これ」で生きていけるというような「これ」を必要とはしない。

    この本を読んで、自分の何が満たされていなかったのかということに気付いてくれればそれは十分である。

  • 人間の心の働きについてより深い理解を得ることができた。自分を大切にすることを十分に意識していた。だが、自分を守ることに対する心の砦が不十分で傷つけられるたびに心深く歪みを感じていた。
    そんな中、この本に出会い、"自分が自分に対して優しい母親のようになる事"という言葉に、何か自分の中に小さな光るものを感じた。
    わかっていたようで分かっていなかったと思う。
    "自分が何を求めているか"を考えたときに、一番に頭に思い浮かぶ言葉は、信頼、安心感、力(権力)、メンターだと思った。

    自分のことを今まで以上に大切に、そして自分が自分で私のことを傷つける人間から守っていきたいと思った。
    また、自分に優しい人を自分の周りに置いておきたい。自分に優しい人と言うのは、自分に対して甘い人と言うことではなく、自分自身のことを大切にできる。故に、相手に対しても優しくあれる人という意味。

    この本を読んで、1番の驚きと思ったのは、"他人が自分のためにならない時、他人を責めながら、自分が自分でないような不確かさを感じる"と言う言葉。
    そのような時、心の中を占めているのは、私自身ではなく、支配的な私の父親。他人に対して不満になり、支配的になった時、私は私ではなく、私が恐れた父親に私はなっていたと言う部分。
    自分がどこにもいなくなってしまっている状態、神様、不在状態のようなものが感覚的に同じなのだろうと思った。

  • 自分の気持ちより周りの評価が気になる人、ちょっとしたことでイラつく人、極度の恥ずかしがり屋や嫉妬心が強い人など、生きづらさを抱える人や周囲を困らせる人の根底には、甘えの欲求への強すぎる渇望があるという。自分のことをよく知り自分をいたわることが、幸せに生きるコツだそうだ。様々な対人関係のトラブルに対処できる手がかりがたくさんあった。また読み返したい。

  • 大人になってもず~っと心の中に「幼児性」が息を潜めていて、時折なにかの拍子にダダをこねて暴れ出す。「千と千尋の神隠し」に登場する大きな赤ちゃん「坊」みたいな、僕の中にも棲んでいる「大きな子供」の存在である。

    この「大きな子供」という概念に初めて出会ったのは「成長マインドセット」という本だった。その後、心理学や仏教の知識を広げるにつれ、モヤモヤしたり、イライラしてたり、沸騰に達して怒ったりした後に自問すると、この「坊」の後ろ姿や暴れた痕跡、気配を感じられるようになってきた。

    人生の長さだけ居座り続けている大きな子供。
    だけに駄々をこねるとやっかいなのだ。
    この「大きな子供」の存在感の大きさと、それがどれだけやっかいであるかを知りさえすれば、なだめる方法もあれやこれやと考え、試す努力を支払うようになる。

    この本はその試行錯誤(あるいは「大きな子供」との付き合い方)の大変さを思い知ることができる。一読では僕にはカオスにしか思えない。いまのところ、マインドフルネスのスキルを高めて「坊」に注がれているネガティブなエネルギーを中断し、手放そうと試みるくらいしか思いつかないが、加藤諦三さんの本をもっと読んで理解を深めたいと思った。

  • タブル不倫の末に両者離婚して、めでたく再婚。

    しかし、その後に待ち受けていたのは神経症的な人間同士の恐ろしい傷つけあいであった、、、

    本編には何ら関係ないことをかいてしまったが、私がこの本を読み、今まで何だか生きずらいと感じたことや、冒頭で記した悪い行動について、何かおかしなことをしていると思った個々の点が、全て一つの線となった。

    神経症な人間とは?その原因とは?どう対処すべきか?

    そんなことがかかれている。


    何か原因が分からないが何となく生きずらさを感じている人が読んでみる価値がある本。

    神経症的な人に当てはまるなら自分を変えることができる大きなチャンス。

    • hugenさん
      タブル不倫の末に両者離婚して、めでたく再婚。

      しかし、その後に待ち受けていたのは神経症的な人間同士の恐ろしい傷つけあいであった、、、

      本...
      タブル不倫の末に両者離婚して、めでたく再婚。

      しかし、その後に待ち受けていたのは神経症的な人間同士の恐ろしい傷つけあいであった、、、

      本編には何ら関係ないことをかいてしまったが、私がこの本を読み、今まで何だか生きずらいと感じたことや、冒頭で記した悪い行動について、何かおかしなことをしていると思った個々の点が、全て一つの線となった。

      神経症な人間とは?その原因とは?どう対処すべきか?

      そんなことがかかれている。


      何か原因が分からないが何となく生きずらさを感じている人が読んでみる価値がある本。

      神経症的な人に当てはまるなら自分を変えることができる大きなチャンス。
      2021/05/29
  • 自分を知るために必要な本であった
    まさに自分はこの愛情が足りていないと感じる
    自分のことであっても、ここまで奥深い深層心理のようなものだと
    正直わからない
    ただそういうことも頭にいれておくと、生きやすくなったりするんでは

  • 自分に当てはまる事ばかり書かれていて、
    読むのが苦しかった。けれども、
    そこにあったのに気付かなかったもの、
    気付けなかったものが見えた。
    文章に偏りがあるようにも思うが、
    誰しも得る物があると思う。

  • ●2025年7月31日、シュリンク精神科医ヨワイの録画みてて「毒になる親」という本にたどり着き、メルカリの相場をみたら以前買ったことある方が「毒になる親」ともう1冊あわせて500円で販売してたので一覧みてたら、これを見つけた。300円。

    今図書館で借りてる「人生の勝者は捨てている」と同じ著者。良い本だろうけど言葉がキツイんだよな。

    気になったAmazonレビュー:
    「自己嫌悪に陥る。2022年8月8日に日本でレビュー済み。

    この本に書いてあることはほとんど正しいように思います。自分のこれまでの人生に照らし合わせるとその通りと思えるからです。

    ただ「幼少期の経験からあなたはそうなんだ」「そうだから幸せになれないんだ」とひたすら言われ続ける本です。最終章では「自分を大切にすることからすべてが始まる」というが、明確な解決策は提示しない。このような本を読む読者はこころの在り方や考え方のヒントがほしい人がほとんどだと思うのだと思うのだが、それがほとんどなく読者は傷つけられたまま読み終える。

    サブタイトルに「幸せになれる人・なれない人」とあるが、本文では「幼少期の経験から幸せになれない人」についてばかり。加藤諦三氏の著作はもう読まない。」

    ●2025年7月31日、18:14、メルカリで本9冊を購入。「毒になる親」「自分に気づく心理学」「人生が変わる「王様思考」」「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」「あんぽん」「売ってはいけない」「表現の技術」「脳寿命を延ばす」「あの有名人たちが成功した法則!」9冊、合計1,900円。

  • 26
    人間は安心感が無ければ甘えることができない
    手のかからない子、良くお手伝いをする良い子は見捨てられる不安を、親のご機嫌をいつも恐れていたのである
    生真面目になる

    表面的な付き合いでは、好意を持たれるが、
    深い付き合いにならない

    問題は甘えの欲求があるにもかかわらず、抑圧してる


    32
    正義や道徳の仮面をかぶった他者への攻撃

    今朝、エンジンのかかりが悪かったのと奥さんは事実を言っただけなのに
    それを自分に対する不満と夫は受け取る

    相手の中に自分に対する不満を見出すが、それは実在してないことが多い
    外面のいい夫に多い

    幼児的な甘えの欲求は親子関係で解消されているべきものだが、
    一人前の社会人になって、幼児的な欲求を直接表現できない

    63
    自己評価は、小さい頃自分の実際の存在がどれだけ許されたかどうか

    どんなに社会的に高い評価を与えられても、自己評価が高くなることはない

    73
    自分には依存の欲求があることを認めなければならない


    「安心感というのはどこからでてくるのであろうか。ひとつには他人に干渉されることのない自分の世界を持つところからうまれてくるのであろう。」
    (出展:自分に気づく心理学/著:加藤三/PHP研究所/p58

    「自信というのは、決して他人の評価から生まれてくるものではない。他人がそれほど高く評価していなくても、生きることを楽しみ、いつも気持ちの安定している人もいる。」
    (出展:自分に気づく心理学/著:加藤諦三/PHP研究所/p43)

    「自分がやりたいことをやらないでおいて不満になる人は、周囲の人に気にいられるだろうというようなことをする。」
    (出展:自分に気づく心理学/著:加藤三/PHP研究所/p1 4

    「相手が動かなければ相手を責める。相手が常に自分の期待通り動くということを求めているのが甘えである。」
    山に・自分に気づく心理学/著:加藤諦三/PHP研究所/p20)

    「事実は人によって重みが違う。自分を傷つけた言葉は、相手にとってどうでもいいことかも知れない。」
    (出展:自分に気づく心理学/著:加藤諦三/PHP研究所/p10)

    馬を水辺に連れて行くことはできるけど水を飲むかどうかはその馬次第

    * 自分だけの時間を作り出すようにする
    * 他人からの評価をあまり気にしない
    * 自分が無理をして他の人を喜ばす必要はない
    * 自分の不満は自分自身で解決する
    * 伝え方には細心の注意を払う
    * 自分の悩みを明確にする
    * 自分と相手の問題を切り離す

  • 文章が固い。著者の性分によるものだろうが、テーマに対して読者に対する寄り添いのような姿勢が足りない気がする。全体として興味を引かれるものは少なくなかったが、焦点を絞るとどこか他人事のような、そんな気分にさせられる作品だった。

  • 抑圧された生きづらさの原因に気づくことができる本
    みんなに好かれたい、誰にも嫌われたくないと思っていた頃の自分を抱きしめてあげたい

  • 感想
    自分を苦しめている自分。だがそれに気づけない。一度立ち止まって考えてみる。自分は何を我慢してきたか。何を恐れているか。そこに気づく。

  •  読むと人生が少しだけイージーモードになる気がします。何かに気づくだけで自分の置かれた状況がよくなるなんてことはないだろうと思いながら読み進めましたが、他人に自己を投影していることに気付くだけで気持ちが随分と軽くなるように思いました。甘えの欲求を認識することで、自分を客観視し、他人への理解が深まる。しかもその気付きがないことには、自分の中の積極的な感情が育たず、人生から良いものが逃げていくと解かれています。

     他人の眼を気にしている方も多いと思いますが、他人は自分の人生の責任を取ってくれるわけではないので、自分の内面に自身を持てば良いと諭されています。

  • この人の書くことめちゃすごすぎてすき!
    Kindleで読んどるが本も買おうかなと思っている。
    この本群を読んでいたらかなりの事が解決していきそう。

  • 幼少期に親から愛情をもらえなかった人は悲しい。自分のことを愛していないから、その感情が投影されて他人を愛せない。他人を疑う、憎む。まず、自分には幼児的な甘えが満たされておらず、それを他人に求めてしまうということを認める。そして、そんな幼児的な自分を知り、自分を大切にしよう。

  • 幼少期の経験って大事だと感じる一冊。
    生真面目は人間的に魅力がない辛さ。
    また読み返したい

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著者プロフィール

1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科を修了。元ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員。現在、早稲田大学名誉教授。
主な著書に、『自分の心に気づく言葉』『心を安定させる言葉』(以上、PHPエディターズ・グループ)、『心の休ませ方』『自分のうけいれ方』『不安のしずめ方』『自分に気づく心理学』『やさしい人』『絶望から抜け出す心理学』(以上、PHP研究所)、『なぜ、あの人は自分のことしか考えられないのか』(三笠書房)、『心と体をすり減らさないためのストレス・マネジメント』(大和書房)などがある。

「2023年 『ブレない心のつくり方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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