たのしい写真―よい子のための写真教室

  • 平凡社
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本棚登録 : 714
レビュー : 81
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582231175

作品紹介・あらすじ

現代美術から広告まで幅広く活躍する写真家が、経験をもとに書き下ろした、はじめての写真論。

感想・レビュー・書評

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  • ユルい話が多いようだが、そのユルさを含め、写真に対する考えかたは僕の思いと共感できるものがあった。好きな本だ。

  • 何かブラックボックスに入れられて判らない写真について
    、写真家が何をどう考えて写真を撮るのかというのを探る手掛かりとなりそうな一冊。


    特に写真と光画、Photographという言葉に端的に表れた写真観が興味深い。


    写真が芸術たりうるのは、真を写しているのではなく撮り手がどう見ているのか、それをどう撮り出すのかというところにあると再認識。

    最も冒頭でいみじくも著者自らが語っているように本書は、カメラマンや写真を見る目に超えた人には自明で野暮な本なのかもしれない。

    まさに写真の見方が変わる本。

  • たのしい写真―よい子のための写真教室

  • 筆者の思考の軌跡をリアルに終える仕上がりになっていた。自分はきりっとしたフレームとか、何かと写真が下手なのだけれど、写真が好き。いつまでも下手であっても、下手なりに写真は撮り続けたい。だからすごく元気をもらった。
    写真にこそ時間が形象化される。絶えず、時間を撮り続けることに失敗し続けたいと思った。

  • 写真の手法の歴史を追いながら、写真の撮り方とは撮影者の世界観の表明であり、写真とは撮る側が世界をどう捉えているかを可視化するツールとしての機能もある。しかし写真を撮る側と観る側とではその「世界観の捉え方」の受け取り方に振れ幅がある場合もある。アフォーダンスや小説と絡めた対談も面白い。

  • 写真のことに詳しい人が読めば、題名のように思うのかもしれないが、素人にはまったく「楽しくない」本だった。副題(「よい子のための写真教室」)にあるように、「よい子」でなければ楽しめないということなのであろう。
    著者の意図が奈辺にあるかはわからないが、ひたすら自分が興味を持っていることを、読者を想定することなく記述しているという感じがした。少なくとも自分には、この「写真教室」には入門不可である。

  • とある記事で紹介したので読む。

  • 物の見方で、どれだけ世界が変わるかという話

  • photographのことを日本語では、真実を写す=写真と訳すが、外人は不思議に思う。何故ならphotographには真実という意味はなく、photo=光、graph=画、なので「光画」と訳すのが妥当だからだ。写真は現実を捉えたものであるのと同時に、誰かに意図的に選び撮られたもの。現実であるとともに加工可能であるという二重性が写真の特徴。どうとでもなり得るという多重性こそが写真の本質。「本物にたどり着かない芸術」こそが写真の一番面白いところ。photographは「写真」じゃない。

  • 「写真が本当なわけではない」という事は今や皆が知っているのに やはり写真に真実性を感じて惑わされる事が多いのは 「真実を写す」という言葉に惑わされているのではないか、そもそも photograph=写真 という訳語で良いのか、photo=光 graph=画 が正しいのではないのか、という話から始まり 「確かに!」と思わされ 惹き込まれ、あっという間に読み終えた。
    大きく分けた歴史の話に続き、かつてあった 様々な境界線が無くなり「絵画から脱却することで生まれたモダニズムの写真が一転 ポストモダンの今日ではまたもアートに接近している」と括っている。ここでは 個人の小さな物語についても語られている。そしてこれが「真を写すだけではない」というテーマに繋がる。これらを述べた上で、以下のワークショップに入る。

    1. あなたの好きな写真集の中から1枚の写真を選んで、それが、どのように成立しているかを言葉で説明し、次いでその1枚と同じ構造の写真を撮影してください。
    2. 「写真は真実だけではない」ということを意識するために、最初からウソを取り込んだ写真を撮ってみよう。
    3. 写真の楽しさは自由なところーですが、あえて撮影に制約を設けて、不自由な状態で撮影してみてください。

    1. は「自分はその写真の何が好きなのか、どのような構造がその写真を成り立たせているのか、を言葉にして実際に撮ってみる」という作業にあたる。
    2. では、被写体を疑う場合、「本当や真実といった装いに多くの人が引きずられてしまうが、強度のある写真というのは そもそも写っている事物や被写体を取り巻く文脈や関係性を全て取っ払っても鑑賞に耐えうる作品なのだ」ということ、また、写真プリントというもの自体を疑う場合、「我々が写真を見る時の知覚というのは、写真に写っている被写体を見る知覚が一つ、同時に 机の上に置かれた古くて小さなプリントか、額装されて白い壁に飾られた大きなプリントか プロジェクターによって壁に投影されたスライド画像なのか といった具体的に物自体の存在や形状の知覚 の二重の情報がある」という話で括られている。
    3. では「自分の意思で動き回って決定的瞬間を探す」の真逆にあるのは「自分は動き回らず目に飛び込んで来る被写体を受け入れる」ことであるということが述べられている。

    全編通して伝えられているのは、「写真=真実」 或いは 「決定的瞬間」でなければならない という呪縛から自由になろう、といったメッセージであった。
    しかし「なんとなく」のセンスだけでなく、鑑賞も撮影も、言葉で説明出来る つまり戦略的に意図した作法や構造の観方・撮影の薦めでもある。
    よくある 内容の薄いハウツーでも歴史だけの書でもなく、バランスの良い書という印象。
    但し、書きたいままに書いているような部分も見られたので 熟読ではなくサラッと読んで ワークショップに挑戦して 自分なりに吸収するのが良さそう。

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