物欲なき世界

著者 :
  • 平凡社
3.40
  • (17)
  • (45)
  • (59)
  • (15)
  • (4)
本棚登録 : 673
感想 : 48
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784582824810

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • この本の冒頭で紹介されているドキュメンタリー映画「365日のシンプルライフ」をちょうど観たところだった
    フィンランドのヘルシンキでペトリ監督が1年間、モノを買わない&部屋に置かない(今まで部屋にあったものは倉庫に保管して1日1点だけ自宅に持ち帰っていいというルール)

    「もう欲しいものは特別ない」
    という彼の感想に納得したのは私だけではなかったんだな…と思った。

    物を買う=幸福=満足
    ではなくなってきた現代
    この流れは世界的なものなのか?
    著者はふたつの超大国についてもリサーチしている
    つまりアメリカと中国

    中国というと「爆買い」のイメージが強い
    著者によると中国の人々の「物欲」も変化しつつあるという。ロハス的な生活スタイルにシフトしようとする人々も登場し始めているのだとか。とは言いつつもまだまだ少数派…。でもそこは中国。人口比に比べて少数派でも巨大な市場につながるというのだから人口の多さは侮れない。一方、欧米のブランドを支えている購買層の多くはなんと中国人だそう。

    著者は社会発展の過渡期として「物欲」が生み出されていくという。

    ではアメリカはどうかというと、ポートランドに代表されるロハス的な生活スタイルやストーリーのある物作りなどで若者によるムーブメントがどんどん広がっているという

    さて日本はどうだろう?
    そしてどんなムーブメントが巻き起こるのか?
    ポイントは「シェア」なんだそう
    ものをシェアするだけでなく子育てなどもシェアしていくスタイルになるのでは…とのこと。

    そして今後世界で注目されているのが「お金」
    子供でもお年寄りでも持つことができる
    電子マネー的なものが今に登場するのではないだろうか?
    コロナ禍でお金の持ち方も変わってきた
    そして生活スタイルも大きく変化した

    人々の価値観もコロナ禍で大きく変わってきたように思う
    物ではなくまた違う何かに人々の欲望が向いていく

    さてさてそれは一体何なのだろう…

  • 最初はファッションの話が中心かと思いましたが、後半に色々な事柄についてさらっと触れており、考える種をくれるような本でした。
    自分が求めているものが何なのかを、きちんと把握して言語化できるようになりたいです。

  • モノの溢れる世界でファッションは衰退。次の時代の売り物は「ライフスタイル」。ラグジャリーよりオーガニック。電子マネー以降の決済システムから貨幣論へ、自己実現から幸福論へと話は広がる。最終的にはミニマリストかっていうと、そうでもない。つくづく人間って面倒臭いよなあ(笑)

    あ、ガルブレイスのベストセラーは「ゆたかな世界」じゃなくて「ゆたかな社会」ですな、細かい事ですが。

  • 個人差もあるだろうが、私自身、最近物欲がなくて、周りもそういう傾向があるような気がして、では、何故物欲がなくなってきたのかと。一つには、物欲はあるのだが、年収が上がらず税金や通信費の負担が増えた事から、単純にお金を使えなくなったという事。SNSの普及が、物理的に近くの友人関係における価値基準に囚われる事から解放し、価値観の多様性を後押ししている事。これにより、アレを身につけている事がステイタス、といった意識が変わってきているのではないだろうか。残念ながら、本著によるこうした考察は浅く、やや物足りない。面白かったのは、最終章における資本主義の先にある幸福の話。年収に上限を設けるような、共産主義との折衷策はありだな。ただ、地球規模での税制と、富の再分配が前提となる。資本主義を進化させるには、地球規模での法令が必要。難しい議題。

  • 最近なんとなく感じている、消費する事への虚しさみたいな事。
    反面で若者に物欲が無くなっている、という経済の落ち込みに対する不安もある。
    今はモノではなくコトを売る時代だし、色々なものをシェアリングする、その流れも必然だとも思う。

    ただ、なかなか物欲は無くならない。ネットで欲しいものを検索している自分がいる。

  •  技術革新により、労働がなくなっていく世界、「楽園」はつまり、少数の仕事を奪い合う世界でもある。それは慢性的で宿命的な不景気とほぼ同じことである。
     「物欲なき世界」とは、資本主義末期に宿命的に進行する不景気から逃れるための処世術なのか。あるいは単に我々が「消費疲れ」を起こしているのか。
     ただひとつ言えるのは…モノを消費することが幸福の象徴である、とされた時代は遠退きつつある、ということだ。

     個人的にはかなり関心のツボにハマって面白かった。

    P23
    <ファッション誌はもはや一般紙ではない>
     今までは間違いなく、ファッション誌が一般紙として雑誌文化の中心にありました。(略)誤解を恐れずに言うならば、一般紙だったファッション誌がオーディオや兵器などの趣味雑誌と同等のものになりつつあります。要するに万人にとってジェネラルなものではないということ。(略)どれだけ素晴らしい内容のファッション特集を作っても、ある一握りの人たちのためのものになってしまい、結果としてセールスを作れない。だから一般紙として生き抜くために、もっとライフスタイルの方を取り上げることが大事かもしれないと考えたんです。
    (大手有名雑誌が軒並み、ファッションだけでなく、ライフスタイル特に食の特集に力をいれいてる)

    P33
     これからの消費行動がコミュニティ・ビジネス化していくことを示している。
    P34
     消費は投票である(消費とは単にものを買うだけではなく、その理念や行動に賛同した上での行動である、ということ) 

     (アメリカではロハスなあり方が一般化している。中国ではまだまだ少数派で、一般大衆はラグジュアリーな消費を目指すが、一部ではそのようなあり方を疑問視する消費者もいる。中国国内では少数派だが、13億もいるので1%でもかなりの市場規模となる)

    3Dプリンターという”ミシン”
    ・3Dプリンターはかつてのミシンのように、ネットと繋がることで、生産の手段も民主化した。アメリカでは「カスタマイゼーション」というのが大きな流れとなっている。

    ・プロダクトデザイナー、深澤氏いわく、世の中は「かたまり」のようなものと「くうきのようなもの」のあいだ

    ・『SFを実現するー3Dプリンタの想像力』
    ・『脱物質か社会』(ウェイトレス化)


    コラボ消費
    1プロダクトサービスシステム:所有せずに使った分だけお金を払う:カーシェアリング
    2再分配市場:中古品の売買
    3コラボ的ライフスタイル:時間や空間、スキルの共有 自宅の空きスペースを宿として貸し出す。

    P131
    子育てシェアのひつじ不動産、代表甲田氏
    「小さい子と向き合っていればストレスが溜まるのは当たり前ですよ。それをママが一人で抱え込む。両立できなくて仕事をやめると、世帯収入が減ってよけい贅沢できなくなって引きこもる。親が引きこもると子供は色々な価値観や社会性を学ぶ機会が減る。人に頼るのはよくないことなんだと子供は潜在意識に刷
    り込まれてしまう。そして思春期以降に孤独感を強くいだいたり、自分を価値のない人間と思ってしまったりする。すべての根元は引きこもり子育てなんですよね。だから子育ては頼った方がいいんです。オンラインでの繋がりとオフラインの地域交流の場作り、この二本立てで様々な課題を解決できるよう、どんどん広めていきたいと思っています。」

    P135
     シェアリングとは必然的に他者とのコミュニケーションを産み出す。それが広がれば、コミュニティが形成される(はず)。そのときに重要視されるのが、お互いの信頼度だ。(略)「(略)オンラインでの取引は(略)テクノロジーが古いかたちの信頼を新しい形に変えているのだ」

    P169
     人々の食に対する関心はますます高くなっているが、反対に先進国の人々のラグジュアリー製品に対する消費が落ちているという調査結果がある。
    (このしょうでは、スタンフォード卒の女性農家をとりあげ、アメリカではオーガニックな食品にたいする需要と関心が高まっていることを述べている)

    資本主義の「両の車輪」
    「最大多数の最大幸福」と「少数による利益の独占」
    (現在の資本主義は人工的には少数の大口株主(資本家)が株式市場を動かし、収益の最大かを目指している。つまり彼らの最大の利益効率を求めるシステムとなっており、民主主義からはほど遠い)

    P218
    いままでは、市場事態が拡大することでこのふたつが奇跡的に両立していたがそれが崩れつつある。
    そのひとつの兆候は若年層の失業率の高さ(世代間の格差)。
    もうひとつは先進国は全体としての経済背長がないため、国内において富めるものと富めないものの格差を拡大させることで、資本家が利益をだそうとしている。(略)このような失業の増加と格差の拡大によって、民主主義を支える中心的母体である中産階級が急速に痩せ細っている。
    (略)健全な民主主義社会を維持するには、中産階級が大きな比重を占め、富裕層と貧困層に二極化しない社会であることが重要とよく語られるが、(いまの日本では)急速に中産階級の層が減り、二極化が進んでいることが浮き彫りになっている。

    <中間層が没落すると消費ブームが戻らない>
    P221この(経済の)グローバリゼーションの影響をもっともうけているのが、先進国の中間層だ(人件費の安い国へ仕事がアウトソーシングされることにより仕事、賃金が減る)。(略)世界的な物欲レスの進行は、中間層の没落と密接な関係があるのだ。

    P222
    <「楽園」とは?>
     技術革新により
    「働かずともすべてが手に入る楽園」にちかずづくと、
    少数の労働で多くの生産があげられるようになるということは、その少数に富が集中するということである。先進国の富の集中を裏付ける。
     これを極限にまで推し進めると、「すべてのものを働かずに手に入れられる”楽園”」では、成果のための給与が誰にも支払われないということになり、結果として全員が現金主丹生ゼロの、慢性的失業率100%という状態に陥ることになる、という。
     経済成長が極端に進んだ「楽園」的な国には、少数の者だけが働き、多くが失業する釈迦になる。まさにヨーロッパで、そしていまの日本で起きていることもこれに近い。

    P228
     これからくるであろう三度目の定常期(量的には成長しないが質的な豊かさを求める社会の時期)は、経済の量的成長はほとんどないが、より少ない資源でより質の高いモノやサービスを産み出すための技術革新が求められ、技術やサービスの向上を巡る競争は高まると広井氏は予想する。

    P234
     経済が豊かな成熟を迎えるために、私たちは何をやればいいのか。
     井手氏は「互酬と再分配のための新しい同盟関係を構築するか、市場経済に屈服するか。私達が立たされているのは歴史の岐路」という二つの可能性を示した。

     市場経済に屈服しないためには、偏りのない搾取と再分配が要求されるが、そのいちばんの壁は大企業による税金逃れである。
     それには、巨大企業に対抗する世界国家の構想が必要である。

    P241<モノが幸福のシンボルではなくなる時代へ>

     ここで「消費が意味を持たなくなる」であろう、来るべき「物欲なき世界」のがいようをまとめてみよう。まず私たちの日常を取り巻く日用品/コモディティは、グローバリゼーションの中でますます低価格化するだろう。一方で高級ブランドは意図的にさらに高級化し、一部の富裕層をのぞいて人々はそれに対する憧れや渇望を失い、または時代遅れと見なすようになる。またオーダーメイドやハンドメイドはより普及するだろうが、それらは属人性が強すぎるが故にその人のブランディングにはあまりならない。そうなると、自分が買うモノがその人を雄弁に語ることが少なくなる。日用品以外の、あこがれのある、夢のある消費というものが急激に減る時代で、人々は自分の欲望の再確認を迫られるだろう。
     一方で「私(たち)が欲しいものは、私(たち)が作る」という考えは、名カームー部面との恩恵もあり、ますます定着するだろう。欲しいものは、自ら関わる、作る、交換する。受動的消費から、主体的かつ参加的消費/生産が奨励されるだろう。
     市場で求められていくものの価値基準も変わるだろう。新しい、見た目がいい、機能が多い、高級といった価値よりも、関わっている人の顔が見える、信用/信頼ができる、長く使える、公益的といった価値に重きを置かれるようになる。でも、よくよく考えれば、後者の方がきわめて本質的な消費だということがわかるはず。私たちは、自ら欲するモノを買っていたのではなく、本来は欲しないモノを半ば恣意的に買わされてきたことにようやく気づいてきたのだ。
     20世紀後半の高度成長、大量消費・大量生産の時代は、幸福は買い物リストを埋めていくことだった。ラグジュアリーな服、高級車、大型家電、マンションまたは家、さらには別荘と、それらを購入し、買い物リストを埋めていくことが幸福の証とされていた。『セックス・アンド・ザ・シティ』はまさに買い物リストを埋めていくことがドラマだったといえる。社会学者のジグムント・バウマンは『幸福論ーいきづらい時代の社会学』野中で見事に指摘する。
    「モノやサービスを購入することが幸福につながると考えて没入することは、常にお店で消費することをしいられる。このマーケティング至上主義の成功は、逆に悲惨な反動を生み出す。幸福の自己追求は、常に消費し続けることが当たり前かのような最悪の結果を伴うのだ(筆者訳)」。
     しかし低成長下、さらには定常化社会に向かう中で、シェアやレンタルが当たり前の「物欲なき世界」に突入し、買い物リストを埋めることに積極的な意味を持たなくなると、幸福のあり方が変わらざるを得ない。つまり個人の思想・信条が強く含まれているが、他社とも価値観を共有できる「いい物語を持った人生」が最大の幸福になるだろう。

    参考文献
    経済の時代の終焉
    井手英策

    ラトゥーシュ
    脱成長は世界を変えられるか

    広井良典
    定常型社会 新しい豊かさの構想

    ジャックアタリ
    21世紀の歴史

    365日のシンプルライフ


    ピケティ 21世紀の資本
    水野和夫 資本主義の終焉と歴史の危機

    ピケティの提案する解決方法
    世界的な累進課税

  • 著者の菅付雅信は、雑誌「月刊カドカワ」、「エスクァイア日本版」等の編集部を経て、「コンポジット」、「インビテーション」、「エココロ」の編集長を務めた後、独立し、現在は出版からウェブ、広告、展覧会までを編集するグーテンベルクオーケストラの代表である。
    本書は、著者が「もう欲しいモノは特別ない」と感じる人々が増えているという実感に基づき、自ら世界の実態を確認し、その後に来る世界の在り方を考察したもの。
    前半は、ファッション・ニュース・サイト「MODE PRESS」に2013~14年に連載された「ライフスタイル・フォー・セール」をベースにして、世界の高感度な人々の消費の動向が紹介されている。具体的には以下のようなものである。
    ◆“ライフスタイル”が消費のキーワードとなり、生活や生き方をテーマとしたライフスタイル・マガジンと呼ばれる雑誌やライフスタイル・ショップが急増している。
    ◆大量生産の商品ではなくカスタムメイドの商品が指向され、3Dプリンターなどのデジタル工作機械の急速な普及がそれを加速化している。
    ◆自らが所有するのではなく、他人と共有することを前提とした、ハウス・シェアリングやルーム・シェアリング、カー・シェアリングなどが急速に拡大している。
    ◆それらの結果、消費行動がコミュニティ密着型に移行しつつある。
    そして、後半では、いずれもベストセラーとなったトマ・ピケティの『21世紀の資本』、水野和夫の『資本主義の終焉と歴史の危機』のほか、広井良典の『定常型社会』など、多数の経済学・社会学の書籍を引用して、資本主義の限界とポスト資本主義の社会について考察している。
    即ち、我々が過去数十年に亘って過ごした、資本主義が機能していた社会は、「少数資本家による市場の占拠と彼らの利益の最大化という強欲な利己主義と、最大多数の最大幸福を目指す民主主義の平等主義の、対立するふたつの考えが共存する」社会であったが、その奇跡的な両立を支えていたのは、全体として経済が成長してパイが拡大する世界の存在であった。しかし、今や地球上のどこにもフロンティアは残されておらず、経済全体が拡大しない世界において、資本主義は、限られたパイの奪い合いにより、(若者の)失業率の上昇と格差の拡大を引き起こすという大きな問題に直面している。そして、それらを乗り越えるためには、「脱成長」を前提とした社会、即ち、資本主義を越えた社会を作らなくてはならないというものである。
    そして、その目指すべき社会とは、世界の一部の人々が(「資本主義の限界」をどこまで意識しているかはわからないが)既に指向している、前半に示された“物欲なき世界”そのものであり、「そこにおいて幸福は、より個人的で、かつ普遍的な価値を共有出来るものに向かう。つまり個人の思想・心情が強く含まれているが、他者とも価値観を共有できる「いい物語をもった人生」が最大の幸福になるだろう」と結んでいる。
    もともとはマーケティングの視点から書かれた著作と思われるが、後半の考察は現在の経済学・社会学の最大のテーマに切り込んでおり、タイムリーかつ内容の濃い作品となっている。
    (2015年12月了)

  • 青山ブックセンターに立ち寄って新しい本を物色していた際に目に留まった。ちょうど今お金を極力使わずに楽しめる工夫を模索していたこともあり、資本主義的な快楽・物欲との付き合い方について考えるきっかけを得たいと思い読み始めた。

    冒頭はライフスタイルというキーワードを軸に物欲を中心にした従来型の豊かさからの変化について様々な識者の意見をまとめ、現代はただ物欲が無くなっただけでなく、個々人が持つ本当の趣味嗜好の追求や社会貢献から得られる充足感のような、経済成長とは反対の方向に豊かさの質が変わっている事が説明されている。
    経済的には貧しさに繋がるのかもしれないが、長い歴史の中で経済成長が無かった時代に華開いた文化も沢山あったという事例が興味深く、現代の減速感が停滞ではなく成熟だとすればポジティブに受け止められると感じた。
    また、働いている身としてはそのような価値基準の変化に逆らわずに、それでも世の中で必要とされているものを提供し、急成長はしなくても緩やかに事業を紡いでいく事が大切になるので、物欲・豊かさに関する新しい考え方をインストールできて良かった。

  • 久々に面白かった!
    また読み返すかも。
    消費社会の在り方、これからの世の中でどうやったら人々がお金を払って経済が回るか考えさせられる。

  • 2015年の本。ライフスタイル消費から入りキンフォークやポートランドがすごいという話でなんだか懐かしい古い話と一瞬思うが、読み進めるほどにそんなことはなく。最後の2章は、資本主義の行き詰まりと次なる低成長時代は日本にとってチャンスである(なぜならいち早く低成長時代でやってきてるから)という話などは、2021〜2022年辺りで議論されてるアメリカの分断だとかGAFAMの隆盛だとかと繋がるし、ラストの「果たして自分は何が欲しいんだろうか?」という問いに答えられるようになることがこの新資本主義(あるいは新民主主義。要は今の経済成長路線ではないなにか)を生きるための指針になるという点は、2023年の今でも変わらない論点だ。

    にしても、脱成長と日本は確かに相性良い気もする。
    みんなで手を取り合ってて勝てないのが日本と思ってるが、勝つ(成長)のを是とせず不条理な格差を生まずにみんなまあまあ幸せ("攻めない"最大多数の最大幸福みたいなもの)を狙うという感じは、確かに相性良さそうだし。

    --
    ファッションから経済への接続。つまり自分の仕事から社会や世界への接続。栗野さんのモード後の世界で感じたそれとはまた違った、客観から捉えて編集し切る感じもまた良い。
    --
    菅付雅信、編集の巧さ、マジで好き。2013年に見た講演でドギモ抜かれて以来。

全48件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年生。法政大学経済学部中退。角川書店『月刊カドカワ』、ロッキング・オン『カット』、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版物の編集から、内外のクライアントのプランニングやコンサルティングまでを手掛ける。著書に『東京の編集』『中身化する社会』『物欲なき世界』、対談集『これからの教養』等がある。またアートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。『コマーシャル・フォト』『WIRED JAPAN』WEBで連載中。下北沢の本屋B&Bで「編集スパルタ塾」を主宰。NYADC銀賞受賞。

「2019年 『新装版 はじめての編集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

菅付雅信の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ジェームス W....
三谷 宏治
スティーヴン・ワ...
都築 響一
リンダ グラット...
佐々木 圭一
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×