雲は答えなかった 高級官僚 その生と死 (PHP文庫)

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  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569761558

作品紹介・あらすじ

『そして父になる』で世界の「コレエダ」となった映画監督が、若き日のドキュメンタリーをもとに自ら筆をとった傑作ノンフィクション!

感想・レビュー・書評

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  • 20141028読了。
    映画監督、是枝裕和の初著作。水俣病に関わった官僚の死を取材し、ドキュメンタリー番組として放送されたものにさらに取材を重ねてまとめられたノンフィクション。
    日本の高度成長の負の遺産、水俣病。自分がその病気と政府の対応について全く知らなかったことがまず衝撃。「水俣病」という名前は知識として知ってはいたが、経済成長を優先させるために被害者への補償やを切り捨てる政府の対応。そのひどさや、政治家・官僚と呼ばれる人たちの保身、「臭いものには蓋」主義に震えるほどの怒りを感じる一方で、冷徹な官僚になれなかった山内さんのもがき苦しむ姿が辛すぎる。死へ向かっていく姿と支える奥さんの姿は涙なくして読めなかった。
    口下手な一方で、詩で自分を表現する。なんて不器用な生き方だったのだろうか。

  • 本書は昔、フジ系列のnonfixという深夜のドキュメンタリー番組で放送された内容を書籍化したもの。

    初めて是枝さんが作った(28歳の新米ディレクター)ドキュメンタリー「しかし・・福祉切り捨ての時代に」。
    福祉行政を歩んだ高級官僚の自殺と生活保護が受けられず焼身自殺した元ホステス。2人の人生を交差させつつ戦後日本が歩んだ福祉行政と福祉切り捨ての時代様相に迫った内容だ。

    私事だが、大学1年のとき講義でこのドキュメンタリーを見た。

    いまでも覚えている。

    官僚=悪、市民=善という善悪二項対立で作るのでなく、あくまで2人の人生の歩みに迫った内容だった。
    2人の生と死が福祉を媒介にして交差していく。
    いたずらに社会正義を振りかざすこともなく、スキャンダルに描くわけでもなく、取材対象者に真摯に迫る手法と内容に感動した。

    本書の記述は自殺した山内豊徳という一人の官僚とその家族に重点を置いている。特に山内夫婦のあり様が事細かに描かれている。どのように出会い、苦しみ、別れたか。夫婦の歩みにぐっと迫る様が映像という媒体と違って夫婦の物語を紡いでいる。一遍の小説を読んでいるようだった。



    余談だが。
    この本を読んで、なぜ是枝さんはここまで山内個人の生と死を、そして夫婦の歩みを細やかに記述できたのか。ドキュメンタリーを見た時点でそう思った。よくここまで奥さんに取材できたなあ、と。

    これには訳がある。
    是枝さんはある対談でこのドキュメンタリーについてこんなことを話していた。
    全ての取材が終わり、ドキュメンタリーもつくり終え、本も執筆したことを山内の奥さんに報告しに行った。


    そのとき奥さんはこういった。


    「なぜ初めて会ったあなたの取材を受けたのだと思いますか?」。


    是枝さんは分からず「どうしてですか?」と訊いた。

    すると奥さんはこう答えた。

    「初めて家に取材に来て、亡くなったご主人について話を聞かせてほしいとモジモジしながら喋っていたあなたの姿が、自殺した主人にそっくりだったんです」。


    是枝裕和という若きディレクターが一人の官僚をドキュメンタリーの題材として選んだのではなく、山内豊徳という人間の生と死が是枝裕和という表現者を選び取った。そうでないと作れないドキュメンタリーで、そうでないと書けない本である。

  • 山内豊徳氏という高級官僚の生と死を通して、職業と家族と自分との問題を考えさせられる。

    俺は彼のように純粋に、「力に負けずにあくまでも正しい者の味方をする」こともできないし、また彼のように不器用に、「現実にしごと(彼の場合は行政)を適合させていくことができない」こともないし、さらには彼のようにすべての人に誠実に対応しようとするあまり、「決断を遅らせたり、その発言を歯切れの悪いものにする」こともない。

    しかし、そういう彼の特徴として書かれている部分は俺の中にも少なくない。そしてそれは、個人としては尊敬に値するものだ。

    彼の死は、家族にとっては悲しい出来事だったろう。しかし彼自身にとってはどうだったのだろう。死の瞬間、一度は死ではなく失踪を試み、そして翻って自宅に戻り、午後から出社すると偽って自室で死に向かった時に彼の心象風景はどのようなものだったのだろう。もしかしたら、彼にとっては家族よりも公共性が重要であったようにも思えることから、官僚としてできるだけのことはやった、やった結果として、ある必然の死だったとすれば、それは、あながち「悪い結果」ではなかったのかもしれない。

    そう考える時、「彼のような不器用さでは社会には通用しないのだ」という感想は、少々的をはずしていることになる。「彼のような不器用さがあってこそ社会の中で自分たりえるのだ」と。

    しかし、そのことと、自分にとっての幸せとはまた異なる。何とも、答えのない海に放り出されたような気分だ。

    【追記】あとがきを読んで

    筆者によるあとがきに、こうある。

    「山内豊徳という人間は~中略~やはり加害者側の人間であったと言わざるを得ないし、又同時に時代の被害者でもあった~中略~彼はそのふたつのベクトルに引き裂かれながらアイデンティティの二重性を生きた~中略~多くの人はこの内なる加害者性と向き合うことが辛くて、目をそらしているに過ぎない。」

    この内なる加害者性こそ、俺が「先生」と呼ばれる職から逃げ、そして今の民間の業務においてすら「一歩踏み込めない」原因になっているものだと思う。

    しかし、内なる加害者性に挑んだ山内氏。彼を突き動かした「数や力では無く正義に味方する」という態度。そういう強さを目指して、やってみようと思う。

  • 【読書その73】厚生省の大先輩である山内豊徳氏を知ったのは、大学時代。父の本棚に山内氏の著書「福祉の国のアリス」を見つけて手に取った時である。その本は厚労省に入り、福祉をやりたいという自分の気持ちを大いに奮い立たせるものだった。
    その後、この文庫「雲は答えなかった」というタイトルに変更される前の「しかし・・ある福祉高級官僚 死への軌跡」を手に取った。そのときの自分の想いと現実に阻まれて死を選んだ山内氏の衝撃は今でも覚えている。
    あれから約10年。自分も来月で社会人10年目。家族を持って、この本を読んで感じるものも明らかに変わった。自分の想いと現実との狭間、レベルは違えど役人であれば必ず経験するはず。今後自分も色々な場面で経験するだろうが自分に嘘をつかずやっていきたい。

  • エリート官僚の自殺を、その人生を丹念に追うことで描いた作品。

    主人公(山内さん)は、官僚として出世をしていく中で、だんだんと理想やポリシー、優しさは、力を失っていき、むしろ邪魔になる。駆け引き、政治力などのバランスをいかに要領よくとれるか、いかに現実的に時に冷酷に現実と向き合い、自分のエゴを通せるか、その現実と理想のはざまでもみくちゃにされ、また体力的にも精神的にも限界が来て、遂に死を選ぶ。
    まさに政治の世界は妖怪魑魅魍魎の世界、善意、倫理感だけでは生きていけない、自分を客観的にみて常に世の中との距離を測りながらコントロールしていく冷静さ、冷酷さがないといけないのだと感じた。

    奥さんがいっているように、なぜ死んだのかは全くわからない。若き是枝さんも原因を無理やりつけるようなことはしない。死を選んだことの本質的な説明は、本人でも説明できないのではないか。論理的なものではなく、本能的な死のようにも思える。

    時代の空気感、今の時代よりもより経済的な部分が精神的な部分よりも、当然勝っているという世の中の風潮が強かった。ということを感じる。

    また、新婚のころから奥さんに仕事の話をしない、山内さんの責任感の強さ、弱音を吐かなく、自分の信念に沿ってやりきる心が、裏目に出てしまったのかなと思った。

  • 自分のなかで考えを進めていく。ああだからこう、こうだからそう、というように順接を駆使して、考えを前に進めていく。そうやって考えを進めていると、どこかの段階で「しかし」という言葉が浮かんでくる。これは自動的にそうなる。べつに考えを前に進めたくなくなるわけではないのだが、唐突に浮かんだ「しかし」はそれ以上考えが前に進むのを食い止める。止まるどころか、それまで進んできた道を引き返しはじめる。
    「しかし」の威力は強烈で、来た道を一気に取って返すこともしばしばである。「しかし」と思うことは積み上げた思考の積み木をガシャンと崩す行為に似ている。すべて間違いだったのではないかと思い込んでしまうのも珍しいことではない。
    そのとき、間違いだったと思い込んだまま、また一から始めることもあれば、そうしないこともある。浮かんだ「しかし」をやり過ごして、積み上げてきた思考に順接を継ぎ足していくのである。「しかし」の「しかし」である。「とはいえ」という言葉がふさわしい。
    「とはいえ」という言葉は「しかし」より弱い。なにか宥めるような調子をふくんでいる。まあまあ、という気弱な態度であり、「しかし」の刺すような、刺し違えることを物ともしない態度とは根本的に異なる。
    「とはいえ」を含んだ思考は脆弱さを内包することになる。そのままでは強い考えに対して直接向き合うことさえできない。数をたのみにしたり、笑いにまぎらしたりして、弱々しく、強い考えを黙殺しようとする。
    「事情」に殉じる覚悟をもたないといけないのが大人というものなのかもしれない。この本では「高級官僚」という言葉で象徴されている。

    「しかし」というのは内向きの言葉だ。何かを説明するときに逆説を生のまま放り出すことはできない。一方からの視点であるというエクスキューズが必要であるとすれば、説明者は「とはいえ」という言葉を駆使する必要がある。
    とはいえ、「しかし」という言葉は一時的に隠せたとしてもなくなりはしない。「とはいえ」を駆使するうちに、内向きの「しかし」が弱まっていったとしても完全になくなることはないのではないか。

  • 最近読んだ奥泉光の『東京自叙伝』と、ちょうど対になるような作品だと思った。フィクションである『自叙伝』の主人公が無責任な現実主義者として飄々と描かれていくのに対し、ノンフィクションである本書の主人公は、現実と理想の間で苦悩する人物として丁寧に描かれていく。そして両書とも近現代の日本社会について同じようなことを語ろうとしているように思われる。ノンフィクションとして極めて良質。20年以上前のノンフィクション作品が、今また再刊されるのも頷ける。

  • 916

  • 是枝監督がこんな本を書かれていることを全然知りませんでした。そして黒を白と言いくるめるような現政権の元で、同じように良心との板挟みに苦しむ官僚は多いのではないだろうか。でもその状況を作り出しているのもまた同じ「官僚」であるところが悲しい。

  • 私は、是枝裕和監督の作品をDVD化されているものは概ね見たはずだ。少なくともレンタル屋さんに並んでいる限りは。
    その作品の根底に、山内豊徳氏との出会いがあったことをこの著書を読みながら、納得させられている。
    数々の経済的に恵まれていない人々が、日本という大きな仕組みの中から抜け落ちている。
    それを実際に垣間見て、どうにかならないかと苦しんで、しかしどうにも出来なかった一人の人物が、この本の主人公である、山内豊徳氏である。
    人間的に愛情溢れる心持ちをしながら、非情に成らざるを得ない福祉政策を進めているその矛盾を惜しげもなくこの作品は捉えている。
    図らずも、彼の生き様を知ることで、現代を生きる我々にも、多くの示唆を与えるとともに、安易に日々を過ごしていることに、警鐘を鳴らしている一冊ともいえる。

    世の中は常に変化するし、現代社会を支える経済環境は刻々と、人々の生活を変えようと強制力を発揮している。
    しかしながら、食べ物を食べて、成長して、子供を産み育て、やがて死んでいくというライフサイクルはそう簡単に変えることが出来ない。
    同時に、生活してきた環境も、簡単には変えられないと思っているのが、一般的な人間であろう。
    国の負債は増える一方で、民間の経済環境も、働き手やリタイアした人々を支える余裕がなくなりつつある。
    そんなときに、山内豊徳氏のように、行政職員として悩みを抱える人はやはり避けようがないだろう。
    そんなときに、何が必要なのか、山内氏の生き様を追うことで想定できる対策はかなり多岐に及ぶはずだ。

    人々同士の接点がどんどん薄くなるほど、人を求める人間はどんどん増えていく。
    この矛盾を抱えて、変えざるを得ない状態にあるも、小手先の対応しか出来ていないのが現代日本である。
    何度も何度も、山内氏の生き様から考えることは、今後の日本の仕組みを形作るためにも、とても大切なことではないかと、本著を読み終えて考えさせられている次第である。

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