破滅の王

著者 :
  • 双葉社
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感想 : 74
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575240665

作品紹介・あらすじ

一九四三年、上海。かつては自治を認められた租界に、各国の領事館や銀行、さらには娼館やアヘン窟が立ち並び、「魔都」と呼ばれるほど繁栄を誇ったこの地も、太平洋戦争を境に日本軍に占領され、かつての輝きを失っていた。上海自然科学研究所で細菌学科の研究員として働く宮本は、日本総領事館から呼びだされ、総領事代理の菱科と、南京で大使館附武官補佐官を務める灰塚少佐から重要機密文書の精査を依頼される。その内容は驚くべきものであった。「キング」と暗号名で呼ばれる治療法皆無の細菌兵器の詳細であり、しかも論文は、途中で始まり途中で終わる不完全なものだった。宮本は治療薬の製造を任されるものの、それは取りも直さず、自らの手でその細菌兵器を完成させるということを意味していた―。

感想・レビュー・書評

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  • 戦争は幸せになるためのものではない。戦争によって、どれほどの人たちの運命が狂っていったのか、未来が途切れてしまったのか、それを想像すると憤りと悲しさで息ができなくなる。一体、この思いは誰に、何に、ぶつければいいのだろう。

    上海自然科学研究所で細菌学科の研究員として働く宮本は、日本総領事館から呼び出され重要機密文書の精査を依頼される。しかし、その内容は「キング」と暗号名で呼ばれる治療法皆無の細菌兵器の詳細であり、しかも論文は、不完全なものだった。宮本は、大使館附陸軍武官補佐官を務める灰塚少佐の下で軍属になり治療薬の製造を任される。「キング」の治療薬を完成させること、それはすなわち、自らの手でその細菌兵器を完成させるということでもあった。

    「キング」を生み出した科学者真須木。
    彼が何故このような細菌兵器を生み出したのか。そして「キング」がばらまかれた先に、何を見ようとしていたのか。
    彼を狂気へと向かわせたもの。それは単に彼の弱さや独りよがりの正義といったものが招いたものではないとわたしは思う。
    日本軍へ逆らう者たちへの人体実験。
    それが、彼を人として幸せになることが許されない「絶望」の淵に落とし、そこから産み出されたものが「狂気」であり「キング」だったと思うからだ。
    自分が優秀な研究者だったはずなのに、いつのまにか、残虐な殺人者になっている。この事実に精神が崩壊しないためにも「命令されたのだから仕方ない」「戦争中なんだから仕方ない」と自分に言い聞かせるしかない。そうでなければ心が壊れてしまう。ついに彼が出した結論が「キング」を使った戦争のない世界をつくることだった。けれど、これは決して許されるべきものではない。

    「キング」を利用しようとする者。「キング」を葬ろうとする者。双方の思惑が入り乱れ始めたとき、物語は動き出す。何人もの科学者の命と「キング」の数多くの感染者の命を犠牲にしながら。宮本たちは「キング」の治療薬の開発に全身全霊を賭ける。
    科学者は、どれほど相手が気にくわなくても、決して科学を悪用することで、特定の国家や民族を排除してはならないと宮本は語る。人は国家のためにあるのではないと。もし、真須木の傍らに宮本がいたら。もし、宮本が真須木の立場だったら……物語は別の方向に進んでいただろうか。それとも、やはり同じ結末を迎えていたのだろうか。

    戦争に正義などあるわけがない。そして、科学は戦争のためにあるわけではない。
    けれど、自分の信念を疑ったことなど一度もない人間の行動が、国益のためにと暴走しはじめたとき、それは人としての良心の呵責をも超越する。その人間が示す正義の前には何も届かない。

    この物語には、何かをやり遂げたり、ヒーローと呼べる人物はいないと思う。戦争が終結したところで、命あるものたちの人生は終わることなく続いていく。抱えきれないほどの自責の念や喪失感を背負って、それでも自分のすべき事を追い続けていくしかない。黙々と道を歩いていくしかないのだ。

  • 1943年太平洋戦争中の上海。細菌学科の研究員の宮本は、日本総領事館から呼び出され、領事代理と大使館附武官補佐官である灰塚少佐に重要機密文書の精査を依頼される。その内容は、治療方が未だみつかっていない細菌兵器であった。宮本は治療薬開発を頼まれ、灰塚少佐たちは細菌を追う。直木賞候補作ということで読んでみた…濃かった…そして長かった(歴史物が苦手なので流れを掴むまでやたらそう感じた)。開発者と細菌の行方で話が進む一方で、戦争の詳細の話、人体実験の話、大きな流れには逆らえないということ、非常に重いお話でもありました。読み応えあり。戦争は人を変えてしまうのか。何が正義かわからなくなってしまう。偏った欲望が戦争により人を狂わせるのか。登場人物たちはしっかり描かれ、特に軍人として生きる灰塚、科学者として生きる宮本、それぞれの運命がくっきり出ていました。欲を言えば、世界を守る物語でしたが、細菌が軸となり少々広げすぎか、宮本のより深い心情を出したり宮本灰塚色がより濃くても良いのでは。

  • 2018年上半期直木賞候補作品。初読み作家。
    1943年、上海自然科学研究所で細菌の研究員として働く宮本敏明は、灰塚少佐から呼び出される。そこで新種の細菌 「R2v」 (キング) についての機密文書を見せられ、治療薬の製造を依頼される。しかし、治療薬を開発することは、細菌兵器として完成することにもなってしまうということだった。。。
    登場人物の中には実名の者もいて、ノンフィクションなのかとも思ってしまう。時代背景の説明に割かれる分量が多いが、勉強にもなった。戦時中の故、通常ではあり得ないことも正しいことになる場合もあるのだろうが、だからこそ最後は人間一人一人の良心が問われることも。

  • 2018.11.10.前半星5後半星2で合計星3という感じだった。
    以前、ラ・パティスリーシリーズで好きだった上田早夕里さんが直木賞候補ということで読んだ作品。上田さんは元々SF作品が主流かなという認識で、もれ聞くこの作品の特徴は歴史に基づいたSF作品という理解だったが読み終わってそれでいいかなとおもっている。第二次世界大戦、日本軍、細菌兵器というと731部隊というと日本の闇という感じで本を前にしてなかなか読み始める気持ちになれなかったが、読み始めると冷静な筆致で落ち着いて読み進めることごできた。優秀でありながら日本軍の一員として非道なことに巻き込まれていく優秀な医師たちが描かれていき、無理なく物語に入っていくことができたのは大変良かった。治療法のない細菌兵器、キングことR2vを巡ってなんとかその治療薬を作ろうとする医師、そしてそれをサポートする少佐を軸に描かれていく。
    後半の結末に向けての描かれ方がいくら架空の話とあってもあまりに非現実的で荒い描き方であったのが非常に残念だったと思うが、多くの当時の資料をおそらく深く読み込まなければ書かれなかった作品と思うと作者に敬意を払いたいと思った。
    あと、直木賞選者の講評を読んでから読んでしまったのが残念。選評はたしかに当たっているところもあったが、ある種のバイアスがかかってしまうのでこれからは読んだ後に講評を読まなければいけないと思った。

  • 序盤は登場人物と勢力図の把握に苦労して挫折しかけたが中盤以降は入り込めた。SFだけどノンフィクションかと錯覚するほどのリアルさ。受賞候補になったのも納得できる。補記までしっかり読むべし。

  • 細菌学を研究する宮本は、日本総領事館に呼び出され、ある存在を知ってしまう。
    世界を破滅させかねないその存在をめぐり、さまざまな思惑がからみあっていく。
    使い手の思惑によって、おそろしい存在にも、人類を救う存在にもなりえる、科学。
    戦時中という悪しき方向へ行きがちな時代に、良心を手放す人間もいれば、善をつらぬき通そうとする人間もいる。
    科学者として、最後までキングに向きあいつづけようとする宮本と、同じくなんとかしようとする人たちがすがすがしかった。

  • 2018.4 上田早夕里さんの小説というより服部真澄さんの小説みたいでびっくりしましたが、変に大袈裟ではなく上質なハラハラドキドキ感で読ませてもらいました。

  • 圧倒的な情報を著者のセンテンスで紡ぐ。
    一歩引いた目線は、むしろ緊迫感とことの恐ろしさを倍増させ、ただただ圧倒されるのだ。
    圧巻。

  • 史実を織り交ぜた戦前から前後直後の話で、中国が舞台。戦争に翻弄される科学者の正義と葛藤が描かれている。新種の細菌を巡って兵器にしたい各国、破滅に導きたい絶望した科学者、この細菌を葬りたい科学者と軍人。戦争の理不尽さを違った角度で捉えた物語だった。

  • 戦前戦中の中国大陸が舞台。日本が暴力と謀略の国家体制だった頃、当時の中国が謀略を駆使する知識層と、どこまでも残虐に振る舞える貧困層が入り混じった状態。今の日本からは想像もつかないくらいワイルドでハリウッド映画顔負けのバイオレンスな世界観がある意味で魅力的。そんな世界で「黄砂の籠城」と同じく、男たちの義侠が熱い展開するストーリー。

    研究所で知り合った同僚の六川が殺された理由を探る細菌学者の宮本を主人公に、軍人でありながら細菌兵器R2v(キング)の危険性を理解し焼却しようとする灰塚少佐が反目し意見をぶつけながらも同じ目的でもって友情を深めていく。

    史実とフィクションが織り交ぜられているので緊張感をもって読み進めることができる。覚悟のある男たちの活躍が格好良く、面白い小説でした。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、デビュー。11年『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞。18年『破滅の王』で第159回直木賞の候補となる。SF以外のジャンルも執筆し、幅広い創作活動を行っている。『魚舟・獣舟』『リリエンタールの末裔』『深紅の碑文』『薫香のカナピウム』『夢みる葦笛』『ヘーゼルの密書』『播磨国妖綺譚』など著書多数。

「2022年 『リラと戦禍の風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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