大正の后(きさき)

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  • PHP研究所
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569820804

感想・レビュー・書評

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  • 明治、大正、昭和、平成。
    平成も終わりが見えるようになった今、大正天皇の時代のことをどれほど知っているでしょうか。

    大正天皇の妻、貞明皇后の伝記小説です。
    九条家の三女節子(さだこ)は、当時の風習で、幼いうちは農家の里親の元で、のびのびと育った。
    いかにも健康だったのが、お妃に選ばれる決め手となったという。
    15歳で、皇太子と結婚。
    東宮嘉仁(よしひと)のちの大正天皇は、子供の頃の脳膜炎が原因で身体が弱く、学校を休みがちだったり、毎年の静養を必要としていました。
    若い皇太子妃は、慣れない宮中のしきたりに苦労することになります。

    父の明治天皇はそれまでの慣習通り側室が何人もいたのですが、夭折した子も多く、皇太子は家族との縁が薄い育ち。
    夫妻はどちらも側室の出生でそのことに悩み、側室を置かないことにしました。

    幸い夫婦仲は良く、現代よりは堅苦しくともまずは幸福な家庭だったようで、4人の男子に恵まれます。
    現代の皇室って、ほとんどここで出来上がったようなものですね。
    当時は華族もいて、皇室を支える層が戦後とは違ったわけですが。

    明敏な皇后は天皇に寄り添い、天皇が病に倒れたあとは皇室を取り仕切り、元老とも渡り合ったとか。
    大正天皇はやや病弱であったのを誇大に伝えられていたようで、奇行があったという説は事実と違うそうです。
    その皇太子(のちの昭和天皇)が20歳のときには摂政となったので、昭和天皇の時代が長いんですね。
    皇太后となった節子は、戦時中も疎開することを拒み、気丈に振る舞ったとのこと。
    それほどの女性だったとは知りませんでした。

    江戸時代までの天皇は、女官たちにかしづかれて宮廷の奥深くで暮らしていた。明治天皇もそう育ったが十代のある日、政治の表舞台に立たされた。
    国の代表として軍も統帥し、雄々しくあるようにと求められたのは最近のことなのだと、節子が理解するところがあり、そう言われればなるほど‥
    形を求められても、当時から実権がそうあるわけでもない。

    天皇家も激動してきたのですね。
    そして今も変わりつつある?

  • 2014.12.12読了大正天皇の妻、貞明皇后の伝記小説。九条道高の三女節子(さだこ)は、幼い頃、武蔵野の村の里親の元で育てられ、外で元気に遊んでいたため幼少の頃は九条の黒姫様と呼ばれるくらい色が黒く健康だった。後に大正天皇となる東宮嘉仁(よしひと)は健康面に不安があり、そのため妻には健康な女性がいいと節子は望まれて結婚。側室は置かず、四人の男子を成し、初めて一夫一婦制を確立させる。大正天皇はその時代が短く、殆ど意識されることがなく、また、意識されることがあっても先天性の障害があったとか、奇行があったとか芳しいものではなかったが、この作品では病弱であったものの聡明で開明的な姿が描かれており、目からウロコだった。また、明治から昭和にかけての史実が皇室の立場から、また、なかなか垣間見ることができない皇室内部が描かれ大変興味深い一冊だった。

  • 日本が揺れている今こそ読んでほしい。
    大正天皇に嫁いだ皇后目線からの2つの世界大戦を綴った小説。

    あの戦争はいかにして始まり、どうして終えられなかったのか。
    「戦争など起きないと高をくくっていても、気づいた時には始まっており、そして終えられなくなる。それが戦争の実体だった。」
    どんな権力もどんな知力も大きな流れを前にしたら、なんと無力になることか。

  • 大正天皇の妻、貞明皇后こと、九条節子が主人公。
    物語としては、始めから大正天皇が死ぬまでのところに
    ページを割きすぎて、昭和以降は駆け足で終わらせた印象がぬぐえない。ただ、最後、日本国憲法について、憲法があるから、日本は戦争はしないだろうと妻の喜久子が言ったのに対して、高松宮が「戦争はしないと思うのが怖いんだ。日本だって戦前アメリカと戦争しないと思っていただろう」と返したのが衝撃だった。今の日本がそんな方向に走っているので余計そう感じる。

  • 「きっと年寄りたちは、昔の景気が忘れられないだと思います。そして若い者たちは隣国を憎むことで、仕事がないという不満を忘れたいのでしょう」
     世界大戦当時の好景気を知る世代は、その再来を望んでいる。一方、若者たちは近隣諸国の人々を貶めることで、選民意識に酔っていた。 (P289)
     皇太后が疎開しなければ、天皇は疎開するわけにはいかない。いくら息子といえども、天皇に指図はできない。その代わり、今すぐ戦争を終えてほしいという暗黙の了解を、伝えることはできる。
     天皇の命が大事ならば、とにかく戦争を終えるしかないのだと、節子は自分の命をかけて、閣僚や軍人に訴え続けていた。無理は承知の上での主張だった。 (P312)
    「今の戦争の原動力は、指導者ではなく、大勢の感情です。最初は南京陥落の熱狂でした。そして今は、死んだ者に申し訳ないという慙愧《ざんき》の念です。大勢の命が失われたのだから、今さら降伏などできないという、後ろ向きの感情です」
     理屈は彼方に追いやられ、そんな激烈な感情だけで、殺し合いが続けられている。 (P319)

  • 大正天皇と貞明皇后の苦悩がよく分かりました。
    近代史は分かりにくいと思っていましたが、この本を読んで改めて整理できたような気がしています。興味深かかったし、小説としても面白かったです。

  • 植松みどりは男性を書いたものの方が好きかなあ。王家に関してこれだけ書けるのはまだタイじゃ難しいだろうなあ。
    2018再読。彼女の意思の通し方がその時代らしく。

  • 2015.02.18読了

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著者プロフィール

歴史小説家

「2019年 『梅と水仙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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