逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

著者 :
  • 平凡社
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本棚登録 : 1852
レビュー : 171
  • Amazon.co.jp ・本 (604ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582765526

作品紹介・あらすじ

「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうる限り気持のよいものにしようとする合意とそれにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ」近代に物された、異邦人によるあまたの文献を渉猟し、それからの日本が失ってきたものの意味を根底から問うた大冊。1999年度和辻哲郎文化賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 今年一番の本に出会いました。

    今年一番というだけでなく、今まで読んだ中でも、1、2を争う、インパクトのある本でした。いつものように、満員電車の中で読み進んだのですが、この本を読んだ後では、満員電車でギュウギュウに押し合いへし合いしている、われわれ日本人の顔が違って見える。ちょっと大げさですが、そんなインパクトがありました。

    江戸から明治にいたる時期に、残念ながら消えてしまった「文明」のあり様を、実に、140冊あまりにのぼる、その時期に日本に来た、外国人たちの証言から、描き出そうという試み。

    上機嫌で人好きないかにも幸せそうな人々。お堅いはずの封建社会の中で自由闊達に生きるユーモアあふれる人々。そして、自然と調和した美しい都市や田園。江戸が当時の世界最大の都市であったことは、よく知られていますが、その江戸が、緑あふれる田園都市であったこと。それを支える花卉園芸の水準が、当時の世界最先端だったことなども語られます。

    海外と仕事をするとしたら、こんな「文明」を作り上げた日本人の心性、日本という社会が持っている特性を、ぜひぜひ知っておくべきだなぁと感じました。

    ただ、ネットでみてみると、この本に関しては、賛否両論あることもわかります。単なる懐古趣味に過ぎないとか、無反省な日本礼賛につながる危険性いった批判もある。

    単に、「やっぱり日本はいいよね」的な思いに浸っても意味がないのは、その通りです。ただ、自己反省だけが、思想だというのも、同じく意味がない。日本文化のユニークさを、机上の空論だけではなく、何らかの「証拠」とともに掴んでいることが大事だと思う(そういう意味で、山本七平の「日本的革命の哲学」、北条泰時論は面白い)。

    まぁ、これらの批判を読んでも、渡辺京二氏の、この時代に対する、あるいは、日本社会・歴史の見方のユニークさを示しているように思う。

    それにしても、こういう本を面白く思うということは、歳をとったということなのかもしれない。学生時代、江藤淳氏本人が「近代以前」を講義し、岩倉使節団の米欧訪問記を読んでも、全然ピンと来なかったのを思い出す(江藤淳の「近代以前」が、文春文庫で復刊していたのをみて思い出した)。

  • [在りし日への送り火]江戸時代後期に高い位相での完成を遂げたあと、近代とともに消滅したと著者が語る一つの文明を探求した作品。日本を訪れた数々の外国人の手記や証言を助けとして、その文明の中で人間は、自然は、宗教は、そしてそれらの関係性はどのようなものだったかを明らかにしていきます。著者は、本書で和辻哲郎文化賞を受賞された渡辺京二。


    名作の誉れ高い作品ですが、手にとって良かったと読後に素直に痛感した作品。過去への郷愁でもなければそれを通じた現代批判でもない、失われた文明論として絶妙なバランスの上に成り立った見事な考察だと思います。一歩間違えばナショナリスティックな側面を過度に際立たせたり、逆にイデオロギーから逆算したような日本近世批判になりそうなところを免れているのは、近代に対して批判的な視座を持ちながらも、その必然性を達観していた著者だからこそ成し遂げられるものだったのかもしれません。


    訪日外国人というレンズを覗くことにより日本近世が浮かび上がってくると同時に、その日本近世を通じて近代というものが覗き返される構造になっている点がまたお見事。どちらかといえば今日の読者の視点は訪日外国人のそれに近いものになっていると思うのですが、であればこそかつての日本人が具象化した独特な、そして今日においても学ぶことの多いであろう文明の魅力が際立っており、飽くことなくその世界に没頭させてもらった読書体験でした。

    〜私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうるかぎり気持のよいものにしようとする合意と、それにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ。ひと言でいって、それは情愛の深い社会であった。〜

    労作☆5つ

  • 日本人って本当に素晴らしい。

    親友のカイロプラクティックをやられている友人から紹介してもらって読み始めた本。
    日本人はすごい民族だと思った。

    僕は留学してから、自分が日本人であるという事に意識をするようになった。
    帰国後は茶道も始めたし日本の文化を知りたいと思い、本を読んだり、四季の花を見たり、
    短歌や俳句を自作してみたりした。

    この本で僕は自分の祖先たちがすばらしい人間だったんだと感じた。
    人に対して愛情あふれ、士農工商という身分制度もあったけど、幾分自由さがあったし、
    陽気で酒を飲みだせばどんちゃん騒ぎもする本当に一生の一回の人生を楽しんでいたことが読み取れた。

    比較をするわけでもなく、あの当時をうらやましく思う必要はないけど、
    今の日本人は一瞬の生きる喜びを感じている人たちって少ないかも。僕もその一人だけど、
    生きる喜びって大切だな。それは人と関わっていくことで得られることだし、
    この本でも日本人は好奇心があって誰とでも仲良く暮らしていたような事が書かれていた。
    貧乏な人たちが大勢いたようだが、彼らの心にはいつもゆとりがあって楽しんだ人生をやってたって。

    生きる喜びってやっぱり人との関わりからだなって、そう感じさせられた本でした。

  • 「日本の歴史もの」がどうにも苦手で読めないのだが、大変面白いのでと薦められて期待を込め読了。やはりなかなか楽しむのに苦労した。個人的な好みの問題。

  • いわた書店一万円選書で登場する本。
    600頁もの大作。
    数多くの外国人訪日記をもとに幕末から明治初期の日本をあぶり出している。
    日本人の簡素さや豊かさ、性、女性、子供、日本の風景や景色、宗教観など14章に渡って書かれている。
    著者は昭和を書きたいが為に幕末から明治初期を紐解いたということだが、そういう意味では文明としては大きく発展を遂げたものの精神性は昭和のそれと何ら変わらないことが良く分かる。

  • 知らない国を旅行した気分になれる本です。
    江戸時代に来日した外国人が残した文献を基に当時の日本の文明がどの様なものであったかを描いており、そこには時代劇や教科書を通して観たお馴染みの江戸時代とは全く違う風景が広がっています。陽気で表情豊かな人々や緩い労働意識など、能面ヅラで勤勉な現在の一般的な日本人像とは違った人々の様子が膨大な文献を引用して描写されており、今日の私達が認知している日本人の民族的特性の幾つか(若しくは大部分)は決して普遍的なものではないことに気付かされます。本書は当時の明るい側面にのみ焦点を当てており、故に外国人による日本の描写も好意的なものが大半であることには十分な留意が必要ですが、初めて日本を訪れた彼ら/彼女らが日本の文明に大きな賛辞を送った理由は、全く異質な文化に驚嘆したというだけでなく、工業化以前の欧州にあった風景の残滓が当時の日本に色濃く残っていたという要素も強いのだと思います。
    懐古主義や愛国主義を駆り立てる為に読むのではなく、かつてこの国にあり近代化と共に完全に消え去った文明がどの様なものであったのか、海外旅行に行ったつもりで読むのがお薦めです。

  • "文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である。"
    という言葉が突き刺さるようだった。
    日本という国の文明は、もうなくなってしまったのである。

    この本を読んでいて、当時日本へ来た外国人たちが
    書き残した文章を目にするにつけ、私が連想するのは
    指輪物語のホビット庄だった。
    陽気で親切でどんな困難を前にしても前向き。
    芸術に対する理解が高く
    小さくて逞しく可愛らしい、率直だが控えめな
    まるでホビットのような
    ファンタジー物語にいそうな本当に妖精かのような
    日本人という民族の特性は、微かに残ってはいるものの
    今は失われてしまった。それが残念で、苦しくてならない。

    ハリスが安政三年に下田のアメリカ領事館にやってきたとき、
    日記に
    『厳粛な反省ー変化の前兆ー疑いもなく新しい時代が始まる。敢えて問う。日本の真の幸福となるだろうか』
    と記したと言う。

    二年後下田に来たイギリスのエルギン使節団の艦長も
    『衣食住に関する限り完璧にみえるひとつのシステムを
    ヨーロッパ文明とその異質な信条が破壊し、
    ともかくも初めのうちはそれに替わるものを提供しない場合、
    悲惨と革命の長い過程が間違いなく続くだろう』
    と述べている。

    ヒュースケンもまた日記に、
    『いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。
    この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。
    この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなはを私は賛辞する。
    この国土のゆたかさを見、
    いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑い声を聞き、
    そしてどこにも悲惨なものを見出すことができなかった私は、
    おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、
    西洋の人々が
    彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思えてならない。』
    と記す。

    プロシャ商船の積荷上乗人、リュードルフは
    『日本人は宿命的一歩を踏み出した。
    しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜き取ったと同じで、
    やがて全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう。
    そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうであろう。』
    と述べ、

    長崎海軍伝習所の教育隊長カッテンディーケは
    『私は心の中でどうか今一度ここに来て、この美しい国を見る幸運にめぐりあいたいものだとひそかに願った。しかし同時に私はまた、日本はこれまで実に幸福に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出会うかと思えば、恐ろしさに絶えなかった故に、心も自然に暗くなった。
    自分たちがこの国にもたらそうとしている文明は日本古来のそれより一層高いが、それが日本に果たして一層多くの幸福をもたらすかどうかは自信がもてない。』
    と言う。


    ポンペ
    『日本に対する開国の強要は、十分に調和のとれた政治が行われて国民も満足している国に割り込んで社会組織と国家組織との相互関係を一挙に打ち壊すような行為』


    フランス人画家レガメ
    『日本人の微笑みは全ての礼儀の基本であり、生活のあらゆる場で、それがどんなに耐え難く悲しい状況であっても、このほほえみはどうしても必要なのであった。』

    チェンバレン
    『欧米人にとって古い日本は妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国であった。』

    エルギンの秘書オリファント
    『日本人は私がこれまであった中でもっとも好感のもてる国民で、貧しさや物乞いの全くない唯一の国です。
    私はどんな地位であろうともシナへ行くのはごめんですが、日本なら喜んで出掛けます。』

    こうしたケースは枚挙に暇がなく
    こうして愛された日本が既に亡いということは本当に辛い。

    たとえば客待ちの人力車夫たちが、客が来そうになるとくじ引きで決めて
    恨みっこなし。お客さんが来てくれなくてもみんなで笑いあって終わる
    という和やかさ。これは自分の国にはない、とか、どこの国では
    客の取り合いになったとか書かれているが
    現代の日本では我先に向かい客を取り合うこともあるだろう。

    日本民族の丁寧さ、礼儀正しさ、素朴さ は
    全く受け継がれていないわけではないが、やはり特性は変容し
    文明は滅んでしまったのだ。

    庶民の一婦人ですら動きのひとつひとつが優雅で
    「ならばわれわれを日本人が野蛮人扱いする権利を
    認めないわけにいかない」とボーヴォワルに言わしめたほどの
    日本人の物腰というものは、今は一庶民にすら備わっているとは
    とても言い難いだろう。

    職人は自分の作るものに情熱を傾け、
    かけた日数や商品価値ではなく自分の満足度が重要視し
    生活を楽しむためにのみ生きる。

    身分とは職能であり、職能は誇りを本質としていた。
    弱者が屈服するのではなく、
    礼儀正しく義務を果たせば後は自然のままの関係で
    奴隷的なところや追従的なところはまったくない。
    やはりこうしたところも、現代日本では少ないところかと思う。
    ブラック企業や社畜は奴隷的で追従的で
    自然のままの関係でいられることは殆ど無いだろう。

    人前で裸体を晒すことに抵抗がなく、
    男女混浴していた江戸時代の女性のことを
    『堕落する前のイブ』と表現しているところは成る程と思った。
    それは恥ずかしいことなのだと教えることが
    果たして正しいことなのか否か。

    子供に体罰をせず溺愛。言葉で叱るのみ。
    赤ん坊が泣くのを聞いたことがない。いやいや服従させたりしない。
    甘やかされているがよくしつけられている。
    子供たちだけで遊び年長者が面倒を見て独立した世界。
    年長者がまとめて下級生の面倒を見つつ遊ぶというのは
    公園の利用すら禁止されるケースも有る現代にはやはり難しい。

    劇場や寺参りにも子供をおぶって連れて行くというのも
    子供の泣き声が五月蝿いとされる昨今では難しいだろう。

    『楽園としか言いようがない』
    『みたまえ、これが江戸だ』
    そう言わしめるほどの魅力を持った文明。

    元に戻すことは出来ないのだろう。
    それでも面影を追い、欠片を大事に守って行きたい。
    それがこの国を命がけで守ってくれた祖先への
    せめてものご恩返しではないのか。


    最近そういう風に考えることがよくある。

  • 江戸後期から明治初期にかけて訪日した多くの外国人の記述から、往時の日本人の性質や暮らしぶりを浮き彫りにしていく。
    外国人の目に映った当時の日本人は、よく笑い、よく働き、よく遊び、良い趣味をもち、素朴で、好奇心旺盛で、質素な生活に満ち足りた、幸福な理想郷の住人として彼らの書物に描かれている。

    著者は、かつてこの国に存在したような「文明」は、明治以降の近代化・西欧化によって「滅亡した」「死滅した」と繰り返し述べている。
    本書に現れる「昔の日本」や「昔の日本人」の記述の中には、現代にも受け継がれていると思われる部分は確かにある。
    しかし著者が「滅びた」と言っているのは、伝統や気候と風俗、生活様式、価値観等が有機的に結びついた総体としての「文明」のことであって、個々の「文化」ではないということに留意する必要がある。
    しかもその「文明」は、近代化・西欧化の過程で、日本人自らの手によって滅ぼされたのだという。
    いかに外国人が日本文明に賞讃を浴びせようと、近代西欧文明と直面し、まさに変革せんとする日本にとって、自国の伝統は恥ずかしいもの、捨て去らなければならないものだった。
    異文化に接するとなんだか気後れがして、背負ってきた伝統ををたやすく捨て去ってしまうという気質だけは、哀しいかな、現代日本人にも脈々と受け継がれている。

    著者は外国人の証言をただ淡々と引用する。古き良き日本に対する憧憬は極めて控えめである。
    「現代人も滅びた日本文明から学ぶべきことがある」とか、ましてや「かつての日本人の姿を取り戻そう」などとは決して言わない。

    だけど、本書に描かれている「昔の日本人」の姿にはやはり学ぶべきことがあると思う。
    貧しいながらも卑屈にならずに満ち足りる精神性というものは現代日本人こそ見習うべきだし、共同体内の相互扶助や、共同体の成員がみんなで子どもを育てるという雰囲気は、素直にいいなぁと思ってしまう。

    逆に、視線を未来に移せば、「今の日本人」が持っている優れた性質や文化は、意識的に努力して後世まで遺さなければいけないということ。
    同じ失敗を繰り返してはいけない。

  • 江戸末期の風景を主に当時日本に来ていた外国人が見物したものをまとめたもの。今は知ることもできない当時の日本の生活様式を知ることができる。おおらかで無邪気な当時の日本の様子が分かった。同じような内容が多くあるので、途中で飽きるかもしれません。

  • 江戸後期ごろの日本に上陸した外国人が見た日本の風景や文化、日本人の性格や見た目なんかを外国人の目を通して書かれた旅行記を紹介した、古き日本を知るにはもってこいの一冊。

    約600ページあって、かなりの根気が必要だった。

    興味深いことがたくさん書かれていたけど、中でも日本人の無邪気さ、率直な親切さ、むき出しだけど不快ではない好奇心、自分や他人を楽しませようとする愉快な意思があり、女性は特に美しい作法や陽気な魅力をもち、みんな気持ちのよい挨拶をかわしていたということが印象的だった。

    日本人は勤勉で真面目で恥ずかしがりやで、あまり陽気さや無邪気さは出さないような印象があったけど、平和で華やかな江戸時代には、そんな陽気な日本人がたくさんいたんだろう。

    何かにつけて大笑いをするという記録もあり、印象が少し変わった。

    また、中国を通ってやって来た外国人は、全てが朽ちかけている中国とは違い、破損している小屋や農家はほとんど見受けなかったと快い印象を受けている。住民はぜいたくに振る舞うとか富を誇示するようなことはしないけど、飢餓や貧窮の徴候は見受けられなかったらしい。

    この時代特に海外では、特権階級と労働者がいて、特権階級の人は豪華絢爛なばかでかい建物に美術品を並べて労働者から搾取する生活を送り、労働者はボロボロの小さい小屋に不幸を感じながら生きるというのが当たり前の構図の中、日本では武士や殿様でも所詮は紙と土でできた家に住み、ほとんど貧富の差はなかった。庶民や農民の生活の中にも幸福感があることを、彼らの屈託のない笑顔から見てとれたようだ。

    よく、古き良き時代として戦後の昭和が紹介される。昭和も確かに素晴らしい時代だったと思う。だけど、260年もの間、平和な世の中が続いたおかげで培われた江戸の町人文化や当時の日本人の開けっ広げな性格、この時代も忘れてはならない古き良き時代だろうと思った。

    日本文化、日本の歴史、日本人ってほんとに興味深いし、どの時代の人たちをとっても、あの頃の先人のおかげだなと感じる部分がたくさん出てくる。に日本人でよかった~!

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著者プロフィール

渡辺京二(わたなべ きょうじ)
1930年、京都生まれ。大連一中、旧制第五高等学校文科を経て、法政大学社会学部卒業。評論家。熊本市在住。
1979年『北一輝』で第33回毎日出版文化賞、1999年『逝きし世の面影』で第12回和辻哲郎文化賞、2010年『黒船前夜』で第37回大佛次郎賞、2019年『バテレンの世紀』により第70回読売文学賞(2018年度)をそれぞれ受賞。

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