- 双葉社 (2011年7月12日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (325ページ) / ISBN・EAN: 9784575514445
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
伝統芸能の文楽を背景にした物語は、主人公の健が修行を重ねる姿を描きながら、恋愛や人間関係の葛藤を織り交ぜています。高卒10年目の太夫として、厳しい師匠のもとでの稽古や、偏屈な三味線の師匠との関係がリア...
感想・レビュー・書評
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あなたは、日本の”伝統芸能”と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?
”歌舞伎”です。いや、”能楽”でしょう。おいおい、”狂言”を忘れてどうすんねん…。はい。この質問にはさまざまな声が聞こえてきそうです。私たちの国には古の世から伝えられてきた数多の”伝統芸能”が存在します。江戸時代に隆盛を極めたこれらの”伝統芸能”は一度は何かしらご覧になったことがあると思います。かく言う私も”歌舞伎”は高校生の時に学校行事として鑑賞に行き、大人になっても幾度か足を運んでいます。オペラやバレエはそれはそれで華やかな魅力がありますが、日本の”伝統芸能”にはやはり独自の魅力があると思います。
そんな”伝統芸能”の中には、ユネスコの無形文化遺産に登録されているものもあります。上記した中では”能楽”、”歌舞伎”がそれに当たります。一方でもう一つ指定を受けているものがあります。そう、それが『文楽』です。”人形浄瑠璃”という言い方をすれば聞いたことがあるとおっしゃる方も増えるでしょうか?『人形』の印象が強い『文楽』。しかし、そんな『文楽』は、人形遣い、三味線、語り手(大夫)が一体となって舞台を作り上げていく総合芸術でもあるのです。
さてここに、そんな『文楽』の舞台裏を描いた物語があります。一人の語り手=『大夫』に光を当てるこの作品。そんな『大夫』の『文楽』に対する思いが物語を引っ張っていくこの作品。そしてそれは、『文楽』という”伝統芸能”の奥深さに読者が感じ入る物語です。
『おまはん、六月から兎一郎と組みぃ』と『楽屋の胡蝶蘭に水をやってい』る時に銀大夫に言われたのは主人公の健(たける)こと笹本健大夫。『「これって、一鉢いくらぐらいするんだろ」と考えていた』ため反応が遅れ『聞いとるんか、こら』と扇子を投げられ『聞いとります』と答えた健。『あの』と『おずおずと切りだした』健は『兎一兄さんと組むんですか?俺が?』と聞き返します。『そや』と返す銀大夫は『若手のなかで、あれぐらい弾きよる三味線はおらんで。おまえにはもったいないぐらいや』と続けます。それに『や、それなら俺は亀治兄さんがいいです』と返す健に『アホ』と言う銀大夫は『亀ちゃんは俺の相三味線や』と『憤然と』します。しかし、『師匠。俺、兎一兄さんといっぺんも話したことないですよ。十年間、ほとんど毎日顔合わせとるのに、いっぺんもですよ』と続ける健。そんなところに『銀師匠』とやってきた亀治は『ちょっと稽古をつけていただきたいところがある』と言うと、銀大夫を連れて行ってしまいます。『ええな、健。もう決まったことや。兎一とみっちり合わせとき』と言い残して楽屋を後にした銀大夫を見送る健は、『「黄金に勝る銀大夫」と称される人間国宝も、亀治のまえでは形無しだ』と思います。そして、『俺に兎一兄さんと組めとは、どういうことだろう。厄介なことになりそうだ。というよりも、厄介事を押しつけられそうだと言うべきか』と『楽屋で一人、困惑のうなり声を上げ』る健は、『とはいえ、師匠の意向は絶対だ』と考えます。『義太夫三味線、鷺澤兎一郎の評判は、文楽の技芸員たちのあいだでだいたい一致していた。曰く、「実力はあるが変人」』、『兎一郎に関する妙な噂は、枚挙にいとまがない』と思う健。
場面は変わり、『連日ほぼ満員』という『国立劇場で行われる東京公演』で『舞台袖から、「幕開き三番叟」を眺める』健。そんなところに『ここにおったんか。師匠が呼んだるで』と『兄弟子の幸大夫』に声をかけられた健は、『幸大夫に付き従い』『舞台裏から楽屋の廊下に入』ります。そこには『部屋の一番奥の鏡台を背に座り、戸口に立つ健をじろりとにら』む銀大夫と、『そのまえに』『正座して』座る亀治と兎一郎の姿がありました。そして、『健』と切り出した銀大夫は『おまえまだ、兎一郎と一回も稽古しとらんらしいな』と『重々しく口を開いた』銀大夫に、『すんません』と返す健。『もう一カ月もないで。はじめて一緒に床に上がるいうのに、なに考えとるんや』と続ける銀大夫に、『なに、もなにも、稽古しようにも兎一郎がいなかったのだ』と内心思うも『「すんません」とひたすら謝』る健。そんな時、『銀大夫師匠。こちらのお弟子さんと組むというのは、来月の公演かぎりのことでしょうか』と『思いがけ』ず語り始めた兎一郎。それに、『しばらくは、あんたと健のコンビでやってもらう。これは、俺だけの考えやない。蝶二はんも同意しはったことや』と動じることなく返す銀大夫に、『お断りします。俺は特定の大夫と組むつもりはありません。来月の公演だけにしてください』と毅然とする兎一郎。それに銀大夫は『あほう!』と『八十歳の老人とは思えぬ俊敏さで立ちあがり、扇子で健の頭をしこたまはた』きます。『なんで俺を殴るんですか!』と抗議する銀大夫に『俺の弟子やからや!』と言い放つ銀大夫。そんな銀大夫は『急に話題』を変え、『健。おまはん、ぼらんちあに行ったったな』と、『小学生への文楽指導ボランティアのこと』を話し出します。『どや、楽しくやっとるか』と訊く銀大夫に『はあ、まあ…』と答える健。『そうかそうか』と『満足そうにうなず』く銀大夫は『兎一郎、あくまでも健と組みたない言うんなら、あんたにも新津小学校に行ってもらうで』と続けます。それに、『えっ』、『銀大夫師匠、それは…』と狼狽し出した兎一郎に、『そんなら、健と組みなはれ』と言う銀大夫は『「話は終わり」と手を振』ります。そして、『六月の大阪公演で組む』ことになった健と兎一郎のそれからが描かれていきます。
“文楽に情熱を傾ける若手大夫の奮闘を描く青春小説。健は大夫の人間国宝・銀大夫を師匠にもつ。ある日師匠から、技芸員から「変わり者」と噂される三味線、兎一郎と組むように言われる。不安と戸惑いを覚えながら稽古に臨むが、案の定、兎一郎は全く違う演目をひき始める…”と内容紹介にうたわれるこの作品。表紙のイラストに描かれる『文楽』の世界が描かれていきます。とは言え、『文楽』と言ってもピンと来ない方も多いと思います。かく言う私も全くピンときません。日本の”伝統芸能”の一つ…この程度です。私は三浦しをんさんの小説をほぼコンプリートしているのですが、この作品のことを長らく存在は知っていても手を伸ばすことに躊躇してきた理由がここにあります。なんだか、難しそう…それが私の正直な思いの一方で、しをんさんコンプリートのために重い腰を上げて手にした作品、それがこの作品を読むまでの経緯です。では、そんな作品を出された作者の三浦しをんさんはどのようにして『文楽』と出会われたのでしょうか?
“大学の専攻が、演劇・映像で、特に自分が好きだったのが、民俗芸能系と、伝統芸能だったんです。ですので、一番最初は授業で劇場に行って、おもしろいなぁと思いましたね”
そんな風に『文楽』との出会いを説明されるしをんさんは、その後、作家となられエッセイを連載されるようになります。そして、そのエッセイをまとめたものが2007年5月に刊行された「あやつられ文学鑑賞」という『文楽』入門とも言える作品になり、さらに同年11月に刊行されたのが『文楽』を題材に執筆されたこの作品です。そうです。私が遠ざけてきた『文楽』は、しをんさんにとってはとても大切な位置付けになるものなのです。
…と書いてきても『文楽』の知識が全くない人間にはどうしてもそこにハードルを感じます。しかし、心配はいりません。しをんさんは私のような『文楽』って何?という全くの初心者でも知らず知らずのうちに物語に馴染んでいけるように分かりやすく物語を展開してくださいます。とは言え、実のところ『文楽』のそもそも論はどこにも記されていませんので、こんな時は、ChatGPTさんの力を借りましょう。
● 『文楽』について100文字以内で説明してください
ChatGPTさん: “文楽は、日本の伝統的な人形劇で、江戸時代に発展しました。人形遣い、三味線、語り手が一体となり、感情豊かな物語を表現します。特に美しい人形と細やかな演技が特徴で、歌舞伎と並ぶ重要な国舞台芸術とされています”。
はい、ありがとうございます。要点をしっかり押さえた分かりやすい説明ですね。便利な時代になりました(笑)。一方でこの作品は『文楽』というより、『文楽』の世界に身を捧げる人たちの生き様を描いた物語とも言えます。では、そんな人たちが見せる舞台裏について今度はしをんさんの語りに耳を傾けてみましょう。
● 『文楽の舞台裏』について
・『文楽の技芸員は、大夫、三味線、人形遣い、あわせて九十人弱』
・『同じ顔ぶれで、何十年も一緒に公演の日々を過ごす。基本的には、一月ごとに東京と大阪の劇場を行き来し、合間には地方公演があるから旅もする』
・『先輩と後輩。師匠と弟子。芸の道を行く同志でありながら、矜持のぶつかりあう好敵手。複雑で濃密な人間模様が繰り広げられている』
なるほど。『先輩と後輩。師匠と弟子』という昔ながらの厳しい芸の世界がそこにあることがわかります。物語では、そんな『文楽』の舞台裏が全編に渡って描かれていきます。そして、そこで演じられるさまざまな作品が順に紹介されてもいきます。少し見てみましょう。
・菅原伝授手習鑑(寺子屋の段): 『菅原道真の息子の首を差しだせ、と命ぜられた大人たちが、身代わりにふさわしい子どもを必死になって物色する話』
なんだか物騒ですね。主人公の健も『いくら主君の子を助けるためとはいえ、そりゃないだろ』とこの物語を嫌がります。
・ひらかな盛衰記: 『木曾義仲が源義経に討たれたことによって起こる、義仲の遺臣と鎌倉方との攻防を描いた時代物』
こちらも『「主君の子の身代わりに、自分の子が死ぬ」という、文楽でおなじみの王道パターンを取り入れている』作品のようですが、健は釈然としない思いを抱いています。この主人公の人間臭さというか、我々でも抱くような思い同様に物語を見る健の姿が彼への親近感に繋がり、そんな健の目を通して『文楽』の作品に親しく接していける効果を生んでいきます。最後にもう一つ有名な作品をご紹介しておきましょう。
・女殺油地獄: 『油でぎとぎとになりながら、若い男が女を殺す話』
えっ?という感想を抱かれた方もいらっしゃると思いますが、実はこれは、健がボランティアで小学生に『文楽』を教えていることと関係します。このなんとも言えない物語を健は小学生にこんな風に説明するのです。確かに極論そうなのだと思いますし、実際、『小学生たちは甲高い声で、「気色悪いなあ」「そう?むっちゃおもしろそうやん」としゃべりまくる』という反応を見せてくれます。
では、そんな『文楽』を演じる場面も引用しておきましょう。『女殺油地獄』の『河内屋内の段』です。『嵐のように激しく、緊密に展開した』という健と兎一郎が務める舞台の様子です。
『床本を開き、「掲諦掲諦波羅掲諦」と健が語りだした瞬間から、客席と舞台はどことも知れぬ時空を漂いだす。三百年前の大坂と、現代の大阪と、これから三百年後の大阪とが渾然一体になった、劇の力だけが導くことのできる場所へ。そこでは時間を超えて、ひとの心が交じりあう』。
↓
『本舞台では与兵衛の全身から、自由への希求が色気となって放射した。兎一郎の三味線は、破壊への激しい欲望を叩きつけ、ひるむ臆病さを掬いあげ、うねりとなって劇場じゅうの空気を揺らした』。
↓
『健は語る。健は感じる。ときとしてひとの魂が行くことになる、暗い道がどこまでものびている。与兵衛はもうすぐその道を行く。「越ゆる敷居の細溝も、親子別れの涙川」』
一部の抜き出しではなかなかわかりづらいと思いますが、『文楽』の確かな舞台がそこに浮かび上がります。”物語好きは、ハマりやすい芸能”という『文楽』の世界。これは、確かに本物の舞台を見たくなりますね。
さて、そんな『文楽』の舞台裏を取り上げたこの作品は主人公の健をキーに二つの舞台が並行して描かれていきます。一つは『文楽』で大夫として修行の日々を送る健の姿を見るもの。そして、もう一つが、そんな健が小学生に『文楽』を教えるボランティアをしている姿を見るものです。物語はそんな両者が一体になっていく様が描かれていきます。そんな物語は、主人公の健が師匠である銀大夫から『おまはん、六月から兎一郎と組みぃ』と言われたことから動き出します。『実力はあるが変人』と噂されている兎一郎は、一癖も二癖もある人物であることが描かれ、当初は組むことに躊躇していた健ですが、銀大夫の強い意向を受け、兎一郎と組むことになります。
『ええか、大夫と三味線は夫婦みたいなもんや。夫婦が仲ええ必要あるか?』
納得できるようなできないような微妙な言葉ではありますが、言わんとするところは理解できます。健も色々と思うところはあっても『師匠の意向は絶対だ』と思う中に、兎一郎との関係を築いていきます。
『恒常的にコンビを組むと決まったからには、少しでも歩み寄りたかった。気むずかしい兎一郎に振りまわされ、稽古が疎かになるのは絶対に避けたい。せっかく劇場に足を運んでくれた客のまえで、中途半端な義太夫を語りたくなかった』。
あくまで真摯に『大夫』の役割に、『文楽』に向き合っていく健の姿が描かれていきます。そんな健は上記した通り『小学生への文楽指導ボランティア』を続けています。物語は舞台に向けて稽古に励んでいく健とは別に『ボランティア』の場で別の顔を見せます。しかし、共通するのはあくまで『文楽』に真摯に向き合う姿勢です。
『負けられない。負けたくない。ほかのものの芸と比べてではなく、自分のなかにある理想の語り、理想の音に、負けたくなかった。どうせ届きやしないと諦めて、怠惰に流れるような真似はしたくない』。
『文楽』を極めようとする健の一途な心の声が読者にも響いてくる中に物語は展開していきます。このあたりは、「舟を編む」、「愛なき世界」、そして「風が強く吹いている」といったしをんさんの熱さが前面に出る物語群に流れるものと全く同じです。『文楽』の舞台裏を描いたこの作品。そこには、『文楽』を極めんとする人たちの真摯な心に触れる物語、『文楽』の舞台裏を包み込む熱さに包まれる物語が描かれていました。
『もし文楽の神さまがいるのなら。健は楽屋の通路を歩きながら願った。俺を長生きさせてくれ。もらった時間のすべてを、義太夫に捧げると誓うから』。
そんな思いの先に『大夫』の道を極めていこうとする主人公の健。この作品では、そんな健の姿を通して『文楽』の舞台裏を興味深く覗き見ることのできる物語が描かれていました。『文楽』の奥深さを感じるこの作品。そんな『文楽』にかける人の思いの強さに感じ入るこの作品。
『文楽』に興味のある方はもちろん、どんなものか覗いてみたいという方にも是非手にしていただきたい、熱い、熱い物語でした。詳細をみるコメント1件をすべて表示 -
伝統芸能の文楽という事で読む前に若干の躊躇はあったものの、あっという間に読み終えた。
主人公の健(タケル)は高卒10年目の太夫。師匠は人間国宝だが、芸には厳しいのにその他はユルユル。京都公演に女性を招待し、大阪の自宅に戻らず遊びまくる。師匠の命令で組まされる三味線は偏屈で知られる兎一郎。
芸事に熱心に取り組む健と兎一郎。その健に恋の相手が出来る。女性に甘い師匠に、女性との付き合いを禁止されたり、応援されたり。
兎一郎と師匠の深い関係や、ライバルの師匠への一時的な弟子入りなど、あちこちに読ませどころ満載だった。
人形浄瑠璃、文楽といった難解な世界を、下世話な筋から解説してもらい、本物を見たくなってしまった。 -
文楽
が義太夫(歌)と三味線と人形で構成されていることすら知らなかったから、知らないこと満載で楽しめた。一回でもいいから生で見てみたいなあ。
健大夫の修行は続く! -
三浦しをんさんの熱血お仕事ストーリーなので、面白くないわけがない
人形浄瑠璃・文楽の義太夫に夢中の健。稽古に励みながら師匠の理不尽に耐え、情熱をかけて義太夫に取り組んでいたが、あるとき出会った女性に恋をしてしまう。芸が恋かを悩みながらも、どちらにも真っ直ぐぶつかり成長していく物語
この手のお話でこの作者なら間違いない
以前、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』を読んだことがあったので、更に面白く感じられた -
八編からなる連作。文楽に情熱を傾ける青年大夫。師匠、三味線、人形遣いとの成長記。芸を取るか恋を取るか、人情味溢れる物語です。
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祝・文庫化☆
健こと健太夫(たけるたゆう)は文楽の研究所を出て、義太夫を語るプロの技芸員として修行中。
師匠の銀太夫に、三味線の兎一郎と組むように言われる。気難しい兎一に振り回されながらも、成長していきます。
「女殺油地獄」の与兵衛の妙な色気の秘密など、面白かったです。
仮名手本忠臣蔵の勘平腹切の段は、すごく盛り上がります!
旅行も多い健は、ラブホテルの一室に住んでいるんですが、管理人の誠二とは友達。
恋愛に悩む健に誠二の言う「幸せにしたろとか、助けてあげんとか、そんなんは傲慢や。地球上に存在してくれとったら御の字、ぐらいに思うておくことや」ってのは、決まった相手のいない人間のセリフだが〜悩みすぎる人には、けっこう良い忠告かも。
単行本は、2007年11月発行。 -
仏果、というと仏教の信心をよくして極楽に行けるとか、イッタとかそういう成果の事だったと思うが、それと、この表紙(文楽?)とどないにつながるのか、裏を読むと若い義太夫のストーリーらしいので、とりあえず興味のあるエリアなので躊躇なく購入、そして忘れて放置していた積ん読ブツ。読みました、めちゃめちゃ面白かった。なんで早く読まんかったんか、後悔するほど面白かった。今まで数冊読んだ三浦本の中で一番好み。演目も有名どころの誰が読んでも場面がパッと浮かぶのが使われているところも良いと感じます。マニアな演目でしかも自分の好きな演目がでてきてたら、とも思いますが、それだと多くの人に共感が得られないでしょうし。ともかく、女殺油地獄から仮名手本忠臣蔵でしめ、健大夫の育っていく様子とと兎一郎との関係。そして芸の肥やし。健太夫が住んでいるのが生玉寺町の寺に囲まれたラブリーパペットというラブホテル。管理しているのがいんげはんとこの息子といういろんな因果の絡む、非常に魅力的な場所と人物。このロケーション設定は唸りました。すばらしい。竹本義太夫の墓から四天王寺さんの境内抜けて20分ぐらいでしょうかねぇ、国立文楽劇場からもめちゃ近いし。そして、語る男女の機微を考えるのにすばらしいところ。出来過ぎでラノベ感すら漂うほどですが、この出来過ぎが心地いい。
>仏に義太夫が語れるか。単なる器にすぎぬ人形に、死人が魂を吹きこめるか。
勘平は最後の力を振り絞って絶叫する。
「ヤア仏果とは穢らわし。死なぬ(繰り返し)。魂魄この土に止まつて、敵討ちの御供する!」
忠臣ならざる全ての人々が忠臣蔵の主人公になるという、健の解釈が爆発するシーンが良いですねぇ。SF的ではありますが、文楽てものすんごくSFというか3Dアニメ的なので、とてもよく表現されてると感じます。面白かった。 -
文楽という一般には馴染みの薄い伝統芸能の世界を、若手男子の成長物語という展開で馴染みやすく仕立てた、どことなく漫画調の娯楽小説。
物語を語る太夫(たゆう)、楽を奏でる三味線、一体の人形を3人がかりで操る人形遣いが揃って成り立つ芸術である文楽。
一対一で演じることも多い太夫と三味線は、特に相性が重要で、生涯これと決めた相棒を持つことも多い。
30歳の若手太夫である健(たける)は、5月のある日、師匠で人間国宝でもある銀太夫(ぎんたゆう)から、腕はいいが変人と名高い若手三味線弾きの兎一郎(といちろう)とコンビを組むように命じられる。
6月の公演はすぐ目の前。健は渋々ながら、命じられた演目を兎一郎と練習しようとするけども…。
毎回演目が変わる度に、現代人からしたら、なかなか理解しがたく突拍子もない、時に不条理ですらある行動をとる登場人物たちの気持ちを理解し、なんとか役になりきって語ろうと奮闘する健の姿を、文楽では有名な八つの演目を各章のタイトルとして採用し、演目のあらすじを簡潔に盛り込みながら、巧みに描いています。
健がたどり着く解釈が正しいのかどうかは私にはわかりませんが、この解釈には納得できるものが多く、おかげで、文楽に馴染みのない層にも楽しめるようになっています。
そんな健を、なんだかんだで見守る、兎一郎はじめ、みんな一癖も二癖もあるある銀太夫師匠や兄弟子たち。彼らの近すぎでもなく遠すぎでもない適度な距離感は好ましいです。
若者を主人公にしているせいか、恋愛要素もあります。ただし、これに関しては必要だったのかは微妙なところ。
演目の登場人物たちの一見不可解な行動の裏に秘められた深い心と、健の悩める心境を重ねるための演出の一つだとはわかるのですが…。
二度会っただけの若い男が住んでいるラブホテルに押しかけていきなりコトに及んじゃう小学生の子を持つ母親って、魅力的で芯があるどころか、色々な意味で心配ですけど…としか思えなくて…。結局最後まで読んでもそれは変わらず。
読む前に想像した以上のものは出てこなかった、全体の軽い展開も、ちょっと寂しいです。
でも、文楽初心者に文楽の世界を垣間見させる仕組みとしては、この軽さ具合がかえってとっつきやすくていいかもしれません。お約束の安定感みたいな感じでしょうか。
ちなみに、私自身、全く造形がないながら、偶然過去に何度か文楽を劇場に観に行ったことがあるのですが、見事な演目は、まるで酔いしれるように恍惚とした素晴らしい時間が味わえますので、まだ経験したことなくて興味のある方は、一度劇場に足を運ぶことを強くお勧めします。
特に、太夫と三味線をメインとしたこの小説ではあまり取り上げられていませんでしたが、見事な人形の動きは、本当に官能的で見惚れるほど美しく、一見の価値ありだと思います。 -
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文楽の世界が舞台の小説。
健(たける)は文楽の太夫。文楽の技芸員は太夫、三味線、人形遣い。
それぞれ師匠と弟子の関係は絶対である。
健の師匠、笹本銀太夫(ささもとぎんたゆう)から、突然、三味線の鷺澤兎一郎(さぎさわといちろう)と組めと言われる。この兎一郎、実力は確かだがかなり変わった人物。
健が楽屋に挨拶に行くにも兎一郎はいない。太夫と三味線は夫婦にも例えられるくらいなのに、合わせて練習もできず、これでいいのか……。
◇
文楽という、私達には馴染みが薄い伝統芸能の世界を精緻に描かれています。
義太夫に打ち込みながらも、芸事の道には終わりはないこと。
真剣に打ち込まなければならないのに、恋愛で心乱され、それが義太夫の語りにも表れてしまっていること。
迷いながら義太夫の道を進み続ける健と、それを導く、相方の三味線の兎一郎や師匠。
文楽がどんなものか知らなかったけれど、健が迷いながらも進んていく姿に共感しました。 -
文楽・人形浄瑠璃をほとんど知らないのでその世界を垣間見れたようで面白かった
演目などわからないので動画観ながら読みました
日本の伝統芸能はかっこいい -
今回も三浦しをんさんの描いた世界にどっぷりとハマってしまいました。
文楽という世界。正直聞いたことがあるくらいで実際に観たり聴いたりはしたことがなかった。
なのに、全く難しくなくすらすらと読む事が出来て"文楽"というものにとても興味が湧きました。
本当に三浦しをんさんの本は読みやすいです。
登場する人物のキャラはもちろん、師匠達の厳しい部分とオフの時との緩急が面白くて、読み進めるたびに癒され、愛情も感じられ本当に楽しく読了しました。 -
文楽の義太夫である健の話。
作品の幅が広い三浦しをんさん、文楽まで書いてるのね?!と思い購読。
文楽の知識ゼロの私でも楽しめるし、分かりやすい。
しをんさんはマニアックな世界を題材にしていても、読者を置いていかない丁寧さ、分かりやすさが本当にすごい。
文楽観に行ってみたいと素直に思えるし、自分は自分らしく、頑張って生きていこう!と元気がもらえる作品。 -
文楽=人形浄瑠璃で、義大夫(義太夫)をしている青年が成長していく姿を描いた作品。
文楽のことを知らないながらも、一生をかけて芸を磨きあげる凄い世界であることが分かりました。
なお、恋愛小説の要素はあるけど、キュン要素はありません。
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文楽という新世界を開かせてくれた!
主人公の健が義太夫の芸の道を悩みながらも猛進する姿がすがすがしかった。
現実の恋と人形浄瑠璃の世界のどうしようもなく人間くさい恋がうまく合わさって健が語りながら主人公になりきっていくところが素晴らしかった。
師匠をはじめ個性的な人々がみんな愛らしい。
文楽ってちょっと敷居が高かったけど、昔も今も変わらないんだなと思った。観に行ってみよっ!-
mao2catさん、はじめまして九月猫と申します。
フォローしていただいてありがとうございます。
この本、おもしろそうですね。
文...mao2catさん、はじめまして九月猫と申します。
フォローしていただいてありがとうございます。
この本、おもしろそうですね。
文楽、大好きなので、ぜひ読んでみようと思います。
mao2catさんは萬斎さんの本のレビューを書いておられるし、狂言がお好きなのでしょうか?
わたしは狂言も好きなのですが、生では茂山狂言しか見たことないんですよね。
和泉流狂言もいつか生で見てみたいです。
「大阪本町住み・猫飼い・HNがmao」という友人がいるので、なんだかmao2catさんには勝手に親近感が湧いてしまいました(* ̄∇ ̄*)
こちらもフォローさせていただきましたので、これからよろしくお願いします♪2013/02/13 -
九月猫さんはじめまして。私が先にフォローさせていただいたのにごあいさつもせずにすいません。
私はこの本を読んで文楽に興味を持ち、何回か文楽...九月猫さんはじめまして。私が先にフォローさせていただいたのにごあいさつもせずにすいません。
私はこの本を読んで文楽に興味を持ち、何回か文楽を観に行きました。
本を通していろいろ趣味が広がるので楽しいです。
狂言も去年観に行って今ハマり中でございます。
特に萬斎さんがステキすぎて、もうメロメロです(笑)
私は茂山狂言はまだテレビでしか観たいことがありませんが、今度東西狂言があるので、観比べるのも面白そうですね。
こちらこそよろしくお願いします。
2013/02/14
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義太夫の健が文楽の道を突き進むために悩んだり、すこんと落ちた恋に悩んだりする話。
三味線の兎一郎、師匠の銀太夫、師匠の相三味線の亀治、兄弟子の幸太夫、みんな文楽に貪欲で、チャーミングなキャラなのに舞台上では底知れない凄みがある。
小学生のミラちゃん、健が恋した真智さん、銀太夫の妻の福子さん、謎の多いアケミちゃん、文楽に惚れた男の周囲にいる女性はみんな強くて美しい。
熱量高く生きる人々が愛おしく、文楽を観に行きたくなるようなお話でした。 -
しをんさん凄いです。
これを読むと文楽を見に行ってみたくなります。
箱根マラソンの話の時もそうでしたが、しをんさんの本を読むと、今まで興味のなかった事を始めてみようかと思ってしまいます。
さすがにマラソンは断念しましたが、文楽は行ってみようと思います。
著者プロフィール
三浦しをんの作品
