はじめて考えるときのように 「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)

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  • PHP研究所
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レビュー : 167
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569662039

作品紹介・あらすじ

「考える」ってどうすること?「わかる」ってなに?-本書では、もっと上手に考えるための方法を心なごむ絵とともに解説。"問題そのものを問う""「考えてる」と「考えてない」の違い""コップと飲み物の関係""「論理」ってなんだ?""自分ひとりで考えるのではない"…みるみる考える力が湧いてくるヒントが満載。ものごとの見えない枠組をはずし、本当の「考える力」が身につく哲学絵本。

感想・レビュー・書評

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  • 「『この部屋にはパンダがいない』と言える者は、ただ、この部屋にパンダがいる可能性をつかんでいる者だけだ。パンダがいたっていいと思ってるひとだけが、『パンダがいない』って言える。」(p.150)

    「現実ベッタリなら『考える』ということは出てこない。考えるということは、現実から身を引き離すことを必要とする。現実からいったん離陸して、可能性へと舞い上がり、そして再び現実へと着地する。こんな運動がそこにはなくちゃいけない。そのための翼が、ことばだとぼくは思う。」(p.136)


    「考えるってことは、問題を抱えて、その問題のまなざしでものごとを見ることだ。そのとき、何よりも、何が問題なのかが問題になる。 …
    何が問われているのか。そしてまた、なぜそれが問題になるのか。」(p.208)

    「考えるために、ぼくらがもっている唯一の翼が、ことばだ。
    ひとまとまりの状況をさまざまなパーツに切り分けて、そのパーツを関係づける。そして新たな組み合わせを模索する。それをぼくらはことばで作業する。
    だから、いろんなことばをもってるひとはいろんな可能性を試せる。 …
    問いへの緊張に貫かれた、新たな可能性を手探りすることばは、しなやかで、つやつやしている。」(p.210)

    「… 共感よりも違和感や反感の方がだいじだ。
    変なひとと出会う。変なものと出会う。そして、変な本と出会う。この本が、もしきみにとって、ささやかでもそんな出会いのひとつになってくれたら、ぼくはすごくうれしいと思う。」(p.214-215)



    6章の導入で、クマのプーさんが「考えるってどうすればいいんです?」ってイーヨーに相談する話がすごいほんわかしてて好きだった。
    植田真さんの絵も、素敵だ。絵は絵でひとつの物語になっているらしい。文章とはつながりがなく、しかも説明はないから、何度も見直していろいろ想像してしまう。
    野矢茂樹先生の別の本、『哲学の謎』的な読書体験を求めているとちょっと違うかも。でも、この本も入門書としては良さそう。女の子とかにすすめても引かれないタイプの本だなと思った。そんな、哲学絵本。

  • 「考えるって、何だろう」
    「何をすれば、考えてるって言えるんだろう」

    「考えているとき、きみは何をしているのだろう。
    「何って、考えているんだよ」うん、だからさ。そうだな。「考える」っていうことがまだわからない子どものことを想像してみよう。
    そしてその子が大人に「よく考えなさい」とか言われたとする。
    だけどその子にはそれがどういうことかわからない。それできみに質問する。
    「考えるって、どういうこと?」」(p14)

    こういう本質的で難しいことを、例を通して積み上げていって、最後に「考える技術」に行きつきます。

    哲学に欠かせない推論や観察、論理などは、
    考えるためのいくつかの技術にすぎず、
    問題解決のもとに取捨選択してうまくつなげることこそ重要であると語りかける。

     1.問題そのものを問う
     2.論理を有効に使う
     3.ことばを鍛える
     4.頭の外へ
     5.話し合う

    ■「考える」っていうのも、けっきょく、ぜんぜん心の状態や心の働きなんかじゃないんだ。頭の中で「思考」という作業をしているわけじゃない。P26

    ■答えの候補があらわれたとき、いつでもそれを捕まえられるように「チューニング」している、ということ。P29

    ■考えるっていうのは、耳を澄ますこと、研ぎ澄ますこと。P30

    いい換えれば、他の声に耳を貸さず、すべてをその問題に関係させて、鋭敏に研ぎ澄まされた心で、「これだ!」という声を待っている状態であるという。その間、何をしていても良いのである。

    「考える」とは何もうんうんうなって頭を抱えることではない。
    「考える」とは問いを携えつつ世界に耳を傾けることである。
    問いが生まれるのはすでに常識という足場があるからだ。そして常識を否定しその地平から離陸できるのは、言葉の力を持った人間だけである。
    さらに常識の地平をゆるがす地震をもたらすのは、自分とは異なるパラダイムを持った他者の存在にほかならない――。

    ・変なヒト、本に出会う
    それが哲学を広げること

    ・考えるってのは
    足場を変えること
    軽やかに踊ってみせること(146頁)

    大きく6つの章で構成された一冊。
    【「考える」って何をすることだろう】
    【問いのかたち】
    【論理的に考えるだって?】
    【ことばがなければ考えられない】
    【見えない枠】
    【自分の頭で考える?】

  • あまりに自分が考えるという行為に鈍感かつ苦手意識があると最近痛感したので手にとった本。哲学の本ではないかもしれない。しかし細やかに考えるという行為の意味を段階に分けてひとつひとつ問い、より良く考えることについて穏やかに書いてあった。たくさん学び、吸収し、この本に書いてあるように細やかに考え柔軟さを持つ人間になりたいとおもった。少なくとも、考えるということには、大きな価値がある。考え続けたい。

  • 文庫Xで有名なさわや書店フェザン店の書店員さんの[包丁を知らない人に包丁を渡すようなもの]というポップに惹かれて読んだ。

    そのポップには、料理をするにあたり、包丁を知らなければ切ったりむいたりするのに四苦八苦する。その人に包丁を渡すことで料理をしやすくする。ということの考えることに置き換えたときの包丁にあたる書物だと書いてあった。

    読んでみた結果は、確かに、考えることとは何か。考えることがわからなくなったとき、どのように対応するか。がなるほどなあと思う形で書いてあった。

    ・考えることは、頭の中で論理を練り練りすることではなく、問いに対して耳を澄ませてそれが結びつくのを待つということである。

    ・自分の頭で考える と言うが、考えるためにはイメージや言葉や実際のものを動かして考える。人や外界からの刺激はむしろ考えるために必要なもの。

    全体的にほんわかした語り口で読むのが苦にならない。プーさんの話も非常に和んだ。また読みたい本。

  • フレーム問題が目から鱗だった。
    常識ってもんは無数にあって、ころころと変わっていく。
    自分の常識を知るには、違う常識と触れること。勝手に自分の常識というフレームがあぶり出される。
    場面に応じた常識。何となく使い分けてる目安というか、この常識は、機械には無いということ。
    これも鱗だった。

    ティーカップにお湯を入れたら株価が暴落するかもしれない?
    考えるわけない。
    常識。


    論理に大事なのは
    前提の正しさじゃなくて
    前提の意味。

    は、または、ではない
    こいつらの意味が大事なんだ。
    例えば

    イコールなのか属するという意味なのか


    夢の内容は全部論理的だ!
    ってのも鱗だったな。
    ただ単に非常識なだけだって。

    丸い四角とか
    結婚してる独身者とか
    そんなんが非論理的というんだ。
    確かに夢でもみない。

    「ずっと考えていた」
    ほんと?ほんとだよ。
    なんでもかんでもそれに結びつけてしまうんだ。
    考えていなかったら結びつくことがないようなことでもね。


    頭の中で考えることだけが考えることではない。
    外に出せ書き出せ話合え!!!

    なるほど。
    私は鱗が落ちる本が良い本だと思っています。
    沢山落ちました。哲学って頭痛くなるけど。

  • 「考えること」について優しく導いてくれる。
    利口じゃない私にはとても親切な作品。
    学生の頃に読んでおきたかった。

  • 考えるとは?

    ・「これはいったいどういう問題なんだろう」とまずは問いを問い直す
    ・同じことばで表現されていても、その背景に何があるかによって問いの意味は変わる(問いの持ち主は誰かという背景なしには問題にならない)
    ・前提の意味をはっきりさせる
    ・「もしかして?」で現実性から可能性の世界に入る
    ・手で考えたり、紙の上で考えたり、実際に手に持って考える

  • 「つめこんでゆすってはなす」
    ある程度考えたら頭を空っぽにする時間も必要。ヘウレーカ。
    論理は常識や経験を整理するためのツールであって、
    論理的であることと前提が正しいかどうかは別。
    常識に縛られず論理的に飛躍をするためには、足元である前提がしっかり固まってるかが大事。
    現実べったりでもなく論理的に縛られすぎない軽やかさ。ほしい。
    考えるためには言葉が必要。見える化が大事。おしゃべりが大事。自分の常識の枠を壊していく出会いが必要。

  •  話しかけるような分かりやすい文章に豊富なイラストがちりばめられていて、とても簡単でわかりやすい哲学入門書である。 一見簡単、常識と思っていたことをあえて問い直すことにより、思いもかけない答えが導きだされてくる。例えば、「考える」とはどういうことかという問いに対してはこんな風に答えている。答えの候補が現れたとき、いつでもつかまえられるようにチューニングしておくこと、言い換えれば、他の声に耳を貸さず、すべてをその問題に関係させて、鋭敏に研ぎ澄まされた心で、「これだ!」という声を待っている状態であるという。その間、何をしていても良いのである。確かに、アルキメデスが浮力の法則を発見した時も、ニュートンが万有引力の法則を発見した時も、机の前で呻吟していたわけではなく、研ぎ澄まされた心で過ごしていた時だったのではないかと思う。真剣に考えようとすればするほど、答えに到達できず、手のひらから漏れ落ちてしまう、そんな経験があるが、まさにこのことを言っているような気がした。

  • やさしい語り口で、「わかること」「考えること」をめぐって哲学的な考察を展開している本です。

    著者はすでに『哲学の謎』(講談社現代新書)という哲学の入門書を刊行していますが、そちらは伝統的な哲学の諸問題について二人の人物の対話を通じてわかりやすい紹介がされていました。それに対して本書では、ウィトゲンシュタインの思想がバックボーンにあることがうかがえるものの、基本的には著者自身の哲学的な考察が展開されており、一貫して哲学の立場から考えるということがどのようなことなのか、読者自身が体験できるような内容になっていると思います。

    植田真のイラストも瀟洒でたいへん気に入っているのですが、この本が自己啓発書や各種のハウツー本の印象の強いPHP文庫から刊行されていることに、どこか納得のいかない気分にさせられてしまいます。

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著者プロフィール

1954年生まれ。現在、立正大学教授。専攻は哲学。

「2020年 『語りえぬものを語る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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