- Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569692937
感想・レビュー・書評
-
(下)はトリニティ実験直後からスタートする。
我々が一番知りたいポイント、原爆開発者の態度が追求されているところに本書の真価を見出した。(相変わらず読みにくかったけど汗)
オッペンハイマーが原爆の使用を激しく後悔していたのは、(上)を読む前から拾い聞きしていた。しかし(上)ではその片鱗すら見せず、ドイツへ投下予定だった新型爆弾を使用せずに終わるのはいけないと意欲的にすら感じ取れた。(「三世紀にも及ぶ物理学研究の集大成を原子爆弾にしてはいけない」と忠告があったにも拘らず)
その一種の高揚感は(下)を迎えると同時に翳りを見せた。
広島・長崎のニュースを受けたアメリカは祝杯ムードだったという。ただ、オッペンハイマーを含む核実験の場にいた科学者たちを除いては。(海外で映画版を鑑賞した方の感想にある通り、ここでも被爆地の描写がなかった…)
投下の判断は国防長官が、最終決定権はトルーマン大統領が握っていた。でも原爆を開発したのは自分。終生続く良心の呵責はこの頃から始まる。核実験研究所の所長職も年内に辞任した。
「科学者は今、原子力を軍や政治家の手に残したまま、研究所に戻ることはできないことを知っています」
戦後オッペンハイマーを筆頭に、核実験に関わった科学者らは科学者協会を結成。核兵器拡散を防止するための国際的な管理の必要性、原子力の平和的利用を訴える。「トリニティ核実験の翌日からその働きをすべきだった」とオッペンハイマー自身証言していたのが、日本人としても強く脳裏に焼きついた。
全米、果ては世界中から「原爆の父」と英雄視されていた彼は、その影響力を利用して原爆よりも破壊力の高い水爆製造計画への反対を表明した。時は冷戦時代。ソ連に差をつけるための開発に反対したオッペンハイマーはソ連のスパイ容疑をかけられる。
FBIからはいつまでも自宅に盗聴器を仕掛けられ、外出の際は必ず尾行される…。自分の生活に当てはめるだけでも気が滅入る。思ってもいないことを口走ってもおかしくない中で、彼が自我を保っていられたのにはシンプルに驚嘆した。
しかし遂には公職追放され、赤狩りの犠牲となってしまった。
「彼はアメリカが好きだったから。それは科学に対する愛情と同じくらい深かった」
ピューリッツァー賞まで受賞した本書の何をアメリカ側は評価していたのか。
緻密な調査結果から浮かび上がったオッペンハイマーの足取り、後悔と苦悩。
アメリカでの初版から今年で18年。核への脅威は依然変わらないが、時間は進んでいる。
映画版の出来は気がかりであるが、彼の人生讃歌には決してなっていないはず。一人の男を通して、原爆は必要悪ではなく絶対悪だと伝わる出来であって欲しい。
日本への言及がなくても、まだこの世に原爆肯定派が存在しても、せめて時代を経て作られた映画くらいは正気であってくれと切に願う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
上巻に比べるとだいぶ読み易く、後半は一気に読み切った。
しかしストローズの執念と言うか怨念が恐ろしく、彼1人の思惑でオッペンハイマーが地位を追われた事によって、学問の世界はおろかアメリカ自体の国益もだいぶ損なわれたのではないかと思う。結局彼が危惧した通り核開発に歯止めがかからない現状になってしまった。
余談だがアインシュタインやジョン・ナッシュ、ナボコフ(ロリータの作家ナボコフのいとこだそう)などの名前も出てきて、その辺りの繋がりも興味深かった。
ある意味偉業を成し遂げた割には、順風満帆とは言い難い人生だったように見える。最後の方はガンが進行しその描写を読むのもなかなか辛く、思わず落涙。
映画化でどんな風になっているのか楽しみでもあり怖くもあるけれど、いずれにせよ復刊希望。 -
オッペンハイマーの伝記。
下巻は広島への原爆投下から
戦後の原爆の管理体制についての議論、
水爆の開発を経て赤狩りの渦のなか
聴聞会にてその地位を剥奪されガンで倒れるまでを克明に描く。
オッペンハイマーが水爆の開発に難を示した
考え方や経緯がよく分かる。
また赤狩り期のアメリカの風潮やFBIの果たした役割、
そしてそんな中でもエバンズのように
正しい判断を下せる人が少なからずいたことが印象的であった。
非常に人目を引く要素を多く持つ生涯であったが、
決して大衆が求めるような単純に悲劇的な人物ではなく、
彼自身の性格要素が招いた対立も多分にあり、
非常に複雑な人物であったと感じた。
当時の空気や原爆に対する考え方はとても勉強になる。 -
戯曲で表現された倫理観に悩む人物像を思い描いていたが原爆投下直後のことは、彼の人生の一部でしかない。天才ぶりと、家庭環境、なにより圧巻なのが彼の周りにいた学者の面々。
ヴァネヴァーブッシュ、アインシュタイン、フォンノイマン、ジョンナッシュなどのメンバー。彼らもまた政治的に無関係ではいられなかった。アメリカが極端にコミュニズムを排した時代の嵐が彼の人生を翻弄した。