- Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
- / ISBN・EAN: 9784582477337
感想・レビュー・書評
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こんな茶々は見たくなかった。想いは一つだった家長と家臣。羽柴(豊臣)家存続の願いは、どこですれ違ったのか。(2017年刊)
・はじめに
・第一章 関ヶ原合戦以前の茶々と且元
・第二章 関ヶ原合戦後の茶々・秀頼の立場
・第三章 且元を頼りにする茶々
・第四章 茶々・秀頼と且元の対立
・第五章 茶々・秀頼から且元への説得
・第六章 茶々・秀頼と且元の決裂
・おわりに
あまりの面白さに、一気に読んでしまう。「自分にはしっかりとした親もなく、また相談できる家臣もいない」という茶々の手紙には、はっとさせられる。この言葉に、羽柴家滅亡の悲劇が凝縮されているように感じられた。政治的な経験を積むことなく、家臣からのサポートも十分に受けられないとは、何という悲劇であろうか。
大坂城において、片桐且元が絶大な権限を有していたこと。それにもかかわらず、大坂城を退去せざるを得なかったこと。退去に当たっては、収支決算の作業を行い、引き継ぎを行ったことなど、興味は尽きない。この時点において、茶々と秀頼が、織田頼長や大野治長の独走を止めることが出来ない様は、冬の陣後に、牢人たちをコントロール出来ないのもむべなきことと思わざるを得ない。
本書は、関ヶ原から大坂の陣までを知る上で、必読の一冊といえる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
閨閥というのは、あればあったでいろいろと問題になるというのは歴史上よくある話だが、なかったらなかったで、頼りになる者がおらず今回の茶々のような悲劇になるという、難しい問題だとあらためて感じた
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方広寺鐘銘問題に端を発し、大坂の陣に至るまでの羽柴家内における茶々と片桐且元の書簡をもとに動きを追ったもの。且元は関ヶ原以降では筆頭家臣であったが、それ以外の人物に政治をまともにできる人材がいなかった。織田有楽にしろ大野治長にしろ、羽柴家を代表する茶々、秀頼には政治経験が無いに等しい。家康が老獪に滅亡へ追い込んだという見方が多いが、実際は時代が変わっても秀吉時代のプライドからか、徳川幕府への対応を見誤ったと言うしかない。且元と治長の権力争いの結果が悪い方向へ行ってしまったとも言える。
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口絵のでも103ペのでも、写真では「れゐも」とあるやうみえる書状のうつし、「れいも」と翻刻されてゐる(99ペ)。
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東2法経図・開架 289.1A/Y73k//K
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新シリーズ。片桐且元は関ケ原後の羽柴家家老をほぼ一人で務めた実力者。七本槍だが、文官・官僚のイメージがある。寺社再建も多々務めている。
本書では秀頼や茶々から彼への書状が紹介され大坂城から退去までの過程がドラマチックに描かれている。茶々はうつ状態なこともあったそうで、イメージされる単なる悪女ではなく政治経験がない気の毒な人だと感じた。
関ケ原後の徳川「政権」と羽柴家の一大名化について考えさせられたが、面白いテーマである。