1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった

著者 :
  • 双葉社
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本棚登録 : 121
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575240412

感想・レビュー・書評

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  • すんごくじりじりした。
    夢の話なんかおもしろくない(って最近読んだどの本かでも言ってたけど)って、わたしはけっこう夢の話好き。するのも好き。きくのも好き。夢の話がおもしろいんじゃなくて、不毛な話を夢中にしてる人、おもしろい。

  •  何かを好きになって、それがいつまでも好きなのは自分だけというパターン。楽しいことがあって、それをずっと楽しんでいると、いつしか誰もいなくなっている状態。「私」はその感覚を芥川龍之介の短編から『トロッコ』状態と例える。
     深夜ラジオにハガキを投稿することが生活の中心だった「あの頃」。採用ゼロで悔しさから寝付けず、ネタを考え続け、いつしか夜は明け、世の中が動き出す。窓越しに青く澄んだ朝焼け空。ガラスに反射するぼんやりとした顔。どうしようもなさが愛しい、自伝的小説。

  • 同じ「ハガキ職人もの」では、少し前に「笑いのカイブツ」というキョーレツなのを読んでしまった。これはせきしろさんが書いたのだから、あれとは違うだろうと思っていたのだけど、いやまあ、これもかなりのものだった。

    強い自意識を持つ若者を吸収する場が、かつての社会にはもっとあったような気がする。ラジオでハガキを読まれること以外に。

  • <図書館の所在、貸出状況はこちらから確認できます>
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=329767

  • ずっとラジオを聴き続けてきた。エアーチェックに心を踊らせ、常連たちの投稿に腹を抱えて笑った。ハガキも出した。不採用を繰り返し、初めて読まれた時の感動は忘れられない。そして今もラジオを聴き続けている。そんな僕らにとって最高の青春小説であり、恋愛小説だったりする本著。背中の痒い所を優しくかいてくれる感じで良い。ラジオは僕らをキラキラさせてくれる。 昔も、今も変わらず。

  • 放送作家でもある著者の自伝的小説。上京し芸人を目指すも相方は学業に専念、目的をなくした主人公はラジオ番組のネタ投稿を中心に生活が変わる。その時代の空気と孤独と虚しさ、行き場のない怒りが漂っている。‬

  • 深夜ラジオが大好きで毎週聴いているので、自分の中でかなりハードルを上げてしまいました。

    特に目立った展開もなく、救いもないので
    個人的にはもやもやしてしまいました。

  • 自意識だけは過剰で行動力は無い主人公だけど共感できてしまう。この本に出てくる「まだトロッコを押していたい」という気持ちは誰の中にもあるんじゃないだろうか?そしてラジオに投稿するというのは本質的に孤独な行為。ラジオに特化した話ではなく実はとても普遍的なテーマが描かれていると思う。

  • 思い出が上書きされないこと。

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著者プロフィール

1970年北海道生まれ。
主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、『不戦勝』(共にマガジンハウス)『逡巡』(新潮社)『海辺の週刊大衆』(双葉社)などがある。
また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)では、それぞれ自由律俳句と短歌に挑んでいる。

「2016年 『たとえる技術』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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