宗教の力―日本人の心はどこへ行くのか (PHP新書)

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  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569604039

感想・レビュー・書評

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  • 宗教学者の著者が、日本人の宗教的性格についてやさしく語った本です。無常観、霊魂信仰といった伝統的な宗教心についての著者の見方が述べられるほか、臓器移植や宇宙時代の宗教のあり方についての考察が展開されています。

    講演に基づいているので、わかりやすいことばで説かれているのが特徴ですが、一つひとつの問題に突っ込んだ議論がなされているわけではない点に、少し不満を感じてしまいました。宗教的な観点に立って書かれた、軽いエッセイといった内容のように思います。

  • <目次>
    第一部 日本人の「心」の原型
    1…宗教心を見失った日本人
     宮沢賢治の精神世界を支えたもの
     宗教の言葉が心に届かない社会
     宗教嫌いのお墓好き、遺骨好き
     日本人は本当に無宗教なのか
     「天然の無常」という宗教心
     悲しみへの共感から生まれる祈り

    2…なぜキリスト教は日本に根づかなかったのか
     仏教・神道の集合と国民宗教化
     外来宗教が受容されるための三つの課題
     祖先崇拝の重要性を見誤ったキリスト教

    3…「たたり」に見る日本人の霊魂信仰
     現代にも生きる「たたり信仰」
     隠れる神と葬られる神
     肉体性を持たない神
     記号化される神
     特定の場所に鎮座する神
     無限に分割可能な神
     日本の神の畏怖すべき性格
     「たたり現象」成立のプロセス
     ルサンチマンの社会化を回避する装置

    第二部 自然への信仰
    1…中世日本人は自然をどう見たか
     文化と伝統を反映する画家の目・写真家の目
     北斎の富士はなぜ逆遠近法で描かれたか
     自然を取り入れた日本型曼荼羅
     宇治平等院における山岳景観の役割
     月とともに西方に吸い込まれる魂

    2…「小さき仏」への愛情
     ミロのヴィーナスが放つ官能美
     北緯四〇度線上に並び立つ仏教遺跡
     「捨身飼虎」図が説く犠牲的精神
     東大寺大仏と半跏思惟像の源流
     小さな石仏を愛し続けてきたドキュメンタリー

    3…芭蕉が見た落日
     生涯をかけて芭蕉と格闘した仙厓和尚
     「こじき」になりたかった芭蕉
     『おくの細道』のハイライトをめぐる推理
     「夕焼小焼」に秘められた日本の仏教精神
     落日の彼方に浄土あり
     芭蕉、西行、そして親鸞

    4…宇宙に開かれる神秘体験
     この世とあの世を結ぶ鐘の音
     近代が失った「聞くこと」の感受性
     修行における「高さ」の意味
     極限のスピードに神を感じる体験

    第三部 生と死を問う
    1…宇宙時代の死生観
     宇宙には神が存在する
     道元禅師の「渓声山色」体験
     星のように小さく見える地球に何を感じるか
     宇宙船の中での心身の分離・結合体験
     チョウチョウになってあの世に旅立つ子供たち
     宇宙の語りかけを聞きとる宗教感覚

    2…移りゆく時代の宗教の力
     大英博物館に展示されるビートルズのノート
     悲しみをともに歌う時代の終わり
     ある秀才学生のインド体験
     あるおじいさんのキュウリの教訓
     遠景にあって力を発揮する宗教
     人はなぜ巡礼に出るのか

    3…あらためて問われる「生老病死」
     王は孤独の中に死んでいく
     ガンで死ぬか、ぼけて死ぬか
     死に急ぎの思想・生き急ぎの思想
     臓器移植は他人を食べる行為の予行演習
     願わくは花のもとにて春死なむ

    あとがき

    *********************

    落日の光景に浄土往生のイメージを重ね、「小さき神」を愛で、古来より豊かな宗教心を育んできた日本人。
    しかし世俗化とニヒリズムに覆われた現代の社会で、もはや宗教の言葉は、人々の心に届かなくなっている。
    この大いなる空虚の時代を、いかによく生き、よく死ぬか。
    無常観・霊魂信仰の問題から、臓器移植・宇宙時代の死生観といった問題までを、叙情豊かに語った珠玉の講演集。
    [本書カバーより]


    宗教学者、山折哲雄氏の著書。
    平易で分かりやすい文章で終始語られますが、その反面「少し雑に言い過ぎでは?」という部分もあるため、カバー書き通り、講演集をベースとしていることを頭において読んだほうがいいでしょう。

    山折さんは、本書で日本人にとっての「宗教」とは、「信仰」とは何かを追うように語っておられます。
    そうして、日本人の信仰とは、「無常」ではないか、と考えるに至っています。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    人間は必ず滅びるものであり、その滅びゆく者に対して無限の共感の涙をそそぐ、そしてその深い悲しみの中で人と人との気持ちがはじめて深いところで通じあうのではないか、その共感の世界が日本人における祈りの感情を生み出した母胎ではないか―そう思うようになったのであります。
    (p37-38)
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    「祈り」とは、宗教の究極の形である、と、マザー・テレサに会い、その時に交わした言葉から感じたそうです。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    あらわれたのは背の低い人でした。顔は皺だらけです。もう八十歳近くだったと思います。しかし、背筋がピーンとはって、骨太の方で、がっしりしている農婦のごとき体といってもいい。マザー・テレサはお坐りになって、「あなたのために五分間だけ時間をあげましょう。何でもいいから聞きなさい」とおっしゃった。私は用意してきた質問をしました。
    「あなたは、死者の看取りという大変なお仕事をずっとなさっている。しかし、思い通りにいかないこと、苦しまれること、どうにもこうにも決断がつかないようなこと、そういういろいろな問題に直面されることがあると思います。そういう時にはどうなさいますか」
     マザーは悲しそうな顔をして、うつむいてしばらく黙っていました。それから、やおら面をあげられて、「そういう時は祈ります。悲しみの中で祈ります」とお答えになった。さらに、「そのまま夜が明けてしまうこともあります」と言葉を続けられた。
    (略)
    「祈りです」とおっしゃった時の悲しそうなマザーの顔が今でも忘れられませんが、その「祈り」とは「悲哀の中の祈り」だと私は解釈しました。
    (p36-37)
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    ※推敲中

  • たぶん、図書館のリサイクル市でもらってきて、そのままになっていました。前に一度読んでいたのか、それともどこかで同じ話を書かれていたのか、聞いたことのあるような話が多かったのですが、復習として読むことができました。「こじき」と「こつじき」の違い。後者はお坊さんが修行のために出歩いて、ご喜捨を乞う。子どものころ、家の前でずっとお経をとなえるお坊さんがいて、小銭をあげるまでなかなか家の前から離れない、なんだか恐ろしい思いをした覚えがあります。鴨川にかかる橋の上には、戦争で手足をなくしたような人がおわんか何かを前において座っているのもよく見かけました。そう言えば、最近、新聞で「河原町のジュリー」の思い出話を読みました。私が、ずいぶん前に勤務していた地域には「あっちこっち」と呼ばれる女性がいました。ことばは正しくないかもしれませんが、たぶんバブルの時期くらいを境に、世の中がきれいになっていったのかもしれません。それでも、最近の話ですが、会議や何かで京都駅近くのビル街に行くと、いつもぼろをまとった男の人に出会います。「お恵みを」と言われることもないのですが、そうしてでも生きていけるのは、世の中が豊かになったせいなのでしょうか。それとも貧しいからでしょうか。学生とのインド旅行の話。芭蕉と西行の話。頂上目前に食べたキュウリの話。宇宙飛行士土井隆雄さんの話。平将門の首といっしょに出てきたのはトマス=モアの首。これは初耳でした。まあ、おもしろい話題が満載でした。1995年より後、2001年より前に書かれた本です。
    (ここから先に書いていたレビュー、2回読んで、2回レビューを書いて気付いていない・・・)
    図書館のリサイクル市で見つけてきて読みました。自分にとっての宗教とは何か、神とはどういう存在であるのか、そういうことに少しずつ興味をおぼえます。私自身は特に一つの宗教を信じているというわけではありません。しかし、たとえば、米粒は一つも残さずにきれいにご飯を食べます。水にしろ、電気にしろ、食物にしろ、衣類にしろ、「もったいない」という精神を強く持っています。何か行動をするときに常にだれか(お天道様)に見られているという意識があります。夕日に感動します。森に入れば神聖な気持ちにもなります。何らかの宗教心のようなものが私の身体の中に染み込んでいるのだと思います。これは両親の教えなのかどうか分かりません。生まれ育った環境が大きく影響しているとは思います。私はどちらかというと理科系人間で、非科学的な議論(たとえば血液型の話など)にはできるだけ関わりたくありません。それでも、悪いことをすれば、いずれバチが当たるとか、タタリがあるとか、思ったりはします。歴代の総理大臣が靖国神社に参拝するしないで問題になったりしますが、著者の考えではタタリがこわいからなのだそうです。物の怪とか崇りとかちょっとぞくっとする話しですが、あっさりと「そんなことありえない」とは言ってしまえない、そういう心の弱さ?があります。本書の後半には、宇宙飛行士やカーレーサーと神の話とか、インド旅行の話とか、四国八十八札所のこととか、脳死臓器移植のこととか、興味深い話題が数多く紹介されています。ところで、最近、立ち読みで(バチが当たるかな?)般若心経の自由約を読みました。いろいろ本を読みながら自分が考えていたことと同じようなことが書かれていました。私自身が単独で思いつくことなど何もなくて、過去に生かされているのだなあとあらためて感じました。私を通じて過去から未来へと、また何かを伝えられればいいなあとも思いました。

  • 日本人の精神性がいかに日本列島の風土に影響されているかを判りやすく説いた本。『奥の細道』のくだりは、小林秀雄や柳田邦夫を引っ張り出して読み直したくなった。
    多くの日本人が無意識のうちに根幹に持っているだろう内面世界を、非常にわかりやすく説いている。
    さらりと読める一冊。

  • 始めは、なんだかすごく主観的だなぁという印象をもったが、読んでいくと、「宗教を専門にしてる人はこんな風に世界を観るんだ」と素直に引き込まれた。童謡「夕焼け子焼け」が仏教の根本的な精神を歌っているという話や、寺と教会のならす鐘の意味の違いの話、「高さ」や「速さ」が人間に与える宗教的な体験の話など、とても斬新なようで妙に納得できる、興味深い話がたくさんあった。学問としての宗教じゃなくて、日々の生活の中で身体で感じる宗教についての本。

  • [ 内容 ]
    この大いなる空虚の時代を、いかによく生き、よく死ぬか。
    無常観・霊魂信仰の問題から、臓器移植・宇宙時代の死生観といった問題までを、叙情豊かに語った珠玉の講演集。

    [ 目次 ]
    第1部 日本人の「心」の原型(宗教心を見失った日本人 なぜキリスト教は日本に根づかなかったのか 「たたり」に見る日本人の霊魂信仰)
    第2部 自然への信仰(中世日本人は自然をどう見たか 「小さき仏」への愛情 芭蕉が見た落日 宇宙に開かれる神秘体験)
    第3部 生と死を問う(宇宙時代の死生観 移りゆく時代の宗教の力 あらためて問われる「生老病死」)

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 宗教というと、なんとなく忌諱してしまう単語かも知れません。こういう私もその1人です。信者や信徒などという言葉をきくと殊更その気持ちも大きくなります。 しかし、私たちは少なくとも見えない宗教の力に頼ったりし、心の拠り所ににしていることに気づかないものです。 その本質を理解してこそ、私たちの生活に溢れている宗教観に触れてみてはいかがでしょうか? きっと、生き方が変わる事でしょう。

  • 高校の時の読書課題。宗教に興味の無い方には難しい一冊。でも僕は高校の時に読んだ。

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著者プロフィール

山折哲雄 1931年生まれ。宗教学者。東北大学文学部印度哲学科卒業。同大学文学部助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教授、同センター所長などを歴任。著書に『空海の企て』『愛欲の精神史』『「始末」ということ』など多数。

「2017年 『死者と先祖の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山折哲雄の作品

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