仏果を得ず (双葉文庫)

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575514445

作品紹介・あらすじ

高校の修学旅行で人形浄瑠璃・文楽を観劇した健は、義太夫を語る大夫のエネルギーに圧倒されその虜になる。以来、義太夫を極めるため、傍からはバカに見えるほどの情熱を傾ける中、ある女性に恋をする。芸か恋か。悩む健は、人を愛することで義太夫の肝をつかんでいく-。若手大夫の成長を描く青春小説の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 三浦しをん(2007年11月単行本、2011年7月文庫本)。
    この作家のジャンルは広くてマニアックだ。辞書編纂がテーマの「舟を編む」、箱根駅伝がテーマの「風が強く吹いている」、林業がテーマの「神去なあなあ日常」「神去なあなあ夜話」、そして今作「仏果を得ず」のテーマは文楽だ。
    文楽ってよく知らないし、あまり興味ないなあって思いつつ、それでもストーリーの展開に期待しながら読み進めた。結果的に文楽に興味が湧いたし、期待を裏切らない、心を掴んで離さない、いい物語だった。

    文楽など全く興味もない高校生の健(たける)が修学旅行で大阪の国立文楽劇場で初めて文楽を体験し、義太夫を語る人間国宝の笹本銀大夫のエネルギーに魅せられ、高校卒業後に文楽の研修所に入学する。それから10年経って銀大夫師匠の弟子、笹本健大夫として芸を磨いていた。義太夫を極めることだけに全情熱を傾ける日々だったが、ある日恋をして芸か恋か悩むことになる。
    その他の登場人物は兄弟子の笹本幸大夫、銀師匠には弟子が3人いて一番弟子の月大夫は10年前に40歳半ばで病死している。従って今現在銀師匠の弟子は幸大夫と健の二人だけということになる。しかしこの亡くなった月大夫の存在が、健の義太夫としての飛躍の鍵となってくるのだ。
    そして幸大夫が銀師匠の身の回りの世話と銀師匠のおかみさんの福子からの言いつけを守る形で銀師匠を監視している。どうも銀大夫は糖尿病にも関わらず甘いものには目がなく、また女性関係にも問題が多いらしい。

    義太夫は組む三味線と相棒となるのだが、その三味線のトップがやはり人間国宝の鷺澤蝶二、続いて鷺澤亀治、鷺澤野助、鷺澤兎一郎。亀治は銀大夫の相三味線、野助は幸大夫と組むことが多い。人間国宝の蝶二は、銀大夫のライバルの義太夫の若竹砂大夫の相三味線だ。この砂大夫と銀大夫は仲が悪い。そして兎一郎も過去のある事が原因で砂大夫を嫌っていたと言うより恨んでいた。
    今回健の相三味線に兎一郎を銀師匠が指名する。兎一郎は三味線の実力はピカイチだが変人で気難しく、健はあまり組みたくない様子で、兎一郎も誰とも特定の義太夫とは組みたくなかったが、師匠の指示は絶対だ。この兎一郎の存在そして過去の月大夫の病死の経緯が健の義太夫としての成功に大きく関わってくることになる。
    健と兎一郎は演目毎に表現する人物の気持ちや人物像の解釈を議論して合わせていく。義太夫でそして三味線で表現するのにここまで突き詰めるのかと驚いてしまう。

    健の私生活もなかなか興味深い。高校生時代からそれなりにモテたみたいで付き合った彼女は複数いたらしい。文楽の世界に入った時も同棲していた彼女がいたが、色々あって別れ、今は友達が経営するラブホテルの一室を格安の家賃で借りて住んでいる。
    休みの日には近くの小学校の子供達に文楽の義太夫の指導に行っている。馴れ初めははっきりしないが、兎一郎の奥さんがこの小学校の先生をしているので、その関係らしかった。
    その生徒の一人で3年生の岡田みらい(愛称ミラ)が特に熱心で学校が終わってからもよく健に教えて貰っている。ミラの父親は物心つかない内に事故で亡くなり、母親の岡田真智と二人暮らしだ。真智は外車のディーラーのトップセールスウーマンだ。そしてその真智に健は恋心を抱いてしまう。ミラの父親が亡くなっているのを知らないのに健は真智と関係を持ってしまうのだ。不倫関係で真智に遊ばれているのかも知れないという不安を抱いていて、それが義太夫の仕事にも悪い影響を及ぼしていた。そしてあろう事かミラが健に淡い恋心らしき感情を健に告白して、一層健の心は乱れる。義太夫と真智とミラ、健の心のせめぎ合いが面白く、物語を文楽と言う固いテーマをより一層興味深い話にしている。
    また師匠の銀大夫の健への対応が楽しい。色恋より芸に集中しろと苦言を呈しながら、逆に芸の肥やしになる経験を良しとし、健の色恋を楽しんでいるところもある。実際に健の義太夫の語りで、この経験が役に立つのだ。

    亡くなった月大夫は兎一郎の相棒だった。そして月大夫が亡くなる原因に砂大夫が影響していたと思っていたのが、兎一郎が砂大夫を嫌う原因だった。
    銀大夫の指示で砂大夫に健と兎一郎が稽古をつけて貰うことになって、拒否する砂大夫に必死で縋りついた健の努力のお陰で稽古をつけて貰うことに成功する。それが『仮名手本忠臣蔵』の真実を客席の人々に伝える表現となって、万雷の拍手が鳴り止むことがないと言う結果につながる。
    終わってから兎一郎は銀大夫師匠に礼を言い、健と組んで義太夫の道を極める決心と覚悟を伝える。

    健と真智とミラちゃんの関係もそれぞれが大人の対応と決心をする。健は「義太夫が一番で真智は二番目」だと言うと、真智は「二番目でええよ」と言い、「一番は未来永劫ミラで二番目は仕事で健は三番目」と返し、ミラちゃんは「真智も健も義太夫もみんな一番」と言う。そして「いつか健の一番になるように頑張る」と付け加える。まあこれからも三人仲良くやって行けそうな感じでもあり、また嵐になりそうな感じでもあり、全て時が解決するような感じでもある。

    歌舞伎と同じ演目を表現しても、文楽には義太夫と三味線と人形遣いの三位一体の表現の魅力があり、各々の芸が競い合いながら共鳴していく奥深いものがある。また世襲ではなく、実力でのし上がっていく魅力、10年20年経験しても50年60年経験した師匠の足元にも及ばないと言う更に奥深い芸の世界。60〜80歳の人間国宝になってもまだ芸を磨き続ける世界。伝統文化の凄さを改めて知ることが出来た物語だった。


  • 高校の修学旅行で文楽を観て、その世界に魅了された健は研修所経て大夫として舞台に立ちつつ修行を続けていたが、ある日、師匠から、腕は良いが特定の相方を持たない三味線の兎一郎と組むように言われる。
    稽古を重ねるうちに、二人の信頼関係が深まる様子や、健がボランティアで文楽を教えている小学生、ミラちゃんのお母さんである真智と恋に落ちるも、なかなか進展しない様子が描かれていて、文楽を知らなくても、面白く読めた。

    そして、文楽そのものへの興味もわいてきた。そんなに人を虜にする舞台を1度観てみたい。

  • 祝・文庫化☆

    健こと健太夫(たけるたゆう)は文楽の研究所を出て、義太夫を語るプロの技芸員として修行中。
    師匠の銀太夫に、三味線の兎一郎と組むように言われる。気難しい兎一に振り回されながらも、成長していきます。
    「女殺油地獄」の与兵衛の妙な色気の秘密など、面白かったです。
    仮名手本忠臣蔵の勘平腹切の段は、すごく盛り上がります!
    旅行も多い健は、ラブホテルの一室に住んでいるんですが、管理人の誠二とは友達。
    恋愛に悩む健に誠二の言う「幸せにしたろとか、助けてあげんとか、そんなんは傲慢や。地球上に存在してくれとったら御の字、ぐらいに思うておくことや」ってのは、決まった相手のいない人間のセリフだが〜悩みすぎる人には、けっこう良い忠告かも。

    単行本は、2007年11月発行。

  • 仏果、というと仏教の信心をよくして極楽に行けるとか、イッタとかそういう成果の事だったと思うが、それと、この表紙(文楽?)とどないにつながるのか、裏を読むと若い義太夫のストーリーらしいので、とりあえず興味のあるエリアなので躊躇なく購入、そして忘れて放置していた積ん読ブツ。読みました、めちゃめちゃ面白かった。なんで早く読まんかったんか、後悔するほど面白かった。今まで数冊読んだ三浦本の中で一番好み。演目も有名どころの誰が読んでも場面がパッと浮かぶのが使われているところも良いと感じます。マニアな演目でしかも自分の好きな演目がでてきてたら、とも思いますが、それだと多くの人に共感が得られないでしょうし。ともかく、女殺油地獄から仮名手本忠臣蔵でしめ、健大夫の育っていく様子とと兎一郎との関係。そして芸の肥やし。健太夫が住んでいるのが生玉寺町の寺に囲まれたラブリーパペットというラブホテル。管理しているのがいんげはんとこの息子といういろんな因果の絡む、非常に魅力的な場所と人物。このロケーション設定は唸りました。すばらしい。竹本義太夫の墓から四天王寺さんの境内抜けて20分ぐらいでしょうかねぇ、国立文楽劇場からもめちゃ近いし。そして、語る男女の機微を考えるのにすばらしいところ。出来過ぎでラノベ感すら漂うほどですが、この出来過ぎが心地いい。

    >仏に義太夫が語れるか。単なる器にすぎぬ人形に、死人が魂を吹きこめるか。
    勘平は最後の力を振り絞って絶叫する。
    「ヤア仏果とは穢らわし。死なぬ(繰り返し)。魂魄この土に止まつて、敵討ちの御供する!」

    忠臣ならざる全ての人々が忠臣蔵の主人公になるという、健の解釈が爆発するシーンが良いですねぇ。SF的ではありますが、文楽てものすんごくSFというか3Dアニメ的なので、とてもよく表現されてると感じます。面白かった。

  • 文楽という一般には馴染みの薄い伝統芸能の世界を、若手男子の成長物語という展開で馴染みやすく仕立てた、どことなく漫画調の娯楽小説。

    物語を語る太夫(たゆう)、楽を奏でる三味線、一体の人形を3人がかりで操る人形遣いが揃って成り立つ芸術である文楽。
    一対一で演じることも多い太夫と三味線は、特に相性が重要で、生涯これと決めた相棒を持つことも多い。

    30歳の若手太夫である健(たける)は、5月のある日、師匠で人間国宝でもある銀太夫(ぎんたゆう)から、腕はいいが変人と名高い若手三味線弾きの兎一郎(といちろう)とコンビを組むように命じられる。
    6月の公演はすぐ目の前。健は渋々ながら、命じられた演目を兎一郎と練習しようとするけども…。

    毎回演目が変わる度に、現代人からしたら、なかなか理解しがたく突拍子もない、時に不条理ですらある行動をとる登場人物たちの気持ちを理解し、なんとか役になりきって語ろうと奮闘する健の姿を、文楽では有名な八つの演目を各章のタイトルとして採用し、演目のあらすじを簡潔に盛り込みながら、巧みに描いています。

    健がたどり着く解釈が正しいのかどうかは私にはわかりませんが、この解釈には納得できるものが多く、おかげで、文楽に馴染みのない層にも楽しめるようになっています。
    そんな健を、なんだかんだで見守る、兎一郎はじめ、みんな一癖も二癖もあるある銀太夫師匠や兄弟子たち。彼らの近すぎでもなく遠すぎでもない適度な距離感は好ましいです。

    若者を主人公にしているせいか、恋愛要素もあります。ただし、これに関しては必要だったのかは微妙なところ。
    演目の登場人物たちの一見不可解な行動の裏に秘められた深い心と、健の悩める心境を重ねるための演出の一つだとはわかるのですが…。
    二度会っただけの若い男が住んでいるラブホテルに押しかけていきなりコトに及んじゃう小学生の子を持つ母親って、魅力的で芯があるどころか、色々な意味で心配ですけど…としか思えなくて…。結局最後まで読んでもそれは変わらず。

    読む前に想像した以上のものは出てこなかった、全体の軽い展開も、ちょっと寂しいです。

    でも、文楽初心者に文楽の世界を垣間見させる仕組みとしては、この軽さ具合がかえってとっつきやすくていいかもしれません。お約束の安定感みたいな感じでしょうか。

    ちなみに、私自身、全く造形がないながら、偶然過去に何度か文楽を劇場に観に行ったことがあるのですが、見事な演目は、まるで酔いしれるように恍惚とした素晴らしい時間が味わえますので、まだ経験したことなくて興味のある方は、一度劇場に足を運ぶことを強くお勧めします。

    特に、太夫と三味線をメインとしたこの小説ではあまり取り上げられていませんでしたが、見事な人形の動きは、本当に官能的で見惚れるほど美しく、一見の価値ありだと思います。

  •  文楽の世界が舞台の小説。

     健(たける)は文楽の太夫。文楽の技芸員は太夫、三味線、人形遣い。
     それぞれ師匠と弟子の関係は絶対である。
     健の師匠、笹本銀太夫(ささもとぎんたゆう)から、突然、三味線の鷺澤兎一郎(さぎさわといちろう)と組めと言われる。この兎一郎、実力は確かだがかなり変わった人物。
     健が楽屋に挨拶に行くにも兎一郎はいない。太夫と三味線は夫婦にも例えられるくらいなのに、合わせて練習もできず、これでいいのか……。

     ◇

     文楽という、私達には馴染みが薄い伝統芸能の世界を精緻に描かれています。
     義太夫に打ち込みながらも、芸事の道には終わりはないこと。
     真剣に打ち込まなければならないのに、恋愛で心乱され、それが義太夫の語りにも表れてしまっていること。
     迷いながら義太夫の道を進み続ける健と、それを導く、相方の三味線の兎一郎や師匠。

     文楽がどんなものか知らなかったけれど、健が迷いながらも進んていく姿に共感しました。

  • 文楽・人形浄瑠璃をほとんど知らないのでその世界を垣間見れたようで面白かった
    演目などわからないので動画観ながら読みました
    日本の伝統芸能はかっこいい

  • 今回も三浦しをんさんの描いた世界にどっぷりとハマってしまいました。

    文楽という世界。正直聞いたことがあるくらいで実際に観たり聴いたりはしたことがなかった。

    なのに、全く難しくなくすらすらと読む事が出来て"文楽"というものにとても興味が湧きました。

    本当に三浦しをんさんの本は読みやすいです。


    登場する人物のキャラはもちろん、師匠達の厳しい部分とオフの時との緩急が面白くて、読み進めるたびに癒され、愛情も感じられ本当に楽しく読了しました。

  • 文楽という新世界を開かせてくれた!
    主人公の健が義太夫の芸の道を悩みながらも猛進する姿がすがすがしかった。
    現実の恋と人形浄瑠璃の世界のどうしようもなく人間くさい恋がうまく合わさって健が語りながら主人公になりきっていくところが素晴らしかった。
    師匠をはじめ個性的な人々がみんな愛らしい。
    文楽ってちょっと敷居が高かったけど、昔も今も変わらないんだなと思った。観に行ってみよっ!

    • 九月猫さん
      mao2catさん、はじめまして九月猫と申します。
      フォローしていただいてありがとうございます。

      この本、おもしろそうですね。
      文...
      mao2catさん、はじめまして九月猫と申します。
      フォローしていただいてありがとうございます。

      この本、おもしろそうですね。
      文楽、大好きなので、ぜひ読んでみようと思います。

      mao2catさんは萬斎さんの本のレビューを書いておられるし、狂言がお好きなのでしょうか?
      わたしは狂言も好きなのですが、生では茂山狂言しか見たことないんですよね。
      和泉流狂言もいつか生で見てみたいです。

      「大阪本町住み・猫飼い・HNがmao」という友人がいるので、なんだかmao2catさんには勝手に親近感が湧いてしまいました(* ̄∇ ̄*)
      こちらもフォローさせていただきましたので、これからよろしくお願いします♪
      2013/02/13
    • mao2catさん
      九月猫さんはじめまして。私が先にフォローさせていただいたのにごあいさつもせずにすいません。

      私はこの本を読んで文楽に興味を持ち、何回か文楽...
      九月猫さんはじめまして。私が先にフォローさせていただいたのにごあいさつもせずにすいません。

      私はこの本を読んで文楽に興味を持ち、何回か文楽を観に行きました。
      本を通していろいろ趣味が広がるので楽しいです。

      狂言も去年観に行って今ハマり中でございます。
      特に萬斎さんがステキすぎて、もうメロメロです(笑)
      私は茂山狂言はまだテレビでしか観たいことがありませんが、今度東西狂言があるので、観比べるのも面白そうですね。

      こちらこそよろしくお願いします。
      2013/02/14
  • 文楽の義太夫である健の話。
    作品の幅が広い三浦しをんさん、文楽まで書いてるのね?!と思い購読。
    文楽の知識ゼロの私でも楽しめるし、分かりやすい。
    しをんさんはマニアックな世界を題材にしていても、読者を置いていかない丁寧さ、分かりやすさが本当にすごい。
    文楽観に行ってみたいと素直に思えるし、自分は自分らしく、頑張って生きていこう!と元気がもらえる作品。

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』で、デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で「直木賞」、12年『舟を編む』で「本屋大賞」、15年『あの家に暮らす四人の女』で「織田作之助賞」、18年『ののはな通信』で「島清恋愛文学賞」19年に「河合隼雄物語賞」、同年『愛なき世界』で「日本植物学会賞特別賞」を受賞する。その他小説に、『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』等がある。

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