- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784582531619
感想・レビュー・書評
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南方熊楠(1867-1941)は、奇才というにふさわしい、型破りの民俗学者・博物学者である。和歌山に生まれた彼は、少年時代から類い稀な記憶力を見せる博覧強記の人であったが、学業成績は必ずしもよくなかった。長じて東京大学予備門に進むが落第して退学。後、アメリカやロンドンに留学する。大英博物館での研究生活や科学誌Natureへの50を超える論文掲載などで、国内外で大学者として知られるが、終生在野の人であった。
その興味は広く、博物学、民俗学、人類学、植物学、生態学など、多岐の学問体系にまたがる壮大なものであった。往々にして曼荼羅に例えられる、知のラビリンスである。
本書では、熊楠が書き残した論考の中から、25を収録している。
いずれもさほど長くはないが、さらさらとは読み飛ばせない骨太さがある。
何しろ多言語の膨大な文献を読み漁ったと言われる熊楠である。
「草花伝説」と題される論考では、まず紅花に触れる。その来歴について、アラビア、エジプト、中国、日本、スペインと飛ぶ。薊に関しては「創世記」から始まる。中国、日本、スコットランドとめぐる。ノゲシ、雛菊、牛蒡、オオバコ、ウツボグサ。
思い出すままに書き連ねられたような、前のめりの濃い文章である。まるであれもこれも頭に浮かんできて、思考に筆が追い付かないかのような濃密さ。
文献的知識にとどまらず、食用植物の項では自分も食べてみた等の体感的な記録もあるのがおもしろいところである。
「人柱の話」では、土木工事の安全のために捧げられる人に関する伝説に触れる。古来、こうした犠牲は数多い。難工事の際、人を礎に埋めたり壁に埋め込んだりすると、ことが成就するというのは理不尽といえば理不尽だが、よく行われてきたことである。日本や中国、スコットランド、ドイツと類話は数多いが、セルヴィアの故事も紹介されている。王族の妃3人のうち、謀略によって1人が人柱とされ、壁に塗り込められる。だが彼女は幼い我が子のため、死してなお、壁の穴から乳を出し続ける。ユルスナールの『東方綺譚』にも引かれている話だが、ユルスナールの抒情に比して、熊楠は素にして簡。だがそこがまたおもしろい。
山婆の髪の毛。桃栗三年とは本当か。蝙蝠や鳥類の花粉媒介。鹿と緬羊。河童。狸の金玉。水の神とされる田螺。塩に関する迷信。針売り。人魚。燕の子安貝。
古今東西、森羅万象、縦横無尽。
その論考はなまじな才では読み込めなそうだが、目くるめく曼荼羅の文章の森に遊ぶとき、入るたびに違う景色に、人は目を見張るかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
数多の論文を残しながら在野に留まった知の巨人、
博物学者・生物学者にして民俗学者、南方熊楠の膨大な原稿から、
一般人にも親しみやすい随筆を精選した小さなハードカバー本。
ユーモアたっぷりの筆致に、読んでいて頬が緩んでしまう。
郷里の山で見つけた粘菌の一種に砂糖をかけて「食べてみた」とか、
江ノ島を逍遥して目についた魚介類をたくさん買って調べただとか、
偉大な研究の基本は、
好奇心を持って対象を観察し、直接触れることなのだな……と、
当たり前かもしれないが、改めて考えさせられた。
猫を溺愛したという本人の筆によるスケッチも愛らしくて心が和む。 -
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とんでもない知識量に唖然としました。
「知の巨人」、生ける百科事典です。
古今東西を問わず、あらゆることに精通した熊楠の連想力は、驚きと衝撃の連続でした。
ところどころ窺える人間性には、若干、付き合い難い気質を感じますが・・・(寝ている友人の顔に男根の落書きって!そりゃあ寝ている間に抜け出た魂が顔を見誤って戻れなくなったらどうしてくれるんだ、という尤もらしい説教をしたくもなるような・・・)
蟻の気持ちになって巨人の足に踏みつぶされる、そんな読書体験でした。 -
名前くらいしか知らなくて、お試し的に古本で手にした1冊。多才とはいえ本業は粘菌の人かと思ってたけど、この本は民俗学みたいなお話がまとまってた。博識でちょくちょく下ネタに流れてたまに理系っぽい観察眼もあって。昔だったら古い文章読めんかった気がするけど、そこらへんは百閒先生のおかげかな。
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さすがに、文章が古文に近いので、読みにくい。
それでも、読み進めていくと、独特の世界観に浸ってしまう。
それにしても、興味の向く先の広さ、深さ、そして文献引用の多様さには、参ってしまう。
くせのある文章といい、一種の変人ではあるのだろうな。
民俗学系方が長大な文章が収録されているせいもあって、理系分野の話が薄れてしまった。