- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569801612
作品紹介・あらすじ
失敗を赦す社会か?徹底して排除する社会か?犯罪抑止力として、社会復帰のための施設としての刑務所、少年院の役割を問う。
感想・レビュー・書評
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経済学がテーマの本ではあるが、日本における犯罪者への処遇、刑罰や刑務所の内情、そして元・刑務所収容者への更生支援の実情も分かりやすく記載されていて法律を学ぶ人間にも大変勉強になる本である。
少額の窃盗でも繰り返せば懲役刑になる可能性がある。300円のパン1個を何度も盗んだ窃盗犯を刑務所に収監し、半年間懲役刑に就かせ、釈放までにかかる費用は約130万円ほど(本書刊行時、2011年)そのお金は税金から支払われる。
犯罪を犯した人間が社会に与えた損害とその犯罪者を収監し、懲役刑を科して何年も刑務所で生活させるために必要な費用。後者が前者よりも重くなれば刑罰の意味を考えなければならない。しかし日本の司法は犯罪被害者への救済が不足している。そのため傷つけられた被害者の感情は加害者へのより一層の厳罰を求める声へと変化し、結果として費用はさらに増えてしまう。それだけの費用をかけて、出所した人間が本当に更生できているのか。
刑務所に収監された人のうち、知的障がい者や低学歴の人間の数は非常に多い。それらの人々が犯罪に手を染めた原因にはそういった障がいや経歴が関係していることも多いという。
犯罪者が同じ犯罪を二度と犯さないように自分自身を理解し、自尊心を回復し、反省して更生するには刑務所での手厚い支援が必要になる。しかし刑務所は常に手一杯で、刑務官という仕事もインセンティブを得られるような仕事ではなく本人達のモチベーションも保ちにくい。
このような現状に対して、経済学の観点から評価し改善点を提案しつつ、日本の更生支援について様々な活動や機関も紹介されていて、非常に勉強になった。
ニュースで犯罪者が懲役刑になり刑務所に収監されたのを見て、やれやれ一安心だ、もう自分には関係がない。そう考えることも多いだろう。しかし本書にも書かれているが、刑務所はゴミ箱ではない。見たくないものを刑務所に押し込めておけばそれで終わりではないのだ。
10年近く前の本なので、紹介されている内容が現在と少し違うこともあると思われるが、非常に有用な本であると思う。
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受刑者一人当たりの収容費用は年300万円。刑罰を重くして収容にかけるコストと、軽くして社会で受容するコストについて、経済的な観点から比較・検討したもの。
犯罪者を罰することにコストをかけるよりも、犯罪者を出さない社会の構築に支出する方が有益。
厳罰化はアメリカでは一定のコスト合理性は存在するが、地域と犯罪の種類に依存する。日本では検討に値する有意なデータが存在しない、と結論。
タイトルの経済学に関する話は1-2章だけで、3-6章は日本の刑事裁判や更生制度に関する非合理性について指摘している。
社会としての便益まで考えると、答えの無い問いかなぁと思う。 -
排除するとかえってコストがかかりますよ、という観点から、失敗を赦す社会、再チャレンジを認める社会を構築していきましょうよ、と呼びかける本。
逮捕、送検、懲役6月の実刑、満期出所、この流れの間、概算で130万円の税金がかかる。受刑者一人当たりの年間収容費用は300万円。他方、年間の生活保護費は単純計算でおよそ170万円。刑務所に入れてはいおしまい、ではなく、確実にかかっているコストも意識すべきだということ。
キーワードは「比較優位」。他人と比べるのではなく自分自身の能力を相対的に比べ、各人の比較優位を生かして生産活動を行う方が、全体として社会の利益は大きくなるという経済学の考え方です。比較優位の考え方からすれば、どんな人でも、排除するのではなくその人の比較優位の点を生かして社会を成立させていくほうが、社会にとってプラスです。こういうアプローチで、優しい社会を目指そうという主張、新鮮でした。
少年犯罪とともに取り上げられていたサイコパスへの主張も面白かったです。反省を求めても特に意味のないサイコパスは、それを生かせる分野で犯罪と縁なく活躍してもらいましょう、と。
応報はその存在意義かやむをえないと思うけど、社会復帰した人たちに対しては、比較優位を活かして受け入れていく社会でありたい、と思いました。 -
軽犯罪の場合は、刑務所にいれるよりも、社会奉仕活動をさせた方が良いといのには賛成。
無駄な金使わなくてもよいし。
産業廃棄物を山の中に捨てたやつには、社会奉仕活動として、その100倍回収させるとかをさせればよい。
https://seisenudoku.seesaa.net/article/472425865.html -
「300円の万引きの後始末には130万円の税金がかかっている」。それだけの費用をかけ裁判所や刑務所に任せさえすれば、犯罪者は更正するのだろうか。本書は、わが国では刑事犯罪を対象とした経済分析が手薄・遅れているという。施設運営や社会復帰・更正にも経済学でいうインセンティブの理論を用いて当たるべきことを説いている。触法者であれ障害者であれ、どんな人間でも社会から排除して「無力化」(閉じ込めること)こそ何の利益にもならないのである。比較優位の理論を使って社会の一員としてとり込むことが合理的なはずであるという。
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なるほどなぁ。別の見方ができるようになった。
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赦すとは?反省とは?刑務所が障害者の福祉施設となっている現実。刑務所を経済学の見地から分析する。
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経済学帝国主義って言葉があるらしい。社会のいろんな分野に経済学が口を出すこと。でもそういう観点からの分析も確かに重要だな。刑事司法だって,正義とかだけじゃなく,経済合理性も無視しちゃいけない。
犯罪の内容とか裁判の経緯とか,判決がどうなったとかで普通人々の関心は終ってしまい,刑務所での処遇とか,出所後のことなど,殆ど注目を集めない。著者はそれを大変憂慮。刑務所の事なかれ主義とか,矯正の実効性とか,保護観察の問題とか,一向に改善しないのは世間が関心を寄せないからでもある。
本書は,経済学者が書いた(主に刑務所の下流の)刑事政策の本。そんなに具体的に経済学を適用しているわけではないけれど,犯罪を犯してしまった人たちや障害者など,社会から排除され,不可視化されている人たちに,居場所が必要なことを,比較優位の原則を援用して訴えている。
実際に刑務所に収容されている人って,高齢者,知的障害者がかなり多くを占めるようだ。凶悪犯罪とかばかり報道されるからって,受刑者がみんな怖い人たちってわけではないんだよね。あたりまえだけど。そういう人たちに,犯罪者の烙印を押して社会から排除するのは,結局社会のためにならない。
ただ,第五章「少年犯罪とサイコパス」の後半で,世の中には極めて冷静で戦略的,自己中心的で良心をもたない先天的脳障害「サイコパス」が結構な割合でいると言っている。こういった人たちへの対処として,その特性を社会に活かすような仕組みが必要だと言うが,いったいどうすればいいのだろう?この部分だけ異色な内容で違和感があった。 -
はじめてこの手の本を読む者にとっては有用だろうが、そうでなければあえてこの本を読む意味は無い。私にとっては、新規な情報は全くなし。一般向けの本だったのだ。手にとった私が間違っていた。
「法と経済学」のことが頻出するが、引用されている文献や議論の仕方に偏りがあるように思う。アメリカ本国では、すくなくともこの手の議論は、筋が悪いとされつつあることを指摘できるように思う。
「法と経済学」の文献ばかりが挙げられていて、抑止等の犯罪学的な視点を述べながら、いわゆる一般的で単純な経済モデル(個人的にはこれらがなくても説明できると思う、こうしないと「経済学」にならないのだろうか?)による説明ばかりがなされており、かなりの蓄積がある英米の実証的な犯罪学ついて引証が挙げられていないのはどういうわけだろう、いまいち合点がいかない。
日本では、実証研究する際の前提条件となるデータが、制度およびその恣意的な運用によって研究者にさえも明かされないという情報公開の問題点を、法学者や社会学者らが問題にしているのだから、これらの問題点を強調して欲しかった。例えば、本文中の受刑者(「犯人」ではないぞ!w)一人あたりの費用は、総予算から単純に頭割りしただけの推論である。つまりは、日本の刑事行政は、英米並みに「経済学」的に事の是非を論じる以前の状態なのである。