火定

著者 :
  • PHP研究所
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レビュー : 64
  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569836584

作品紹介・あらすじ

時は天平。天然痘流行を食い止めようとする医師たちと、その混乱に乗じる者たち――。人間の光と闇を描き切った、感動の歴史小説。

感想・レビュー・書評

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  • 時は天平、ところは寧楽(なら)。
    藤原四兄弟が権勢を誇った聖武天皇の御代。
    施薬院に務める名代(なしろ)は辞めるきっかけを探していた。
    貧しい病人の治療をするといえば聞こえはよいが、孤児の救済のために建てられた悲田院とともに、藤原氏が慈悲深いことを世に示すためだけに作られた施設だ。
    なるほど資金は藤原氏から出るが、ここで務めていたとて出世の道は望めない。
    上司の綱手は金にも名誉にも興味がない。兄貴分の広道は無暗と口うるさい。孤児院の悪ガキどものいたずらにも手を焼いていた。
    何にせよ来る日も来る日も貧しい病人の世話をするのにほとほと嫌気が差していたのだ。

    そんなあるとき、都に不吉な気配が流れる。
    何十年も前に荒れ狂った裳瘡(もがさ:天然痘)が都に入り込んだらしい。
    どうやら新羅の国から帰った者たちが疫神に取り憑かれていたようだ。
    じわり、じわりと、野火のように感染は広がっていく。
    確たる治療法も薬もないまま、人々は見えない疫病に翻弄され、狂奔する。

    業火に焼かれるように伝染病になぎ倒されていく人々。
    歯を食いしばってこれに立ち向かう綱手。
    普段は施薬院に薬を納めているが、疫病の気配を察して、いち早く身を潜めた比羅夫。
    宮中の医師でありながら、無実の罪を着せられ獄に落とされた猪名部諸男(いなぶもろお)。
    混乱に乗じて怪しげな神をでっちあげ、人々を扇動することに異様な喜びを示す宇須(うず)。
    悲田院の孤児たちを我が子のようにかわいがる僧、隆英。
    内心、自分たちが病を持ち込んだことに苛まれている遣新羅使たち。
    地獄のような都で、それぞれの人生が交錯する。

    病は善人も悪人も区別はしない。
    それぞれの悲しみを苦しみを呪詛を抱え、人は斃れる。
    猛り狂う疫病の中、名代が物語の最後に見るものは何か。

    昔から、人は何度も何度も感染症に襲われてきた。
    病と闘う術が非常に限られていた時代、その怖ろしさはいかほどのものだったろう。
    著者の重厚な筆は、文献の裏付けを杖に、読者をぐいぐいと天平へと引っ張っていく。
    「火定(かじょう)」とは、仏教の修行僧が自ら火中に身を投じて入滅することを指す。
    人は病に斃れ、けれどもまた立ち上がる。先に続く者の礎となるのであれば、業火に焼かれた者の死も、決して無駄ではない。

    凄惨な描写も多く、気楽に読める1冊とは言えない。
    けれども終幕に降る雨が、しみじみと胸にしみいる余韻を残す。

  • 第158回(2017年下半期)直木賞候補作品。
    奈良時代に京で命を失う病が次々と発生する。無料で診療を行う施薬院にも続々と患者がやってくるが、原因や治療法も分からずにいた。その間、街では偽りの札を作り、混乱に拍車をかけるような扇動をする者も。治療法の手がかりとなる男を見つけ出し、人々を救うことができるのか。
    人が極限状態に陥った際に、何を信じて、何にすがるのか。隔離しかないのだろうが、子供たちのことは切なかった。終わりの見えない困難に対峙する医師たちの姿が、胸を打つ。

  • 『火定』という聞きなれない単語、広辞苑を紐解けば「仏道の修業者が火中に自ら身を投じて入定すること」と、記してあった。
    時代は平安朝、そして人物名も現代名とは異なり、読みにくいかと思っていた。ところが、著者の筆致の圧倒的な迫力に、忽ち取り込まれてしまった。
    疫病の患者の治療に奮闘する施薬院の医師綱手、不満を抱きながらもそこで働く名代。策略により、医師の地位を奪われ投獄の身となった諸男。混乱に乗じ、ひと儲けを企む宇須。彼らを中心に、「生と死の狭間で繰り広げられる壮大な人間絵巻」が展開する。
    疫病の蔓延に絶望的な闘いを挑み続ける綱手は、その凄惨な現場から逃げ出そうとする名代に諭す。
    「己のために行ったことはみな、己の命とともに消え失せる。・・・されどそれを他人のために用いれば、己の生には万金にも値する意味が生じよう。さすればわしが命を終えたとて、誰かがわしの生きた意味を継いでくれると言えるではないか」
    やがて名代は、病に倒れた幾人もの氏を目のあたりにし、「彼らの死は決して、無駄ではない。この世の業火に我が身を捧げる、尊い火定だったのだ」との、境地に達する。名代の成長物語としても読める作品。
    さらに著者は、「医者とは、病を癒し、ただ死の淵から引き戻すだけの仕事ではない。病人の死に意味を与え、彼らの苦しみを、無念を、後の世に語り継ぐために、彼らは存在するのだ」と、記す。世の医者たちに、心してもらいたい言葉ではないだろうか。
    読み進む中で、綱手に映画『赤ひげ』の三船敏郎を、名代に加山雄三を、想起してしまった読み手であった。
    ともかく、著者渾身のこの作品、直木賞を受賞しなかったのが残念・・・

  • 天平の時代の天然痘。
    嵌められた者、医師として使命を全うする者、責任を感じる者、子供を守る者、混乱に乗じる悪者、そして、病に戦うすべものない民、その時代のあらゆる面を描写していた。人間の業、本質の物語であった。物語では、怖い病による人間の業、行動が書かれていたが、現代において未知なること、為すすべもないことことが起きれば、同じようなことが起きるのではないか。

  • 生への執着、死の恐怖。
    それはいつの世も変わらず、我々の前に立ちはだかる壁なのかもしれない。

    天平の世、人々を死に至らしめる疫病「天然痘」の流行により、人の業や医師の存在意義について深く考えさせられた。
    正体不明の疫病への恐怖が人々の心と身体を蝕んでいく。
    そして疫病に懸命に立ち向かう医師達もまた、治療方法が分からず己の無力さに打ちのめされる。

    医師とは病を癒すことだけが仕事なのではなく、病人達の苦しみ無念を後の世まで語り継ぐ責務がある。
    タイトル「火定」の意味が分かった時、その尊さが胸に焼き付けられる。
    己のプライドを捨てても病と戦い抜く医師達の強い信念に感動した。
    無数の「死」の向こうにある「生」の輝きは、現代にも通じることだと信じたい。

  • 面白かったです。今回の候補作の中では一番迫力があり、かつ読みごたえがありました。

    一番良かった点は、日本を舞台にした時代小説としては恐らく最古に近い時期を設定しつつも、パンデミックに乗じてインチキ宗教をかざす人間や、恐怖心から外国人の排斥行動をとってしまう大衆の姿、諸男と名代が医師としての矜持とは何かについて悩む様子など、現代にも通じるテーマがちゃんと内包されていることです。これはなまじっかな筆力ではできる技ではないのではないでしょうか。
    登場人物の描き分けもきちんとなされており、群像劇としてもよくできていると思います。特に第六章での名代と諸男が邂逅する場面は、ぐっと胸に迫るものがありました。
    どの登場人物にも人間臭さが感じられるところもいいですね。良心の塊のように見えていた綱手が屈託を覚える場面なんかは、実にうまいなあと。
    時代考証についても特段違和感はなく、一つ一つの描写にリアリティを感じられました。
    とにかく本当にいい作品ですので、今回のノミネートをきっかけに多くの方に読んでいただきたいと思います。

    作品内容とは関係ないのですが、本文の文字の大きさにびっくりしました。視力が落ちた年配の方に配慮したのかな。

  • 縄手の「生きる意味」の衝撃。
    これまで自分の生について深く考えたことはなかったけれど、そうか、生きているだけで何か(誰か)の役に立っていることもあるかもしれないと考えるだけで、小さいけれど心に明かりが灯る。そしてそうだったらいいなと切実に思う。

  • 天然痘に蹂躙される奈良の都。
    高熱を発し全身を痘痕に覆われて死んでゆく人々、紛い物の神をでっち上げ人々を惑わせるもの、果てのない疫神との闘いに身を投じる医師たち。
    一気に読める。時代小説xパンデミック。

  • 時は寧楽(奈良)時代、猛烈熾烈な疫病 天然痘に見舞われて都が壊滅の危機を迎える中、施薬院に勤める群像の それぞれの葛藤と挫折と成長がドラマチックに展開する。読み始めた折りには馴染まない時代でもあり理不尽な輩も蠢いてどうなることやら?と読み進めるうちにページを捲る手が止まらなくなった!なんて面白い本だろう。
    時代が時代だけに人物名は馴染み難いけど、会話を敢えて今風仕立てにしてあり取っ付き易い。
    いやぁ 面白かったです♪

  • 天平時代のアウトブレイク。もう、めちゃくちゃに面白かった。今回直木賞を受賞できなかったのが不思議なくらい。天然痘の襲来に立ち向かう施薬院の人々の物語。一方、怪しげな神を喧伝し、民を扇動する人物との攻防あり、ミステリーあり、群像劇ありでてんこ盛りの内容だ。
    序盤は戦国以降の時代ものと違い、奈良時代の人物の名前や施設の名前など、何と読むのか忘れてしまったりと、世界観に入るのに時間がかかるかもしれない。しかし、1章の後半から一気に読み進める。特に終盤100ページはうまい。鼻の奥がツーンときた。

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著者プロフィール

澤田瞳子(さわだ・とうこ)
1977年京都府生まれ。同志社大学文学部文化史学専攻卒業、同大学院文学研究科博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。母は作家の澤田ふじ子。時代小説のアンソロジー編纂などを行い、2008年、第2回小説宝石新人賞最終候補。2010年『孤鷹の天』で小説家デビュー。2011年同作で第17回中山義秀文学賞を最年少受賞。2012年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、第32回新田次郎文学賞受賞。2015年『若冲』で第153回直木賞候補。2016年同作で第9回親鸞賞受賞。2017年『火定』(PHP研究所)で第158回直木賞候補。

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