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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784569607269
作品紹介・あらすじ
「弱者にやさしい政治を」「差別のない明るい社会を」といった、だれも異議を唱えることのできない命題やスローガン。しかし、現代社会における「弱者」とは、ほんとうはどういう存在なのだろうか? 多様性をはらんだ一人一人が「弱者」と一括りされることで特権性を帯び、他者とのわだかまりを生んでしまっているのではないだろうか? 本書では、障害者、部落差別、マスコミの表現規制など、日常生活で体験するマイノリティの問題について、私たちが感じる「言いにくさ」や「遠慮」の構造を率直に解きおこしていく。 本書の内容は以下の通り。 ●第1章 「言いにくさ」の由来 ●第2章 「弱者」聖化のからくり ●第3章 「弱者」聖化を超克するには ●第4章 ボクもワタシも「弱者」。 だれもが狙う固有の弱者性を自覚し、人と人との開かれた関係を築くための考え方を具体的な事例の検討を交えて、「実感から立ちのぼる言葉」で問う真摯な論考。
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この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
現代社会における「弱者」の概念に対する鋭い批判が展開されており、私たちが抱える「言いにくさ」や「遠慮」の背後に潜む問題を率直に問い直しています。著者は、障害者や部落差別などの具体的な事例を通じて、特権...
感想・レビュー・書評
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障がい者や出生前診断、部落差別問題などをめぐって、われわれが感じる「言いにくさ」「遠慮」にひそんでいる問題を率直に提出し、それを突きつめて考えようとしている本です。
われわれが「弱者」というレッテルを貼って「聖別」をおこなうことで、ひととひととのあいだに成り立つ自然な交流が疎外され、「こわばり」を生んでいることに対して、著者は批判の矢を放っています。「予想される不幸感や大変さを避けたいと願う気持ちは、現に障害児を持っている親が、この子の障害を今すぐ取り除いてやる方法があったら、何でも試してみたいと思う心情とも同じである」と著者はいいます。そして、逃れられない現実に向きあおうとする個別的な経験を飛び越えて、出生前診断に対する批判をおこなうのは不適切だと主張しています。
次に部落差別問題に対しては、部落出身者には居住地域以外の外的な指標が存在しない以上、「部落差別は、そういう指標で差別してはならないという近代社会の原理のよいところがほんとうにきちんと貫かれるなら、必ず解消されるはずの差別である」という原理が確認されます。そのうえで、部落のアイデンティティを強調する戦略がかえって差別を助長する危険性を孕んでいることへの懸念を表明しています。
「弱者」をめぐるさまざまな言説に対する批判をおこなったうえで、著者は「弱者」の聖別を乗り越える道筋を探ろうとしているといえるのではないかと思います。とはいえ、著者は差別を克服する新しい〈理念〉を掲げているのではありません。本書において提出されているのは、「自分がなぜそのことを気にするのか、自分がそのことを問題にしようとする必然性はどこにあるのかということを、自らの経験と感覚の中に問い尋ねてみる」という、聖別を克服するための具体的な〈手続き〉だと理解するべきでしょう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
評論家の小浜逸郎(こはま いつお)が1999年に刊行した新書。テーマがでかいのに議論の準備が不足している生煮えの本。
本書では、(社会的弱者や周辺にある)〈空気〉や、タブーについてとりあげる。具体例をいくつか挙げ、一旦建前を外してから、何が適切か・どう捉えるべき、等を考え直そうと試みられている。でも失敗している。
具体的な問題点ではなく、抽象的なレベルの問題をならべると次の4つ。
・観察が足りていない。一面的な見方や偏見そのままでスタートしている。
・対象の属する分野、その歴史についての知識が足りない(そして調べない)。
・連想を並べているだけなので、文が論理的につながっていない(ここが一番ヤバい)。
・各所で一応の結論を出しても吟味していない。また、結論にあたるものがなく、ふわっと終わることすらある。
本書は著者の一面的な考えだけであふれているので、類書と併読し、しかるべきのち捨てるべき。
脱線するが、繊細な話題周辺での自己規制の成り立ち方については、本書よりも、マスメディアにフォーカスしている『タブーの正体!』(ちくま新書)の方がはるかに参考になる。https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480066459/
こちらの著者(小浜逸郎)が嫌う優先席や聾学校などではなく、大手芸能事務所や暴力団などを対象にして、著者(川端幹人)がリスクをとって得た経験にもとづいて書かれている。賛同するかは別にしても、書籍のクオリティとしては段違いだから、優先度も高い。
脱線終わり。
本書(『「弱者」とはだれか』)の末尾では、「弱者は相対的なもの」と凡庸な落ちのつけ方をしており、肩透かしを食らった。のちに、ネット右翼のデマに共感してしまう小浜氏の詰めの甘さが本書にも表れている。
【目次】
目次 [003-008]
プロローグ 009
「おかしい」という感じ/遠慮の構造/マイノリティについて自由に語ろう/イデオロギーを支えるもの/多様な欲望の自由/過剰な情報による強迫観念/ヴァーチャル・リアリティによる混乱/切実さの減少/マス情報を消費する空虚な心
第1章 「言いにくさ」の由来
1.1 「弱者」というカテゴリー 026
「自明性」への疑い/カテゴライズの杜撰さ/地域振興券のおかしさ/頻発する「強者」の自殺/「優先席」は必要か/「ガラス張り駅」の思想/よい施設、悪い施設
1.2 個別性への鈍感さ 040
情報のファシズム/ことさらな賛美の力学/障害者の努力は普通の努力/知的障害者の厳しい現実/公開拒否は自然な心理/「カミングアウト」は正しいのか
1.3 出生前診断をめぐって 057
出生前診断/ある家族の場合/苦しみは苦しみである/中絶を選ぶ親の心情/中絶は障害者差別につながるか/科学技術に向き合う態度
1.4 『五体不満足』をめぐって 072
ポジティブに語ることの効用/「明るさ」への違和感/「特徴」か「特長」か/聾学校はいらないか/厳しさから目を逸らすな
第2章 「弱者」聖化のからくり
2.1 建て前平等主義 086
子どもは競争していない/「平等も個性も」の虫のよさ/「子どもの人権」論者の錯誤/過配慮社会/「弱者」は作られる/「弱者」を演ずるための屁理屈
2.2 部落差別をめぐって 097
「しるし」をもたない差別/変わりつつある実態/行き過ぎた優遇措置/「差別」の観念化/「聖化」の共犯的からくり/アイデンティティをめぐるジレンマ/現在の意識では過去を切れない/「差別」は近代の現象/歴史家の良心には意味があるか/「部落史」の罪/小林よしのりの「部落解放フェスティバル」/「部落解放フェス」と「水平社宣言」/二元論的立論の時代錯誤/血統へのこだわりのくだらなさ/「差別」とは何か/気にしなくなること/差別問題を語る重要さ
第3章 「弱者」聖化を超克するには
3.1 共同性の相対化 140
内部からの問いかけ/「踏まれた痛みはわからない」か/非差別者でなければ差別者か/「ハゲ」「ブス」「デブ」という蔑視/経験と感覚に問い訪ねよ/象のおじさん/中心性の意識の刷り込み/二重の心の体験/林のなかの家/矛盾した意識を簡単に捨てるな/共同性を相対化する構え/『どんぐりの家』個別性を通して見える普遍性/個々の差別の違い
3.2 言葉狩りと自主規制 165
マスコミのおびえ/ほんとうに傷ついているのか/自主規制の現状/政治的な価値評価の限界/「ハゲを差別しろ!」/問題点を整理せよ/メディアの伝播力との関係/筒井段筆問題/『ちびくろサンボ』はいつ差別的とされたか/拡大する「配慮の意識」/言語生活の貧困/差別的ニュアンスの起源/表現の必然性を自覚せよ
第4章 ボクもワタシも「弱者」。
4.1 既成概念の見直し 192
古い「弱者」枠組み/生産年齢人口の見直し/「老人」や「子ども」へのまなざしを変える
4.2 新しい「弱者」問題 198
エロス的領域の「弱者」/差別と蔑視は同じではない/新しい「弱者」の相対性/「文化的問題」としての立ち上げ/中島義道の場合/「強者‐弱者」関係の流動化/自己決定の拡大とコスト/多元的な共同性を背負う/ミスコンは差別か/多様な接触体験、流動性のある社会
あとがき(一九九九年六月二十二日 小浜逸郎) [320-222] -
この本は、偶然本屋で見つけたものです。精神障害者と呼ばれている人たちと接することを通じて、私自身がそれまでに「勝手に相手を精神障害者として分類し、カテゴライズしていた」事実をこの本を読んで改めて考えます。バリアフリーを考えるときにも、物理的バリア、制度的バリアをなくすことは良く話題になります。しかし、建物も、道路も、制度もみんな人が作っています。人の中にある差別意識について考える必要があります。なぜ人は差別するのかということについて、考えるきっかけになります。
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配置場所:2F新書書架
請求記号:361.8||Ko 27
資料ID:C0023537 -
ずいぶん昔にこの著者のいじめについての本を読んでなるほどなあ!と思ってたところにたまたまこの本が目についたので。
そこまでおお!みたいなのはなかったけど、難しいテーマに斬り込んでいくのはさすが。(今ひとつ納得いかないのも多いけど)
世の中空気を読み過ぎて臭いものに蓋してばっかり、てのはほんとにそう思う〜 -
個性と平等、部落問題をしっかりと捉えるのに役に立つ書。大学教授にもなって、成績上位者の掲示に反対して、成績下位者の人権が保たれないという。成績が悪いことを明らかにするほうが、人権が確保されるとでも言うのだろうか?
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【要約】
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【ノート】
・新書がベスト -
まさに産経、といった感じ。
見田宗介の言う「弱者に少しでも自分の立場をゆるがされたときの抑圧者のルサンチマンは、一層醜く、危険なもの」のいい実例。
※引用(p.35,45,109) -
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この本は「社会的弱者」の正体を明らかにするのが趣旨ではない。社会的弱者が発生する社会構造に焦点を置いて考察するのが狙いであり、優先席問題、五体不満足、子供、部落差別といった個々の事例を分析していく。あまり表立たない話題を取り扱っているため現実離れしているという感想を持つ人もきっといる。しかし、小浜逸郎の「何だかおかしいと感じながら、私たちがそれを表明したり追究したりしない理由」という問題意識は現在も共有されてもいいはず。
小浜逸郎の問題意識は内田樹『街場のメディア論』が引き継いで語っているようにも思える。内田樹は「定型」的な文章構成に頼りジャーナリスティックを失ったメディアの態度がメディアの受け手である私達の「知の不調」に繋がり、誰が言っても問題なくリスクを負ってまで自分が言う必要のない世論形成を助長する、と述べている。本書で本位的に書かれないメディアの存在については、内田樹『街場のメディア論』を読んでみるのがおすすめ。
個々の事例は小浜逸郎の「実感から立ち上る言葉」で記され、意識の凹凸が激しくて読むのに精神的な疲労が伴う。有益な知見は先に挙げた問題意識に集約されていると言っていい。したがって星3つ。 -
タイトルに惹かれ購入
内容は一般に考えられることに伍しており目新しいことは特になかった
また、極論になっていることもしばしばあり、やや反骨の念を抱かざるを得なかったが、本書の性格上、そして批判している相手が極論どころか暴論である場合が多いので仕方のないことか
(複雑というよりはむしろ)面倒くさい問題なので、内容が今ひとつなのはどうしようもないことであろう -
たとえば、これだけたくさんいる65歳以上の「高齢者」を、みーんな”弱者”とするのは無理があるよね。
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平成24年8月29日読了。
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原発事故や生活保護不正受給等々で「弱者」が騒がれるこの世の中、弱者ってなんなのかを考えた本。
読んで損はしないとは思う。もうちょっと踏み込んだ話を展開してほしかったが、それは新書の限界か。 -
(「BOOK」データベースより)
「弱者に優しい政治を」「差別のない明るい社会を」といった、だれも異議を唱えることのできないスローガン。しかし、現代社会における「弱者」とは、ほんとうはどういう存在なのだろうか?本書では、障害者、部落差別、マスコミの表現規制など、日常生活で体験するマイノリティの問題について、私たちが感じる「言いにくさ」や「遠慮」の構造を率直に解きおこしていく。だれもが担う固有の弱者性を自覚し、人と人との開かれた関係を築くための考え方を「実感から立ちのぼる言葉」で問う真摯な論考。 -
脳性まひとして生まれて61年,人間は不公平は無いとようやく実感することができた。もちろん、弱者ではない。
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すかした感じでクールな人というのが、著作のイメージです。
弱者問題はきれいごとばかり言ってられない。
一筋縄に明るいイメージを持たすことできない。
著作の主張には賛成です、冷笑家みたいで少しイラっともしましたが。 -
読みやすくて、興味深いことが書かれていました。
中でも興味深かったのは、マスコミの言語規制のこと。いきすぎた言語規制は、本来の意味を見失いつつあるように思います。「肉屋」では駄目で「精肉業者」にしろなんて、なんておかしな話だろう。表面だけを変えたところで意味はないし、そうすることで糾弾から逃れようとしているかのようにすら見えます。
あとは、逆差別の問題。被差別者に対して保護を、と優遇措置が行われている。しかし、これも言語規制と同じように目的を見失っているように思いました。弱者というのは、「社会で生活する上で何かしらの不利を生じるもの」という意味では、支援が必要な場合もあるでしょう。けれど、何が必要で何が不必要かをしっかり見極めるべきではないでしょうか。弱者を聖化するのは違うと思うんです。
「平等」が叫ばれる中、差別を許さない雰囲気が高まっています。それ自体はとても良いことだと思うけれど、差別対象を見つけ出して保護するよりも、共に歩んでいく道を探すべきではないでしょうか。異なる共同性同士であれ、長く一緒にいて "慣れる" ことがその一番の近道になるのかもしれないと思いました。 -
著者は右翼よりなだけあっていうこともぐっときます。ぼかさずはっきり述べる点で〇 マイノリティーを受け入れる社会であること、マイノリティー自身が内部から自分で解決できないものを発していく勇気をもっていくことが 弱者をなくす近道。
著者プロフィール
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