- Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569648446
作品紹介・あらすじ
なぜ日本人は戦前を否定するのか?なぜ「歴史」を社会科で教えるのか?日本人が天皇を必要とする理由は?-六〇年前の敗戦をきっかけに、明治も江戸も古代までも全否定する奇妙な歴史観が、この国を支配してきた。しかし、近現代世界はいま大きく変動している。戦争の真実を物語る機密文書も公開されはじめた。「この国のかたち」を描くために、私たちはいま何をすべきか。積み重ねられた「戦後の嘘」を打ち捨て、日本文明の核心を捉えることで、日本人のアイデンティティを真正面から問う。
感想・レビュー・書評
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日本人の、心の美意識はどこに行ったのか。
戦後、歴史について正しい情報が教えられないことで、壊れて行くものがある。
皇室に重きを置いているとはいえ、幅広く新書容量では薄くならざるを得ないが、それこそ「これくらいは日本人でしょう」という内容。
初めてには良いか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
●対等を確保するには、どちらか一方の価値観に偏せず、グローバルな価値に委ねることが、極めて普遍的で優れた外交の知恵。
世界に通用するルールの中で、冷静かつドライにどんどん強く自己主張することが大切。国際社会では情に流されたり、対立を避けようとさて主張をしないこと、これこそ平和を失う最も危うい近道。昭和の戦争から学ぶべき最大の教訓である。 -
右派論壇の重鎮として知られる国際政治学者で歴史学者でもある京大名誉教授の中西輝政氏が全ての日本国民に贈る「正しい歴史観」。終戦後、GHQによって「日本が二度とアメリカに抵抗する事の無いように」と進められた占領政策である「憲法」や「教育」によって精神的に弱体化した日本人は、自虐史観を植えつけられて「軍国化が日本を戦争に導いた」とまで考えるようになる。しかしあの大戦は欧米の帝国主義から日本とアジアを守るための「正しい戦争」であったと論じ、マスゴミが今なお喧伝する「侵略戦争」という呼び方を喝破する。日本人の自画像が歪められたのは、その鏡自体を歪めた敵対勢力が原因であると断じ、「日本のこころ」とも言うべき日本文明や神道・さらには天皇までにも言及し、日本人が一刻も早くその本質を再発見して本来あるべき姿に立ち戻る事を強く願った一冊。
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2014年の夏休み図書として購入。
以前より国際関係分野で著名な中西氏の視点での日本人論を読んでみたいと思っていたのだが、予想通り、従来の歴史学的・比較文化的アプローチとは違った切り口での持論展開で非常に興味深く読むことができた。
多くの歴史家や学者が指摘するように、やはり本書においても大東亜戦争後に大きく日本の姿が変わってしまったというところを基軸に論考が展開されるが、論点が面白い。
まずは何故日本人は戦前を全否定するようになったのかという問いかけを出発点に、いかにして戦後に三大勢力(GHQ、左派マスコミ・知識人、霞が関官僚)によって日本の姿が歪められたのかということについて持論が述べられていく。
特に戦後日本はこれらの勢力による壮大な「社会主義の実験場」であったと指摘しているところが興味深い。
当時のアメリカにおいてさえ、社会主義者や共産主義者が数多く存在し、敗戦国日本で革命を起こし、理想の国家を創りあげようと暗躍していたというのである。
このような事実が判明する理由として、中西氏の「歴史は60~70年周期で大転換する」という持論にも関連するが、ある歴史的事象から60年程度の時間が経つと、当時極秘とされていた機密文書が少しずつ公開され事実が浮き彫りになってくるために、世代間の主観的な思い込みによる言い伝えが時間とともに薄まることも手伝い、より客観的に当時の歴史的事実を知ることができるようになるからだと述べている。
GHQが後の共産主義国との争いに備えるべく、新たな憲法の草案を作成したり、その後日米安保条約や日米地位協定を、日本の独立と引き替えに締結したということはよく言われることだが、その裏には共産主義者や社会主義者の影響も少なからずあったということは、確かにある程度の時間が経った現在だからこそ見えてくることなのであろう。
ゾルゲ事件はあたかも特別なことであったかのように国内では取り上げられているが、実は旧ソ連のスパイ諜報網などは各国の共産党と連携しながら戦前から世界中に張り巡らされており、日本においても政界やマスコミだけでなく、その触手は軍部にまでも及んでいたというのだから、いかに世界中が諜報活動に躍起になり、次の覇権を狙おうとしていたのかが、今日になったからこそ見えてくる。
とにかく、このような事実が過去に存在し、かつその影響が今日まで続いていることを認識した上で、従来の「あの戦争は間違っていた」「戦前の日本のような国になってはいけない」的な偏った自虐史観ではなく、今一度「正しい歴史認識」というものを再考する必要があるのではないだろうか。
また中西氏は日本の天皇制にも言及し、天皇の必要性を他国の王制と比較しながら述べていることも一読に値する。
万世一系の重みを今一度理解し、GHQに権力を削ぎ落とされながらも現在まで一心不乱に国民の平和と安寧を祈り続けている皇室の本当の価値を再認識すべきだと強く主張している。
そういった意味で、近年左派マスコミが声高に叫ぶ「開かれた皇室報道」は間違っていると警鐘を鳴らしており、これには天皇・皇后両陛下をスマホで撮り、それだけでなくその画像が何の躊躇もなくSNSに投稿されることにものすごく違和感を感じていた自分も強く賛同した。
やはり皇室は日本にとって特別な存在なのであり、戦後世界であってもそれが否定されたり軽んじられるものでは決してないということを、戦後70年になろうとしている今こそ、その尊さとともに後の世代に伝えていかなくてはならないであろう。
本書の最後では、「文明国としての日本」という観点から、日本人の“心”について述べている。
戦時中にアメリカの文化人類学者であるベネディクトが書いた「菊と刀」が、長らく欧米人における日本人論のスタンダードとされてきたが、あれは日本を統治占領するための戦時研究の一環であったことは現在では明白である。
しかしながら、いまだに日本文化の特徴を「ここがヘンだよ日本人」のように、半ば自虐的に報道されていることもまた事実であり、非常に違和感を感じざるを得ない。
やはりそれは、戦後の偏った教育が原因であるとともに「日本は文明国である」という意識がまだまだ低いからなのだろうが、過去はどうあろうと事実は事実として受け止めつつ、日本という“国のカタチ”を正しく次の世代に伝えていくのが現代の大人の役割なのだと、本書を読み終わって実感した次第である。 -
保守の論客である中西輝政氏(京都大学名誉教授)の本。まず、中西氏は現在の日本人が「日本とはどんな国なのか」という「日本の自画像」をはっきりと持てずに漂流していると指摘する。そして、その原因は未曾有の敗戦とアメリカによる占領政策にあったとして、日本人が戦前を否定するようになった理由、積み重ねられた戦後の嘘、日本が太平洋戦争に突入した理由について述べる。そのうえで、「日本文明の核」、つまり日本の歴史を貫いて連綿と持続し、今後も文明としての日本の軸となり「自画像」の中心テーマであり続けるものとして、「天皇」と「日本のこころ」について論じる。2006年に発行されてから版を重ね続けている本だが、タイトルのとおり、中西氏が最も言いたいことをまとめたのが本書なのだと思う。
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●戦後の占領政策、その根幹をなす皇室弱体化や歴史教育が我々日本人に与えた影響がいかに甚大であったかを学べた。
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よく言えば「愛国心にあふれた本」、悪く言えば「かなり右よりな本」でした。天皇はすごい、大戦は間違っていないetc... 右でも左でもいいんだけど、筆者の推測によるミスリードが多すぎる。
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名著です。タイトルと中身が全然関係ない気がするが。
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戦後レジームからの脱却が謳われる今日において、一読に値する書。戦前を見つめ直すに当たっての、いや日本という国を再度捉え直すきっかけとなるものだとおもう。知らず知らずのうちに、教育に打ち込まれた自虐史観においての恐怖と、今まで脈々と受け継がれてきた日本人の在り方を考えさせてくれる。
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ここ2・3年、「日本のいいところをもっと見直していこう!」という動きが盛ん。
この本は2006年の出版だけど、そういう方面に興味ある方ならばきっと興味を持って読めるでしょう。
「ほ~」という内容もあるけど、あまりにも内容が右寄りな気もするので、すべてを真に受けるのはよくないかも。。
著者プロフィール
中西輝政の作品






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