戦後民主主義と少女漫画 (PHP新書)

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  • PHP研究所
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569705149

感想・レビュー・書評

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  • 大島弓子、萩尾望都、岡崎京子の3人を中心に、日本の戦後民主主義下における「少女マンガ」という空間がもっていた意義について考察している本です。

    いくつかの論点が示されてはいますが、おそらく著者の考えの中心になっているのは、主に70年代における少女マンガの役割を、戦後民主主義の「男性原理」からのアジールとしてとらえるという発想です。著者は、そのような空間をつくりだしたことに、いわゆる「二十四年組」と呼ばれる作家たちの仕事の意義を見るとともに、その後の消費社会の進展によって、そうした空間の変質を、岡崎京子の作品にそくして見ようとしています。

    タイトルからも明らかなように、大塚英志のこの分野における仕事が参照されているのです。しかし、本書における「純粋少女」の概念が「ベタ」な仕方で提示されていることには、議論の運びにある種の危うさを感じてしまいます。そのことは、大塚が現代のマンガやアニメにおける「キャラクター」の来歴を樋口一葉や私小説にまでさかのぼって検証していくなかで、「少女」というキャラクター性のもつ「メタ」な性格についてはっきりとした見通しを示しているのに比べると、明確になるように思います。

    たとえば本書では、大島弓子の『綿の国星』以降作品が、彼女がもっとも輝いていた時代から「後退」していると論じているのですが、大島における「ベタ」な日常への埋没と少なくとも同程度には、「ベタ」な少女性を称揚する言説に対する警戒心もたずさえておくべきだと考えます。

  • 2009年刊行。著者は写真評論家。戦後民主主義とは些か大上段な構え方だが、少女漫画をいかに捉えようかという点の軸として「純粋少女」を持ってきたのは悪くないように思う。ただ、こちらも少女漫画読みとは到底言えないので、「へぇー、そうなのか」と思いながら読破したところ。著者による有名どころ作家の代表作レビューがあるのが、ありがたい。

  • 大島弓子、萩尾望都、岡崎京子らを通して「少女」というものの存在を検証する。
    キーワードを挙げての「少女」の分析が的確でわかりやすい。時代に関係なく「少女」という役割が存在し、生き残る術をさがしていたことが、よくわかる。
    何で、今、「ハッピィエンド」が成立しないのかも。
    そんなに長くはないけど「かわいい」という言葉の使われ方の変化の考察も、興味深かった。それだけで、一冊本になりそう。
    ただ、タイトルにもある戦後民主主義については、もっと掘り下げないと書きたいことが伝わらないと思う。
    ただ。少女を通じて「純粋性を持ったまま社会に参加する」」方法のスタートとしての機能は十分、果たせている。

  • 語られている内容全てに共感することはなかったのですが、切り口が面白い一冊だとおもいます。純粋少女、という言葉をキーワードに、1970年代の二十四年組からはじまり、90年代と岡崎京子、ガーリーフォトなんかにも触れたりして。

    いかに純粋性を残しつつ社会に参加するか、
    少しでもシステムを変えていくという作業を
    出来るかということが大切なのだ

    というヒロミックスの言葉、好きだなあ。

  • この筆者の写真評論が好きでよく読んでいる。同じ筆者による「少女漫画」を表題に入れた本書を見かけてとても意外な感じがしたのだが、読んでみると共感できる部分が多かった。本書では個人と社会の関わりについての重要な視点と、新しい関係性を構築するためのヒントが示唆されていると思う。実は本書は優れたソーシャルネットワーク論であるのかもしれない。

  • 戦後民主主義と少女漫画 戦後民主主義についても少女漫画についての知識もない自分には少し難しかった。とにかく、社会情勢と少女漫画はリンクしているということらしい。 http://amzn.to/diFau9

  • 面白かった!(#^.^#)大島弓子「バナナブレッドのプディング」と萩尾望都「トーマの心臓」を中心に、戦後の少女の心の変遷を追う本書。丁寧に丁寧に少女漫画を読まれてきたことに敬服してしまう。少女漫画が時代との関わりの中で、いかに姿を変えてきたか。また優れた漫画家たちによって、少女たちがいかに「自分」の気持ちを開放させてきたか。大島・萩尾両先生に多大なリスペクトを払いながらも、冷静に分析し、ただの礼賛になっていないところも新鮮だった。リアルタイムで読んでいた人だからこそわかる、時代や他の漫画との関わりが非常に面白かったし。

  • まるで大塚 英志の様な題名ではないですか。
    でも、あんまり政治よりの話ではなかったです。というか、あんまり一貫した語りじゃない印象です。

    大島 弓子論からはじまるのですが、論旨的には、

    「昔の大島 弓子は良かったが、『綿の国星』以降の大島 弓子は、イマイチだ」

    みたいな感じなのですが、それは、ただ単に、自分がそういう物語に感応できない年齢になっただけにしか見えないんですよ。

    わたしは、今、大島 弓子がかいているマンガも、ものすごく深いと思います。
    日常の風景の中から、彼女が、なにを切り取ってきているを考えると、

    「少女漫画的な空間の緊張感を保ちきれない」

    とは、とても書けないと思います。

    オメエが、ゆるみきってるんだ!

    まあでも、岡崎 京子が、大島 弓子の後継者だというのは、言われてみればたしかにそうです。今までは、そういう目で見たことはなかったから、ちょっと感動しました。

    でも、「かわいい」がファシスト的であぶないとかきながら、自分は「純粋少女」のピュアなところをもっていると宣言する男は、やっぱり、ちょっと信用できないと思った1冊でした。

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著者プロフィール

1954年宮城県生まれ。写真評論家。
1977年日本大学芸術学部写真学科卒業、1984年筑波大学大学院芸術学研究科修了。主な著書=『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書、1996)、『私写真論』(筑摩書房、2000)、『デジグラフィ』(中央公論新社、2004)、『写真を愉しむ』(岩波新書、2007)、『増補 戦後写真史ノート』(2008、岩波現代文庫)、『アフターマス―震災後の写真』(菱田雄介との共著、NTT出版、2011)ほか。

「2017年 『キーワードで読む現代日本写真』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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