氷川清話といえば、勝海舟の語録や句を集めたものだが、読んでみて勝海舟の人柄が見えてくる。江戸っ子気質で、ことの本質をしっかり見抜き、ユニークな切り口で語る海舟の言葉には響くものがある。的を射た句がたくさんあるが、私は、これが心に刺さった。
「全体、事の起こらない前から、ああしようの、こうしようのと心配するほど馬鹿げた話はない。時と場合に応じて、それぞれの思慮分別は出るのだ。第一、自分の身の上について考えるが良い。誰でも、はじめ立てた方針どおりにキチンとゆくことが出来るか、とても出来はしない。元来、人間は明日のことさえわからないというではないか。それに十年も五十年も先のことを、画一の方法でやろうというのはそもそものまちがいの骨頂だ。それであるから、人間に必要なのは平生の工夫で、精神の修養ということが何より大切だ。いわゆる、心を明鏡止水の如く磨き澄ましておきさえすれば、いつ、いかなる事変が襲うてきても、それに処する方法は自然と胸に浮かんでくる。いわゆる、者来たりて順応するのだ。おれは昔からこの流儀で以て種々の難局を切り抜いてきたのだ」