- Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
- / ISBN・EAN: 9784575516043
作品紹介・あらすじ
優しい夫に真っ白でふわふわな猫-美由紀の満ち足りた生活は、夫の溺死によりピリオドが打たれる。しかしそれは、新たなる絶望への幕開けに過ぎなかった。小説推理新人賞受賞作「隣人」を含む戦慄のサスペンス集。予測のつかない結末6篇!
感想・レビュー・書評
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『なぜ分からないのだろう。子供、子供とそればかり。私がほしかったのは子供ではなく、猫だと言っているのに』。
一つ屋根の下で長い時間を夫婦として一緒に暮らしていたとしてもなかなかに人と人とは分かり合えないものです。もちろん、長い時間を暮らせば暮らすほどに思っていることを言い合えるという関係は築かれていくと思います。食べ物の好き嫌いに始まり、基本的な生活習慣での事ごと、そして二人の未来設計など、お互いに遠慮し合いがちなスタート地点。そこから少しずつ垣根を乗り越えてどんどんその想いを伝えあっていく、銅婚式、銀婚式、金婚式と、まるで一緒に暮らした時間をメダルによって讃え合うかのように、長い時間を共にする。そんな理想的な夫婦の時の重ね方は簡単なようで、思った以上にハードルが高いものです。
一方で、長い時間を暮らしたからこそ、お互いを深く想い合うからこそ、逆にその関係が、気持ちが離れていく、ずれていくということもあるのだと思います。『もともと子供は好きではなかった』、でも、大好きな夫がどうしてもと願うのであれば『一人ぐらいなら産んでもいいか』と夫に寄り添う感情も生まれるかもしれません。しかし、結果として『精子異常がある』とそんな子供が産まれずに、代わりに猫を飼うことになった妻、そんな妻が『猫を抱いてブラッシングしてや』っているのを見て、夫は『悲しげな表情』をしたとします。これは、夫が自分を責め、そんな自分のために妻が辛い思いをしていると憐憫な思いに陥っている証です。しかし、そんな妻は『なぜ分からないのだろう。子供、子供とそればかり。私がほしかったのは子供ではなく、猫だと言っているのに』と実は考えている。長く一緒に暮らしているからこその予想外の不一致な感情がそこに生まれることだってあるのだと思います。
この作品はそんな人と人との感情の機微を見る物語。人と人とがすれ違っていく様を見る物語。そして、それはそんな人と人との関係がまさかのイヤミスな結末を見る物語です。
『じゃあ、今夜、鵠沼で』と夫の石塚幸介を見送るのは妻の美由紀。家へと入ろうと『ふと目を上げると、いつからそこにいたのか』、隣家の三瀦(みずま)が『微笑みを浮かべて立ってい』ました。慌てて『おはようございます』と挨拶すると『まだまだ暑い日が続きますね』と返す三瀦は、『いつも仲がおよろしいのね』『お子さんがいらっしゃらないからかしら』と続けます。さらに『きょうはどちらかへお出かけ?』と訊くので『鵠沼の実家に』と答える美由紀は『今は空き家同然の家なので、ときどき風を通しに行く』と続けた後、ようやく家に入ることができました。『三瀦と話をするといつも気疲れしてしまう。どこかがずれている、あの感じ』と取り敢えずホッとする美由紀。そして、『足首に額をこすり付けている白い猫』の『サシー』に触れて『この重み、この暖かさ、この匂い』を感じ『気持ちが和らぐ』美由紀。『一年前の九月』にこの家に越してきた美由紀は『一戸建てに住めば、猫が飼えるんでしょう?』と喜んだ時のことを思い出します。『きみには子供の代わりにかわいがるものが必要だ』と言ってくれたその時の幸介。『結婚後しばらくして子供がほしいと言い出した』幸介に、『子供などいらないと反対した』美由紀でしたが、押し切られて、避妊をやめたものの一向に妊娠しません。『再三、義父母から言われ、いやいや婦人科』を訪れたものの美由紀には問題はなく、『義理程度の気持ちで診療を受け』た幸介に『精子異状』が見つかりました。『美由紀さん、ごめんなさいね』と義母から言われるも、『子供は好きではなかった』という美由紀はホッとします。そして、引っ越して『一匹の猫を手に入れた』美由紀。『子供なんていなくていいの。サシーがいれば幸せよ』と言うも『悲しげに視線を泳がせ』る幸介に『なぜ分からないのだろう』と美由紀は思います。『私がほしかったのは子供ではなく、猫だと言っているのに』と思う美由紀。そして、猫を鵠沼の家に連れていくことを嫌がる幸介のために友人に預けた美由紀は、車で鵠沼へと向かいます。父母がすでに他界し、今は誰も住まない美由紀の実家に定期的に風通しと掃除に訪れる美由紀と幸介。『ブランデーでも飲もうか』 『いいわね。グラスはそこ』と二人の時間を過ごす一方で『サシー』と『心の中で呼びかける』美由紀。『今すぐあの暖かな体を膝に乗せたいと切に願う』美由紀。そんな静かな時を過ごす二人にまさかの驚愕な展開が待ち受けていました…という表題作でもある短編〈隣人〉。えっ!そんな風に展開するの!という衝撃的な物語は、表紙の猫の可愛い写真が違うようにも見えて来る、うぐぐというイヤミスを感じさせる好編でした。
六つの短編から構成されたこの作品。冒頭の表題作でもある〈隣人〉が小説推理新人賞を受賞していることもあり、他の作品含めてミステリーな短編で構成されています。作品間に関連は全くありませんが、読後にイヤミスな気分を味わえる点が共通しています。せっかくですので、そんな六編の中から私が特に気に入った三編をご紹介しましょう。
〈隣人〉: 『子供がほしい』と強く願う夫と『子供などいらない』、『「産む」というあの動物的行為が自分の身に降りかかってくると思っただけで、吐き気がする』という妻。猫を『子供の代わり』と考える夫と、『ほしくもない子供を持つ必要もなく、ずっとほしかった猫と一緒に暮らす』ことができて幸せと思う妻。そんな夫妻にまさかの展開が待ち受けています。そこに美由紀が『話をするといつも気疲れしてしまう』という章題の『隣人』がえっ!という形で関係するイヤミスな物語です。
〈伴奏者〉: 指導を受けることになった新庄と対面した派遣社員の主人公。しかし、そんな新庄の声を聞いて『以前にも何度か耳にしたことがあった』と思う主人公は、『四ヶ月前まで派遣されていたO商事』の『部長秘書』をしていた時に『結城の家内です』とかかってきた電話を思い出します。しかし、そんな部長の妻の元へと派遣されたのは偶然ではありませんでした。『女房と協議離婚をして、それからきみと結婚する』と部長から言われ、ある使命を帯びて新庄の元で働く主人公。そんな主人公が、新庄のまさかの声を聞く衝撃的な結末を見るイヤミスな物語です。
〈風の墓〉: 『以前からの約束だったじゃありませんか。ここを二世帯住宅にするっていうのは』と甲高い声で話す妻の言葉を苦々しく思う主人公は、街のギャラリーで三万円もする『乳白色のペーパーウエイト』を購入します。そして、それを作った『若手のガラス工芸家』と関係を持つようになる主人公。一方で義父母との同居を迫る妻を嫌い『時子から解放された自由な人生』を夢見るようになった主人公。『安土城跡』にある織田信長の墓を舞台に、主人公が『風を感じ』るまさかの結末が待ち受けるイヤミスな物語です。
と言った感じで短編ながらも全てイヤミスな物語という共通点があるこれらの短編。イヤミスというと私の場合、湊かなえさんの作品を20冊以上読んできました。少し前に読んだ「未来」などは、人間の嫌な部分をこれでもか!のオンパレードな描写の連続に、読み終わっても気持ちが全く戻らなくなってしまう、なんともイヤミス小説の強烈な体験をさせていただきました。私はイヤミスは大嫌いです。お金を払って本を買って、自分の貴重な時間を使って嫌な気分になることを楽しみにするなんて考え方は絶対理解できないですし、体験したくもないです。それでも湊さんの作品に触れたいと思うのはその作品世界の魅力がイヤミスに勝るからです。湊さんの作品は非常に読みやすく、漢字仮名遣いが極めて自然です。読んで気持ちのいい読書がそこにあります。そんな私は、今回永井さんの作品を読んで同じ感覚を味わいました。この作品は390ページ近い分量がありますが、あまりにスラスラと読み進められます。情景がスーッと頭に入ってきて、それぞれの登場人物の心の内の描写にも全く違和感を感じません。短編〈隣人〉では、子供を持つことに対して真逆な感情を持つ夫婦が登場します。そこでそれぞれのシチュエーションでお互いが考えること、行動すること、その違いが違和感なく入ってきます。一方でそれが衝撃的な結末へと続き、イヤミス要素が放たれて終わりますが、他の短編含めて感じたのは”イヤミスな作品が好き”とおっしゃる方の気持ちが理解できたということです。上記した通り、私はイヤミスが大嫌いです。しかし、イヤミスで受ける感情というのは、決して特異なものではなく、恋愛物語を読んで胸キュンな感情に浸りたい!、学園ものを読んで青春をもう一度感じたい!、そして、感動長編を読んで涙したい、そういった感情を読書によって刺激されたいと思う目的と同じなんだ、そのことに気づきました。永井さんのこの六編は、最後にイヤミスな感情を見事に刺激してくれます。しかし、不思議とそれは後を引きません。あっ、イヤミスにやられた!、そんな風にイヤミスを楽しめる、そんな感覚をこの作品で感じることができました。人のこんな感情、あんな感情、その先にあるイヤミスを見る物語、予想以上に楽しませていただいた作品でした。
人は結婚する時に価値観の一致を重視すると思います。しかし、どんなに長い時間を一緒に過ごしても全ての思いを確認できるわけではありません。
『なぜ分からないのだろう。子供、子供とそればかり。私がほしかったのは子供ではなく、猫だと言っているのに』。
『密かに吐息を漏らす。こういう生活が続くのだ。まるで他人の家に仮住まいをしているような、こんな生活が』。
『後になって思えば、あのとき既に中瀬と紀和の間に、倦怠の気配が忍び寄っていたのだ。けれど、あの時点では紀和はそれを感じ取れなかった』。
男と女の関係は、どれだけ長く一緒にいても分かり合えない部分が出てきてしまいます。この作品の登場人物たちは、そんな中に不満を密かに募らせていきました。そして、そんな感情が抑えきれなくなった瞬間、時計の針を無理に進める事象が発生します。しかし、そんな風に感情に任せて時計の針を動かす先の未来は必ずしも光り輝くものではありません。この作品では、そんな風に無理に時計の針を進めようとした結果の先の未来を絶妙なイヤミスで見せていただきました。
永井するみさんの短編集の傑作とも言えるこの作品。イヤミスを楽しむとは何かをお教えていただいた、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ほぼ全部同じパターンの、痴情のもつれ話。
サスペンス期待してはあかん。 -
隣人 が1番すきでした
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うーん、可もなく不可もなく。
どの話もイマイチ盛り上がりに欠けるかな。 -
一貫して読みやすい。サラサラ読み進めちゃう。読書初心者向けの短編!
ただ、帯とかあらすじでかなーりホラーっぽいの期待してしまったわたしには、とっても物足りない感じには?なったかな?
パンチの薄いミステリーって感じ。水っぽいカルピスみたいな。笑笑、気の抜けたコーラか?そんな感じです。
この作者。もしかしたら長編で少しづつ内容掘り下げていく方が合ってるかも。
人物描写や背景なんかはとっても上手で本にも入り込みやすかったです! -
どの話も予想外の展開で良かった。
ただ大体どれも男女のもつれ的なアレなので合う合わないはあるかも。 -
いかにも女性が書きそうな感じ…というか、女性作家が書いた感じ!がよく分かる小説でしたねぇ…社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
著者はすでに亡くなられているんだとか…死因が判明しないようですけれどもまあ、いいでしょう…そこは突きこまない…。
ミステリなんですけれども、やはり男性作家とは違い、登場人物たちの気持ちに寄り添ったお話が多かったような気がしますねぇ…だからこそ、こう…登場人物たちの心情が…紙面を通して伝わってくるやうで…読むのが辛かった作品がいくつかありますね!
ヽ(・ω・)/ズコー
まあ、けれども、夢中になって読めたのはやはり著者の実力があるからでせう…さようなら。
ヽ(・ω・)/ズコー