文系の壁 理系の対話で人間社会をとらえ直す (PHP新書)

著者 :
  • PHP研究所
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レビュー : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (215ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569825335

感想・レビュー・書評

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  • 積読になっていた新書から。
    「バカの壁」もあったので、もう少し文系視線での壁のお話かと思っていたら、普通に理系の人が世の中を語っているだけという感じ。
    文系出身ながら、理系の人の多い職場環境で過ごしてきたからなのか、特に分けて語る必要もないよなと思ってみたり。
    改めてSTAP細胞事件のおさらいが出来たのはよかったかな。

  • なんかもっと面白くなりそうなのにな〜。
    個人的には名大、理研、長野、毎日と
    自分に関わりのあるワードばかりで
    なんだかいらぬ親近感を抱いてた( ´ ▽ ` )

  •  サブタイトルは「理系の対話で人間社会をとらえ直す」とあり、養老孟司が4人の理系の研究者や理系出身の記者らと社会や人間や脳の問題についての対談。ちなみに帯には「文系が意識しづらい領域を、四人の理系の知性と語り合う」とある。
     おれが文系なので、こういうタイトルとか帯の文句を読むとほんと文系でスミマセンという、文理のミゾを感じずには入られないが、別にそんな卑屈にならなくても、文系のおれでも読めば面白いし、もっと養老孟司の本を読みたくなった。(というか養老孟司って大学受験で読んだくらい。)だからこんな意地の悪いタイトルにしなくてもいいのに、と思ってみたり。
     それにしても単純に理系のことについておれがあまり分かってないので、勉強になる。「ほとんどの医者は自分のことを自然科学者だと思っているでしょう。今や、医学部にも数学ができないと入れなくなってしまいましたが、医学において必要になる数学は、せいぜい統計学くらいです。統計学にしても、もはや数学とはいえないかもしれない。データの取り方で結果はまったく違ってくるわけで、見ようによっては統計学は嘘ばかりと言ってもいいくらいです。厳密に統計学に取り組もうとすると、今度はプロの数学者でないと手に負えない。本当の統計学は、非常に難しい分野です。」(p.25)なんて厳しい話。そう考えると教育学と医学なんて変わらないんじゃないか、と思ってみたり。あとその話の続き、「健康管理をしないほうが長生きする」という話があって、「要するに、ストレスが多いから長生きするはずがない」(p.26)なんて、当たり前だけど、改めて言われると、なんかおれの生き方すら考えてしまった。あと、p.74で麻酔薬を打って意識がなくなる理由はまだ分かっていない、というのは驚いた。そんなことも分かってないのか、という感じ。ちなみにその後「だから僕は、『科学的に証明された』なんて言うやつは一切信用しない。前提を考えたことがないって言ってるのと同じですからね。」(p.74)というのも、別の厳しい話だった。「前提を問う」のは「哲学なんか典型的」とあるけど、哲学的な訓練を受けていないと前提を問う学問、というのは本当に頭の良い人じゃないと出来ない気がする。だから養老先生に言わせれば、どれもこれもそもそも学問じゃないということなのだろうか。さらにその後、「サイエンス」という枠組みで「ルール」になっている「再現可能性の担保」について、「生物をやっている人が信用するのは、『ある範囲』ですよね。『こうなりました』と言われたときに、『八割はそうですね』というふうに見てるんです。そうは言わないですけど。でも、ほかの物理、特に工学系の人は、ほぼ100%再現性があると思っているでしょう?」(p.76)というところに、理系で一くくりにできない決定的な差異があると思う。この話は、後でも話題になっていて、「僕は、理系の科目の分け方がまずいと思ってるんです。生物学じゃなくて、フィールドサイエンスにすべきですね。フィールド系と実験室系は、非常に違いますから。」(p.184)という部分。確かにこういう違い、という話だったら「文系が記しづらい領域」と言えるかもしれない。あと、「手軽なVR」を開発している藤井さんによれば、「人間もそろそろ進化しないと。これは形態とかじゃなく、認知的進化で、複数の現実があるということを当たり前に受け止める大人になるということです。『そっちから見るとそうなるのか(僕は嫌だけど)』という新たな認知ですね。だから、相手を本当に否定することができなくなるんです。『俺は嫌だ』とはいえるけど、『お前は間違ってる』とは言えない。」(p.85)というのは、たぶんこの2人が話している文脈とは違う文脈で(デバイスを利用して人間の認知面を拡張させる可能性という意味じゃなくて単なる大人への成長という教育の意味で)納得。同じ意味で「人の認識はどうすれば変わるか」も、教育に示唆を与える内容だと思う。次に、また生物系、工学系
    の話に戻って、iPS細胞なんて生物学以外の何物でもないと思っていたけど、「学問全体がそういう方向に動いていくと、たぶんどこかで行き詰まるでしょう。生命とは何なのかについて考えずに、ただ目の前にあるものをいじっているだけだから。」(p.127)とか、「細胞を完全にコンピュータ扱いしていますよね。でも、まったく違うんですよ。生き物って実は、一度も切れていない。」(p.176)とか、こういうのを複雑系科学というのだろうか。クローン羊のドリーも「あの手の実験は、『できれば勝ち』なんです。(略)でも、追試をやるとできない。歩留まりが悪いから。」(p.173)だそうで、「歩留まり」なんか問題になるんだ、という発見があった。ということで、どれだけの確率で「うまくいく」か(こういうのを記者の須田さんによると「手が切れる」と言うらしいが)、そして「ものを飼わせると、男はだめなんですよ。女性の方がやっぱり上手。」(p.175)とか、もはやこういうのが「サイエンス」の世界なのか、と思ってしまう。おれの思っている「サイエンス」と違う…。あと「社会契約論」について、複雑系科学が専門の鈴木さんかは「だけど、社会契約論なんて嘘に決まっているじゃないですか。契約したことのある人なんていないでしょう?また、ルソーはすべての人間は生まれながらに天から権利を与えられていると言いましたが、そんなわけはありません。(略)でも、そういうものがないと国家を維持できないから、みんなで嘘を信じたということにしたんです。考え方自体は嘘なんだけど、大勢の人が思考停止して信じることで、本当の社会制度ができあがっていく。」(p.129)なんて、倫理を勉強する時にこれくらいの口調で教えてもらいたかったなあ、と思って面白かった。
     ということで、別に文系だからと言って卑屈になる必要はない、色んな思考を知るのが面白いと思える1冊。(19/05/06)

  • 文系の人は、自分のわからないことを言葉で解決しようとします。たとえば、独楽は回っているから倒れない、自転車は走っているから倒れない、ということを「理屈」だと思い込んで納得し、それで解決済みにしてしまう。

  • タイトルを気にしないで読み進める方が、面白く感じられる本だと思う。

  • 森博嗣との対談がある。
    なんだか興味深かった。

  •  解剖学者・養老孟氏による「バカの壁」「自分の壁」などに続く「壁」シリーズであるが、前作とは違って、書き下ろしではなく、対談の再録という形式でまとめてある。養老さんと対談するのは小説家、研究者、起業家、新聞記者であるが、いずれも「理系」の人である。
     自分自身、理科・数学が苦手で、消極的理由で文系を選んだ人間で、理系に対してはコンプレックスがあり、これが自分に取っての「文系の壁」である。
     本書には「これが文系の壁だ」という結論はなかったが、私自身が「文系の壁」を超えるための方策のヒントとなった点を以下に記す。
    ○考えを「言葉」から頭の中で「映像化」する。
    ○既成概念からのバイアス、拘りを小さくする。
    ○「なぜ?」という疑問から「仮説」を立て、それを検証していくプロセスをつくる。
    ○自分の成功体験で判断しない。
    ○「自分が見たいものだけを見ている」ことに気付く。
    ○煮詰まる前にフィールドに出る。「考える」より「感じる」

  • 科学と言うのは相当面白い世界でしょう?

  • どの論者との対談も切り口や内容は面白いが、文系云々については森博嗣氏しか論じていない。主観的・経験的な文系論は昨今の巷説の域を出ないように感じで残念である。

  • 第1章はまあ面白く読めたが、それ以外は文系人間(?ただ頭が悪いだけかも)には難解というか、おもしろさがわからないというか・・・。

著者プロフィール

解剖学者

「2019年 『世間とズレながら、生きていく。(仮)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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