倒錯の舞踏 (二見文庫 ブ 1-9 ザ・ミステリ・コレクション)

  • 二見書房
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (478ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784576990712

感想・レビュー・書評

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  • 1991年発表、マット・スカダーシリーズ第9弾。「八百万の死にざま」(1982)で80年代ハードボイルドの頂点を極め、中堅作家だったブロックは一躍大家として大輪の花を咲かせた。だが、以降スカダーの物語は急速に色褪せていく。あくまでも自論だが、枯れたのである。

    帰宅時、運悪く出くわした強盗によって殺された女。その兄は「殺したのは夫だ」と主張、スカダーに真相を探るよう依頼した。夫であるサーマンは新参ケーブルテレビ局のプロデューサーだったが、事業は順調とはいえず、資産家の出だった妻が死んだことで、莫大な遺産を手にしていた。事件当時の状況にも不審な点が多い。後日、スカダーは、テレビ局主催となるボクシングの中継会場で、サーマンの様子を窺っていたが、漠然と別の者へと注意を引かれた。リングサイドにいた或る観客への既視感。その男の手。のちに確信へと変わる。以前に見たビデオ。縛り付けた若者を残虐に殺した正体不明の男と女。そこに映っていた殺人者の手と同じだった。凶行は、今も続いているに違いない。妻殺しの疑惑がかかるサーマンと、殺しの映像。二つの事件を同時進行で調べ始めたスカダーは、やがて不可解な共通項に行き当たる。

    熟成した語り口、淀みない構成、的確な情景描写、巧みな人物造形など、ブロックの実力は改めて述べるまでもない。プロットはやや強引だが、ミステリとはしては許容範囲だろう。ただ、全体的な空気感が大きく変わった。もしくは、感傷が弱まったと言えばいいだろうか。スカダーの〝変貌〟については、「死者との誓い」(1993)のレビューで触れたのだが、その前兆が明確に表れている。

    本作で探偵は、遂に「暴力」の一線を超える。しかも、殺し屋の〝協力〟を仰ぐという、無残な展開を辿る。
    それまでも予兆はあったが、マット・スカダーはアルコールを断つように、〝罪と罰〟の命題を自ら葬った。苦悩することを、きっぱりとやめたのである。スカダーを〝闇の仕置人〟としてヒーロー化させたことが、本シリーズの強度を弱めた大きな要因だと感じた。以前「ノワールへの傾斜を深めた」とも書いたのだが、正しくは既存のハードボイルドと決別したと捉えるべきなのかもしれない。
    恐らく、ブロックとしては、スカダーの〝正義感〟を、より明瞭/強固にし、次のステージへ向かうステップを踏んだのだろう。作家が一番恐れるのはマンネリに陥ったという評価であろうから。当然のこと、新たに主人公を創造するよりも、人気の高いヒーローを続投させることで、作品としてはそれなりに〝売れる〟訳だから手放すのは勿体ない。そもそも、本稿のように捻れた捉え方をする読み手は些少であり、何でも喜んでくれる〝真のファン〟だけを相手にすればいい。パーカー/スペンサーシリーズが、その好例のように(文句のある時だけ引っ張り出して申し訳ないが)。

    ニューヨークの片隅、その大半が未解決となる犯罪の蔓延る街に生き、どうしようもない現実への焦燥に抗うため、酒に溺れる日々を送っていた孤独な男。己と同じように生きづらさに悶え苦しむ者を〝救済〟することで、精神的な均衡を保っていたが、「八百万……」でそれも限界に達し、スカダーは〝悲劇的且つ喜劇的な〟終局に於いて自らを〝浄化〟した。「墓場への切符」(1990)から始まる所謂「倒錯三部作」(作者非公認、日本でのみ通じるトリロジー)は、探偵が〝変貌〟するさまがよく分かる。
    本シリーズは、法で裁くことのできない犯罪者にどう罰を与えるかに一貫して焦点を当てていた。これがスピレイン/ハマーなどの通俗的スタンスならば割り切れるが、殺し屋らの手を借り、私刑紛いの制裁を下して〝神の役割〟を果たす男が、幾ら罪と罰を考察しようが説得力がない。終盤、血に染まった身体のままで教会へと赴き、「アーメン」と吐くスカダーは、堕落したのだと感じた。
    危うい均衡を崩した果てに、決着を付ける手段として安易なる暴力を選ぶ主人公の姿に、ブロックはどんな思いを込めていたのだろうか。

    本作はターニングポイントとなる作品だが、同系の雰囲気を持つ次作を経て、スカダーは精彩を失い、単なる〝謎解き探偵〟へと変わっていく。シリーズ最終作の可能性が高い「償いの報酬」(2011)では、老境に入った74歳のスカダーが、禁酒直後の事件を回想している。達観の境地に至ることは良しとして、詰まらない人生観を語る探偵に成り下がるのだけは避けて欲しかったのだが、ブロック自身の年齢を考えれば、致し方ないことか。

  • 閉店する古本屋さんから格安で購入したまま積読になっていたもの。
    有名な作家とは知らず……。

    しかし、悪と善の境目にいるようなハードボイルド(探偵業)が、安定を失った大地の上でゆり動かされ読者に突きつける「善とは?」という問い。
    作中にあった「変化したくないと思った時には変化しているんじゃないか」というような文に心をつかまされた。

    シリーズの途中作らしいので、次に刊行された続巻を読もうと思う。そういう盛り上がった作品。

  • 読んでる最中はともかく、読後に強烈な違和感を感じた。他のレビューを読んでやっとその正体に気づく。どうして、あの結末でないといけなかったのか。あの細々としたスカダーと近しい人達の営みと、異常な人間と事件たち。これがくそったれな世界の正体なのか。くそったれな世界は、くそったれな人間が作り出すものではないんじゃないのか。

  • マットスカダー第九作。
    原題"A Dance at the Slaughterhouse"

    チャンスやダニーボーイ、バルーなどが登場し、
    これまで読んできた人なら嬉しくなる演出だった。

    そして最後に一線を越えたスカダー。
    越えずに踏みとどまることが彼の矜持だったのではないかと思うが。
    酒の力ではなく彼の意志で実行したので、
    なおさら良かったのかどうかわからない。

    TJ初登場。

  • 元刑事で、元アル中、無免許の私立探偵のマット・スカダーのシリーズ第9篇、米探偵作家クラブ最優秀長編賞を受賞。ケーブルテレビのプロデューサーのサーマンの妻、アマンダが強盗2人組に殺された。アマンダの兄は殺人の犯人がサーマンで保険金狙いと考え、スカダーに調査を依頼する。しかし偶然からこの事件は猟奇的な別の殺人事件に繋がっていることが分かる。スカダーを囲む仲間は世の中の常識からずれた暗い世界の人間が多いが、スカダーには近しい。隅々の細かな描写が活き活きとして面白い。でも読後は少し苦い。

  • エレインが無事でよかった。
    スカダーは禁酒が続いているし、チャンスも成功していて良かった。

    前作に引き続き登場した警察の似顔絵書きが、
    似顔絵にサインしたために
    事件が巻き込まれてしまうのではないかと、
    勝手に心配してしまった。
    結婚したばかりの彼が無事で良かった。

    しかし、今までもいろいろやってきたスカダーだったが、この作品で自ら一線を越えてしまった感じ。

    そこまで行かないと駄目なのか、と作者に聞きたい。
    そこまで行ってしまうのか、とスカダーに聞きたい。

  • ミック・バルー。

  • アル中探偵マット・スカダーシリーズです。やはりジェットコースターのように、一気に読ませる力があっていい。マットが、アル中と認識して、AAの集会に行き、禁酒している方がカッコイイな。酒が飲めないのはかわいそうだが、男っぷりは上がっていると思うな。今回の話も楽しかった。まだまだあるので楽しみです。

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著者プロフィール

ローレンス・ブロック Lawrence Block
1938年、ニューヨーク州生まれ。20代初めの頃から小説を発表し、100冊を超える書籍を出版している。
『過去からの弔鐘』より始まったマット・スカダー・シリーズでは、第9作『倒錯の舞踏』がMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長篇賞、
第11作『死者との誓い』がPWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)最優秀長篇賞を受賞した(邦訳はいずれも二見文庫)。
1994年には、MWAグランド・マスター賞を授与され、名実ともにミステリ界の巨匠としていまも精力的に活動している。

「2020年 『石を放つとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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