レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知 (平凡社ライブラリー)

  • 平凡社
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  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582766103

作品紹介・あらすじ

西洋絵画史上、とりわけルネサンス期に好んで描かれた「受胎告知」のテーマ。この深遠な物語の意味を、神学、神話学、人類学、医学・生理学史、ジェンダー論といったさまざまな観点から包括的に明かすと同時に、多様な図像の変遷を初期キリスト教時代にまで遡り、エポックたるレオナルドの"受胎告知"を中心に、線遠近法、感情表現等々、画家たちの創意を検証する。気鋭論者二人による特別書下し。

感想・レビュー・書評

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  • 高校生の時強い印象を受けたのが、エル・グレコの「受胎告知」。既に30年以上前の話。

    キリスト教において大きな意味を持つこのテーマを題材とした絵画はとても多い。特に言葉としてよりも、視覚・感覚による宗教教育を重んじた当時、絵画が与える影響は非常に大きい。

    現在ウヒッィッツィ美術館にあるダビンチ作とされている作品についての詳細な説明がされている。「とされている」と言うのも、この作品は、ダビンチが制作に絡んでいることはかなりの確率で確かな様だが、以前は彼の作品とはされておらず、また、彼以外の製作家が絡んでいる可能性もあるというのはこの本からの知識。

    お決まりの「規則」を守りながらも、必ずしも聖書を読み込んでいたと思えない製作家達が、告知を受けたマリアの反応など、それぞれ独自の解釈を描きこんでいる様子など、ダビンチの作品を中心に詳細に描かれている。この本を読むと一端の「受胎告知」通になれる。

  •  フィレンツェのウフィツィ美術館。ボッティチェリの部屋では、まず『ヴィーナスの誕生』の存在感が大きい。これを正面に見ると、右手の壁面にはまた『ラ・プリマヴェーラ』が掛かっていて圧倒される。おかげで左手にある作品は何だか影が薄くなってしまうのだが、左手の壁面には『聖母の戴冠』などとともに『受胎告知』がある。私はこれに目を奪われた。ピサの斜塔どころではなく、極端に体をねじ曲げて、神の子の懐妊を受け止めかねているかのような聖母、その聖母に追いすがるのか、はたまた倒れんばかりの聖母から飛び退こうとしているのか、なんとも動的な姿勢をとる大天使ガブリエル。
     美術館の次の部屋に移ると、そこにはレオナルドの『受胎告知』がある。純血の徴の白い百合を持って、右手は二本の指を突き出す大天使といった細部に共通点はあるのに、これはまた対照的な『受胎告知』。ボッティチェリと違って平穏な情景は私にはつまらないものに見えた。ウフィツィにはさらに何点かの『受胎告知』があるし、フィレンツェ内の美術館や教会などにも同テーマが散見されるし、そのような名前の教会まである。

     「受胎告知」というテーマ、いくつかの常套的な表現がどうやら決まり事としてありそうな一方で、同じお題なのに画家ごとに違う点も多く、競作を楽しめる。だいたい神の御子を懐妊したなどと聖書の中だからいいようなものの、隣のお嬢さんが言いだしたらえらいことだ。天使が自分の前に現れたら、まず自分の正気を疑うかも知れないが、それを不問としても、神の子を宿すなどという大それたことを告げられた女性はとっても困るに違いない。ボッティチェリのマリアはとっても困っているようだ。レオナルドのマリアはどうしてそんなに平然と微笑んでいるの?

     さすれば「受胎告知」を勉強する本は、と探してみたら、どうやらこれがよさそうだ。2007年にレオナルドの『受胎告知』が日本公開されるのに合わせて企画された本だ。ふたりの西洋美術史学者の共作、というか、競作。前半は岡田氏によるルネサンスの受胎告知の総論。
     これはルネサンスに人気のあった画題で、どおりでフィレンツェに多いわけである。マリアと天使のやりとりは共観福音書ではルカのみに記載があり、そこにヤコブ原福音書やら、偽ボナヴェントゥラなどの伝承から、細部が肉づけられたようだ。
     当時発見された遠近法により奥行きが書き込まれる一方で、天使とマリアという水平の関係、神とマリアという垂直の関係にそれぞれ論点がある。受胎の科学的解明のなされていない当時、教会の公式見解は神の御言葉、すなわち聖霊がマリアの耳から入って妊娠したというもの。それで大天使の口から御言葉がマリアの耳に達するという絵もある。でもそれじゃあ、しっくり来なかったらしい、当時の人も。聖霊は鳩で示され、神から発せられた鳩がマリアの心臓に達するなど、ヴァリエーションが生まれる。さらにはホモンクルスばりの小さな御子が鳩の代わりに飛んでくるという、これは教会が誤りだと禁じたらしいが、そんな作例も多数残っている。これは一例で、受胎告知が非常に奥深いテーマなのがわかり、実に面白い。

     後半は池上氏による、レオナルドの『受胎告知』の考察である。私がつまらないと思ったレオナルド、実は当時の約束事をあれこれと破っている野心的な作品なのだ。しかもレオナルドの、いわば作品1。そこに後年の万能人の萌芽を読み取る過程が白眉か。非常に科学的なレオナルドにとって、ボッティチェリの感情表現はあまりにナンセンスなものだったらしく、この兄弟子への批判と思われるレオナルドの論述が残っている。
     下手な小説よりもよほどスリリングだったが、唯一の欠点は図版。口絵にカラーが数葉あるものの、本文中の小さなモノクロでは、言及される細部がわからないので、少なくともレオナルド作品の載った画集くらいは手元に置いて見比べないといけない。

  • 前半では神学、美術史などの観点から「受胎告知」の意味を探究する。そして、後半はいよいよレオナルドの『受胎告知』が俎上に乗せられ、様々な角度からの検証が加えられてゆく。レオナルドの主要な特質は以下の3点。①天上と地上という縦の軸線がない②線遠近法が強調されない③デッサンの微妙な狂いをはじめ、わからないものが描かれている―著者がこれらの問題点を克明に、しかも鮮やかに解き明かしてゆく手腕は実に見事だ。数ある『受胎告知』の中でもひときわ燦然と光る(私見ではNo.1)レオナルドのそれは20歳の時の作品なのだ。

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著者プロフィール

岡田 温司(おかだ・あつし):1954年広島県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。京都大学名誉教授。現在、京都精華大学大学院特任教授。専門は西洋美術史・思想史。著書『モランディとその時代』(人文書院)で吉田秀和賞、『フロイトのイタリア』(平凡社)で読売文学賞を受賞。ほかに、『反戦と西洋美術』(ちくま新書)、『西洋美術とレイシズム』(ちくまプリマー新書)、『最後の審判』『マグダラのマリア』『アダムとイヴ』(中公新書)、『デスマスク』 『黙示録』(岩波新書)など著書多数。

「2024年 『人新世と芸術』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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